デュエルペット☆ピース!
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デュエルペット☆ピース! 第4話「SIN」(中編)
前書き
Pixivでも同じ名義、タイトルで連載しています。試験投稿中。
* * *
「じゃあ、そのデュエルピースはアズをコピーする気だってのか!?」
『そうよ! デュエルピース・ファイブにとっての「宿主」ってのは、ほかのデュエルピースのそれとは意味が違うの! あいつはヤドカリじゃなくて、冬虫夏草よ!』
荷台では危ないからと、制服の胸元にガーネットを突っ込んで、ナコがバイクを走らせる。互いの発話が風に流されて聞き取りにくいため、大声でやりとりが交わされる。
『あいつは、常に実体を求めてるの。魅力的な宿主を見つけると、その懐に入り込んで、生体情報をコピーし、終わったらその身体を抜け出て、自分が宿主と同じ姿に変化するのよ!』
「ややこしいけど……つまり、コピーが終われば、宿主なしの単体でも活動できるってのか!?」
『そうよ! 実体を得たデュエルピースが最初にすることは一つ、宿主の排除よ! あいつは、自分が宿主に成り代わらないと気が済まない変態!』
「マジかよ! だったらアズがヤバいじゃん!」
『だからそう言ってるでしょ! それに……もっとヤバいのはあいつのカードとしての能力……とにかくもっと飛ばしなさい!』
「バカ、暴れんな! くすぐったいだろ!」
谷間に挟まれたまま大声で怒鳴るペルシャを片手で抑え込みながら、ナコはスピードを上げた。
* * *
<ターン1 アズサ>
アズ
「わたしの先攻です!」
DRAW!
・アズサ 手札×5→6
アズ
(このターンでは、デュエルナイト・セイバーは召喚できないけど……これを使えば、次のターンには……!)
アズ
「モンスターとリバースカードをセット!」
SET!
裏守備モンスター×1
伏せカード×1
アズ
「ターン終了です!」
・アズサ(手札4 LP:4000)
裏守備モンスター×1
伏せカード×1
・闇アズサ(手札5 LP:4000)
<ターン2 闇アズサ>
闇アズ
『わたしのターン。ドローします』
DRAW!
・闇アズサ 手札×5→6
闇アズ
『手札より通常魔法《トレード・イン》を発動します。レベル8の《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》を捨て、カードを2枚ドロー』
ACTIVATE!
《トレード・イン》:2ドロー
闇アズ
『続いて、《ダーク・グレファー》を召喚』
黒に染まった皮膚に、黒服、黒のシルエットに赤い眼だけが不気味に光る、闇の戦士が降り立つ。
NORMAL SUMMON!
《ダーク・グレファー》ATK:1700・☆4
アズ
「わたしの知らないモンスター……デッキの内容まではコピーしていないの?」
闇アズ
『それはどうでしょうね? わたしは「アズ」の全てを受け継いだ……あなた自身が知らないあなたまで、知ってるんですよ?』
闇アズサが底のない深い緑の瞳をアズへ向ける。その瞳の深奥へ吸い込まれるような気がして、アズはかぶりを振って気を保つ。闇アズサは、柔和な表情を崩さず、その身にまとう邪悪な魔力を微塵も感じさせない。
闇アズ
『さらにダーク・グレファーの効果を発動。手札の闇属性を1体墓地に送り、デッキから闇属性1体をさらに墓地に送る。わたしは手札の《ギミック・パペット―マグネ・ドール》を捨てて、デッキから《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》を墓地へ』
ACTIVATE!
起動《ダーク・グレファー》:闇属性墓地落とし
次々とデッキのカードが墓地へ吸い込まれていく。
アズ
「徹底した墓地肥やしですね……」
ナイト
『おまけに落としたカードは高レベルの「ギミック・パペット」と名のつくモンスターばかり……同じ名前を含むモンスターをサポートするカードを使う気なのか……?』
闇アズ
『レベルの高いモンスターをたくさん墓地にため込む……確かにレベル4戦いながらでエクシーズを狙ういつもの「アズ」とは違う戦術です。でもね……雌伏し、しもべの犠牲もいとわないわたしの姿が……「アズ」の本当の姿だとしたら……うふふふ……』
アズ
「わたしの……本当の姿……?」
ナイト
『惑わされるなアズ! 君は君の戦い方を貫けばいい!』
闇アズ
『別に盤外戦術なんかじゃありませんよ? わたしは、もう一人のわたしとお話ししているんです。「アズ」って、いったい誰なのかをね……わたしは、カードを2枚伏せてターンエンドです』
SET!
伏せカード×2
・アズサ(手札4 LP:4000)
裏守備モンスター×1
伏せカード×1
・闇アズサ(手札2 LP:4000)
《ダーク・グレファー》ATK:1700・☆4
伏せカード×2
<ターン3 アズサ>
アズ
「わたしの、ターン……」
DRAW!
・闇アズサ 手札×4→5
アズ
(ともかくナイトの言う通り……落ち着いて、いつも通りにいかなきゃ……!)
アズ
「フィールドの裏守備モンスター、《ジェルエンデュオ》を反転召喚!」
アズの足元に、バリケードのように横向きに立てられた大きなカードが裏返り、光のリングを浮き輪のように巻いた、双子の天使がカードの下からひょこりと顔を出す。
FLIP SUMMON!
《ジェルエンデュオ》ATK:1700・☆4
闇アズ
『戦闘では破壊されることのないジェルエンデュオを盾にして、1ターンわたしの攻撃を防いで、このターンで2体目のモンスターを召喚して素材をそろえ、エクシーズ召喚する……狙いは良くわかるけど、少しワンパターン過ぎませんか?』
アズ
「っ……! わたしは、《サンライト・ユニコーン》を召喚!」
NOLMAL SUMMON!
《サンライト・ユニコーン》ATK:1800・☆4
闇アズ
『無視しなくてもいいのに……自分と同じ顔の女は、イヤですか?』
アズ
「そんなもの……好きな人間がいますか! 《サンライト・ユニコーン》の効果発動! デッキの一番上をオープンして、装備魔法なら手札に加える!」
ACTIVATE!
