穏やかな寝息をたてるはやての周りに守護騎士が集まり見つめる。
「主はやては」
「何も問題はない。
私からの浸食も止まっているし、リンカーコアも正常作動している。
不自由な足も時をおけば自然と治癒するはずだ」
リインフォースの言葉に安堵のため息を零す。
「それで夜天の書はどうなんだ?」
シグナムの問いかけに首を横に振るリインフォース。
「やはり破損は致命的な部分まで至っている。
防御プログラムは停止したが、歪められた基礎構造はそのままだ。
遠からず新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」
「修復は出来ないの?」
「無理だ。
管制プログラムである私の中からも夜天の書本来の姿は消されてしまっている」
リインフォースの言葉に項垂れるシグナム達。
無理もない。
修復しようにも元の姿がわからなければ戻しようがない。
「主はやてが無事ならば良しとするか」
「そうね」
「防御プログラムがない今なら夜天の書の完全破壊は簡単だ」
「破壊してしまえば暴走する事も二度とあるまい」
シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの言葉は、はやてが無事だというのに暗かった。
なぜなら
「私達もここまでなんだよな」
「すまないな、ヴィータ」
「なんで謝んだよ。
こうなる可能性がある事くらい皆知ってたじゃんか」
シグナム達四人も夜天の書の守護騎士であり、夜天の書の消滅が自身の死を意味するからである。
だがそれは
「いいや、違う。
お前達は残る」
管制騎であるリインフォースが否定した。
「逝くのは、私だけだ」
静かに迷いも恐れもなく、揺らぐこともなく、言葉を発した。
side 士郎
意識が浮上し、ゆっくり瞼を開ける。
見覚えのない……いや、半年前に俺が隔離された部屋か。
前回と大きな違いがあるとすれば
「なんとまあ、酷いあり様だな」
部屋中に充満する血臭。
前回の時と違い、アースラに来てから封印回路を閉じたために、突き破った剣による出血が部屋中に飛び散ってる。
心臓の弱い人が見たら卒倒しかねないスプラッタな部屋だ。
呼吸をするだけでも体中が痛むがとりあえず起き上がろうとするが、まともに手足すら動かない。
傍から見たら動いてるかもわからないレベルだ。
「……やはり未熟な体では無理か」
半年前にわかっていたとはいえ前の世界よりも代償が大きくなった事にため息が漏れる。
どれくらい意識を失っていた事やら。
魔術回路に無理やり魔力を流し、血に染まった端末に手を伸ばし、操作して通信を開く。
ただし、映像は色々とアレなので音声だけだ。
「クロノだ」
「よう、クロノ」
「士郎、眼が覚めたのか」
いきなりの通信にクロノも驚いたようだが、すぐに疑問に変わる。
「映像が来てないが、何かあったのか?」
「何もないが、少々部屋がな」
「どういう事だ?」
「まあ、代償のせいで部屋中、血の海だな」
「……そういう事か、それなら映像はなかった方がいいだろうな」
俺の言っている意味がわかったのだろう。
なにやら向こうからため息が聞こえた。
「だが、間に合ってよかった」
「間に合う?」
クロノの言う意味がわからず、首を傾げる。
「これから夜天の書を完全に破壊する」
「どういう意味だ?」
「夜天の書の基礎構造は完全に壊れてしまっている。
リインフォースの中にも元の形はなく、主であるはやてでも修復は不可能ということだ。
そして……新たな防衛プログラムも直に生成されるだろうという事だ」
そういう事か。
新たな防衛プログラムが生成する前なら夜天の書の破壊は出来る。
もし生成されたらこの規模の戦いがまた起きる事になる。
それを防ぐために自分が犠牲になろうというのか。
そして、夜天の書が消滅するという事はその守護騎士であるシグナム達もいなくなるという事。
それははやてをまた一人にするという事だ。
「シグナム達もそれに同意しているのか」
「彼女達も本音では反対だろう。
だが周囲の被害とはやてのために同意した。
それと唯一の朗報だが守護騎士達は消えたりしない」
「どういう事だ」
「防衛プログラムが破壊された時に守護騎士プログラムを夜天の書から切り離したらしい」
そういう事か。
……待て。
切り離す事が出来る?
