気まぐれな吹雪
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第二章 非平凡な非日常
51、その差は何が産み出すのか
「オレと修業しねぇか?」
いつもの調子で、いつもの口調で、いつもの笑顔で彼は言った。
それは、あまりにも不似合いで不釣り合いで不敵なもの。
いつもヘラヘラしていて、いつも要にボロボロにされて、いつも情けない彼から放たれた台詞だとは、到底理解し難い。
「て言うか、お前戦えんの?」
「神様バカにするなぁ!」
痛恨の一言に地団駄をする銀。
確かに忘れがちになってしまうが、一応これでも天上界のNo.2である。
「でもよ、何するんだ?」
「至ってシンプルだ。オレと戦うことだよ」
「お前と戦……えー」
「えーとか言うなぁ!」
地団駄を踏む銀に送られるのは、要の冷たい視線。
ガキかこいつは。
それが率直なリアクションなのだ。
「けど、ただ戦うだけじゃない、所謂縛りプレイをする。簡単に説明するなら、お前のブレスの力は一切働かない」
その言葉にはっとした。
そう言えば、今自分は『フィリミオ』じゃなくて『要』だ。
まさかと思ってブレスに手をかけるが、うんともすんとも言わない。
ただのアクセサリーとなり下がってしまっていた。
「ま、そう言うことだ。つまり、お前は今、人並みより少し高いだけの身体能力と、ただの短刀だけでオレと戦わなくっちゃいけない」
「なんつーか、それじゃただのケンカになりそうだけどな」
「ん? はははっ。いつオレが素手だなんて言った?」
「え?」
銀が右手をかざす。
すると、そこに白い靄が集まり、その手の中で純白の鎌へと形を成した。
「ここはオレの世界だ。すべてがオレの思い通りになる」
一瞬だった。
本当に瞬きをするほどの速さで彼は移動した。
大きく鎌を振り上げて、勢いよく降り下ろす。
要はそれをバックステップでかわすものの、風圧で学ランが大きく裂けた。
彼女の額を冷や汗が流れ落ちる。
「おいおい、殺す気か?」
「どうだろうな。けど、油断してたら死ぬと思うぜ」
床に刺さった鎌を抜きつつ、その勢いでまた斬りかかる。
避けるに間に合わず、咄嗟的に短刀で攻撃を防いだ。
しかし、それでは甘かった。
重い一撃。
要と似た細身の体からは想像できないほどの力がその一撃に込められていた。
受け止めるも止めることはできず、そのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
壁?
さっきまでそこに壁はなかった。
それどころか、この空間には元々壁なんて1つも存在していなかった。
たった今、突如としてそこに現れたのだ。
「分かったろ? オレの思い通りになるってことが」
不適に笑う銀だったが、激突の衝撃で肺から空気が押し出され、荒い呼吸を繰り返している要は返答する余裕すらなかった。
たった一撃だった。
たったそれだけなのに、ここまでのダメージを受けてしまっていた。
力の差は歴然だった。
「ち……くしょ……ッッ。舐めんじゃねぇぞ駄神がッ」
「その駄神にやられてんのはどこのどいつだ?」
そういう銀の目は笑っている。
無表情の中の笑み。
そこには一種の恐怖があった。
「っち。クソ神が」
「だからお前はそのクソ神にやられてんだよっ」
鎌が思いきり降りきられる。
そこから生じた衝撃波が要に襲いかかる。
しかし、彼女の口元は笑っていた。
「だからさぁ、舐めんなって言ってんだろ?」
「何?」
地面を蹴って飛び上がり、衝撃波を避けた。
その高さは、銀が予想していたものよりも遥かに高かった。
人並みより少し高いだけの身体能力を与えられただけの元運動音痴が成せるはずのない高さ。
「はっ。それだけでいい気になるなよな!」
五発。
空中にいる要に向かってさらに衝撃波が打ち込まれた。
足場のない彼女には避ける術はない。