起動《サンライト・ユニコーン》:デッキトップ確認
オープンされた緑色のカードがデッキから飛び出し、アズの手に収まる。
闇アズ
『装備魔法を引き当てたんですね、運がいいなぁ……わたしも、そんな幸運がほしい』
アズ
「わたしは、《ジェルエンデュオ》と《サンライト・ユニコーン》でオーバーレイ!」
ナイト
『アズ? もうエクシーズするのか?』
アズ
「はい! もう一人の自分だなんて……振り切って見せます! 2体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 《デュエルナイト・セイバー》!」
白の光球が一対、アズの掌中に収まり、光の渦を巻く。渦の中から光球をまとわす大剣が飛び出し、アズの背後から魔剣士が唐突に出現して跳躍し、空中で大剣を握り、着地した。
XYZ SUMMON!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2
闇アズ
『ああ……素敵……そのカード、「アズ」の分身……!』
アズ
「《デュエルナイト・セイバー》に装備魔法《団結の力》を装備!」
ACTIVATE!
装備魔法《団結の力》:ATK・DEFがモンスター×800アップ!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500→3300(+800)
アズ
「バトルフェイズへ! デュエルナイト・セイバーでダーク・グレファーを攻撃!」
魔剣士が跳躍し、闇の戦士に襲いかかる。両者の間には、倍近い力の差がある。直接衝突すれば、結果は歴然である。
だが、闇の戦士の目前に迫った大剣が、不可視の障壁によって止められる。
闇アズ
『罠カード、《ドレインシールド》を発動しました。これでデュエルナイト・セイバーの攻撃は無効になり、その攻撃力分、わたしのライフを回復する……』
ACTIVATE!
通常罠《ドレインシールド》:攻撃無効・ライフ回復
・闇アズサ LP:4000→7300(+3300)
アズ
「く……ライフが一気に増えた……」
闇アズ
『逸りましたね。頭に血が上ってミスなんて、「アズ」らしくないですよ?』
アズ
「ターン……終了です」
ナイト
(確かに、ヤツの言う通り、今のはアズのプレイングミスだ……。エクシーズ召喚せず、素材の2体で攻撃していれば、ドレインシールドに一方は止められても、もう一方のモンスターで確実にダーク・グレファーを倒すことができたはず……エクシーズはその後でもよかった。これで奴は次のターンも墓地肥やしを行える……!)
・アズサ(手札4 LP:4000)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:3300・★4・ORU×2
《団結の力》(装備:デュエルナイト・セイバー)
伏せカード×1
・闇アズサ(手札3 LP:7300)
《ダーク・グレファー》ATK:1700・☆4
伏せカード×1
<ターン4 闇アズサ>
DRAW!
・闇アズサ 手札×2→3
闇アズ
『とうとう……この時が来ました。あなたが《デュエルナイト・セイバー》を呼び出すこの瞬間を……わたしは、本当の「アズ」に、なれる』
感極まった闇アズサが両手を組み、天を仰いで女神に祈る。救済を得て満ち足りた少女の頬を、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。月明かりに照らされた乙女の涙は実に絵画的で、見る者を惹きつける。それは、目の前に立つアズ自身さえも、例外ではなかった。
アズ
(本当のアズ……ほんとうの?)
闇アズ
『女神よ……このいのち、頂いたこと……心より感謝します』
禍々しい闇の魔力を身に宿しながら、その顔に神聖ささえも漂わせて、闇アズサは―――「アズ」へと変わろうとしている。
闇アズ
『《ダーク・グレファー》の効果……発動。手札の《レベル・スティーラー》を墓地に送り、デッキから《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》を墓地へ』
ACTIVATE!
起動《ダーク・グレファー》:闇属性墓地落とし
闇アズ
『そして、墓地の《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》の効果発動……墓地の「ギミック・パペット」モンスター、マグネ・ドールをゲームから除外して、墓地から復活させる……』
ACTIVATE!
起動《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》:自己再生
SPECIAL SUMMON!
《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》ATK:0・☆8
地中からアスファルトを割って、人間大の棺が出現する。棺の蓋がゆっくりと開き、中に封じられていた、壊れかけの少女人形が、禍々しい動きで起き上がり、棺から這い出る。少女人形の首が鈍い音とともにアズへ向けられ、うつろな瞳に射抜かれて、アズの身体に戦慄が走る。
ナイト
『なんとういう禍々しいモンスターだ……!』
アズ
「これが……墓地にため込んでいた人形……」
闇アズ
『そう、まだ人形……わたしは、「アズ」をコピーしただけの人形に過ぎないの。でも……これから、人形に魂を、生命を吹き込んでくれる、聖なる儀式が始まるの……! 手札より、《地獄の暴走召喚》を発動!』
闇アズサが掲げたカードが光を発し、地面がぐらぐらと揺れる。
闇アズ
『攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時、それと同じカードをデッキ、墓地、手札から全て特殊召喚できる……この権利は相手プレイヤーにも発生するけど……ふふふ』
ナイト
『しまった! アズのフィールドにはデュエルナイト・セイバーだけ……デッキ内に存在しないモンスター・エクシーズは特殊召喚できない……!』
闇アズ
『そうです……だから、特殊召喚されるのは、わたしのネクロ・ドールだけ……』
アズ
「そんな……エクシーズ召喚を急いたのが……裏目に……?」
闇アズ
『甦りなさい! すべての《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》よ!』
ACTIVATE!
速攻魔法《地獄の暴走召喚》:互いに特殊召喚
SPECIAL SUMMON!
《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》ATK:0・☆8
《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》ATK:0・☆8
地中から二つの棺が新たにせり出し、中から少女人形が這い出してくる。不気味な壊れかけの人形が三体並び、そろってアズを見据えた。思わず、一歩後ろへ下がってしまうアズ。
闇アズ
『さらに、墓地の《レベル・スティーラー》の効果……! フィールドのモンスターのレベルを下げて、墓地から復活……!』
星の模様を背負った小さな虫が地中から這い出る。
ACTIVATE!
起動《レベル・スティーラー》:自己再生
《ギミック・パペット―ネクロ・ドール》☆8→7
SPECIAL SUMMON!
