櫛風沐雨〜ネルザー戦記〜
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第一章 王国の英雄3
家が燃えている。
いや、家だけではない。
協会も、鍛冶屋も何もかも。
そう、村中から火の手が上がっているのだ。
しかも、地面には積み重なる死体。
皆村人達だ。
生きている人の気配は無い。
俺達は何が何だか分からず、立ち尽くしていた。
ふと脳裏に両親が浮かぶ。
俺とフレッグは家に向かって、いや家があるはずの場所に向かって走って行った。
案の定家は焼け落ちていた。
崩れた家の残骸からは今も尚、炎が天に向かって伸びている。
近くに両親の姿はない。
フレッグの所でも同じなのだろう。
泣き叫び声がここまで聞こえてくる。
俺は未だに信じることが出来ず、涙すら出ない。
両親の死体はない。
何処かで生きているのではないのかー。
そんな希望を胸にその場に座り込む。
気付くとフレッグも両親の墓を建て、ストンと座り込んでいた。
暫くすると突然馬の嗎が聞こえてきた。
もしや、村を襲ったのは盗賊か⁉︎と思いながらフレッグと共に物陰に隠れた。
遠くに武装した騎馬兵が見える。
旗を見てみると、モルル地方部隊でも近衛隊でも無い。
王国の軍ではなく、それはデラーザ帝国の軍隊だった。
俺達は今やっと何が起きたのかを悟ったのだ。
「おい、何してる!」
遠くで騎馬兵が叫んでいる。
「休んでる暇は無いぞ!早く帝都に戻るんだ!」
言い終わると、馬を走らせ去って行った。
ようやく腰を上げた俺達はお互いに向き合う。
フレッグは涙の跡を拭きながら無理に笑顔を作って話しかけてきた。
「なぁエル。これからどうする?」
「ここに居ても仕方無いしな…とりあえず、モルルに行こうと思ってる。」
「でもあの様子じゃ、モルルに行く道には帝国軍がいるぞ?」
「シスターナ平原を通れば見つかる確率は低いんじゃないかな。」
「そっか!あそこなら俺達の庭だしね。早速行こうか。」
こうして俺達の旅は始まった。
果てしなく続いていた草原を抜け、灰と化したモルルの街を過ぎる。
更に、燃え上がるテルノス村を横目にテルーノ平原へと向かった。
焦げた香りのする風に肌を擽られながら、腰を下ろす。
一面草で覆われ、立っていても先が見えない程だ。
ここはテルノス村の東、ゲルロスまで後少しのところだろう。
既に王都の高い塔は鋭い先端を草木の間から出している。
王国軍、帝国軍双方の喧騒の中やっとの事でゲルロスへ転がり込んだ。
幸いテルーノ平原で王国軍が善戦しているらしく、街の中は前線気分では無い様だ。
エルバートは叔父の家がゲルロスに有る事を思い出し、フレッグと共に御世話になることにしたー。
数日後、街は歓喜に溢れていた。
王国の大将軍であるギルニスが帝国軍を打ち破り国境まで押し返したのだ。
もっと早くー。もっと早く、帝国軍が撤退していればー。
そんな気持ちが心に重くのしかかり、俺達は王国の勝利を心から喜ぶ事は出来なかった。
突然フレッグが気晴らしに行こうか?と言い出したので、共に街へ出ることにした。
街では戦勝気分が抜けないらしく、特別セールやら見世物やらが多く視界に入ってくる。
明るいこの街は俺達を嘲笑うかの様に何処までも追いかけてくる。
そんな街に嫌気がさし、テルーノ平原へと身を躍らせる。
少し涼しい風が髪を揺らし、暖かい陽の光が身体を包み込む。
「静かだな。」
フレッグが気怠そうに呟いた。
「あぁ。」
正直、二人ともここから動きたくないらしい。
寝転がったまま日が沈むのを眺めている。
そのまま二人の瞼はおもりのように重たくその目を塞ぐのだった。
肌寒い。
辺りでガサッという音がし、目を覚ます。
隣にはフレッグが口を開けて熟睡している。
俺は立ち上がり、音の原因を探した。
帝国軍かー⁉︎
脳裏に燃え上がる村がよぎる。
悪い考えを自分で消し去ると再び辺りを見渡してみる。
音の原因はそう遠くない場所に転がっていた。
巨漢だ。
文字通り大の字になって寝ている。
慎重に肩を揺すってみる。
すると男が動いた。
「ぅん?だれだぁ?」
目を薄らと開けてこちらを眺めている。
「お前は…どっかで…」
男は小首を傾げて考え込むが、直ぐにこちらに向き直って大声を張り上げた。
「モルル大会の優勝だろ!お前!」
巨漢には似つかわしく無い様なキラキラとした目で見つめてくる。
あまりの声の大きさと、にじり寄って来る男に押されて、俺はその場に尻餅をついた。
第三話 (完)
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