スペース=ラバーズ
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スペース=ラバーズ
スペース=ラバーズ
「アテンションプリーズ」
機内に放送が響き渡る。僕はそれを椅子に深く座りながら聞いていた。
「ノースアメリカンスペース航空」
放送は続く。それを聞いているだけで何だか待ち遠しくなってきた。
「アリス星発地球行き御利用の御客様へ」
アリス星、今思うといい思い出だ。地球を発ってあの星に向かってもう三年になろうとしていた。
「アンドロイド以外の御客様は五〇番ゲートから御搭乗願います」
それで放送は終った。僕はそれを聞き終えるとふう、と溜息をついた。
「もうすぐだな」
僕はここで懐から一枚のホノグラフィーの写真を取り出した。そこには三年前に映した僕と彼女が写っている。この三年間どれだけ見てきたかわからない写真だ。
「もうすぐ会えるね。そしてデートできるよ」
そう呟いて微笑んだ。窓を見ると星の海が何処までも拡がっている。
この海をもうどれだけ見てきたことだろうか。七万光年もの旅は本当に長い。
「幾ら光より速いといっても遠過ぎるよ」
苦笑した。そうせずにはいられなかった。
「これからワープカプセブベッドで寝て、起きたら地球かな。やれやれ」
やはり窓には星しか見えない。太陽系にもまだ入ってはいない。
「御客様」
ここでスチュワーデスがやって来た。
「お食事は何になさいますか」
「そうだね」
それを問われて僕は少し考え込んだ。
「地球のものが食べたいのだけれど。何かある?」
「それでしたら」
スチュワーデスはにこりと微笑んでメニューを開いた。そして僕にそれを見せてくれた。
「地球産の牛のステーキがありますが」
「ステーキか」
「はい。如何ですか。ワインもありますよ」
「じゃあそれを。ワインはね」
「はい」
「勿論地球のやつを。赤でね」
「畏まりました」
そう答えて席を後にした。そして席にはまた僕一人となった。
「この席がベッドになって起きたら地球だけれど」104
それでもまだまだ先だ。ワープするといっても食事が終ってからの話だ。本当に先だ。
「その前に食べ物を楽しませてもらおうかな。地球の」
久し振りの地球の食べ物だ。三年間口にしたこともない。前の港で積み込まれたものだ。それだけでももう地球に近付いていることがわかる。
「お待たせしました」
暫くしてさっきのスチュワーデスがやって来た。
「地球産の牛のステーキとサラダ、そしてポタージュです」
「有り難う」
フルコースだ。見ているだけで豪勢な気持ちにさせてくれる。
「パンも地球の小麦を使ったものです。そしてデザートのリンゴのゼリーも」
「地球のやつを使ったんだね」
「はい。御客様が地球の食べ物を召し上がられたいようですので」
「有り難う。気がきくね」
「いえ」
彼女は営業スマイルながら嬉しそうに応えてその場を離れた。後にはフルコースと蓋を開けられたワインがあった。僕はまずポタージュを食べた。
「おお」
紛れもない地球の味だった。カボチャの甘みが口の中全体に広がる。
「これだよ、これ」
アリスにはない味だ。アリスではカボチャはない。替わりの野菜は一杯あるがカボチャはないのだ。家畜もそうだ。地球の牛はいない。アリスの牛は何処か違う。どちらかというと豚に近い味だ。それが不思議ではあるが。牛の食感だが味は豚なのだ。サラダも外見がキャベツだが味はリンゴだったりする。何かが違うのだ。
ステーキにナイフを入れる。すると肉汁が溢れ出る。そしてその香りと湯気が僕の顔を打つ。僕はそれを楽しみながら肉をフォークでとり口に入れた。その独特の旨味が口の中を支配した。
この味が欲しくてたまらなかった。アリスのものとは全く違う。本当に地球の味がした。だが食べていても何処か寂しかった。その理由はよくわかっていた。
「一人だとやっぱり味気ないな」
