真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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反董卓の章
第14話 「所詮は私も……道化なのでしょうね」
前書き
危ない危ない……書く時間がなさすぎて、仕事の合間にアップしています。
来週の連休までに仕上げる仕事が後3つ……
すいませんが、それまではこんな自転車操業です。
―― 于吉 side ??? ――
「……ふう。とりあえずは……うまくいきましたかね?」
傀儡のアストラルパターンの構築には、いつもながら手間がかかります。
さながら機械文明のAIのように、こうきたらこう、という命令を予め刷り込ませておかねばならない。
私がよく使う、白装束の人形ならここまでのことはしない。
もともと単純作業しかできないからこその傀儡――人形なのですから。
だが、生きている人間を傀儡にする法は、いわば擬似人格を本来の人格の上にかぶせるようなものです。
だから催眠暗示と別人格を載せるだけとはいえ、その行動指針のプロットも予め組んでおかねばならない。
そこまでしても、人の思考を完全には操ることが出来ない。
だから私は、騙し、唆し、トラウマを植え付けて意図した行動を取らせたり、香薬などを使って催眠状態にしたりと、手間ひまをかけて将を操ったこともある。
だが、今回の劉虞の件はうまくいかなかった。
何しろ元が元。
まるで善人なのだ。
思考を誘導しようとしても、必ず二の足を踏む。
虐殺を指示するまでは催眠状態で操ったが、一度催眠状態を解いた途端、まさかそれを悔いて首を吊るとは思わなかった。
既のところで命だけは取り戻したが……脳が損傷してしまっている。
このままでは植物状態な為、こうして傀儡としての調整に追われていた。
「まいりましたねぇ……木偶人形と違い、植物状態の人間をさも生きているように操るのはなんと難しいのでしょうか」
どうしてもカクカクとした動きになってしまう。
すぐに旧臣たちにバレたため、口封じに処刑しましたが。
とりあえず人に指示を出すのは、椅子に座らせればなんとかなりましたけど……
平行して、劉虞が公孫賛を裏切っているように見せねばなりません。
関係のない商人たちの捕縛までは指示させることはできましたが……
人前に出すのはやはり厳しいですか。
「今回の件で激怒した公孫賛が攻めてくるまでは……なんとか持たせないといけませんねぇ」
どの道死んだも同然ですが、公孫賛の目の前に死体を出さないといけません。
まあ、首だけでもいいので、適当な傀儡に首を切らせておけばいいとして……
「これで袁紹との確執のきっかけにはなるわけですね。公孫賛には不幸でしょうが。さて……まだしばらくは余裕が有るでしょうから、こっちはあとでまた詰めるとして、と」
次は公孫賛を英雄にするためにも、民の公孫賛への人気をどうしますか……
「やれやれ。これはまた思った以上に難儀なことです。やっぱり北郷盾二には、なんらかのご褒美をもらわなければいけませんかねぇ……言ったら本気で殺されそうですが」
こんな非道なことを、あの男が許すとも思えない。
ともあれ、董卓の方は予定通りに行きそうですし……
まあ、北郷盾二のことですから心配はしていませんがね。
問題は、そろそろ貂蝉辺りが動き始めそうなことですか。
「まったく……こちらを気にしているのか、いつになったら北郷一刀を目覚めさせる気ですかねぇ。あの男が目覚めないと、こちらの仕掛けも動き出さないのですが……」
………………
何故でしょうかね。
そのほうがいいと、どこかで考えている私がいる気がします。
……はあ。
「本当に……この世界の私は一体どうしたというのでしょうか。数多ある外史の中で、私だけがこんな状態になっているのでしょうか?」
この世界はイレギュラー。
なればこそ、北郷一刀を『私達が』殺せる可能性がある世界。
ただそれだけと思っていたのですが……
「……その同存在に惹かれてしまうとは。私という者は……」
世界の歪みが産んだ異質な存在。
