タカオと提督のクリスマス
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タカオと提督のクリスマス
今日はクリスマス。
巨大鎮守府である横須賀でもそれは変わらない。
多くの提督たちが艦娘の為にクリスマスケーキを買い、同時に始まった大型建造で資材を溶かして途方にくれ、霧の艦隊相手の新規作戦に艦隊を出撃させていった。
巨大鎮守府。横須賀。
そこは眠らない戦争の為の場所。
「ここにいらしたんですか?提督」
「ああ」
「お墓……ですか?」
お墓参りの作法をダウンロードしたタカオは静かに手を合わせる。
そのお墓の名は『ハイパー北上様』。
えらく自己主張の激しい名前だなと思ったタカオだが、同時にハイパーと名乗っていた彼女がまぎれもなく提督の艦隊の主力だった事を伺わせる。
その隣に、名も無き小さな墓が置かれているのにタカオは気づく。
「こちらの方は?」
「ああ。
駆逐艦だった。
それは覚えている」
その違和感にタカオは首をかしげた。
どうして、彼女の名前を提督は言わないのだろうと。
その疑問に気づいたのだろう。
提督はその小さな墓に手を合わせて口を開いた。
「まだ新米司令だったころだ。
失った艦娘は戻ってこない。
何度も口をすっぱく言われていた事だったのにな」
冷たいものが降ってきたと思うと雪が舞っていた。
この寒さならば、きっと積もるだろう。
「もう、どこの海域だったかそれすらもあいまいになった。
なんて事はない繰り返される平凡な戦場で彼女は散った。
その時に思ったのは、
『ああ。気分が悪いな』
たったそれだけ。
我ながら最低な奴だなと思ったよ」
吐き捨てた提督はそのまま横のハイパー北上様の墓に手を合わせる。
先に手を合わせた名を言わぬ彼女と同じように。
「秋の作戦の時、ハイパー北上様を沈めてしまった。
失ってゆく資源と時間。我を忘れた強行の果ての失態。
『なんて指揮』とはき捨てた大井の言葉に返す事ができなかった。
その時だ。
彼女の事を思い出したのは?」
提督は再度小さな墓を見つめる。
タカオは思わず尋ねずにはいられなかった。
「彼女を沈めた事をですか?」
「彼女を沈めた事を思い出さなかった事をさ」
しばらく二人とも何も言わなかった。
降る雪と吐く息は白く、遠くから出撃するのだろう艦娘達の声が聞こえる。
「人は忘れる生き物だ。
失敗もする、失態も犯す。
そうやって無数の失敗を繰り返して最適手に近づいてゆく。
そして、教訓の名の下に過去は整理されて、感情を忘れてゆくのさ。
彼女を沈めたことはまだ覚えていた。
だが、彼女の名前、彼女を何処で沈めたのかもう覚えていないんだ。私は」
その時の提督の顔は笑っていた。
だが、それが泣く事ができない彼の裏返しである事をタカオはまだ理解できない。
「結局、私は夏の作戦では最後まで行く事はできなかった。
それはこの秋の作戦も同じだ。
だが、秋の作戦は堂々と失敗を誇れるのだよ。
『誰も失う事無く、皆を帰す事ができた』。
私のささやかな勝利さ」
戦術的には敗北を刻まれた彼が掴んだという勝利とて本来ならば負け犬の遠吠えにしかならない。
だから彼はこの横須賀鎮守府において大佐と少将の間を行ったり来たりする『代将』なんて呼ばれる階層に身を置いている。
大和も武蔵も彼は取れなかった。
結果だけが重視される軍人において、それは絶対的な基準。
「提督。
あなたはコンゴウの撃沈にこだわらないのですか?」
「命令だからさ。
努力はするさ。
だが、君達を含めた艦娘全員をこの鎮守府に帰す。
それが私の誓いだ」
そう言って、提督は小さな墓に手を置いた。
そして、タカオを見つめてはっきりと伝える。
「何よりも、君達を沈めると千早君が悲しむ。
君達から聞いた千早君はそんな男だと思うよ。
だから、自分を大事にしろ。
忘れ去られたくなければ、絶対に生き残れ。
忘れかかった馬鹿な提督が得た教訓だが、記憶してくれると嬉しい」
タカオは何も言えなかった。
提督の後悔と決意とその裏返しの優しさをどう整理すればいいのか彼女にはわからない。
「寒くなってきたな。
とりあえず戻ろうか。
よそは知らないが、うちはクリスマス休暇だ。
ケーキとおいしい料理をうちの艦娘たちと食べながら交流しようではないか」
背を向けて提督は鎮守府の方に歩き出す。
それに遅れて三歩ほどタカオは離れて後についてゆく。
「……あなたはそんな人なのですね。
きっと、この子も、ハイパー北上様も、他の艦娘と同じように慕われていると思いますよ」
ぴたりと提督が立ち止まり、タカオと並ぶ。
帽子を深くかぶり顔を隠すように、提督はタカオの顔を見ずにその言葉を告げた。
「メリークリスマス。タカオ」
「……メリークリスマス。提督」
後書き
オチ。
「提督、ごきげんよう。潜特型二番艦伊401です。
しおいって呼んでね」
「あれ?」
「提督……」
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