それだった。彼女と一緒に食べたいと思った。だがそれはやはりまだ先のことだ。
「ふう」
別のホノグラフィーの写真を取り出した。それは地球の写真だ。青と緑の星がそこにあった。
「もうすぐ見られるけれど。何か見られない気もするな」
不安だった。このままずっとこの星の海を見ているだけのような気がするのだ。もしそうなったら死んでしまいたいと心から思った。
地球の写真をしまった。ここでまた放送が入った。
「こちら機長です」
この宇宙船の機長からの放送である。
「本日はノースアメリカンスペース航空を御利用いただき有り難うございます」
男の人の声だった。少し緊張しているように聞こえた。
「飛行所要時間はワープスピードで四〇〇〇地球時間です」
「そんなにあるのか」
僕はそれを聞いて溜息をついた。そしてスチュワーデスさんを呼んだ。
「何でしょうか」
「宇宙電話をかけていいですか」
一応断りを入れたのだ。船によるが電話を禁止している場合もあるからだ。
「どうぞ」
幸いこの船はいいようであった。僕はそれを受けて電話を手にした。だがどうも指が動かない。いや、震えて動かないのだ。
「ううん」
僕はそれを見て考えた。どうやら彼女に電話するのが怖いらしい。
「参ったな」
そして電話を置いた。結局大人しくすることにした。少なくともワープの後には彼女に会えるのだ。何事もなければ、の話だが。
「四〇〇〇時間」
一口に言っても長い。半年近くある。その間彼女はどうしているだろうか。気にならないといったら嘘になる。だがそれはワープで通過できる。距離はともかく時間ではもうすぐなのだ。彼女に会えるのは。
しかし考えてもやはり仕方ないことでもある。ここでまた放送が入った。
「この船は間も無くワープに入ります」
それを受けて僕は座席を倒した。席をボックスが覆った。そして暗闇の中に入った。そしてまた放送が入った。
「ワープに入ります」
そしてワープに入ろうとする。船の揺れが激しくなる。僕はそれを感じながら眠りに入った。目が醒める時を楽しみにしていた。僕は夢を見ていた。彼女との楽しい夢だった。その中で僕は彼女と楽しく話していた。それを聞きながら僕は目が醒めるのを待っているのであった。
目が醒めるともうワープは終っていた。ボックスが開き窓には土星が見えていた。そこにはあの巨大な輪があった。
「あの輪を見るのも久し振りだな」
僕はそれを見てふと呟いた。三年前あの輪を見たのは地球を出てアリス星に行く時だった。あの時はただ何気無く見ていたと覚えている。
「今見ると違うな」
僕はそれを見て思った。
「何か懐かしいな。いつも何気なく見ていたのに」
彼女と太陽系を旅行する時もそうだった。僕はアリスに行くまではこの星の輪を何となく見ていただけであった。だが今は違った。
「また見られるなんて」
それだけで何か幸せな気持ちになった。僕はそれを見ながら地球に思い馳せていた。ここでまた放送が入った。
「こちら機長」
またあの機長さんの声が聞こえてきた。
「最終着陸体制に入ります」
見れば土星は遠くになっていく。火星が見えてきた。
「シートベルトをお締め下さい」
「よし」
僕はそれを受けてさらにベルトを締めた。そして着陸に備えた。もうすぐだ。
「本日はノースアメリカンスペース航空を御利用いただき有り難うございました」
機長の放送が続く。
「皆様が地球で素晴らしい日々を送られることをお祈りします」
「有り難う」
僕はそれを聞いて思わずそう答えた。それを聞いた隣の客がクスクスと笑った。
「御客様、御覧下さい」
ここで席の前のモニターのスイッチが入った。そして機の前に映る地球が目に入った。
「地球です。どうぞ御覧下さい」
「地球か。やっと帰ってきたんだな」
僕はそれを見て感慨がこみ上げてくるのを感じていた。
「もうすぐなんだ、彼女に会えるのも」
宇宙空間を抜けた。そして青い空に入った。
船は日本に向かっていた。そう、そこに彼女が待っている。