私はそれを外史の一つに呼び寄せ、細工を仕込ませた、ただの傀儡。
そのはずだったのに。
「愛着……ですかね? いえ……どちらかというと、執着、ですか。惜しいと思ってしまったのが……ああ、いやいや」
本当に、私は何を考えているのでしょうか。
左慈が心配するのもわかります。
どうやらエラーは世界だけでなく、私にも起こっているのですかね。
「……それでも、目的だけは遂げねばなりませんね。それだけは……それだけは変わらないのですから」
数多ある世界の同存在の私よ。
私一人がエラーなのか、それとも他にも同じようになってしまった同存在の私がいるのでしょうか。
いつかは聞いてみたいですね……
そんなこと、起こりうるはずもないでしょうが。
「所詮は私も……道化なのでしょうね」
それでも。
私はここに存在している。
存在している以上は――目的を果たさねばならない。
『于吉』という、外史世界において『悪役』を演じる役割を――
―― 曹操 side 汜水関 ――
「だから頼む! 私を帰らせてくれ!」
「出来るとお思いですの!? 貴方は劉虞様の代理ですのよ、伯珪さん!」
あの天の御遣いが汜水関を落とした翌日の夜。
袁紹の大天幕の中で一騒動が起こっていた。
本来、私達が集められた意図は、汜水関にあった糧食の配分の伝達であったはず。
だが、その席で突如後曲にいる公孫賛が、自領地に帰ると言い出した。
一体何があったのか……
「その劉虞が問題なんだ! だから私は自分の眼で確かめなきゃならないんだ!」
「一体どうしたというのですの? 劉虞様が一体何を……」
「あいつは! またあいつは、民を、私を騙したんだ!」
公孫賛が悔しげに拳を握る。
劉虞が公孫賛を騙した……?
……ああ。
「そういえば、汜水関に出発する直前に変な噂は耳にしたわね。劉虞が兵を集めているって」
「……!!」
私の言葉に、公孫賛は驚いた目で私を見て。
麗羽は『余計なことを!』と眼尻を上げて私を見る。
やはり貴方も知っていたのね、麗羽。
「私はてっきり、公孫賛に代理をさせるのではなく、自らが連合に参加するつもりだと思ったのだけど? そういう話は代理の公孫賛にも、連合の『総大将』である麗羽にも打診はなかったのかしら?」
少々意地が悪いのかもしれないとは思いつつ。
抑えきれない失笑混じりで口にした私の言葉に、公孫賛と麗羽の反応は先程と同じだった。
「劉虞が……兵を集めている、だって……?」
「っ! 華琳さん!」
あら、麗羽。
何をそんなに慌てているのかしら?
私は噂という『世間話』をしているだけよ?
それなのにそんなに焦るなんて……
なにか『疚しい事』でもあるのかしら?
「……っ、んんっ。確かにそういう噂はわたくしも耳にしましたわね。でも、あくまで噂、ではなくて?」
「ええ、そうね。だから別に私も気にしていなかったのだけど? 連合の発起人であり、劉虞本人から段珪の告発文を真実と認めさせた麗羽ですものね。当然、後詰という意味での事だと思っていたのだけど?」
……ホント、我ながら意地の悪い質問ね。
「そ、それ、は…………え、ええ。も、もちろんそうですわよ、お~ほっほっほっほ! わ、わたくしが劉虞様にお願いして、平原で強制徴兵させていましたのよ。そ、それが噂になっただけですわ」
「…………………………」
麗羽が言葉の内容とは裏腹に、眼をキョドらせて言うものだからまるで信憑性がない。
というか、あなたね。
語るに落ちているわよ、それ。
「だ、だからそんなに心配するものではなくってよ、伯珪さん。貴方は劉虞様が来るまで、その代理として――」
「……そう、か。あいつはそこまで腐っていたのか……」
麗羽の言葉をまるで聞いている節もなく。
公孫賛は、一人怒りに耐えるように拳を握った。
「まさかと思っていた。信じたくはなかった。だが……やはりそうなんだな、本初」
「……え?」
麗羽はきょとんとして公孫賛を見ている。
馬鹿ね、麗羽……
公孫賛は確かに天下無双でも、賢侯でもないわ。
でもね……その身一つで北平をまとめあげ、北の烏桓と戦い、白馬長史とまで言われた人物なのよ?