それなら手はあるかもしれない。
魔導師の技術は魔術と正反対だからどこまで通じるかはわからないが、可能性はゼロじゃない。
ならば俺がする事は一つだけ、最後の可能性を実行する事だけだ。
全身が軋む中でさらに魔術回路を起動させ、壁に手をつき立ちあがろうとするが
「がはっ!」
血で滑り、まともに立ち上がる事も出来ず床に倒れる。
「おい、士郎、無茶をするんじゃない」
「クロノ、士郎君がどうしたの?」
「母さん、プレシア、士郎の意識が戻ったんだが」
通信の向こうから聞こえるクロノの言葉。
確かにプレシアと言った。
「クロノ、プレシアがいるのか」
「ええ、ここにいるわ」
俺の問いかけに聞こえるのは確かにプレシアの声。
「プレシア、俺が隔離されている部屋に来てくれ。
一人でだ。
まだ可能性はゼロじゃない」
「わかったわ、すぐに行くから」
「待て、プレシア。
勝手に」
「クロノ、責任は私が持ちます」
リンディさんの一言でクロノも黙る。
「聞こえたわね。待ってなさい」
「ああ、急いで頼む」
通信を切り、体を起こそうとするが
「やはりまともに動かんか。
さてどれくらい戻る事やら」
魔術回路を閉じると同時に端末が手から零れ落ちる。
この様でどうにかなればいいが、簡単にはいかないだろうな。
俺がやろうとしている事は半ば賭けなんだから。
「士郎、入るわよ」
扉が開き、プレシアの姿を見せるが唖然としていた。
無理もない。
こんな部屋なら当然だろう。
「悪いな、動けないんだ。
こっちに来てもらえるか」
「……ええ」
プレシアがゆっくりと俺に向かって歩み寄る。
白衣を纏ったプレシアの姿。
そういえばプレシアの仕事着の姿を見るのは初めてだな。
こんな状況でそんな関係のない事を考える自分に内心苦笑してしまう。
「貴方、本当に大丈夫なの?」
「ああ、意識ははっきりしている。
もっとも体はまともに動きはしないが」
俺を抱き起こすプレシア。
「汚れるぞ」
「このぐらい構わないわ。
それで、どうすればいいの?」
「血液を摂取する必要がある。
説明は後でする」
プレシアは俺の言葉に何も聞かず、ただ頷いてくれる。
「―――
投影、開始」
投影するのは概念も何もないただのナイフ。
「すまないな」
女性の身体に自分で傷をつけさせようというのだから、心が痛む。
「構わないわ。
この程度で貴方への恩を返せるとは思っていないもの」
左手で髪をまとめ、右の首筋にナイフを奔らせる。
プレシアの表情がわずかに歪む。
プレシアに抱き寄せられ首筋から流れる血に口をつける。
本能のまま牙を突き立てないように、注意しながら血を呑みこんでいく。
一分にも満たない時間。
それでも魔導師であるプレシアの魔力のおかげか、自力で何とか立ちあがるぐらいには回復する。
戦闘も歩く事すら危ういがこれで十分だ。
「助かった」
「行くの?」
「ああ、足掻いて来るさ」
プレシアから離れ、ふらつきながら部屋を後にする。
と部屋の外には
「……士郎君」
俺を青い顔で見つめるリンディさんがいた。
用意していた外套は既に維持できなくなり霧散している。
中に着ていた服は黒とはいえ全身血濡れの状態だ。
歩けば血の足跡が残り、手をつく壁にも血の跡は残る。
「すみませんが、転送ポートを借ります」
「……わかりました。
クロノ達には伝えておきます」
「ありがとうございます」
リンディさんの好意に感謝しながらその横を通り過ぎる。
その時、背後から
「それでもなお、貴方は前に進むのね」
問いかけの様な独白の様なリンディさんの言葉が聞こえたが俺は答えることなく、振りかえりある言葉を口にした。
side out
太陽が昇る前、まだ薄暗い中、雪が深々と降り積もる丘の上で彼女は街を眺めながら待っていた。
背後から聞こえる雪を踏みしめる音。
その音に反応し振りかえるとそこには彼女が待つ二人の少女がいた。
「ああ、来てくれたか」
「リインフォース……さん」
「ああ、そう呼んでくれるのだな」
二人の少女待っていた女性、リインフォースは主から授かった新たな自分の名を呼ばれた事に静かに微笑んでいた。
あの戦いの最中、彼女達を傷つけた自分の名を呼んでくれる事を喜んでいた。
