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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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艦長と主計長

 船というのは作るのに時間がかかる。
 だが、それ以上にその船を操る人間の習熟は時間がかかるものだ。
 特に、軍艦なんて生死に直結するので、同盟軍はその習熟訓練には一定以上の時間をかけている。
 アンドロイドとドロイドという錬度均一化のファクターを活用しているとしても、最後は人間が動かすのだから。
 で、人間が動く以上、いや、船だって動くためにはエネルギーがいる。
 自由惑星同盟軍宇宙艦隊。
 その前線部隊は同盟軍全体の10%も満たない。
 残り90%以上はその10%以下を動かす為に存在している。
 そんな軍隊に地球一つだけで生存していたときに人類は到達してしまっている。
 だから、兵士よりも非戦闘員が圧倒的に多く、紙が神とあがめられ、稟議の判子の為に多くのドラマが生まれる。

「たそがれているのはいいが、書類は決裁してくれないと困ります。
 ヤン艦長」

 ただ判子を押すだけの仕事だが、それを理解しないで押すほどヤンは無能でも無理解でもない。
 書類を読み、理解して判子を押す癖を、怖い怖い先輩から徹底的に叩き込まれてるのだった。
 だからこそ、戦艦セントルシアおよび、巡航艦二隻と駆逐艦160隻の補給決済にたそがれている訳で。

「なんでこんな所に居るんだろうなぁ」

「出世したからだろう。
 ヤン艦長」

「したいと思ったわけじゃないよ。
 ラップ主計長」

 艦長室には二人のみだから、自然と会話も緩くなる。
 艦長と主計長から士官学校の同期に。

「真面目な話、何をやった?ヤン?」

 低く問いかけたラップの顔は厳しい。
 それが、事の深刻さを更に浮き出さされる。

「軍ってのは書類が全てだ。
 特に物資補給関連は、書類なくして動きゃしない。
 で、だ」

 ラップの手からするりと数枚の書類が落ちる。
 ヤンも知らない訓練計画の申請書類。
 もちろん、ヤンの判子は押していない。
 だが、ヤンの上に連なる判子は全て押されている。

「ご挨拶ってやつだ。
 軍隊は兵站という鎖につながれる。
 それゆえに、物資は前線では常に足りず、それに関わる連中はへそくりを持ちたがる。
 同時に、それを作る事でこの部隊の『立ち居地』ってのも分かる」

 申請の却下にも手順がある。
 いらない仕事と事務方は嫌がるが、戦場における自分の立ち位置は生存に大きく関わってくるから、ある意味黙認されている慣例でもある。
 申請されて却下されるから無視まで、その情報でそれとなく部隊の立ち位置を知らせてくれる。
 なぜならば、兵站は無限ではない。
 生き残る連中に物資を与え、死ぬ連中へは絞るのが効率的だからだ。

「キャゼルヌ先輩の口癖だったな。
 で、これにも判子押せと?」

「いただけるならもらっておくさ。
 俺らの戦場は遥か星の彼方だ。
 だがな。ヤン。
 あのキャゼルヌ先輩が実務を取り仕切っている後方勤務本部に横槍を入れて物が取れる。
 お前にもこれが異常なのは知っているだろう」

 予算という数字と国民の税金という文字によって縛られる以上、キャゼルヌがそんな横紙破りを見逃す訳が無い。
 彼は物と法律と情報を操る魔術師だ。
 だからこそ、彼は不正をしないしする必要も無い。
 それを生み出せるし、足るを知るからこそ今の地位と未来の地位が約束されている。
 その彼の王国の横っ面を殴り飛ばした証拠がラップの手から零れ落ちた判子だ。

「ついでに言うと、この編成すらおかしい。
 俺らの乗っている戦艦セントルシアは標準型戦艦だが、俺達の乗艦前に改造によってネットワーク関連と防御を強化された。
 で、指揮する駆逐艦に至っては、最新鋭の第四世代駆逐艦が30隻、残りも第三世代駆逐艦によって構成されている。
 退役を始めたとはいえ、旧型の第二世代駆逐艦が何隻あると思っている?」 