あまり侮るものではないわね。
すでに……見切られているわよ、貴方と劉虞の策略なんて。
「正直、私はやつを信じていたかった……あいつが流れる血は桃香と同じもの。だからこそ、あいつが私財を投げ打って民を復興していると聞いた時は、本当に嬉しかった。私の下に来た老臣の言葉にも偽りはないと思っていた……だが、お前の言葉ではっきりとわかったよ。すべて……全て私を自領地から離すために手を組んだんだな!?」
「………………な、なんで」
「っ! あいつが平原で何をしたと思っている! 民を虐殺し、商人から金を巻き上げた! そんなあいつが私に言ったのは、民の救済と平原の復興だ! それなのに『強制』だと!? 民を無理やり戦に参加させようとすることのどこが復興になるというんだ!」
「あっ…………」
そう。
麗羽が言ったのは募兵ではない、徴兵。
徴兵とは、強制的に兵役につかせること。
本来の兵役は警邏や警務であり、いわゆる雑務だ。
一般的に私達が行っているのも徴兵ではあるけれど、それとは別に臨時で兵を集める時は募兵という形をとる。
募兵するということは、対価をもって兵を雇うということ。
徴兵には対価は基本支払われない『強制』的なものなのだ。
で、あるにも拘らず、徴兵の上に強制がつく。
つまりは……本来の兵役ではなく、民を無理やり強制労働させているということに等しい。
ただ、それ自体は珍しいことではない。
この大陸ではどこでも行われていることだし、昔からそうだ。
非道ではあるけど、別段特別というわけでもない。
だが、徴兵された民の士気の低さを考えれば、それは非効率的ではあると思う。
私はそれが気に入らないために、屯田兵という制度を作ったのだけど。
では何故、公孫賛が激怒するのか。
それは公孫賛が言っていた。
『民の救済と平原の復興』
この二つが原因なのでしょうね。
つまり――
「守るべき民を、救うべき人を『奴隷』として扱うとしたんだぞ! これが許されることか!」
高祖の時代より一度この国は、王莽に滅ぼされ、新という国になった十数年。
その新が光武帝により復興され、実に百五十年以上たった現在でも奴隷という制度は細々と残っている。
とはいえ、高祖自身が農奴や剣奴の解放を謳い、民の指示を得ていた為、家内奴隷や受刑者親族を除けば、ほぼ奴隷というものはなくなっている……と、漢の公式的な主張ではそうなっている。
まあ、実際には奴隷自体はまだまだいるけれど。
それでも百人に一人、いるかどうかというほどの少なさにはなっているこの時代。
基本、奴隷とは漢の民ではなく、重罪を犯して賎民に落とされた者や奴婢のこと。
守るべき民に対して、奴隷のごとく扱うというのは、為政者として恥ずべきものである上、高祖劉邦の政策を真っ向から否定する行為。
そして仮にも劉虞は漢の宗室――漢王朝の末裔。
……そう。
劉虞はすでに、そこまで堕ちていたのね。
「本初! お前が指示した、と言ったな。まさかお前も……」
「え? あ、い、いえ! し、指示はしていませんわ。あ、あくまで『お願い』したのですのよ!? そ、そもそもこれは、劉虞様の方からおっしゃられたことで……」
「劉虞、が?」
「あっ……」
……本当に馬鹿ね、麗羽。
あなた、全てを終わりにしたわよ?