《レベル・スティーラー》ATK:600・☆1
アズ
「モンスターが5体も……」
ナイト
『一度に召喚できるモンスターの個体数としては限界値……だが、そのうち4体は弱小モンスターだ! アズ、まだこちらに分がある!』
闇アズ
『弱小モンスターだなんて……この子たちは、「アズ」の誕生のために集まってくれた聖なる儀式の生贄たち……それを侮辱するなんて……たとえナイトでも許しません!』
ナイトが気圧される。一瞬、愛すべきパートナーに叱られたのだと錯覚してしまい、慌ててその思考を追い払う白獅子。
委員長
「気をつけろ! 奴の手札はもう1枚ある! あれがデュエルピースかもしれないぞ!」
アズの後方から、見かねた委員長が叫んだ。だが、アズの耳には届いていない。人形たちににらまれ、射竦められた身体は、手先から感覚を失い始めてしまっている。気持ちの悪い冷気が、少しずつ迫ってくるような感覚。
闇アズ
『わたしは……よもつひらさかを上り出でし、4体の生贄を……オーバーレイ……』
三体の少女人形と黒のテントウムシが、輪郭を失って闇色の光球と化し、闇アズサの右掌の中に収まった。光球をまとわせる右手で、残る一枚の手札を掴み取り、天に向けて掲げ、乙女が祈る。
闇アズ
『かつてのわたしよ……生まれ変わる「アズ」に、力を……貸して!』
黒き乙女の手からカードが離れ、飛翔し、天頂に上り詰めたところで肥大化して、漆黒の球体へと姿を変える。その周囲を、闇色のORUが4つ周回し、稲光を走らせた。
闇アズ
『おいでなさい……《DP. 05 翡翠の悪夢を語る姫》(デュエルピース・ファイブ ジェイドメア・ザ・シャアラ)!!』
主たる漆黒の球に、周囲を旋回する4つのORU、合計して5つの黒球の中央から、悪夢をつかさどる異形の姫君が姿を現す。夜天に広げる漆黒の翼、大地に突き刺さらんとする長き漆黒の尾、この世のものとは思えぬ美術品のような麗しい顔立ちに、悪魔と見紛うばかりの牙の生えたつ口元から白い息を吐き、そして漆黒の中に映える二つの翡翠の瞳。右腕に分厚い書物を携え、高く掲げた左手の上に、巨大な翡翠の球を乗せている。
SPECIAL SUMMON!
《DP. 05 翡翠の悪夢を語る姫》ATK:3000・☆10・ORU×4
委員長
『あれが……デュエルピース……』
委員長が光臨した異形の女神を前に、ようやくそれだけ言った。
闇アズ
『さあ、始めましょう……「アズ」と「アズ」の聖なるゲームを!』
闇アズサの宣言とともに、異形の姫君が手にした書物と翡翠の塊とを投げ捨て、アズへ向けて急降下する。白獅子もアズも反応する間もなく、姫君の長い腕がアズをとらえ、持ち上げる。アズの足が地から離れ、姫君の懐に抱き抱えられる。
姫君に四肢を絡められて身動きが取れないアズのもとへ、闇アズサが歩み寄る。
闇アズ
『わたしが……「アズ」……そしてわたしの「アズ」……』
アズ
「っ……! やめて……はなしてっ……んむぅ……んっ」
闇アズサがアズの頬に手を添え―――引き寄せて、唇を重ねた。舌を吸引する粘着質な音が鳴り、触れ合う唇から、黒い魔力があふれ出して、二人のアズと異形の姫君を包み込んでいく。
グラナイトがアズを助け出そうと空中を駆けたが、同時に黒の魔力に弾き飛ばされ、はるか後方の委員長の足元まで吹き飛んだ。すぐさま、委員長が白獅子を抱き上げる。
委員長
「おい似非ライオン! しっかりしろ!」
ナイト
『ぐっ……大丈夫だ……それより、アズは……!』
委員長がフィールドに目を移すと―――そこにはもう、姫君も「アズ」もなく、それらすべてを包み飲み込んでしまった、巨大な黒い球体しか存在していなかった。
委員長
「飲み込まれた……のか?」
ナイト
『そんな……アズっ! 返事をしろ、アズーっ!』
白獅子の叫びも、夜の空気の中にむなしく溶けゆくだけであった。
* * *
目を覚ますと、闇の中にいた。闇の中だというのに、視界が嫌にはっきりしていて、「何もない」空間であることは、一目でわかる。
「これは……いったい……」
『ここは、「アズ」の中よ。あなたであり、わたしでもあるもの……』
いつの間にか、正面に闇アズサが立っている。先ほどまでのデュエル中と同様、少しの距離を開けて、二人のアズが向かい合っていた。
『アズ、デュエルピースとしてのわたしの力を教えてあげる。デュエルピースであるわたしは、シャアラ。ジェイドメア・ザ・シャアラよ』
「シャアラ……シャハラザード?」
『よく知っているわね。でも、少し違うわ。男を寝かさないアラビアンナイトの姫君とは違って、シャアラは人を眠りにいざなうの。そして、望んだ夢を見せる……シャアラの願いと、その人の心の中にある情景が重なった時、夢は魔力を得て、シャアラの力になってくれるわ』
「夢……まさか、昨日と今日の夢はあなたが……?」
『そうよ。シャアラが見せたの。あなたのこと、たくさん知りたかったから、あなたのこころの一番奥にあるものを見せてほしいと願った。そうしたら揺り起こされたのが、あの夢だったの。子供のころの、つらくて、くるしくて、さびしくて、それでも愛されていた、「アズ」の記憶。とても惹かれた……シャアラはあなたのことが、もっともっと好きになって、愛したくて……あなたになりたいと思ったの』
闇アズサが、一歩、また一歩とアズの方へ歩いてくる。アズは動けなかった。
『でも、あなたのことを好きになったのは、シャアラを手に取ってくれたその瞬間』
「手に取った……? あ……!」
昨日の浮浪者風の男と戦った時、倒したデュエルピースを吸収し、カードを手に取った瞬間の光景が思い出される。
『あのとき直感したの。この子は素敵だって。前の宿主が全然魅力的じゃなかったのもあるから、アレはポイ捨てしちゃったけど……でも、そんなの忘れるくらい、アズは素敵。苦しくて、辛くて、寂しくて、それでも誰かを守りたくて、戦って、そして誰よりも、愛されたがっている。狂おしいほど、けなげで、一途で、よくばり。そういう「アズ」に、シャアラはなりたいの』
デュエルピースの称賛を受けて、アズはたじろぐ。心の奥底をえぐられるような痛みを伴う称賛。デュエルピースは本気で、愛情の証としてアズに成り代わろうとしている。そのことが、本能で感じられた。
飲み込まれてはいけないと、必死に白獅子や級友の顔を思い起こしながら、アズは言葉を発する。
「でも……どうしてデュエルを中断したんですか!?」
