誰が為に球は飛ぶ
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青い春
参 手本
前書き
アスカみた女は苦手なので、どうやって作中で扱えば良いのか分からない。
第三話
せやねん。突然話しかけてきよったんやわ、あいつが。
全然、親しい訳やないで?まぁ嫌いやった訳でもないんやけどな。まぁアレや。アウトオブ眼中って奴や。目立つとしたら、学校すぐサボるって事くらいやな。いっつもカマトト決め込んだよな顔しよってからに、よう分からん奴やねん、あいつ。
それが、たまたまな、試合を見に来たんや。ワイの輝かしい公式戦デビューや。あ?五回コールドで何が輝かしいんやと?うっさいわい、黙って聞かんかい。
まぁ試合見に来たわけ。ツレの、あの銀髪も来よったなぁ。どっちも野球分かる奴には見えへんのやけど。
ほんでな、話はそこで終わらんねん。
次の日の学校でな、あいつ、ワイに話しかけてきよったんじゃ。で、何を言い出したと思う?適当に「頑張ってたな」とかやったらまだ可愛いねん、これが。
「君はもう少しテークバックで腕の力抜いた方がいい」とか、「もっとリリースに意識を持てば」とか、これがまぁ、説教くさいねんて。指導なんやわ、指導。
中身は詳しくよう聞かんかったわ。それ以前にブチギレよ。
ヒョロガリノッポの、帰宅部かいなあいつは?まぁどうでもええんやけど、野球やってもない奴に指導なんかされる覚えは無いねん、こっちは。
ちょいとワイらの大敗見たからって、調子乗るなと。素人が知ったげに語んなと。
手本見せてからンな事は言えと。
はっきり言うて突っぱねたったわ。
でも計算違いがあったんやなぁ、ここで。
あいつ、放課後に室内来て、手本見せたるわって言い出したんや。
あぁ、そういやあいつ、名前なんつったかなぁ?
えーと、碇真司?
ーーーーーーーーーーーー
室内運動場でキャッチボールする真司を、野球部の面々と、そして何故か薫が見守る。
真司は長い腕を大きく回すようにしてゆっくりと、相手の日向に対して投げ込む。
その形は、結構様になっている。ロッカーに入れたまんまでクシャクシャに皺が寄っている体操服以外は。
「へぇ〜、結構、やってた感じじゃん」
「たかが塁間のキャッチボールやろが」
感心している健介の様子に、藤次の機嫌がまた悪くなる。
「でも、多少なりともやってました、って奴でも欲しいんだよなぁウチは」
「9人だけじゃあ足らないですよねー」
その藤次の不機嫌に更に油を注ぐのは、癖っ毛の中背に、イガグリ頭のチビだ。
前者は多摩秀樹といい、ファーストを守る二年生。後者は浅利敬太といい、ショートを守る一年生だ。
「9人だけでもかまへんわ!ワイが打って投げりゃあ…」
「15点取られたピッチャーが何だって?」
いつものように大言壮語を始める藤次に光が釘を刺した。藤次はギクっとして、少し大人しくなる。キャッチボールしながら見ていた真司は、その様子を鼻で笑った。
「鈴原に投げて打っての大活躍をしてもらう為に今日は来たんだよ。あ、少し力入れて投げてもいいですか?」
日向は頷く。真司はうん、と背伸びをしてから、説明を始めた。
「まず鈴原は、テークバックが大きすぎ。腕の円運動の弧が大きすぎて、ボールを放す時に腕が体から離れすぎちゃってるんだよ。これじゃあ同じ動きを続ける…つまりストライクを投げ続けるのは難しいよ」
そういって、悪い見本として、腕をぶん回して一球投げてみる。
「あ、藤次にそっくりだ。」
健介が声を上げる。その場で見ていた藤次以外の全員が同じ感想を持っていた。
真司は藤次の投げ方をコピーしてそのまま投げ込んだのだ。
「むっ…」
藤次の口数がどんどん減っていった。
ーーーーーーーーーーー
「いいかい?次は…」
真司の投球指導は優に20分を越していた。
律儀にメモをとった光のノートには、項目が6つも並んでいる。ちなみに、指摘されてる本人の藤次の頭はもう既にパンクしている。
「…よし、これくらいで言いたい事は全部かな。一つずつ欠点を頑張って潰していけば、僕なんかより体の力は強そうだし、きっと良いピッチャーになれるよ。」
真司はそして、借りていたグラブを返して、室内運動場から出ていこうとする。
「待った!」
その真司を間髪入れずに呼び止めたのは、真司の球をずっと受けていた日向だった。
「…一度、君自身の投げ方で、力いっぱい投げてみてくれないか?」
「…ええ?別に僕が投げたいから来たわけじゃ」
「お願いだ」
日向は有無を言わせない雰囲気を出す。
味方がエラーした時にもこんな感じを出す事は無いのに、そのメガネの奥の視線がやたらと鋭い。
野球部の面々が少し驚き、身構える程だった。
「…じゃあ、一球だけ」
仕方なさそうに真司は室内運動場に戻り、グラブをはめ直す。
ボールを手に取り、こじんまりと振りかぶった。
ーーーーーーーーーーーーー
スッと上がった足。捕手に向けてピタリと半身の姿勢に。力感も無いがブレも無い。
その半身の姿勢のままで、上げた足を踏み込んでいく。グラブをはめた左手を投球方向へ伸ばし、右手を肘から巻き上げていく。
足が着地し、前から後ろの体重移動と、半身の姿勢からの体の横回転が一つの動きになる。
そのフォームは、美しかった。
ーーーーーーーーーーーーー
「パン!!」
真司の投げた球が、日向のミットを叩く。
野球部員たちは呆気にとられていた。
その投げた球は、130キロは出ていた。
傾斜の無い普通の足場、ただの運動靴、よれよれのジャージという格好、
何より体育の授業以外にロクな運動もしていないというのに。
「…すげー」
多摩が声に出して言った頃には、既に真司はそそくさと室内運動場から立ち去る所だった。
「あ、ちょっと待って!」
光が引きとめようとした時には、その声が届かない所まで行ってしまっていた。
健介も藤次も、浅利も、皆言葉も出ない。
日向は真司の球を受け止めたミットを見つめていた。
あいつの投げた球、一球も構えたミットを外さなかった。
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