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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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役者は踊る
  番外編「オーバー・スペック 後編」

 
世の中にはより多い資産を持っている人ほど多くの税金を取られる制度がある。理由はいくつかあり、富が一定の部分に集中する独占状態が経済を停滞させるとか、貧富の差拡大を防ぐとか、単に取れるところから税を取ろうというのもある。
資産家たちはこういった税を嫌い、逆に世間一般的な人間はそれに賛同する。

資産家でもない一般市民たちはこう考えただろう。
それだけの金があるのだから多少減っても苦にならないだろう、と。
だが資産家たちはこう考えるのだ。
我々はお前たちの想像もつかないような努力でこの金を手に入れたのだ、と。

一般市民は資産家を、弱者から利潤を絞り尽くす金の亡者のように見る。
資産家たちは一般市民を、自身の努力に見合った正当な対価に群がる金の亡者のように見る。

彼等は知らないのだ。互いが互いにどんな生活をし、どう利益を得て、何に反発しているのかを。

持つ者と持たざる者の差。それを正しく理解しなければ、この意識の隔たりが埋まることは無いだろう。




結論から言うと、決着はつかなかった。元々ジョウは私を本気で攻める気は無かったらしく、突破口を見いだせないまま試合は無情にもタイムアップと相成った。いや、元々様々な裏事情あってジョウはこの練習試合に「勝ってはいけない」事になっていたので敗北しないことは確定していたのだが。
練習であっても試合は試合。楯無が負けたとあっては面倒事が多い。さり気なく盗聴、盗撮対策を万全にした上で行っているのだ。審判も身内贔屓の可能性が低く口が堅い千冬に任せていた。

楯無は目の前が真っ暗になった!ギャグではなく割と本気で。

そも、IS学園の暗部を仕切り表向きには国家代表として抑止力の役割を果たしている自分が・・・あろうことか、こちらの方が経験量で分があるはずのIS戦で突破口を発見できなかったのだ。しかもあちらは機体性能と裏の事情の2つのハンデがあったにも拘らず、だ。

脳裏を(よぎ)るのは完全敗北の4文字。判明した事実は、もし万が一ジョウが何かしらの件で強硬策に出た際、楯無では止めることが不可能であるということ。ついでにジョウの才能は現時点で国家代表高位に楽勝で手が届いている域であること。

「嘘よ・・・こんなのって、ありな訳?」

ロシアの女性人口は約7000万人。その内から国家代表に選ばれるのはたったの一人。つまり細かい条件抜きに乱暴な表現をすれば楯無はその7000万人(男性も合わせれば1億4000万を超える)の頂点に立つに相応しい才覚、容姿、実力を持っていることになる。
更に身も蓋もない事を言えば今現在のロシア連邦で最も戦いの才能と実力があるロシア最強人間、それが楯無だ。

つまりは天才。凡百を凌ぐ国家レベルの才覚の持ち主。それが――

「はぁぁぁぁぁぁあああ・・・・・・簪ちゃんの気持ちがちょっとだけ分かったわ」

ジョウは天才を自称している。つまり楯無は才能の差でジョウに負けたという事。楯無は今の今まで一日たりとも現在の地位に甘んじて努力や鍛錬を怠ったことなどない。そして楯無が知る限り上の鍛錬量と自身の鍛錬量はほぼ同じ。にも拘らず、才能という見えない差が圧倒的な実力差を作り出していた。

昔、自分に追いつこうとする簪に楯無は「そこまで必死にならなくとも」と内心考えていたが、今ではその時の簪の気持ちが手に取るように分かった。
自分が一歩階段を上るうちに相手は二段上る。こちらが頑張って一段飛ばしをしてやっと同じ成長で、それも体力のせいで長くは続かない。そして自分が息を整えている間に空いてはさらに先に――と、簪にとってはこんな感じの悪夢だったのだろう。
これはやっていられない。悪い夢だからと諦めなければ開いた差を延々と見せつけられる羽目になるなど、まともな精神ではやっていられない。


はあ、と再び溜息をつきながら着替える楯無はふと、ジョウの弟であるユウの事を思い浮かべた。

彼は幼い頃からあの化物染みた才能の塊と一緒に過ごしてきた。比べられて嫌な思いをしたことだってあるだろう。本格的に兄に追いつこうと努力を始めたのは中学辺りからだったと前に読んだ報告書にあった筈だ。

彼は、その果てしなく開き続ける差を自覚したうえで、今でも兄と笑い合いながらその背を追い続けているのか。その絶望的と言える才能の差に・・・明らかに自分と簪のそれよりも大きく開いた差に「いつか必ず追い付く」という自意識のみで挑む少年。
その意思の強さは、間違いなく超人と呼ぶに相応しいだろう。