『中断……じゃないわ。これは、カードとしてのシャアラの力。シャアラの効果を教えてあげる。ORUを持つシャアラが特殊召喚された時、その時点でのデッキを使って、デュエルをするの。デュエルの中で起こる、もう一つのデュエル。アナザーデュエル、かな』
「そんな……デュエルの中でデュエルをするなんて……」
『アナザーデュエルに勝つと、シャアラのORUの数だけドローできる。負けると、ORUの数×1000のライフを失うの。すごいでしょう? つまり、今から始めるアナザーデュエルが、デュエルの決着を大きく左右するの』
「それって……ORUは4つで、わたしのライフは4000だったから……アナザーデュエルに負けたら、4000ダメージ……その時点でわたしの負け……?」
『そうです。でも、わたしのライフは7300でしたから、負けてもまだチャンスはありますけどね』
闇アズサが、シャアラではなく「アズ」の口調へ戻る。
「あなたはこの展開を見越して……ライフ回復のカードを使ったんですね……!」
『その通りです。だって、どうしても「アズ」になりたかったから……頑張りました』
デュエルピースの理解しがたい目的と、愛情の表現方法とは裏腹に、昨日の奇妙なサレンダーから始まったこのデュエルのすべてが、周到な計算の上に成り立っていたのだと気付いて、アズは愕然とした。
『さあ、ディスクを見てください。デッキが残っているでしょう? それを新たにデッキとして、アナザーデュエルをするんです。このデュエルだけは、だれにも邪魔されない、人間の世界とは別の……「アズ」の中で戦いたかったから、あなたにここへ来てもらいました』
「ここは……人間の世界じゃない……?」
『そうです。夢とうつつの間に揺蕩う……悪夢の世界へようこそ、アズ』
闇アズサがディスクに魔力を込め、起動させる。
「ここから出るには、あなたに勝つしかないようですね……」
アズも対応して、ディスクを起動した。
『「デュエル!」』
「アズ」の声が、再び重なって、神秘的な響きが紡ぎだされた。
【決闘内決闘開始 闇アズサvs小鳥遊アズサ】
* * *
呆然と立ち尽くす委員長と白獅子の元へ、バイクで乗り付けたナコとガーネットが駆け寄った。
「オイ! アズはどうした! 委員長!」
「あの球体に……取り込まれた」
「なッ! どういうことだよ!」
『どうもこうも、シャアラの召喚を許したんでしょ。アナザーデュエルが始まっちゃったんなら……もうお手上げよ』
ガーネットが苦々しげに吐き捨てる。
『ガーネット……あのデュエルピースは一体……』
『瞳をやられたのね……ルーキー君、あんた、あいつに利用されたのよ。あいつはまんまとアズちゃんを手に入れて、アナザーデュエルの真っ最中。これじゃもうワタシたちは手出しできないわ』
「アナザーデュエル……まさか、あの球体の中でもう一度デュエルをしているのか?」
委員長がアズの言葉から機敏に思考を巡らせる。ガーネットは少し驚いた顔になった。
『鋭いわね、メガネ君。その通りよ』
「だったら……アズが勝てれば、問題なく出てこれるんじゃないのか」
「そ、そうか! そうじゃん! アズが偽物なんかに負けるわけねェ!」
『それは……厳しいわ。致命的に場所が悪いのよ。外で戦うのと違って、アズちゃんの勝ち目は限りなくゼロ。もっとも、それがあいつの戦術なんだけどね……』
「場所が悪いって……どういうことだよォ、ガネ子!」
『ガネ子言うな! ともかく、あいつがアナザーデュエルをするために選ぶ場所は、宿主の夢の中……それも、ただの夢じゃなく、悪夢よ』
「悪夢……小鳥遊さんが夢見が悪いと言っていたのは……!」
『おそらくデュエルピースの仕業よ。シャアラは宿主に寄生して、心の底まで知り尽くしているから……悪夢を見せて心の脆い部分を突き崩すなんて、朝飯前なのよ。悪夢の中で心を抉られ続けたら、よっぽど強靭な精神を持ってないと……気が狂うでしょうね』
先ほどアズが語った、幼少期の虐待の記憶。それを口にする少女の表情が、あまりにも辛苦に満ちていたのが、委員長の脳裏に焼き付いていて離れず、だからこそ、少年はアズに勝ち目がないことを悟った。
「小鳥遊さん……! くそっ!」
少年は、眼鏡のレンズ越しに、憎々しげに黒の球体を睨みつけたが、気休めにもならなかった。
* * *
<ターン1 闇アズサ>
闇アズ
『わたしのターンっ!』
DRAW!
・闇アズサ 手札×5→6
闇アズ
『《召喚僧 サモンプリースト》を召喚! 効果で守備表示に!』
NORMAL SUMMON!
《召喚僧 サモンプリースト》DEF:1600・☆4
アズ
「サモンプリースト!? どうして……!」
闇アズ
『決まっているでしょう? わたしが……「アズ」だからですよ? 続いて、魔法カードを1枚捨ててサモンプリーストの効果発動! デッキから《サンライト・ユニコーン》を特殊召喚!』
ACTIVATE!
起動《召喚僧サモンプリースト》:レベル4特殊召喚
SPECIAL SUMMON!
《サンライト・ユニコーン》ATK:1800・☆4
僧と聖獣、二体のモンスターが並び立ち、アズを威嚇している。
アズ
「この流れ……ウソ……」
闇アズ
『信じられないですか? でも、何もおかしなことはないですよ? それに、これからが本番ですから……わたしは、サモンプリーストとサンライト・ユニコーンでオーバーレイ!」
僧と聖獣が輪郭を失い、黒と白、一対の球へと変化する。
アズ
「いや……そんなの見たくない……!」
闇アズ
『2体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!』
一対の光球が闇アズサの手に宿り、大剣を形成する。実体が完成すると同時に闇アズサがそれを闇色の空へ向けて投擲し、どこからともなく登場した魔剣士が空中でそれをキャッチする。
闇アズ
『おいでなさい、わたしの剣たる少女よ! 《デュエルナイト・セイバー》!』
その声と同時に、魔剣士が着地した。自分ではない「主」と魔剣士の視線が交わされ、戦意を確認し合う、その光景を見せつけられて、アズの心がきしむ。
XYZ SUMMON!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2
闇アズ
『ああ……とうとうこの瞬間が来た……自らの手で《デュエルナイト・セイバー》を召喚したこの瞬間、正真正銘わたしこそが「アズ」……! ふふ、あははっ……! さらにわたしは、《オーバーレイ・リジェネレート》を発動! このカードをデュエルナイト・セイバーのORUとする!』
ACTIVATE!
