IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-8
翌日。
蓮は、教室で山田先生によるクラス代表の発表を机に伏せながら聞いていた。勿論教室には、織斑先生もいるのだが、もう諦めたように溜め息をついてそのままであった。
昨日、蓮がセシリアに勝った後、一夏と戦ったのだ。だが、レベルの差が大きく出てしまった。
観客席にいた観戦者は、声すら出せなかったのだ。同じ男同士でこうも差が出てしまうのかと。憐みの視線と、同情の視線を向けられて、それでも一夏は、最後まで抗った。無様に。
――――どんなに格好悪くたっていい。どんなに笑われてもいい。自分が弱いのは分かっている。でも、そんな俺のせいで千冬姉に迷惑をかけるのだけは、いやだ。
そう蓮に向かって言い放った一夏。それを鼻で笑い、一蹴して一夏を蹂躙した蓮。試合は当然蓮が勝った。肩慣らしにもならない雑魚であったが。
蓮が二勝。セシリアが一勝一敗。一夏が二敗。この成績からクラス代表は蓮に決まった。……しかし、蓮本人がそれを否定した。クラス代表にはならないと。敗者に譲ってやると。そんなことを言って拒否した蓮の後ろにいたセシリアは、さらに辞退した。となると残っているのは、一夏だけである。一夏は辞退などできない。
『敗者は勝者に平伏せ』
そんな蓮の言葉に心を傷つけられながらも、半ば強制的にクラス代表になった一夏。
クラスの女子は、祝福する。意図的に蓮を視界に入れないように。
人は、人間とは、自分に不都合なことがあるとそれを消してしまうらしい。このクラスの女子は、ほとんどが今の風潮に染まっていた。女尊男卑。……人とは、どうして身体的特徴で差別してしまうのだろうか。良く分からない。蓮は、それをタイトルに高校の卒業作文に書いたほどだ。――――もみ消されたが。
蓮は自分に向けられていた不快な視線が無くなったことを喜んだ。視線でストレスが溜まって来ていたので丁度よかった。もうストレスはたまることはない。もう、楯無で発散する必要もない。
あいつには迷惑をかけた。今度何か贈り物をしてみようとそう心の中で思う蓮。
……ああ、今日もいつもと変わらない日常が始まっている。
もうすでに習ってしまっている基本教科。ISに関する座学なんて、束のもとでいろいろとしていれば、自然と身に付く。昼もほとんど食べることはない。栄養食品。ゼリー状のそれを一気に口の中に流し込む。腹は満たされないが、空腹は抑えられる。
誰も蓮に話しかけようとはしない。でも蓮はそれでよかった。中学校も高校もこうやって過ごしてきたのだから。勉強で必死になって、見下してやろうとして学年一位になった。全国模試も全国トップ10を維持した。だけど、友達はいなかった。
つらい、苦しい、悔しい、泣きたい、逃げたい、もう死んでしまいたい。
それでも逃げなかったのは、近くに束がいたことと、思い出の写真が心の支えになっていたということがあるからだろう。
蓮は、窓の外側を見続ける。
教師が授業をする声と、生徒がノートに書きとるカリカリという音をBGMにウトウトとうたた寝を始めた。
◯
放課後。
一夏は、篠ノ之箒やセシリアの力を借りてアリーナで特訓をしているそうだ。蓮もそれに参加しないかと誘われた。無論、耳にイヤホンを挿しこむことで答えるのを拒否したが。そうしたら、一夏は残念そうな顔をして俯いたが、それも一瞬。次の瞬間には切り替えてアリーナへ歩きだしていた。
五月蝿い奴がいなくなった教室で蓮は、まだ女子生徒が残っているにもかかわらず、机に伏して寝始めようとした。
「見つけたわよ、蓮」
聞き覚えのある声と共に教室に入ってきたのは、楯無であった。机に伏せる事を止め、体をゆっくりと起こした蓮は楯無の方に首だけを向けた。
楯無は教室の中に入ってくると、豊満な胸を揺らして蓮の前で立ち止まり、扇子を閉じたまま蓮に向けた。
「私と模擬戦して頂戴」
「ああ……? 模擬戦、か……別に構わないが」
「本当に!? やったっ、じゃあ、私と一緒に行きましょ?」
先ほどまでの凛々しい姿から一変。喜びを隠すことなく、表に出した楯無。そして、立ち上がった蓮を見て、嬉しさを隠せない。
楯無は、この学園の生徒会長であるが、今回ばかりはそれ抜きで真面目にぶつかり合ってみたかったのだ。何も介入するものがなく、邪魔されない様に従者である三年の布仏虚に段取りを取らせてある。アリーナばかりは独占するわけにはいかなかったから、何もしなかったが。
蓮と楯無が出て行った教室では、女子生徒たちが話していた。
曰く、あの綺麗な人は誰とか。曰く、どうしてあんな人があんな奴をとか。そんなもの。誰も水色の髪の少女と背が高くて、無愛想な青年の関係を知る者などいない。
