Missアニーの証言
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第一章
第一章
Missアニーの証言
「おい、見てみろよ」
「ああ、相手は誰なんだろうな」
皆アニーを見て噂する。噂の理由はもうはっきりとしていた。
「あんなに腹大きくさせてな」
「めでたい野郎は誰か」
「是非顔をおがみたいもんだぜ」
「全くだ」
町の皆がこう話して笑い合う。何を隠そうこの俺もだ。今日もジーンズに皮ジャンにリーゼントのいかした格好で偉大な母国アメリカの車をかっ飛ばしてカレッジに通いながら皆とアニーの噂に興じていた。ところが。そんな気軽な日はあっという間に終わっちまった。
「んっ!?おい」
「そのアニーだぜ」
「ああ、間違いないな」
車を家に置いてパブで仲間と飲んでいるとそこにアニーが来た。相変わらず風船みたいに膨らんだ腹をしてやがる。顔も身体の他の部分も前と全然変わらないから腹が余計に目立っている。まあ顔は可愛い。ソバカスもあって典型的なヤンキーガールってわけだ。気は強いが根は純情。やっぱりヤンキーガールはこうでないと駄目だと俺個人としては思っている。この考えには随分文句もあちこちから言われたが。
「何でこんなとこに来るんだろうな」
「飲みにか?」
「あいつは酒やらないだろ」
パブのカウンターに陣取る俺達はわざと暗くさせてバラードやらジャズやらを流している店の中を進むアニーを見つつ話をした。とりあえず妊婦の来ていい店じゃない。
「じゃあ何でここに?」
「さあ」
仲間の一人が悪戯っぽく肩をすくめてみせる。今は見ても何も思わないが人をコケにするには最高の仕草だ。もっともこの仕草を人を馬鹿にする時に使う奴は大抵猿程度の頭しかないが。
「何でだろうな」
「案外あれじゃねえのか?」
「あれって?」
「あれっていったらあれだよ」
これで通じたら凄い言葉のやり取りが続いた。
「お腹の中のベビーの父親を探してるんじゃないのか?」
「父親!?」
俺はその言葉を聞いて不意に声をあげた。
「父親をかよ」
「おいおい、何言ってるんだよ」
その父親のことを話に出して来た奴が笑いながら俺に言って来た。
「当たり前だろうが」
「何が当たり前なんだよ」
「アニーはマリアか?」
「いいや」
この言葉にはすぐに首を横に振った。これでも真面目に神様を信仰しているつもりだ。それを忘れたことは一度もないと誓って言える。教会には毎週通っている。
「まさか。マリア様は一人だけさ」
「そうだよな。じゃあわかるな」
「父親は絶対にいるってことか」
「どんな奴にだって父親はいるさ」
そいつはまた言ってきた。
「誰かわからねえ奴も中にはいるけれどな」
「それは余計だよ」
そのタチの悪いジョークにはこう返した。
「とにかくだよ。父親を探してるのかよ」
「そうじゃないのか?」
俺だけじゃなく他の奴等にも言った。
「あれはよ。探す顔だぜ」
「父親はわかってるのかよ」
俺はブラッディマリーを飲みながら呟いた。トマトの洒落たカクテルだ。アメリカ人ならこうした場所で洒落たものを飲む。俺のポリシーだ。
そのポリシーを行っている俺のところにそのアニーが来た。そうして俺に笑ってきた。
「ねえ」
「何だよ」
「探したわよ」
そのソバカスの顔で笑いながら俺に言ってきた。
「やっと見つけたわ。ここにいるのね」
「!?何でだ?」
今考えてみれば間抜けな質問だった。お腹のベビーの父親を探しているっていう奴にこう言ったのだから。けれどこの時はまさか自分だとは思っちゃいなかった。
「全く。いつもふらふらしてるんだから」
「ふらふら!?違うな」
俺はブラッディマリーを置いてからキザに笑ってアニーに言ってやった。
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