通常魔法《オーバーレイ・リジェネレート》:ORU補充
《デュエルナイト・セイバー》ORU×2→3
闇アズ
『これでわたしの剣は、3回まで破壊無効効果を使えます……これまで何度も「アズ」を救ってきた鉄壁の守り……あなたに崩せますか? あははっ……』
・闇アズサ(手札3 LP:4000)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×3
・アズサ(手札5 LP:4000)
<ターン2 アズサ>
アズ
「っ……わたしのターン……!」
DRAW!
・アズサ 手札×5→6
闇アズ
『あれ、なんだか元気がありませんね。でも、ショック……ですよね? 自分のエースモンスターと戦わなきゃいけないんだから』
もう一人の自分に指摘されるまでもなかった。魔剣士に相対する、これまで感じたことのない威圧感に、全身が打ちのめされている。アズは震える左手を顔の前まで引き寄せ、手札を確認する。
アズ
(この手札なら……!)
アズ
「《レスキューラビット》を召喚!」
ヘルメットをかぶったウサギのモンスターが、くるりと空中で一回転し、四足でフィールドに立った。
NORMAL SUMMON!
《レスキューラビット》ATK:300・☆4
アズ
「レスキューラビット、効果発動! このカードをゲームから除外して、デッキから同じ通常モンスターを2体特殊召喚します! 《ヴェルズ・ヘリオロープ》を2体特殊召喚!」
ウサギのモンスターがその身を光に代えて、アズのデッキのカードに宿る。デッキから2枚のカードが飛び出し、ディスクにセットされると同時に、侵食された黒の岩石の身体を持つ二人の戦士が、フィールドに着地した。岩石戦士の血星石の瞳が、怪しく輝く。
ACTIVATE!
起動《レスキューラビット》:特殊召喚
SPECIAL SUMMON!
《ヴェルズ・ヘリオロープ》ATK:1950・☆4
《ヴェルズ・ヘリオロープ》ATK:1950・☆4
アズ
「わたしは2体のモンスターで……!」
闇アズ
『へぇ……何をするんですか?』
闇アズサに割り込まれて、異常に気付いた。いつもの通り、カード達を重ねることを願ったはずなのに、二頭の岩石戦士には何の変化もなく、格上の魔剣士に対してむなしく威嚇を続けるばかりである。
再び魔力を込めて、創造の基礎となる重ね合わせを念じるが、結果は同じ。岩石のごつごつした輪郭は確固としたまま、アズの願いだけが溶け出して闇の中に吸い込まれていく。
アズ
「なんで……どうしてORUにならないの……?」
闇アズ
『それはそうでしょう。だって、召喚するモンスター・エクシーズは……外に置いてきちゃいましたよね?』
アズ
「あ……!」
その通りであった。アズが望み、創造するはずの剣たる少女は、先ほどまで展開していたデュエルで、既にフィールド上に呼び出されていたのである。呼び出す対象がいなければ、素材を作り出せないのも、また道理。
アズをコピーしておきながら、闇アズサが死の人形、ネクロ・ドールばかりを召喚し、剣たる少女を呼び出さなかった理由―――それは、自分だけが「アズ」であるという証明のためであった。
闇アズ
『もうあなたはモンスター・エクシーズを呼べない。無様に斬り捨てられるしかないんです。わたしの剣に……ね』
闇アズサの言葉を受け取って、魔剣士が大剣を水平に掲げ、切っ先をアズへ向ける。一気に高まった絶望感が津波のように押し寄せ、とうとうアズの膝が折れ、四つん這いになり、動けなくなる。
その姿はもはや―――「アズ」ではないのかもしれない。
闇アズ
『分かってくれました? だれが本当の「アズ」なのか』
微笑をたたえ、「アズ」が勝ち誇った。
* * *
アズがデュエルピースの黒球に取り込まれてから、既に半刻。全員がアズの無事を願うも、ガーネットが告げた、勝利の可能性が低いという現実に、打ちのめされて言葉が出てこない。
それでも、パートナーの危機であればこそ、口火を切ったのは、白獅子であった。
『ガーネット、あの力場に何とかして介入できないでしょうか? せめてアズのそばに行くことくらいは……』
『それは難しいでしょうね……あれはアズちゃんの悪夢でできてるから……介入したとしても、下手するとアズちゃんのほうにダメージを与えるわよ』
『しかし……このまま指をくわえて見ているわけには……!』
「そうだぜ! それにナイトはアズが戻ってきたら、また二人で戦わなきゃいけないだろ! だからあたしが行く!」
ナコが一歩踏み出し、名乗り出る。その言葉には有無を言わさぬ力強さがあり、先日の罪滅ぼしの意味を込めているのかもしれなかった。
だが、必死の申し出を、即座にガーネットが却下した。
『あんたはやめときなさい。ここ何日かで見させてもらったけど……あんたはデュエルの素質ゼロ。この間は運よく無事で済んだけど、うかつにデュエルピースの魔力に触れたら、最悪お陀仏よ。それに、そんな危険を冒すことは、アズちゃんも望んでないと思うわ』
「けっ、けど! じゃあ、どうすりゃいいんだよぉ……」
瞳を潤ませ、ナコの言葉が弱々しく萎えていく。その横で、やりとりを静観していた少年が、一人決意を固めていた。
「なら、俺が行く」
一人と二頭の注目が少年に集まる。委員長は、ガーネットを持ち上げ、自分と同じ目線まで持ってくると、レンズの奥から真剣な双眸を向ける。
「素質云々は分からないが、諸星より、可能性があるかもしれないだろ」
『メガネ君……あんた、わかってる? デュエルの素質ってのは先天的な部分が大きいの。仮に突っ込んでって、やっぱりあんたも素質ゼロだった、なんてオチだったら、本気で死ぬのよ?』