「貴方を空に還すの私達でいいの?」
「お前たちだから頼みたい。
お前達のおかげで私は主はやての言葉を聞く事が出来た。
主はやてを喰い殺さずに済み、騎士達も生かす事が出来た。
感謝している」
言葉には迷いも消えることに対する恐怖もない。
ただ穏やかに感謝の思いが込められていた。
「だから最後はお前達に私を閉じてほしい」
「はやてちゃんとお別れしなくていいんですか?」
なのはの言葉にわずかに瞳が揺れる。
だが
「主はやてを悲しませたくないんだ」
大切な、なによりも大切な人だからこそ泣く姿は、悲しむ姿を見て別れたくない。
そして、少しでも悲しまないようにあえて別れを告げる事はしないという覚悟があった。
「お前達にもいずれわかる。
海より深く愛し、その幸福を守りたい者と出会えればな」
なによりその優しく微笑んだ表情になのはとフェイトは何も言う事が出来なかった。
リインフォースがどれだけはやてを大切に思っているのか、その言葉と瞳だけで理解出来たゆえに
その時、なのは達の背後から雪を踏み歩く音が聞こえた。
そこにいるのはシグナム達、夜天の書の守護騎士達である。
「さて、そろそろ始めようか。
夜天の魔導書の終焉だ」
リインフォースの言葉に静かに儀式の準備は進んでいく。
ベルカの魔法陣が布かれ、それに繋がる様に布かれる桃色と金色のミッドの魔法陣。
儀式が行われようとした時
「リインフォース! 皆!」
いなくなる自身の騎士の事を本能的に感じて雪の中、車椅子でここまで一人やってきたはやて。
「リインフォース、やめて。
破壊なんかせんでええ。私がちゃんと抑える。
大丈夫や、せんでええ!」
必死に止めようとするはやて。
だがリインフォースは静かに首を横に振る。
「主はやて、良いのですよ」
「良いことない。良い事なんか何もあらへん!」
「ずいぶんと長い時を生きてきましたが、最後の最後で私は貴方に綺麗な名前と心を頂きました。
騎士達も貴方の傍にいます。
何も心配いりません。
だから私は笑って逝けます」
迷いのない穏やかな笑み。
「やけどそんなこと」
「同感だ」
はやての声に重なるように発せられる言葉。
そして、風切り音と共に儀式を阻むように魔法陣に突き立つ二振りの無銘の西洋剣。
「真っ直ぐな覚悟も満足して死を受け入れるのも結構だが、お前はもう少し足掻くという事をするべきだな」
ゆっくりと丘を登って来る黒の上下の服で身を包んだ少年。
「士郎君」
「衛宮」
アースラで会う事も出来ないと聞いていた少年がここにいる事に周りの皆が眼を丸くする。
その中で
「衛宮、お前は」
もっとも嗅覚の鋭いザフィーラが士郎の異常に気がついていた。
だが真っ直ぐにリインフォースを見つめ続ける士郎にそれ以上何か言う事はなかった。
はやての傍に立つ士郎。
そこに来てなのは達全員が士郎の異常に気がついた。
黒い服という事で遠目では気がつかなかったが、その全身は血でどす黒く染まっている。
それだけではない。
雪を歩いた足跡も赤く染まり、その両の腕からは血が流れ、士郎に体に落ちた雪は血に染まり溶けていく。
アースラではほぼ傷が塞がっていた士郎だが、まだまともに歩ける状態ですらなかった。
ではどうやってここまで辿り着いたか。
単純な方法である。
魔術回路を起動し、体を動かす補助としたのだ。
無論、そんな無茶をすれば傷は開くし、先ほどの西洋剣を投げたせいで両腕には新たな傷が出来ていた。
「衛宮、お前はそんな傷で何を」
「簡単に諦める戯けに言いたい事が出来てな。
こうして死に体を引き摺って来たわけだ」
この程度、どうという事ないと平然と肩を竦めてみせる士郎に声を荒げるリインフォース。
「私などのためにそんな無茶をしたのか!
お前がいなくなれば主はやてが、主はやてだけではない、なのはやフェイト達が、将達が悲しむと」
「それはお前も同じだろうがリインフォース!」
リインフォースの言葉を遮り、声を荒げる士郎。
「お前がいなくなればはやては勿論、シグナム達も、俺達も辛いんだ。
それがわからないはずがないだろう」
「それは……」
大きな声を出すのも辛いのだろう。
士郎が咳き込み、口から流れた血を拭う。
「リインフォース、お前は生きたいと思わないのか?