「お前に『何を』……劉虞は何をお願いしたんだ、本初!」
「あ、え、えと…………」
しどろもどろの麗羽。
その場には私と麗羽、公孫賛の他には、袁術軍の張勲、そして孫策軍の周喩がいる。
劉備と劉表はこの場にはいない。
元々が先陣の不始末による糧食の補填の話だったからだ。
だが、その他にもう一人、この場にはいた。
「落ち着いてください、公孫伯珪殿。私から全てお話致します」
その男は、麗羽と公孫賛の間を取り持つように声を上げた。
麗羽の配下の文官だった。
「と、唐周さん……」
「本初様、事ここに至っては全てをお話するべきでしょう。公孫伯珪殿……本初様は、劉虞に強制されたのです。宦官・段珪の告発文を偽造と言われたくなければ協力せよ、と」
「な、に……」
……へえ。
「最初、本初様は断ろうとしました。しかし、協力しなければ告発文が偽造と断じられた上、それを持って逆臣としてもよい、と言われてしまいました。それで本初様は、しぶしぶ貴方を劉虞様の代理にすることを飲んだのです」
「…………本当か?」
「え、あの…………」
「もちろんです。本初様はその後ろめたさ故に、貴方様を前線に立たせようとはしなかったのですから」
……この男。
とんだ詐欺師だわ。
言葉巧みに事実をねじ曲げようとしている。
それを示す証拠がないとわかっていて……
「劉虞からの指示は、貴方を自分の代理として連合に参加させ、その戦闘で密かに暗殺することでした。しかし、本初様は連合に招き入れても貴方を戦場に立たせようとはしなかった……貴方を暗殺させたくないからです。だからこそ、本初様は貴方を最も安全な後曲に置き、本来は偵察や伝令などで貴方を使うことも出来たのに、それを馬岱に任せた」
「………………」
「考えても見て下さい。貴方がこの連合に来てから、本初様が貴方になにか命じましたか? なにか無茶を言いましたか? 総大将を決める議でも、貴方が途中退室して、なにか咎めることを言ったことがありましたか?」
「む…………」
「ないでしょう。あるわけがない。貴方が積極的に前線に出たがったとしても、本初様はそれを止めるつもりでした。なぜなら……この陣にも、劉虞の手の者がいる可能性もあったからです。それゆえ、前線に立たせることだけは避けたかった。戦場での暗殺だけは避けたかったからです」
……モノは言いようね。
麗羽は、公孫賛をお飾りにしか見ていなかった。
戦力だなんてことは、これっぽっちも考えていなかったはず。
でも、確かに議を抜けだしていたことも咎めることはなかった。
それを優遇ととるか、それとも歯牙にもかけていなかったのかの違いはあるでしょうけど。
「そして貴方は劉虞の本性を知った。事ここに至り、貴方に悟らせるために『わざと』漏らした言葉……感謝こそすれ、非難する道理はないと思いますが?」
「……わざ、と?」
「ええ。でなければただの徴兵といえばいいだけのこと。わざわざ強制徴兵などと言いますまい」
……ただ、麗羽が馬鹿だっただけでしょ。
「本初様……貴方様が公孫伯珪殿に遠慮し、自身を悪く見せるのもほどほどになさいませ。無理に恨みを買うこともないのですから」
「え? あ? え?」
「自らの正当性を質に取られたからとはいえ、公孫伯珪殿を謀るのに参加してしまった自戒は、我々家臣一同、皆が共有するものです。ですが、我々はあなたの臣なのです。貴方が偽りに貶められるのを黙ってみてはおられません」
……本当かしら。
麗羽を見ている限り、おもいっきり誤魔化そうとしているのが見て取れるのだけど。
まあ、公孫賛は私ほど麗羽を知らないものね。
「本初、お前……」
「え? あ……えと、そ、そうです……わね。いえ……」
見ようによっては、麗羽の仕草は自戒がバレてしまった心苦しさによるものにも見える。
けど……あれ、私から見れば状況についていけず、どういう対応取ればいいか迷っているだけに見えるのだけど。
「お、お~ほっほっほ! ば、バレてしまっては仕方ありませんわね! いいですわ、伯珪さん。連合を抜け、劉虞と決着をつけていらっしゃい! どうせ劉虞のことですから、貴方が来ればわたくしの根も葉もない話をして罵倒するに決まっていますわ! け・れ・ど・も! 貴方でしたどちらを信じるか……今ならわかると信じておりますわ!」