窓には空港が見えている。そう、今やっと僕は地球に帰ってきたのだ。そしてもうすぐそれを身体全体で味わう時が来るのだ。そして今それが来た。
着陸の衝撃が機体に走った。そして僕はそれを身体全体で感じた。
船はそのまま空港に着いた。そしてそこでまた放送が入った。
「只今地球に到着致しました。是非地球に足を踏み入れて下さい」
「言われなくても」
そのつもりだった。荷物を手にして船を降りた。そして港に出た。
「ふう」
まずは地球の空気を吸った。それは青く綺麗な空気だった。やはり宇宙船での空気とはまるで違っていた。
「さてと」
それから辺りを見回した。そこには地球に帰って来た人に地球を出る人、そしてそれを出迎えたり見送う人達でごった返していた。
「いるかな」
僕は彼女を探した。だが彼女の姿は何処にも見当たらない。
「ここにはいないのかな」
そう思い先に出た。ロビーにもやはり大勢の人がいた。だがここにも彼女はいなかった。
「三年だからなあ」
僕はふと会っていなかった年月を思い出した。
「もしかすると雰囲気とか全部変わっているのかも。だとしたらわからないのも道理か」
「ねえ」
ここで後ろから声がした。聞き覚えのある声であった。
「その声は」
僕はそれを受けて振り向いた。そこには彼女がいた。
三年前とはかなり変わっていた。あの時はまだ少女だった。だが三年の月日が彼女を大人の女性に変えていた。顔はあまり変わっていないが雰囲気は大人の女性のものとなっていた。
「出入り口にいないから心配したのよ。何でここにいるのよ」
彼女は微笑んで僕にそう声をかけてきた。
「ちょっとね」
僕は照れ臭かった。苦笑いしながら彼女に答えた。
「君に早く会いたくて」
「嘘仰い」
彼女は僕を見上げて笑ってそう言った。
「どうせ三年も会っていないから私の顔を忘れちゃったんでしょう」
「違うよ」
僕はそれを慌てて否定した。
「忘れるわけないじゃないか。ただ」
「ただ。何?」
「いや、感じが変わっていて。最初見た時は驚いたよ」
「私が?変わった?」
「うん」
「そうかしら。服も三年前とそんなに変わっていないけれど」
見れば地球のファッションは三年前と大して変わっていない。よく一年で大分変わったりするものだけれど。
「まあね。服はね」
「じゃあ何が?」
「君の感じがね。随分変わったよ」
「そうかなあ。私はそうは思わないけれど」
「変わったさ。大人になったよ」
「あら、そう」
それを聞いて機嫌をよくしたようである。
「そう言われたのははじめてだわ」
「三年間の間でね。本当に変わったと思うよ」
「貴方もね」
ここで彼女は僕にも言った。
「僕も?」
「ええ」
彼女は答えた。
「何かたくましくなったじゃない。やっぱり三年で色々あったでしょ」
「聞きたい?」
「勿論。それもお土産の一つでしょ」
「うん。それは後でゆっくりと話すよ。積もる話があるんだ」
「楽しみにしてるわ」
「他にお土産はちゃんとあるけれどね」
「何かしら」
「うん」
僕はここで鞄からあるものを取り出した。
「これさ」
それはアリスで買ったものだった。あの星の宝石で作られたネックレスだ。
「これを君に」
「ネックレスね」
「ああ。何がいいかな、って考えていたんだけれど」
僕はそう言いながらそのネックレスを彼女の首にかけてあげた。
「宇宙を旅してきたからね。それでこのネックレスを」
それは多くの色に瞬いていた。僕はそれを首にかけた。
「君にあげるよ。気に入ってもらえたかな」
「ええ」
彼女はそれを受けて微笑んでくれた。
「有り難う。そしてあらためて」
「何?」
「おかえりなさい」
そう言って僕を抱き締めてくれた。
「只今」
僕もそれを受けて彼女を抱き締めた。それで僕はやっと地球に帰ってきたということを実感することができた。
スペース=ラバーズ 完
2005・2・22
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