だが、委員長の瞳は揺るがなかった。それほどの決意が一体どこから出てきたのか、ガーネットはその根源をつかめず、戸惑った。
『正直に言わせてもらうけど、あんた、なんでそこまでするの? ナコはまだ分からなくもない。アズちゃんは命の恩人だからね。でも、あんたは? 昨日今日話すようになった子のために、命を危険に晒すなんて、分かりかねるわ』
「……そうだな。俺もよくわからない」
真剣な表情のまま、相当に彼らしくないセリフを吐いて、委員長自身が驚いているほど。しかしそれでも、決意の言葉は止まらない。
「しかし、それをいうなら、小鳥遊さんも同じだった。珍妙な似非ライオンに街の危機を語られた程度で、疑いもせずに、死ぬかもしれない決闘に身を投じている。昨日はその理由が分からなかったが……もしかすると、簡単なことだったのかもしれない。今の俺と同じ。結局、衝動で動いているんだ。小難しい理由なぞ、後付けで」
委員長の言葉に、ナイトは息を呑む。白獅子のパートナーがなぜ戦っているのか、白獅子自身あまり深入りしてこなかったその理由に、少年は踏み込もうとしている。
『少年……』
「今、あの子を助けたいと思う、それ以上に理由なんぞ必要ない!」
少年の叫び声を全身に浴びて、ガーネットが眼を閉じ、静かに首を縦に振った。
『あたしがあの球の中に入る道を作るから、合図したら飛び込みなさい。中で何があっても、とにかくアズちゃんを探すの。見つけて、励ましてあげて。それだけで孤立無援の戦いをするのとは、全然違うわ』
「……わかった!」
『よし、行くわよ……!』
言うが早いか、ガーネットの真紅の瞳から光が放たれ、黒の球体に照射される。光を受けた球体の表面が液状化して、波紋が急激に幾重にも広がった。
『飛び込みなさい! 波紋の中央よ!』
ガーネットの言葉と同時に、委員長が大地を蹴った。両腕で顔を庇うようにし、頭から球体めがけて突撃する。
―――じゃばぁっ
まるで着水の音。委員長の姿は、液体と固体の間をさまよう黒のエネルギー球の中に取り込まれ、消えた。
* * *
悪夢の中で、二人のアズが相対する。白と朱のアズは呆然と膝をついている。対する黒のアズは魔剣士に守られ、勝ち誇っていたが、異常に気付いて表情を曇らせた。
闇アズ
(これは……何者かがアズの心の領域に侵入してきた……? 誰だか知らないけど、この神聖なゲームを邪魔しようとするなんて……!)
憤りつつも、これまでのゲームすべてが自分の想定に沿って展開してきた中で、初めて生まれた想定外の事態に、闇アズサは焦りを覚える。
闇アズ
(アズの心の闇……悪夢の世界からは簡単には抜けられないはず……ここまでたどり着けるとは思えないけど……一応、勝負を急いだ方がいいかも……!)
闇アズ
『……さぁ、どうしたんですか? ゲームを進めてくださいよ。レスキューラビットで特殊召喚したカードはエンドフェイズに破壊される……このままだとヘリオロープがいなくなって、フィールドがら空きですよ?』
アズ
「あっ……く……」
アズは何とか自分を取り戻し、膝に力を入れて立ちあがる。眼前の自分が言う通り、デュエルはまだ途中なのだ。エースモンスターが使用できない状況でも、勝ち目があると信じて戦うしかないことは、彼女とて、十分承知の上である。
手持ちのカードを確認して、対策を練る。
アズ
「わたしは……カードを2枚セットして……ターン終了」
SET!
伏せカード×2
終了宣言とともに、二体の岩石戦士たちの身体がたちまち崩れ、砂と化して悪夢を吹く風に散らされた。
・闇アズサ(手札3 LP:4000)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×3
・アズサ(手札3 LP:4000)
伏せカード×2
<ターン3 闇アズサ>
DRAW!
・闇アズサ 手札:3→4
闇アズ
『うふふ、かわいそうなアズ。苦しかったでしょう? 痛かったでしょう?……お父さんにぶたれて』
アズ
「っ……!」
闇アズ
『でもあなたは、いくらぶたれても、お父さんを嫌いになっても、憎むことはなかった。あなたが一番憎んでいたのはあなた自身……自分を庇ってくれるお母さんを助けられない……あなた自身……』
闇アズサの言葉が、アズの胸に立て続けに突き刺さる。いまやアズの全ての感情が、闇アズサの記憶と、手の中にあった。
* * *
少年が眼を開けると、そこはしなびたアパートの一室であった。夕刻らしく、窓の外から夕日が差し込み、照り返しが重なって、辺り一面が気の抜けたようなオレンジ色に染まっている。まぶしさに、思わず目を細める少年。
少年の目の前にある、四畳半の居間の隅に、男が座していた。足元には酒瓶が転がり、うつろな目で空を見つめている。委員長の存在も、目に映っていないかのようである。
少年の背後から、がちゃん、と音がして、玄関の扉が開いた。薄い扉と壁の隙間から、まだ五、六歳であろう童女が入り、扉を閉める。成長途上でありながら、つぶらな瞳に、通った鼻筋は、女性としても大きな可能性を感じさせる。毛質のためか、毛先はそろっておらずちぐはぐな方向を向いていたが、それさえ愛嬌として見られる。その少女の造作に、少年は既視感を覚えた。
(アズ……?)
今、彼が助けたいと願う少女と、眼前の童女は瓜二つであった。
「お、おい……お前、アズか?」
だが、童女は少年の声が全く聞こえていない様子で通り過ぎていく。
(ここが、夢の中だとすれば……これはアズの見た夢そのものか、あるいは……記憶?)