「本初……」
あらあら……とんだ茶番ですこと。
こんなのも見抜けないから、公孫賛は私の覇道に華を添えることもできない、路傍の石だということ。
もはや私には、何も言う気はなかった。
「すまない、本初……礼を言う。お前も辛かったんだな……」
「かまいませんわ。わたくしこそ、貴方を謀ってしまったこと……許して下さいましね」
「本初……いや、袁本初殿。この礼は我が真名を預けることで貴女に対する報いとしたい。我が真名、白蓮をあなたに預けよう……受け取ってもらえるか?」
「あ、あら、真名まで……こ、こほん。では、我が真名である麗羽もお受け取りくださいまし。これが私の謝意ですわ」
「あ、ありがとう……麗羽」
……ほんとに茶番、いえ、滑稽なこと。
公孫賛……ここまで愚かだとは。
善人も過ぎると馬鹿を見るとは言うけれど……
「すまん。では私は自領に戻る。皆、あとはまかせた!」
そう言って、公孫賛は颯爽と天幕から出て行った。
あとに残るのは、高笑いする麗羽と、それを半眼で見る私達。
「……麗羽。今の話、本当なの?」
「ギクッ!? な、なんの話ですの? わ、わたくしが嘘偽りで真名を預けるとでも!?」
「……まあ、そういうことにしておくわね」
じゃないと真名が軽すぎることを認めるようで……
「お、お~ほっほっほ! と、とりあえず、伯珪さ……もとい、白蓮さんは元々戦力としてみていなかったから良いとして」
……あなたね。
「次の虎牢関を抜ければ洛陽! そこには漢を壟断した董卓がいますのよ! 皆さんはより一層奮起してくださいましね!」
「……だが、総大将たる袁紹殿が、告発文を証明した劉虞を切り捨てたのではな。大義名分はどうなるのかな?」
周喩が呟いた言葉に、ギシッと固まる麗羽。
やれやれ……あなた、本気で勢いとハッタリだけで生きているのではなくて?
「それは先程言葉にしたとおりです、孫策軍の軍師殿」
それに答えたのはさっきの詐欺師。
いえ……文官だったわね。
「告発文は本物。それを否定しようとした劉虞様は、無理やりな裏取引で告発文を偽物にしようとしただけです。何も問題はありますまい」
「……正気で言っているのかな?」
「もちろんですとも。なにしろそれを認めずに連合を『脱退』した公孫賛が、劉虞様につっかかるだけですので……」
……この男、詐欺師であり、悪党なのね。
よくもまあ、ぬけぬけと……
「へえ……それを今から公孫賛に教えたらどうなるかしらね?」
「さて……それをして貴女様に都合が良いのでしたらどうぞ、曹孟徳殿。ですが、すでに董卓軍との戦端は開かれており、汜水関まで陥としました。いまさら何を言おうと董卓軍の敵である我らです。仲間割れをしても、敵に利するだけで何の益もありません。名にし負う曹孟徳殿でしたら、それぐらいはおわかりでしょう?」
「……文官ごときが、よく囀る」
私が少し覇気を込めて男を睨む。
だが、その男は薄く笑ったまま麗羽の後ろに下がった。
「な、なんですの?」
私の視線に込めた覇気をもろに食らった麗羽が、少し呻く。
……まったく、小狡い小悪党ってのは、たちが悪いわ。
「……ふん。まあいいわ。どうせこの諸侯連合、本当に麗羽の檄文を信じている者なんていないのだから。すでに現状、引き返せない処まで来ているのは皆も承知の上。まあ今はその稚拙な嘘に乗ってあげましょう……話は以上ね。私は陣に戻るわ」
「ふむ。ま、曹孟徳殿に同感だな。所詮は利害関係の連合だ。我らは『袁紹殿の』呼びかけに参上したに過ぎん。そうですな、張勲殿」
「はい~そうですねぇ。袁紹様が『これが真実だ』と示されて、その正当性をもって私達を集めたのですからねぇ。今さらそれが偽物かどうかなんて、私達には責める権利はあっても、庇う責任はありませんからねぇ」
張勲の言葉に、口元を引くつかせる麗羽。
あら……珍しいわね、貴女のそんな顔は。
これが見られただけでも、こんな茶番を見せられた甲斐はあったかしら?