主はやてとシグナム達と俺達と共に過ごしたいと」
「そんな事をすればまた私は」
「そんな事はどうでもいい。
周囲への被害や迷惑なんか気にするな!
俺はお前がこのまま生きたいという想いがないのか聞いている!」
士郎のただ真っ直ぐな問い。
こんなに感情を強く出す士郎を始めた見たなのは達もただ眼を丸くして士郎を見つめていた。
士郎は知っている。
全てを抱え込んでいた妹の様な後輩を
だからこそ本当の思いを知りたかった。
「簡単に諦めるな、足掻いて足掻いて、足掻きぬいてみせろ」
「私は……」
士郎の問いかけにリインフォースは俯き、その表情は見えない。
沈黙が世界を支配する。
「……たい」
その時、静かにリインフォースから雫が流れた。
「い……たい」
未だリインフォースは俯いており表情は見えないが、その肩はわずかに震えていた。
「私は……生きたい。
主はやてが成長していく様子を傍で見ていたい。
私はまだ……」
「生きていたい」
涙を流してその思いを口にしていた。
「わかった。
クロノ、聞こえたな!」
士郎の呼びかけにモニターが開く。
「ああ、しっかり聞こえたさ」
「それで俺の提案のシミュレーションは?」
「正直、オカルトじみたところが強過ぎて百パーセントの確証は難しいが、君が彼女を闇の書から切り離せるなら可能なはずだ」
士郎とクロノのやり取りに目を丸くする面々。
「無理だ。
私と夜天の書を切り離せば、防衛プログラムなども一緒に切り離す可能性がある」
リインフォースの言うとおり、守護騎士プログラムを切り離した方法だとコアに近いリインフォースの切り離しの際に防衛プログラム情報も持ってきてしまう可能性がある。
だがそれは
「不可能ではないはずだ。
リインフォース、君がこうして具現していながら夜天の書も具現化している。
そして君は夜天の書の中にある融合管制騎という一部だ。
それなら切り離しようはある」
あくまでリインフォースがプログラムとして切り離した場合である。
「俺がするのはリインフォースの魂を切り離し留めておく事だ。
管制融合騎としての機能などはコピーなり再作成してもらう」
「魂ってそんな事可能なの?」
魔導師の魔法というモノが、プログラムなどの科学的な所を理解しているなのは達にとっては魂など曖昧というより、オカルト的なモノは理解の及ばないところである。
だが
「存在するかわからない曖昧なモノや見えないモノ、オカルト方面に関しては魔術師の独壇場だぞ。
それでクロノ、用意は?」
「ああ、君の六年間、義務教育期間が終わるまでの嘱託魔導師従事を対価に君へのデバイスの提供とリインフォースのプログラム格納デバイスの提供。
共に承認された」
クロノの言葉に目を丸くし、士郎を見つめるなのは達。
士郎が仮にリインフォースを切り離せたとしても、魔導師としてのプログラムなどは格納や保持する事が出来ない。
魂を宿したとしてもその後、シグナム達の様に姿を見せる事すら難しくなる。
そのためのデバイスだ。
つまりはリインフォースという個を士郎を寄り代に保持しながら、デバイスに機能などを格納するという方法である。
この方法の提案はここに来る直前にリンディさんに言ったものだ。
もっともデバイスの提供など、「わかりました」と管理局が頷くはずがない。
そこで士郎が差し出した対価が義務教育が終了するまでの嘱託魔導師としての管理局従事である。
勿論、嘱託魔導師とはいえ魔術を全て提供してもらえるなど管理局も思っているわけではない。
だが少なくとも六年間という勧誘期間を得る事が出来、また士郎の実力や魔術に関しても知る機会が出来たというこのチャンスを逃すはずがない。
「はやて、リインフォース。
このやり方だとリインフォースは生きるかもしれないが、はやてとの契約を切る事になるから融合騎としてこれからもいる事が出来ない。
それでもいいか?」
「もちろんや、リインフォースが生きてくれとるんやったらそれでええ」
「ああ、主はやてがそう言ってくださるなら、構わない」
はやてとリインフォースの言葉に頷く。
「クロノ」
「わかった今から転送する」
士郎の手元に転送されたのはインテリジェントデバイス用の空のデバイス。
「容量的にはこれで大丈夫なはずだ。