童女はぱたぱたと居間へ歩き、そして、居間の手前で立ち止まった。
(これがアズの記憶ならば……あの男は父親……か? だとすれば―――)
委員長の脳裏に、先ほど聞いたアズの幼少期の話がよみがえる。次に起こる事態に予測がついて、居間に目を移すと、男が酒瓶を蹴りながらぬっと立ち上がり、童女の目の前に立つのが見えた。童女―――アズへ向けて、男が手を伸ばす。後姿だけ見てもわかるほどに、アズはびくりと身体を震わせ、思わずその手を払いのけてしまう。
それが、男の逆鱗に触れた。
『なんだぁ! 父親に向かってその態度は!』
『っ……! やめて……いや!』
『言葉づかいがなってないと、教えたろうがぁ!』
振り上げられた手の先で拳が握りしめられ、そのままアズに振り下ろされた。鈍い音が鳴り響き、アズの身体が吹き飛んで、木造の柱に背中から叩きつけられる。
「おいっ! やめろ!」
たまらず委員長が男を押さえつけにかかり―――そして幻影のごとく男の身体を突き抜けた。実体を持つ少年は、夢に対して干渉できないものらしい―――少年はそのことを予想してはいたが、それでもこの光景を前にして、冷静に見ていることはできない。
少年が拳を握りしめて男の後頭部めがけて振り下ろす。だがその拳はむなしく突き抜け、右腕のひじ部分まで男の頭に刺さった格好になった。無力を感じ、これからアズを襲う惨劇から目を背けることを考えて、それではアズの元にたどり着けないのでは、と考え直す。
『ご、ごめん……なさ……ぃ』
『声が小さい!』
大きな手がアズの頭を掴み、床に押し付ける。床に血の飛沫が飛び散った。
『謝る時は、頭を下げろぉ!』
『ぁ……! ごめ……な……さ』
うわごとのように、謝罪の言葉を繰り返すアズ。なおも男はアズの後頭部に拳を振り下ろし、振り下ろされるたびにアズの四肢が痙攣した。
幾度か殴打が続いたのち、男が肩で息をしながら、ようやくアズから手をはなす。床に転がった少女は、微動だにしない。
何が気に障ったのか、男が激昂して吼え、うつぶせのアズの脇腹めがけて蹴りを見舞う。衝撃に、童女の身体全体が、少し浮き上がるほど。続いて身体が床に落ちる鈍い音が響き、童女は転がって仰向けになる。
かろうじて意識はあるようだが、目の焦点が合わず、肋骨を突き抜けた衝撃に呼吸もままならない様子で痙攣する童女の身体。口の中を傷つけたらしく、口の端が真っ赤に染まっている。額も割れて、血が一筋、顔を両断するように伝い流れていた。よく見ると、衝撃で外れてしまった血塗れの乳歯が一本、床に転がっている。
正視にたえない虐待の光景。それでも、委員長は瞼を閉じようとする衝動を押さえつけて、眼をそらさず見続ける。その時、唐突に玄関の扉が開く音がした。
『アズ!?』
女性の声が響いた。玄関の扉へ目をやると、バッグと買い物袋を提げた女性の姿がある。
(母親……か?)
女性は荷物を投げ捨てると、畳の上に倒れているアズへ半ば半狂乱になって駆け寄り、抱き上げる。
『アズ! しっかりして! アズ!』
必死の呼びかけにも、アズは応えない。というよりも、明らかに応えられる状態ではなかった。
娘を抱えた母が、父親の脇をすり抜けて、部屋を走り出ていく。娘への愛に、母親は父親以上に狂っていた。父親ががたりとその場に崩れ落ち、泣きながら吠えていた。
* * *
闇アズ
『あの日、お母さんの言いつけを破って早く帰ってきて、めちゃめちゃにぶたれて、それでも最後はお母さんに助けられて……愛されていたのですね?』
魔剣士が攻撃態勢をとり、かつての主たる少女に向けて走り出す。
闇アズ
『お母さんも、極限の状態で、娘を守ることだけが生きがいでした。お酒に狂って豹変した旦那様――――哀れな奥方は娘に狂って、自分の不幸を忘れようとして、「アズ」が生まれたのです……』
アズ
「っ……わたしは……《マジシャンズ・サークル》発動! 魔法使い族の攻撃宣言時に、お互いのプレイヤーはデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族を攻撃表示で呼び出せる!」
ACTIVATE!
通常罠《マジシャンズ・サークル》:互いに特殊召喚
SPECIAL SUMMON!
《憑依装着―ライナ》ATK:1850・☆4(アズサ)
《憑依装着―ダルク》ATK:1850・☆4(闇アズサ)
光を修めた少女魔導師と、闇を修めた少年魔導師が、互いのフィールドに降り立ち、向かいあう。いずれも使い魔の力をその身に宿し、ほとばしる魔力が暴風を巻き起こす。攻撃態勢に入っている魔剣士は、その勢いを削ぐことなく、新たに現れた少女魔導師に狙いを変更し、突進した。
闇アズ
『お母さんの愛を信じて、あなたは暴力に耐えた。ううん、耐える必要はなかったですよね? あれは暴力じゃない―――罰だったのですから』
アズ
「わたしは……! わたしは! 速攻魔法《突進》を発動! ライナの攻撃力をアップ!」
ACTIVATE!
速攻魔法《突進》:ATK700アップ
《憑依装着―ライナ》ATK:1850→2550(+700)
ATTACK!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500 ⇒ 《憑依装着―ライナ》ATK:2550
光の少女魔導師の力が、ほんのわずかながら、魔剣士を凌駕する。少女が掲げた美麗な杖の先端、魔鏡から光がはなたれ、放出された魔力が魔剣士を破壊しにかかる―――が、魔剣士は冷静にORUを変化させて防壁を張り、踏みとどまった。
《デュエルナイト・セイバー》ORU×3→2
・闇アズ LP:4000→3950(-50)
闇アズ
『あなたはお父さんを憎まなかった。だって、悪いのは、手を上げるお父さんじゃなかったからです。悪いのは、お父さんを止めることも、怒らせないようにいい子でいることもできず、庇ってくれるお母さんに全て押しつけて、震えているだけの、誰かさん―――』
その言葉に、アズが絶句し、左手から手札がこぼれ落ちる。心の痛みがにじみ出ているもう一人の自分の表情に、闇アズサは満足そうに笑みを浮かべた。
・闇アズサ(手札4 LP:3950)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2
《憑依装着―ダルク》ATK:1850・☆4
・アズサ(手札3 LP:4000)
《憑依装着―ライナ》ATK:1850・☆4
* * *
少年が眼を開けると、夜風の吹き抜ける公園であった。暴虐の現場にいたはずが、移り変わる瞬間も感じないまま、ふと気づくと周囲の光景が様変わりしていたのだ。その異様な感覚に混乱しつつも、委員長は周囲に目を配る。
(アズの記憶なら、アズがどこかに登場してくるはず……)
少年の予想は当たっていた。公園の隅のベンチに、母と娘が腰かけている。幼いアズの額と口元には血の跡が残されており、最初に殴打を受けた頬が痛々しく腫れていた。どうやら、先ほどのシーンの続きのようだ。アパートの部屋から逃げ出した母子は、この公園で休息していたものらしい。
『アズ、大丈夫?』
『はい、もう、痛くないです』
それが偽りであることは明白だった。蹴られた横腹が疼いたらしく、「もう」から先の声が震え、目の端から涙がこぼれた。かといって、母にその嘘を咎めることができようか。母は一瞬辛そうに顔を曇らせ、それでも娘の意図を尊重して笑顔を作り、指で流れた涙をぬぐい取る。それから、自分の膝の上にアズを乗せて、腹部に触れないよう注意しながら、後ろから優しく抱きしめた。
『えへ……お母さん、あったかいです』
『そうね……アズもあったかいわ』
アズから笑顔がこぼれる。その笑顔は、委員長の記憶にある現在の彼女のそれと、ぴったりと重なるものだった。
『お母さん……いつ、おうちに、帰る……ですか?』
『もう少ししたら、ね。もう少しだけ、お母さんとお話しして? それより、アズ、敬語なんてどこで覚えたの? お利口さんね』
『けい、ご? けいごってなんですか?』
『あら、知らないで使ってたの? 「です」とか「ます」が最後にくっつくの。丁寧な言葉なのよ』
『あの、お父さんが……こういう風に話せって。普通に話すと……怒られて……だから、ニュースを見て、まねしてみたんです。そしたらちょっとだけ、ほめてくれて』
(それを、高校生になった今でも―――?)