勝手な憶測ばかりが飛び交っていたが、たとえそれをあの二人が聞いたところで何もしないだろう。自分は自分。他人は他人。自分は気にしないし、それを相手がどう思おうが、そこは幼馴染。気にすることはない。
――――そう時間もかからないうちに今日使える第二アリーナについた。
楯無は、制服を脱いでから来ると言っていた。それは蓮も同じこと。更衣室に行き、制服を脱いで中に着込んでいたISスーツのみになってからアリーナへ出ていく。
アリーナ内には、白と青と灰色が飛んでいた。いや、色で表すと良く分からなくなる。正確には、白式を纏った一夏と、ブルー・ティアーズを纏ったセシリアと、学園の貸出機と思われる打鉄を纏った箒がいた。その三人だけがアリーナを使用していた。
蓮はISを纏わずにその近くまで近づく。すると、蓮の接近に気付いた一夏が二人に何か話してから蓮のもとへ飛んできた。
やっぱり、受けるんじゃなかったと、今更後悔して。一夏を見て、うんざりする。一夏にはいかないと言ってしまっているので、これではまるでツンデレみたいだと自己嫌悪に至る。周りに、あの時のことを聞いていた女子が居なくてよかった。そう安心もするが。
『ちょっとごめんね。今から模擬戦したいからよけてくれない?』
開放回線で楯無が三人に呼び掛けた。一夏としては、練習を続けたかったのだが、みんなで使わなければ、自分の最強の姉が何をしてくるか分かったものじゃない。ここは大人しく引き下がることにした。
よけた三人を見て、先ほどと同じようにしてお礼を言った楯無は、ISを纏ってアリーナへ降りてくる。だが、いまだに動こうとしない蓮を見て、一夏は下がるように大声で言った。
蓮は何を勘違いしているのだろうと、一夏の頭が可哀想になってきた。まあ、関係のないことと割り切ってISを一瞬にして展開する。
ある一定の距離を持って相対する蓮と楯無。二人の間に会話はない。今までの親しみもない。明確な敵意を持って相手を叩き落とすことしか考えていない。戦いに私情はいらないのだ。
しかし、蓮は手加減をせざるをえなかった。もし全力を出してしまうと殺気を出してしまう。前回のセシリア戦の時に若干漏れ出ていた。そのせいでセシリアは満足に戦えなかっただろう。織斑先生にも怪しまれてしまった。だが、そんな殺気の中でセシリアは、何とか状況を打破しようとしてきた。やはり、精神だけは強かった。
でも裏を知っている楯無なら……という考えも振り払った。念には念を。
お互いに自分のISの情報は教えていない。最初から手の内を知っていたらつまらないからだ。それにそういう状況の方がやる気が出る。
「いくよっ、蓮!」
「ああ、来い!」
その一言。たった一言同士の会話で戦いは始まった。
蓮がミサイルポットを二つ出してすべてを楯無に向けて放った。それを軽々と避けていく楯無。ミサイルに囲まれた中にいる楯無に向けて、ショットガンを出して三回撃った。しかも、弾丸は散弾である。
ミサイルに命中すると爆発が起きる。その爆発に巻き込まれるようにほかのミサイルが爆発していく。誘爆である。そんな蓮の意図を瞬時に読み取った楯無は、ミサイルが比較的に少なかった上に推進器を蒸かしてダメージ軽微で逃げ切った。
だが、爆発の影響で黒煙が大きく広がり、視界を遮った。
楯無は、自身の武装である蒼流旋を構えた。そして距離を取ろうと後ろに下がろうとした瞬間、黒煙の中から蓮が両手に剣を持って飛び出してきた。
ここで一夏なら不意を突かれてしまって、もろに直撃を食らうのだろうが、今蓮と戦っているのはロシア国家代表なのだ。油断も慢心もない。
蒼流旋で一回故意に剣に当てた。尽かさず蓮は、もう一方の剣を楯無に向かって振るう。それを後ろに瞬間的に動くことで避ける。同時に蒼流旋に備えられている四門のガトリングガンが火を噴く。秒間に数十と放たれた弾丸。蓮は動じることなく、体を後ろにそのまま倒れるようにして銃弾を躱す。
アリーナの隅で見ていた一夏には、先ほどの蓮が銃弾を交わした時の動きを何かの映画で見たことがあった。
「こ、こんな戦い……世界大会でも滅多に見られませんわよ……」
「……あやつは一体どこで操縦技術を身に着けたのだ」
「…………凄い。蓮は、あんなに強かったのか……」
アリーナの隅で三者三様の反応を見せるのは、セシリア、箒、一夏。自分たちがまだ辿り着けないそれどころか、頂点も見えない山の麓にいる。そんな高みにあの二人は至っている。――――強い。
自分よりも、強い。圧倒的なまでに。そして、自分は弱い。まだ誰かに守ってもらうしかない小さな、小さな矮小な存在。