「お、お待ちなさい! 話はまだ――」
「糧食の件なら報告する必要はないわよ、麗羽。貴女が決めた数をそれぞれ配分すればいいのだから。あとは劉備や劉表たちを交えて、正式に軍議を開いて頂戴」
「そ、それは……」
「安心しなさいな。さっきも言ったけど、貴女の嘘には乗ってあげる。別にこちらから今回のことをその場で言うつもりはないわよ。どの道、公孫賛が抜けた話は、仲の良い劉備あたりが聞いてくるでしょうしね。どう言い訳するか、楽しみにしているわ」
私はそう言って天幕を出る。
そのすぐ後に、張勲や周喩とかいった軍師が続いて天幕を出た。
「「「 ……………… 」」」
互いに滑稽なものを見たという苦笑で挨拶を交わし、それぞれの陣へと向かう。
まったく……
この連合というものが、如何に馬鹿らしいものかを見せつけられた一時だった、
だが、私にはどうでもいい。
この連合に参加した目的は、諸侯の調査と名を示すこと。
すでにその半分は目的を達している。
あとは……
「虎牢関、ね。まあ、それもどうでもいいことよ。全ては洛陽で民に名を示すことが出来れば問題ないのだから」
せいぜい頑張りなさい、麗羽……
―― 袁紹 side ――
「どういうことですの、唐周さん! あれでは劉虞との約定を破ったことになるではありませんの!?」
「落ち着かれて下さい、本初様。約定破りにはなりませぬ故」
わたくしが唐周さんに食って掛かると、平然とした顔でそれを受け止める。
一体、どういうおつもりですの……?
「劉虞との約定は、『公孫賛を連合に参加させ、自領から引き離す代わりに告発文の証明をする』です。すでにその約定は果たされています」
「…………?」
「つまり、一度は自領地から引きずり出しました。その後戻ってしまうのは、約定には含まれておりません」
「……あ」
……確かに。
「我々はあくまで檄文を出し、それに応じた諸侯を参入させたに過ぎませぬ。劉虞との約定自体は守ったのですから、責任は果たしております。公孫賛がこの連合を抜け、自領地が劉虞によって荒らされたとしても、私達とは関係のないことです」
「……ですけど、白蓮さんはわたくしのことを恨みに思うのではなくて?」
劉虞と共謀し、白蓮さんを北平から引き離す。
その隙に劉虞は北平を乗っ取って、白蓮さんを殺す。
そういう話ではあったはず。
「それこそ逆恨みでしょう。我々は、劉虞から彼女を殺せとは言われていません。逆に保護してあげたと言っても良い。自領地に自分で勝手に帰ったのですから、公孫賛は逆に本初様のお心に背いた形にもなっています」
「わたくしの心……」
「後は劉虞次第です。戻った公孫賛を殺せるか、それとも激怒した公孫賛に殺されるか……どちらでもいいではありませんか」
唐周さんは、そう言って口元を歪ませる。
「どちらが勝ったとしても……この連合が終わった後、正当性をもって勝者を本初様が討てばいいのですから」
「……え?」
どちらが勝っても……?
「劉虞が勝てば、真名を預け合った親友の仇を討つとして。公孫賛が勝てば、漢王朝の宗室を殺した大罪人として……それぞれ断罪すればよいのです。そのためにも……洛陽にいる献帝陛下をお救いせねばなりませんが」
「……つまり、献帝陛下にそういう指示をさせ、大義名分を作れとおっしゃるの?」
「はい。そのためにも董卓は殺さねばなりません。そして献帝陛下を保護し、傀儡となされば……後は本初様が、この漢全土を手中におさむることが出来るでしょう」
「………………」
わたくしが……わたくしが、漢を治める。
つまり、わたくしが次代の皇帝になる、ということ!
「……ふ、うふふ……お~ほっほっほ! なるほど、さすがですわ、唐周さん! 貴方はまさしくわたくしの軍師ですわね! いいでしょう。この袁・本・初が漢を掌握するため、その力を存分に発揮なさい!」
「はは! お任せ下さい。必ずや、本初様を皇帝にしてご覧に入れましょう」
「おほほ! お~ほっほっほ!」
わたくしが、こ・う・て・い!
お~ほっほっほっほっほ!
―― 唐周 side ――
ふう……どうやら何とかなったようだな。
目の前で馬鹿の一つ覚えの高笑いをしている愚か者を見て、俺は安堵する。
お前が皇帝?
どこまで愚物なんだ、この女。
まあいいさ……皇帝にしてやろうじゃないか。
そして、その皇帝を俺が裏から操ってやる。
せいぜい残虐帝にして、全部ひっかぶせた後で、俺が誅殺してすり替われば問題ない。
そのためにも、多数派工作もしなけりゃならんが……まあ、それは後でいいだろう。
まずはこの馬鹿を登りつめさせる。
そして、その権力で他の奴らを臣従させれば……
いや、その前に俺には殺らなきゃならん奴がいる。
北郷盾二……やつだ、ヤツを殺させねば。
次の虎牢関で出来ればヤツを暗殺させたいが……だがどうやる?