もっともベルカ式のデバイスの予備がないから仮のものになる。
しばらく不便をかけると思うが」
「私なら大丈夫だ」
「夜天の書の切り離しと契約は俺がやる。
機能のコピーや再構築は任せるぞ」
リインフォースと士郎が向いあい、なのは達は邪魔なにならないように少し離れ、固唾をのんで見守る。
「右手を出してくれ」
「ああ」
士郎の言葉に従い、手袋を外し、右手を差し出すリインフォース。
「―――
投影、開始」
いつものキーと共に士郎の顔が苦痛に歪むと共に握られる歪な短剣。
「……ぐっ!」
口の中に溢れた血を無理やり飲み込み。
なんとか踏ん張り倒れないように耐える。
こうして平然と立っているが、本来ならまともに歩く事すらままならない状態。
それでいて宝具の投影。
無茶のし過ぎもいいところである。
そして、なのはとフェイトは見た事のある歪な短剣を見つめていた。
まだ士郎の正体を知らなかった時、ジュエルシードを巡ってなのはとフェイトが初めて対峙した場での戦闘の時に見せた短剣。
その短剣は突き立てるだけで猫からジュエルシードを取り出した。
士郎が持つ中でも特殊な短剣。
裏切りと否定の対魔術宝具である。
「
破戒すべき全ての苻」
わずかにリインフォースの右手に突き立てられる短剣。
その瞬間、はやてはナニカが砕ける様な音が聞こえた。
そして、次にあったのは喪失感。
闇の書との繋がりもシグナム達の繋がりも感じているが、目の前にいるリインフォースとの繋がりを感じられなくなっていた。
次の瞬間、士郎はリインフォースの右手を取り、刃を突き立てた手の甲に唇を這わせる。
「んっ」
「「「「「「「っ!!」」」」」」」
儀式なのだろうとわかっていたから何とか声を出さなかった周りの面々。
それでも
(……士郎君)
(……士郎)
(……色々と言いたい事はあるけど)
士郎がした事に理由があるのはわかっているとはいえ、やっている行為が傍から見たら手の甲への口づけである。
三人共、何ともいえない複雑な表情を浮かべていた。
「これでいい。
後はデバイスに必要なプログラムを頼む」
「ああ」
わずかに頬を赤くしたリインフォースがデバイスに手をかざし、プログラムを書き込んでいく。
その作業も終わり、リインフォースが大きく息を吐く。
先ほどと変わらず俺の傍にいるリインフォース。
「調子はどうだ?」
「ああ、少し違和感があるが問題ない。
恐らくミッド用のデバイスのためだろう」
「たまには足掻くのも悪くないだろう?」
「ああ……悪くないものだな」
俺の言葉に苦笑して見せるリインフォース。
さて、これで本当に最後だ。
「なのは、フェイト、夜天の書を送ってやれ」
「うん」
「わかった」
デバイスを構え、再び魔法陣が展開される。
その魔法陣の中心に
「今まで一緒におってくれてありがとう。
おやすみな」
はやてが夜天の書を置く。
そして、魔法陣は輝きを増し、光となって天に昇り消えた。
その時、空から落ちてくる一つの光。
夜天の魔導書の表紙を飾っていた金十字の装飾。
それは主であるはやての手に静かに収まる。
はやてはその夜天の書の残した金十字を愛おしそうに抱きしめていた。
side 士郎
夜天の書の残したモノを抱きしめるはやてとそれを見守る守護騎士となのはとフェイト。
「誰も欠けることなく、なんとか終わったか」
まともに動く事が出来ない俺は少し離れた所からそれを眺める。
なにはともあれ、はやては勿論、シグナム達も、リインフォースも全員が無事だった事を喜ぶべきだろうな。
その時
「……っ」
急激に暗くなっていく視界。
まずいな。
さすがに無理をし過ぎたか、そろそろ限界らしい。
膝にも力が入らず、立っている事すら難しくなり、ゆっくりと倒れていくのがわかる。
それを支えてくれる一人の女性。
「……リイン……フォース」
「ありがとう、衛宮。
お前がいてくれたおかげで私は、私達はこうしてここにいる事が出来る」
そう言ってもらえるならなによりだ。
だが
「すまない。さすがに……限界の様だ」
「ああ、ゆっくりと休むといい。
私の新たなもう一人の主」
子供の頭を撫でるように優しく髪を梳く感覚に身をゆだね、俺はゆっくりと意識を手放した。