強くなりたい。一夏の中でそんな思いだけが先行してしまっていた。単純に言うと焦っていたのだ。そんな一夏は、この戦いから学べることを全て学んでやろうと見逃すことが無い様に目を凝らして見始めた。
三人が驚いている間にも戦いは進んでいく。
ここまで互いに被ダメージは100にも届いていないだろう。互いに互いの攻撃を避けるか、弾くかしている。このままではジリ貧だ。そう思うも、なかなか手が出せないでいる。切り札はあるにはあるのだ。ただそれを使った後のことを考えると、この切り札でけりを着けなくては負けしかない。
そんな賭けを最初に実行したのは、楯無であった。
蒼流旋とは違う武装、蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を出して蓮に斬りかかる。それを一方の剣で弾いて、もう一方の剣で楯無に斬りかかる。弾かれたラスティー・ネイルを強引に引き戻して腹で受ける。そして、そのまま剣の穂先を突き出す。突き出された剣の下から打ち上げるように交差された剣を振るい上げる。
打ち上げられたラスティー・ネイルと共に楯無の体が開いた。その隙に蓮は剣を引き戻してすれ違いざまに一閃。命中した蓮の一閃は、この試合で初めてのクリーンヒットになった。
吹き飛ばされながらも体勢を立て直して壁にぶつかる前に制御を取り戻せた。残存エネルギーを確認してみると一気に300近く削られていた。絶対防御が発動したらしい。それでも、切り札のための布石も終わった。後は実行するだけ。
戦っている最中に水のナノマシンを蓮の周りに霧状に散布していた。そのナノマシンを一瞬で気化させる。水蒸気爆発を起こすのだ。その引き金として、パチンっと指を鳴らした。
――ドガアアン!!!
爆音と共に蓮の周囲が爆発する。蓮は、煙に隠れてしまって見えないが、命中したはず。逆にこれでダメージを負っていなければ、どうやって避けたのか知りたいぐらいだ。
そんなことを考えているうちに煙が晴れて蓮が見えてきた。――――やはり無傷ではいられなかったようだ。左肩の装甲と背部装甲が罅割れている。だが楯無は油断できなかった。
蓮が口元を歪めて笑うのを見てしまったから。
「……フルバースト」
蓮がボソッと呟いた言葉。それが引き金となって楯無を途方もない熱が襲う。
熱源反応。それは、楯無が浮いている上空からだった。BT兵器がいくつも銃口をこちらに向けていた。そこからレーザーが楯無に雨のように降ったのだ。ほとんどが命中してしまったため、楯無のISはボロボロである。しかし辛うじてまだ戦えた。
蓮は、地面に向かって降りていた。どうやら飛ぶための機関が壊れてしまったようで地面に降り立つと強制的にISが解除された。
それを見た楯無は、ゆっくりと地面におりていき、ISを解除した。いや、こちらもISの操縦者保護装置が働いたようで、解除されていた。そしてそのまま蓮のもとへ向かっていく。
今回の試合は、どちらにも軍配は上がらなかった。引き分け。ISの試合で決着がつかないのは珍しいことである。公式戦で過去に一度だけあっただけであるのだ。
観戦していた三人は、声も上げられなかった。
上には上がいることを嫌というほど知らしめられた。セシリアに至っては、今までのプライドごと打ち砕かれただろう。落ち込んでいると思いきや、晴れ晴れとしていた。
自分が倒すべき相手の実力を再認識したセシリアは、その領域にたどり着くために精進を続ける。そのためには努力も惜しまない。でも、今真っ先にやらねばならないことは、クラス代表の強化であった。あの強い意思の篭もった瞳に心惹かれたのはいいのだが、相手が自分より弱くてはだめだから。
クラス代表戦までは、時間がない。
セシリアも一夏も心を入れ替えて頑張ってみようと意気込んだ。だが、箒だけは別のことを考えていた。御袰衣蓮という存在のことである。どうにも初対面のような気がしないのだ。
昔にあったことがあるのか。いやない。では、見かけたことは? あるかもしれない。ただ見かけただけでは初対面でないことを証明できない。では、自分のきらいな姉に関しては? ある。それどころか、あの水色の髪の人も見たことがあるかもしれない。
……そう悶々と考える箒だった。
後書き
ISの方は、新年あけて最初の投稿ですね。
いきなり、というより戦闘描写を入れてみました。どうでしたでしょうか。うまく表現できてればいいんですが……。特に今回の場合は、ほぼ互角だったということをですね。
誤字などがありましたら報告お願いします。
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