 同盟軍艦艇を考える時、分艦隊規模の警備艦隊(ワープ機能なしの護衛艦も含める)を入れる為に分艦隊単位で物を考える事を主計科では徹底される。
 3000隻の分艦隊単位だと、同盟軍は60個分艦隊を保有している。
 その数180000隻。
 その半分以上が駆逐艦で、第三世代どころか、第二世代、第一世代駆逐艦も現役の所が多いのだ。
 で、先の艦艇更新でフェザーンに有償譲渡される予定なのが第一・第二世代駆逐艦で、更新が終了すると同盟艦艇は全て第三世代以上の駆逐艦で構成されるようになる。
 話をそらすが、ヴァンフリート星域会戦で鹵獲した駆逐艦を主体とした帝国軍の艦船は、そのほとんどが民間に払い下げられた。
 大気圏降下能力がある帝国艦船は、惑星内の都市と衛星軌道上の宇宙港を繋ぐトラックの役割にぴったしなのだ。
 修理され、武装解除されたこれらの船は辺境星系に払い下げられて、経済成長に寄与するのはもう少し先の話である。
 ヤンもラップも長い付き合いだからこそ、あえてラップは口に出す事でヤンにプレッシャーをかけた。

「巡航艦も最新鋭のステンノーⅡとエウリュアレーⅢで、艦長はモートン中佐とカールセン中佐。
 二人とも現場に長く居た歴戦のたたき上げだ」

 ライオネル・モートン中佐とラルフ・カールセン中佐の二人は、現場からのたたき上げで士官学校を出ていないが、現場に長く居て老練であるがゆえに現場から求められ続け、防衛大学校で学びなおすのが遅れたという現場主義の人間である。
 そんないぶし銀の二人を補佐につけている時点で期待のほどが伺える。
 
「お前の名前で申請を出して見ろ。
 かなりの無理な申請でも通るぞ。
 だからこそ、聞くぞ。ヤン
 お前、何をやった?」

 ヤンは判子を置いて、額に手を置いてうめく。
 この友人にどこまで話そうかと考えた矢先、ラップのほうから声がかかる。

「いい。
 その時点でおおよそ察した。
 話すとまずいたぐいの話しなんぞ俺も聞きたくない」

 ヤンの表向きの立ち居地は同盟軍中枢に出世が約束されているエリート士官に見える。
 そこから察すれば、やばい話のネタの方向性が現在の国防族議員の中核たる730年マフィアがらみぐらいはラップでも感づく。

「明らかにとある方々より期待されている訳だが、ここから議員先生に鞍替えか?」

「誘いがなかったといえば嘘になるな」

 730年マフィアを母体とした国防族系議員の出馬には二つのパターンがある。
 一つは軍で勲功を積んで英雄として選挙に臨んで当選する例で730マフィア等はこっちになる。
 だが、この出馬だと議員年数が短く、頂点を極めても政策を動かす時間が少ないというデメリットも存在している。
 事実、ウォリス・ウォーリックと人形師は頂点を極めたが途中で職を追われる形になり、ファン・チューリンは国防委員長職以上を求めなかったがゆえに三人の中で最も長く政治影響力を行使できたなんて過去が残っていたり。
 話がそれたが、軍で出世して出馬というパターンだと政治生命が短くなるのならば、途中で退役して出馬という選択肢が出て来る訳で。
 ガラスの壁と言われている少佐の前である大尉で退職し政界に転身、官僚や議員とのコネをつくり頂点へという選択肢がそれである。
 主に功績のある親を持つ二世議員が主体で、彼ら国防族エリート議員を最終階級を使って『大尉先生』なんて言葉が同盟政界用語にあるぐらい。
 現在プリンスとして活躍しているトリューニヒト氏もこの『大尉先生』である。
 