そう思っていた。
「いい気になんかなってねぇよ」
しかし、要はすべて短刀で薙ぎ払ってしまった。
そのまま獲物をまっすぐに構え、標的に向かって落下する。
殆ど瞬間的だったその攻撃を間一髪でかわした銀だったが、頬が少し切れて血が流れているのを要は見逃さなかった。
「オレは学ランでお前は頬。オレの方が一枚上手だったか?」
渾身のドヤ顔を決めた要。
なぜ彼女がここまで強いのか。
その理由は至極簡単で単純で簡潔だった。
誰かを守る力を。
要が望んでいるのはそれだけだ。
そう望み続けることが日頃のトレーニングに繋がり、銀の予想を遥かに越えることとなったのだ。
そして当の本人である銀は、肩を震わせていた。
それが泣いているのではなく、笑っているのだと気付いたとき、要の背中を悪寒が走った。
銀は、声もなく笑っていたのだ。
「あーあ。嬉しい誤算だな。やっぱり消すのが惜しくなってくるぜ」
「何を言って……ッ!?」
思わず言葉が紡げなくなってしまう。
銀から放たれた、夥しい量の殺気。
それは誰よりも多く、誰よりも重く、誰よりも鋭いもの。
恐怖。
それだけだった。
その場にいるのに意識を保っていられると言うだけでも、褒められたものだ。
「なぁ、やっぱり本気でいくわ」
静かにその目が開かれる。
切れ長のつり目で美形な彼は、まさしく雲雀と瓜二つであり、
「あ、兄貴……?」
要の兄と瓜二つであった。
しかし彼はかつて昔行方不明になったままであり、銀と関係があるとも思えない。
だけど、似ているのだ、恐ろしいほどに。
消え入るようなその呟きに対し、銀は小さく微笑んだだけだった。
「悪いが、オレはお前の兄じゃない」
次の瞬間、銀は要の目と鼻の先にいた。
この殺気の中、このスピードで、避ける時間なんてなかった。
ザクッと音を立てて彼女の肉体に鎌が深く深く食い込む。
込み上げる鉄の味は、体の奥から気持ち悪くなる。
「がはっ……」
勢いよく鎌が引き抜かれ、鮮血が飛び散る。
同時に、込み上げていた鉄の味は、赤黒い液体として口の中から吐き出された。
純白の鎌にはべっとりと彼女の血がついて赤く染まっている。
足元から力なく崩れ落ちた要は、ゆっくりと自らの血の海に沈んだ。
その瞳は、見開かれたまま生気を失っていた。
もう彼女はピクリとも動かない。
息をしていないことは、見ればすぐに分かってしまった。
「何だかんだ言って、結局はこうなっちまうんだな……」
ポツリと、小さく銀は呟いた。
その服は返り血で赤く染まっている。
斬りつけたとき、抵抗がなかった訳じゃない。
『兄貴』と言われ、なにも感じなかった訳じゃない。
けれど、なんで抵抗があったのか分からない。
なんでどうでもいいはずの言葉に反応したのか分からない。
なんで、自分はこんなにも彼女に思い入れているのか分からない。
「ごめん、な。けどもう、仕方のねぇことなんだ」
持っていた鎌が砕け散る。
踵を返して立ち去ろうとした、その時だった。
淡く、小さく、儚く、要のチョーカーが輝いた。
しかし背を向けていた彼はそれに気づかない。
刹那、突風が吹き荒れた。
あり得ないことに驚き、足を止め、振り返った。
あり得ないんだ。
この世界で自分の意思ではない『何か』が起こるなんて。
彼の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
要の体を純白の炎が包み込んでいた。
まるで、彼女の血を火種にしているかのようにそこから上がり、勢いを増していく。
完全に要の姿が見えなくなったとき、銀は確かに笑い声を聞いた。
要ではない、女の声を。
次の瞬間、炎の中から青い光が迸り、一瞬にして炎を消し去った。
そこにいたのは、
「こんにちは、銀クン♪」
長い白髪を持った少女だった。
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