世界最強を守れるほど強くなると言い切る一夏にしてもそうだ。女尊男卑の風潮など初めからなかったかのように、世界という途方もなく大きなステージの頂点に立とうともがく彼もまた、精神的超人と言えるだろう。

才能の差、力の差にぶつかったのは何も自分ばかりではない。年下の男の子たちがへこたれずに頑張っているのに、年上の自分が先にダウンするのは余りにも情けないし・・・何よりも「簪が追いかける楯無」が弱音を吐いて不貞腐れるようなつまらない人間であってはならない。

「ふふっ・・・男の子って皆あんなに逞しいのかしら?オネーサンも負けてられないかも♪」

何となく、千冬が一夏を・・・そしてジョウがユウを絶対的に信頼している理由を垣間見た気がした。

結局のところ、それは楯無が簪に抱くそれときっと同じものだから。
楯無は、楯無だけは知っているのだ。あの子が見た目からは想像もつかないほど”強い”子だと。



 = =



「おい、ユウはお前の婿にはやらんぞ?」
「いきなり何言ってんのアナタ・・・」
「とぼけんな!更衣室の中でユウのこと考えたろ・・・ついでに妹と一夏の奴の事も」
「OKOK、私の可愛い簪ちゃんをついで扱いしたってことはイコール死にたいって認識でいいわね?」

すぱん!と勢いよく開いた扇子には「よろしいならば戦争だ」と妙に達筆な毛筆で書かれたようなフォントが浮かび上がる。それを見たジョウは先ほどまでの若干不機嫌そうな顔を綻ばせた。突然変なことを聞いたかと思ったら突然笑い出す・・・不気味だ。

「・・・な、なによ。急に笑っちゃって・・・」
「なに、いいように弄ばれて腐っちゃいないか様子を見に来たのさ。ほれ、こいつやるよ」

ぽい、と投げ渡されたペットボトルを見ると「リオネル親方」書かれたよく分からないスポーツドリンクだった。微妙に気の抜けたライオンのようなキャラクターがだらけているイラストなのに「気分爽快、思わず笑顔!!」等と書かれてもいまいち説得力に乏しい。
とはいえ渡されたのだから素直に受け取っておこうと楯無はボトルの蓋を開けて一口煽った。存外不味くは無いのが妙に腹立たしい。

「お前さんはいい女だからな。たった一回の敗北で不貞腐れられちゃこっちも面白くないってもんよ」
「あら、ひょっとして惚れちゃったかしら?」
「冗談。俺が夢中になった女は後にも先にもたった一人だよ」

・・・その情報は初耳だ。更識の洗い出した情報を見る限り、彼が特定の女性と親密な間柄になったという情報は無かった。というかこの男にも人並みの恋愛感情が存在したという事実が意外でならない。
単純に一人の女としてもその話は気になったし、何よりジョウのような男が惚れる女とは一体どんな子なのかが気になってきた楯無は少々突っ込んで聞いてみることにした。

「ふーんなんだつまんない・・・で?で?その女ってどんな女だったのよ?」
「ツマンネーんじゃなかったのかよ・・・」
「別腹よ!」
「別腹か、じゃあしょうがないな。母さんもよく『ポテチは別腹!』って夕飯後に食べてたしな」

・・・相当個性的な母親だったようだ。生前の写真を見る限りスレンダーな体格だったので是非ともスタイル維持の秘訣を教えてもらいたいが、既に故人であることが悔やまれる。
それはさておき、ジョウは懐かしむように日の沈んだ夜空を見上げた。

「そいつはマジで強くてな・・・常勝無敗だった俺に初めて土をつけたのがソイツだった」
「・・・・・・・・・え、ちょっとそれジョークじゃなくて本気でなの!?」
「大マジだ。当時はちょいと舞い上がってただけにその時の悔しさときたらなかったぜ?」

うんうんとしきりに頷くジョウに楯無は唖然とした。
からかっているのかとも思ったが、この男大真面目である。この魔界の住人疑惑があるレベルの戦闘能力を誇るジョウを負かした人間となると、もはやそれは未知の領域である。軽い気持ちで聞いた恋愛談だったが思わぬカミングアウトに興味津々な楯無はそれで?と先を促す。

「そいつが槍使いでさ。俺が槍を使い始めたのもそいつに槍の腕で勝ちたかったからなのさ」
「わお、今のあなたからは全然想像がつかないわね・・・何て言うか、男の子してるって感じ?」
「実際あの頃はガキだったしな。そんで対抗心燃やして何度かそいつに勝負しかけたよ」