「で、何処だ?」

「ハイネセンポリス市議会。
 二期勤めると、同盟議会選挙と重なるからそこで鞍替え、更に二期勤めると評議会と重なるからとタイムスケジュールつきで」

「おい。
 ハイネセンポリス市議会は去年あったばかり……そういう事か」

 何か感づいたらしいラップもヤンと似たような格好で額に手を当ててうめく。
 さっきのタイムスケジュールが次期市議会選挙のオファーと気づいたからだ。
 そして、そこから書類の違和感に気づくあたりラップも馬鹿ではない。
 この優遇は次の出撃において功績を立てろというオファーの裏返しなのだと。

「で、その誘いに乗るのか?」

「断ったよ。
 真正面から堂々と。
 で、相手はにこりと笑って、そのままだ」

 トリューニヒト氏につく緑髪の政策秘書はそのまま退散してくれたが、彼に対する優遇はそのまま残していった。
 もちろん、彼には出世して帝国から出る金髪の死神を退治してもらわないと困るなんて下心があるからで。
 政界転身の為の優遇なんてお題目がカバーストーリーなんて誰が考えられるというのか。

「だが、戦闘はあるのか?
 帝国は内部対立でこっちに出てくる可能性は少ないのだろう?」

「いや、逆だ。
 おそらく、帝国の内政問題から政治的優位を作り出すために出撃するだろうよ」

 ラップの言葉にヤンは首を横に振る。
 近年の帝国の侵攻は失敗が続いているが、その理由に出兵理由が同盟の征服でなく帝国の内政問題に端を発しているからに他ならない。
 彼らにとって、同盟というのは既に征服対象ではなく、勝利する事によって得られる政治得点でしかなくなっている。

「内戦終了後のブラウンシュヴァイク公とリヒテンラーデ公の対立は、ブラウンシュヴァイク公派と見られているシュターデン提督の敗北によってリヒテンラーデ公側に傾いている。
 とはいえ、内乱直後の帝国で再度の内乱なんてすれば国が傾くのは両者とも分かっている。
 だからこそ、リヒテンラーデ公は政治優位を維持継続するために近く出兵するだろうよ。
 イゼルローンに要塞があるからこそのゲームだ」

「ヤンよ。
 その見通しは上には?」

「伝えたさ。
 上も馬鹿じゃない。
 だから、大慌てで艦艇の更新なんてしているんだろうが。
 既に、気になっているデータが上がっているんだ」

 ヤンはモニターを開いて、ある記録をラップに見せる。
 ラップもモニターの数字の意味を理解して顔をしかめる。

「先の会戦後からのイゼルローン回廊での戦闘記録だ。
 見てくれ。
 隊規模、戦隊規模の交戦記録だが、損害率が上昇しているんだ」

「これは……」

 損害数だけ見れば、勝利どころか敗北判定がつく戦いもいくつか存在していた。
 小規模戦闘ではあるが、月間喪失艦艇数は1000隻の大台に乗っており、イゼルローン方面軍もこの状況に対して情報収集を急いでいたのである。

「帝国において野心ある連中は軍に入る。
 そんな野心と才能のある連中が指揮を取り出していると見るべきだろ。
 アルレスハイム星域の会戦からその傾向はあったが、先の帝国内戦でこの連中が艦隊を指揮しだした可能性がある。
 次の会戦、気を引き締めないと敗北しかねないぞ」

 ヤンのつぶやきは現実のものとなった。
 二人の会話から半年後、ティアマト星域にて行われた会戦にて、二個艦隊を投入した同盟軍は一個艦隊の帝国軍に6000隻もの艦艇を失うという大敗北を喫したのだから。
 第3次ティアマト会戦と呼称されたこの会戦にて帝国軍を率いていたのはラインハルト・フォン・ミューゼル中将。
 原作にて同盟を滅ぼした天才がついに本格的に同盟に牙をむいた瞬間である。 
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