ヤツは……劉備はすでに武勲を立てた、立てすぎた。
次の虎牢関では、ヤツを先陣のままのままにできるだろうか?
おそらくは無理だろう。
このまま虎牢関までヤツに陥落させられたら、武勲が立ちすぎる。
つまりは名が漢全土に轟くことになる。
それを防ぐためにも、他の諸侯……袁術や曹操あたりが前に出ようとする可能性が高い。
だが、相手は虎牢関……おそらくは天下の飛将軍とまで言われた呂布がいる。
そう簡単に行くとも思えない。
ならばどうするか……
ふむ。
先陣を譲らせ、中陣で袁紹軍の前に立たせるか。
そうすれば先陣が壊滅するなり打撃を受けた後、入れ替えて前に出せばいい。
いかな虎牢関とて波状攻撃をすれば、かなりの打撃を与えることが出来るだろう。
あとは陥とす前後に暗殺できれば御の字とすればいい。
出来れば呂布と一騎打ちでもしてくれれば、もろともに殺すことも出来るのだが……あの高笑いの馬鹿に、少し誘導させてみるか。
俺が直接言ってもいいのだが……いやまて、ヤツには面が割れている。
やはり会うのはまずい。
あの馬鹿に言い含めるとするか。
まあ、受ければよし、受けなくても問題はない……どの道、いずれは必ず殺す。
そうだな……ヤツを暗殺するためにも、暗殺者や毒矢の準備もしなくてはな。
これは忙しくなってきた……
―― 盾二 side ――
汜水関を陥落させてから二日。
用意させておいた金品を回収させた次の日である。
俺は今、袁紹の大天幕の中で、思わず呻いていた。
本来はこの軍議、次の虎牢関に向けての軍議だったのである。
だが、何故か袁紹は俺を指名し、この軍議の間に呼び出された。
そして――
「白蓮が……?」
「ええ。白蓮さんは、劉虞様の非道を正すため、自領地に戻られましたわ。皆さんによろしく、とおっしゃってましてよ」
袁紹から知らされた事の経緯を聞いて、俺は劉表の隣にいる桃香と顔を見合わせた。
桃香の顔には心配げな表情が浮かんでいる。
やはり劉虞の改心は、白蓮を自領地から引き離すための工作だったのだ。
あれだけの虐殺をした劉虞だ、そう簡単に改心などするはずもないとは思っていた。
だが……人のいい白蓮は、それを信じたのだろう。
桃香という、漢王朝の血を引きながらも民のためにその身を削る人となりを知っているが故に。
それ故に、今度こそ白蓮は劉虞を許さないだろう。
平原の民だけでなく、自分の守る民すら危ういこの状況。
ここで劉虞を許すとなれば、白蓮の為政者としての評判は地に落ちる。
だからこそ苛烈に、しかも容赦なく劉虞を責めるに違いない。
だが、それは白蓮が漢王朝の宗室を誅するということ。
俺達が出来ることがあるならば……
(董卓を助け出し、それを献帝に伝えて白蓮の助命と寛大な処置を引き出すしかないか?)
董卓を利用することになる……桃香はどう思うだろうか?
いや、他にも手はあるかもしれない。
急いで策を練らなきゃならないだろうが……
「ともあれ、白蓮さんの騎馬隊は関への攻撃にはあまり意味を持ちませんわ。戦力としてはあくまで予備だったですから、最初の指針に変更はありませんことよ」
「……了解した」
「うむ、儂もじゃ」
俺の言葉に、隣にいた劉表も同意する。
桃香は俺と劉表を見て、コクリと頷く。
「では白蓮さんの件は良いとして……次の議題ですわ」
というか袁紹……いつから白蓮の真名を呼ぶようになったんだ?
