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第一章


第一章

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 ここはパラダイス。素敵なパラダイス。
 そんな宣伝文句の世界。世界はやっと平和になった。
「もう悩みはないんだ」
「憂いもないんだ」
 飾り文句に満ち溢れていて皆笑顔で暮らしている。そんな世界になっていた。
 けれど僕はどうにも馴染めない。困ったことの何もない世界だというのに。何故か気分は晴れない。そんな気分さえもうなくなっている筈なのに。
「おかしいな」
 明るくみらびやかに映える街中を歩きながら心の中で思う。
「最近。変に気分が晴れないぞ」
「気分が晴れない?」
 それを聞いた通りすがりの誰かが何かはじめて聞く言葉を耳にしたようにして不思議な顔になっていた。首を傾げてさえいる。
「何だその言葉」
「さあ」
 その誰かは一緒に歩いている仲間に声をかけるがその彼もやはりわからないようだった。そいつも首を捻っているのが見えた。
「聞いたこともないな」
「そうだよな」
 そんな世界になっていた。何もかもが楽しくて困ったことも心配もない世界。当然悪いことや餓えなんてものもない。世界は何処もかしこもパラダイスになった。
 それでも僕はその世界を息苦しく感じる。カメレオンみたいに皆と同じような服を着て皆に合わせている。パラダイスのカラーに。
 けれど毎日眠れないし仲間外れな気がする。それがおかしかった。皆と合わせるようにして努力もしているのに皆と一緒に時間に寝られないし落ち着かない。本当にどうしたんだろうかと思う。
 これまではいつも誰かを好きになって愛していたのにそれもない。皆が皆を愛する世界の筈なのに僕だけ。皆と違うようになっていた。
 そんな世界の中で増えるのは何かキャッチフレーズだけだ。街中を歩いても駅にいてもあちこちにポスターや標語が見える世界だった。
『皆明るく生きよう』
『笑顔でいればいいんだよ』
『楽しく過ごそう』
『愛は大事だよ』
 そんな単語が世界に増えていく。自然は大切にされているし他人はおろか動物でさえ虐める人間はいない。ゴミもないし子供は親に可愛がられている。笑顔で暮らしているけれど何かどうもおかしなことになっていた。もっともおかしいと思っているのも僕だけらしかった。
 会社に行けばボスがにこにこと僕に仕事を渡してくれる。収入も満ち足りているし忙し過ぎなくもない。適度に働いていける。それでもそのボスのサングラスがおかしく見える。何か真っ赤なように見える。監視されているんじゃないかって。
 次第に街でも会社でも回りの人間が何かに操られて動いているように見える。上手く言えないけれど人形みたいだ。マリオネットだった。
 誰かに操られているような。けれどその誰かが誰かさえもわからない。何もかもわからない。そんな訳のわからない世界の中で今度は他人が皆同じに見えだした。
『皆同じ人間なんだよ』
『差別はいけないことなんだ』
 そんな標語もある。こういった言葉も溢れている。溢れ返っていて嫌でも目につく。建前ばかりだった。けれどそれに気付いているのは僕だけみたいだった。本当に僕はおかしくなってしまったんだろうか。いや、おおかしくなることなんかないのに。さらにわからなくなった。そのわからなくなった僕がふらふらと入ったのは見たことのない外観の酒場だった。酒場も飲み過ぎはよくない、お酒は楽しんでといった言葉で満ちているけれどその店は違っていた。何ていうか雑で暗くて怪しい雰囲気だった。あの明るくて楽しげな外観じゃなかった。
 その中に入ると中は余計に怪しい雰囲気だった。店の親父なんて見たこともない長い髭を生やしてしかもその髭を青く染めている。街では絶対に見ない顔をしていた。しかも女みたいに化粧までしていた。
「何なんだこの店は」
「おいおい、誰か来たよ」
「これで七人目か」
「七人目!?」
 僕はその言葉にふと顔を向けた。すると空の席ばかりのところで真ん中に一つだけ大きな席があってそこに六人ばかり座っている。派手な赤や青や緑や黄色のタートンチェックの服にズボンにネクタイをしていて帽子まで被っている。きちんとした身なりでもないしとんでもない姿勢で座ってもいる。僕は彼等の格好を見て思わず声をあげた。
「そんな服、何処で」
「何処にもねえよ」
 これまた見たことのない赤いギターを持った顔に黒子のある男がぼくに答えてきた。
「俺達が作ったんだしな」
「服を!?」
「ああ、そうだよ」
 彼は僕にまた答えてきた。
「俺達でな」
「俺達でって」
「この六人でだよ。見ろよ」
 今度は周りの他の五人を親指で差してみせる。小柄のとか口髭を生やしているのとか背の高いのとか目の細いのとか髪の長いのとか色々いる。小柄な奴と髪の長いのは見たところ兄弟みたいだ。雰囲気が結構似ていた。
 
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