母の顔が、再び曇った。
『あのね、アズ。そういう話し方は、ホントは大人になってからするものなの。だから、お父さんの前ではそれでいいけど……お母さんしかいないときは、普通でいいのよ?』
『そうなんですか? じゃあ、そうします……あれ……えっと、おかしいです……あれ?』
アズが戸惑って口ごもり、時折言葉にならない言葉を漏らしながら、敬語での発話を続ける。委員長が、童女の困惑の正体に思い当った。
(自分でも戻せなくなっているのか? まさか、それが今も続いて―――?)
『えっと……どうしたら、いいんですか? 普通でいいのに、普通って、どうやって話したらいいんです……か』
『アズ、無理しないでいいの。言葉なんてどうでもいいのよ。自然に出てくる言葉で話せばいいの。お母さん、どっちでも全然気にならないから』
『あ、はい。わかりました、あっ……くしゅ!』
夜風が急に強くなり、冷たい空気が母子の肌を撫で、アズがくしゃみをした。
『そろそろ、帰りましょう。風邪を引いちゃうわ』
『はい……』
それは、母子が自ら、暴力の中に戻らねばならないということ。重い足取りで歩きだす母子を、委員長は無言で見送るしかなかった。
* * *
<ターン4 アズサ>
闇アズ
『何をやってるんですか? あなたのターンですよ?』
脳裏に両親の記憶が駆け巡り、動けなくなっていたアズは、もう一人の自分の言葉にびくりと肩を震わせ、現実に―――否、悪夢の中に引き戻された。
闇アズ
『だめじゃないですか、手札を落とすなんて。デュエル中なんですよ?』
微笑をたたえた闇アズサが、諭すような口調で言う。
アズ
「ご、ごめんなさい……」
口をついて、謝罪の言葉が出てしまう。それがどんな意味を持つのか意識する余裕もなく、焦って手札を拾い集め、ドローフェイズへ移った。
DRAW!
・アズ 手札:3→4
エースモンスターが使えない絶望的な状況下で、何とか打開策を見つけようと思考を巡らせるアズ。だがその思考に、容赦なく闇アズサの言葉がかぶせられ、かき乱されていく。
闇アズ
『もう十年経つんですよね、この話し方になってから』
アズ
「え……?」
闇アズ
『敬語ですよ、ケ・イ・ゴ。よかったですね、お利口さんだって、お母さんに褒めてもらえたでしょう? でも、今なら分かりますよね、お母さんがあなたの敬語を聞いて、どう思っていたか。娘が、暴力夫の言いなりに作り替えられるなんて、辛かったでしょうね、情けなかったでしょうね? かわいそうで、あなたのこと見てられなかったでしょうね?』
アズ
「そんな……わたしは……ただ……」
闇アズ
『ただ、自分の身を守りたかっただけ、ですよね?』
アズ
「やめて……そ、言わないで……」
闇アズ
『敬語をうまく使えていると、お父さんにぶたれる回数が減るから。そうすれば、あなたは痛くないですよね? だから、お母さんの気持ちを無視して、踏みにじっても全然、ぜーんぜん、平気ですよね?』
アズ
「ちが……わたしは……ちが、う……」
闇アズ
『何が違うんですかぁ!?』
闇アズサの声がひときわ大きくなった。アズはその声に恐怖し、思わず目を閉じる。
闇アズ
『ねぇ、答えてくださいよ、アズ。何が違うんですか? 敬語なんかやめて、お母さんが望んでいたように、子供らしい、かわいい話し方で、お母さんを満たしてあげればよかったのに、そうしなかったのは―――』
アズ
「っ……! いやぁっ……!」
とうとうアズが闇アズサに背を向け、その場から逃げ出そうとする―――その手をもう一人のアズが、がしりと掴んだ。
アズ
「ひっ……!」
いつの間にか、モンスターたちが並び立つフィールドを挟んでいたはずの二人の距離は、ゼロまで詰まっていた。力任せにアズを引き寄せ、彼女の耳元で闇アズサがささやく。
闇アズ
『そうしなかったのは、あなたが悪い子だったから……でしょう? 言葉使いと同じです……あなたは変わっていない……ちいさなちいさな、「アズ」のまま』
アズ
「やめっ……放してっ……!」
闇アズ
『ナイトに頼られて、うれしかったですか? ナコちゃんに感謝されて、気持ちよかったですか? 委員長さんにかわいそうな「アズ」の過去を打ち明けて、同情されて、満足でしたか? 愛してほしくてたまらなくて、周りの人に尻尾を振って―――子供の「アズ」と何が違うんですか? なんて―――悪い子』
アズ
「……わるい……こ……」
闇アズ
『なんて、悪い子―――だって……もしあの時、あなたに勇気があったのなら―――』
<後編へ続く>
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