2度目はジョウの勝利、しかし3度目で引き分けて4度目で再び敗北。1勝2敗1引き分けとなったそうだ。そのどれも僅差だったらしいが、楯無にその言葉の真偽を確かめる術はない。ただ、その女の子の話をする瞬間だけジョウの目は子供のように輝いていた。それだけ夢中になったのだろう。

・・・少しだけその子に女として負けが気がして、ちくりと心のどこかが痛んだ。女の子と話をするときに他の女の子の事を語りだすのはマナー違反と言いたいが、別に特別親しい間柄でなければ問題は無いものだろう。この理解に苦しむ感情に、楯無は取り敢えずペルソナで蓋をすることにした。

「あんだけ一人の人間の事ばかり考えるのは初めてだったな・・・何だか良く分からんが、こいつは世界でたった一人の俺のライバルだって確信してた。実際にはそいつにゃ俺とは別にライバルがいたんだけどな」
「片思いだったってこと?甘酸っぱいわねぇ・・・」
「はっはっはっ!アイツのライバルが男ならここで青春メロドラマでも始まるんだろうが、相手は生憎女の子でね?しかも結局会う機会がないと来たもんだ。人生ってのはとことん間が悪いねぇ・・・」

心底おかしそうに語るジョウは、今度は何故か10年以上前に起きた青春の1ページを語る大人の男性のように成熟して見えた。それだけその思い出が大事であることを否応なしに感じ取れる。
それと同時に疑惑も浮上する。ジョウを負かす程の実力者ならば必然的に有名になるはずである。何せ彼の戦闘能力は町で知らない者が居ないほどに名を轟かせていたのだから。そのことを指摘すると、ジョウは困った顔をして後頭部をポリポリと掻いた。

「あー・・・何て言うかな。そいつ、随分遠いところに引っ越しちまってそれっきりなんだよ。今どこにいるかは知らねえのさ」
「意外ね。負け越してるんだから『俺との勝負から逃げるのか!?』とか言いそうなのに、アナタ」

そこまで言って、楯無ははっと気が付いた。
彼には、他の事にかかずらって居られないほどに余裕が無かった時期が存在する。それは――母親が事故死した時期だ。その頃のジョウは寝ても覚めてもユウの近くに付きっきりで、ユウの方も大切な家族を喪ったことで家族に依存していたと報告にあった。
その時期にライバルとやらが引っ越したのならば、その行方など詮無きことであったに違いない。自分の思慮の浅さに軽く頭痛を覚えるが、それはあくまで憶測に過ぎない。取り敢えず当たり障りのないことを言う。

「・・・ちょっとごもったけど、なんか悪いこと聞いちゃったかしら?」
「いや・・・こっちこそわりぃな、気を遣わせちまって」
(それにしてもその女の子・・・ちょっと気になるわね。後で調べてみましょうか)

思案する楯無を尻目に軽く伸びをしたジョウは、飲み終えた飲料水のペットボトルをゴミ箱に放り投げた。ジャイロボールよろしく回転したペットボトルはペットボトル用の穴の淵に一切触れず、美しく中に入っていった。
楯無も何となく対抗心を燃やして飲み終えたペットボトルを同じように投げ入れる。思いのほかうまく飛び、ジョウと同じく淵に一切触れず中に入れることに成功した。

「やるねぇ、初めてにしては見事な投擲だ」
「そお?じゃ、次は貴方にライバル認定されるのを目標にしてみるわ」
「おう、やれるもんならやってみろ。軽く揉んでやるよ!」
「あらやだこんな所で堂々と、何所を揉むつもりなのかしらぁ?」
「じゃあライバル認定した暁にはお前に揉む場所を選ばせてやるさ。肩でも揉んでやろうか?」
「む、そう返してくるか・・・」

口先勝負でも一筋縄ではいかないジョウに楯無は唸る。
それと同時に、彼女の心に小さなチャレンジ精神が芽生えた。

負けっぱなしは柄じゃない。いつか必ずこの男を手玉に取ってやろう。


「きっとそれが当時の自分に必要なもんだったんだろう」と未来の楯無・・・いや、刀奈は語る。
 
 

 
後書き
割と難産でした。何が難しかったかは思い出せないけど。
ジョウはバグキャラレベルの戦闘能力を持ってます。万全状態だと千冬in暮桜相手でも勝率6割くらいあります。ある意味こいつがラスボスです。しかもまだ夏黄櫨にはリミッター解除以外にもパワーアップ予定がありまして・・・気を付けないとマジで危ないです。

ところで・・・今回の会話で出た「ジョウのライバル」ですが、現在の所登場する予定はありません。
出ない理由は物語の中盤辺りでチラッと触れる予定。
要望があれば本編に出すことも出来ますけど、パワーバランス的に敵サイドになるでしょうねぇ・・・

で、2週間ほどリアルの都合で更新を停止します。ご容赦を。 
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