確か許昌にいた頃は、字で呼び合っていたはずだが……
「次の虎牢関ですけれど、劉備さんは中曲に、劉表殿は後曲下がっていただきますわ」
「………………」
やはり、か。
そう言ってくると予想していたので、俺は劉表へ目配せをする。
劉表は俺を見ながら、目礼で答えた。
「一応、理由を聞いてもいいかな?」
「ええ……まあ、あなた方は汜水関を単独で陥としたのですもの。これで虎牢関まで先曲を任せるのは少々被害が大きいでしょう? ですので、わたくしからの温情ととってくださいまし」
温情、ねえ……
「先曲には美羽さんとその配下の孫策さんにお願いしますわ。よろしいですわね?」
「へ? 妾がなんで先陣に……」
「はい~お受けいたしますわ~」
「な、七乃っ!?」
袁術自身は知らなかったのか?
その配下はにこやかに受け取っているが……
「こちらも了承した……まあ、相手は虎牢関。そうやすやすとは陥とせはすまい。被害が大きくなった時は?」
「ええ、わかっておりますわ。中陣にいる華琳さん……そして劉備さんと交代で攻めていただきます。波状攻撃、といえばよろしいのかしら?」
「ふむ……承知した。兵の補充は袁紹殿に?」
「そうですわね……よろしいでしょう。総力で当たらなければ突破はできませんでしょうし」
……随分とまともだな。
『華麗に進軍』なんて言っていた袁紹とは思えない。
誰かの入れ知恵か……?
「それと、わたくしの細作の報告では、虎牢関には呂布がいるそうですわ」
「呂布……あの飛将軍か」
周喩の言葉に、皆が緊張した面持ちになる。
この世界にもやはりいたのか……いや、当然か。
史実では孫堅にこっぴどくやられたとも言われているが……その孫堅もいないしな。
後に董卓を殺したのも呂布だ。
だが、ここは作られた世界……呂布が変節していてもおかしくはない。
「ええ……ですから、もし呂布が現れた場合……その対応は天の御遣いさん、貴方にお願いしたいのですけれど?」
「……どういう意味で?」
呂布と戦え?
無理を言う……というか、俺は武将としての力なんて見せていないはずだぞ?
何故俺を指名する……?
「わたくしの細作の話では、随分とお強いと聞いていたのですけれど。違いまして?」
「……どういう情報かは知りませぬが。私はあくまで軍師です。武将の真似事は出来ても、一騎討ちをするつもりもありません。ましてや相手はあの飛将軍……正直、私に死ねとおっしゃいますか?」
「あら、そうですの? 貴方なら呂布にも勝てるのではという話でしたのに……」
……誰だ、そんなでたらめ言う奴は。
「あら、貴方なら案外勝てるのではなくて?」
……曹操。
もしかしてお前が?
「ふむ……私も見てみたい気はするな。まあ、勝てるとまでは言わないが……いい勝負をするのではないか?」
……周喩さん、あんたもか。
「えっと……私はその呂布さん、って人を知らないんですけど。そんなに強いんですか?」
桃香……頼むから墓穴を掘る様なことを言わないでくれ。
あの呂布だぞ?
鈴々や愛紗どころか、星にだって勝てない俺に、どうしろと……
「うむ、強い。儂は何度か会ったことがある……丁原殿に紹介されてな。演舞では大して力を入れてもいないのに、大の男三十人を方天画戟の一撃で吹き飛ばしておった。あの力、並々ならぬものがある」
劉表のジジイがそう言って髭を撫でる。
方天画戟……?
あれって随分後で作られたはずだが……ああ、三国志に準じているのか。
変なところで創作と史実が混じるな、この世界。
「そ、そんなにすごい人なんですか!? そ、それはさすがに……」
「ああ。俺も一人でやる気はないよ。悪いが出てきたとしても一騎討ちは御免こうむる。うちの武将にも一人で相対はしないように伝えよう」
「あらあら……随分と臆病ですのね。これは見込み違いかしら」
袁紹は挑発するように言ってくるが、俺は肩をすくめる。
「どんな見込まれをしたかはわかりませぬが、私は軍師です。相手を罠に嵌めるならともかく、勝てない相手に一騎討ちする気はありませんよ。それを恥とも思いません。命は一つですから」
「あら、そうですの……まあどちらでもいいですわ。わたくしも無理にそうしろとは言いませんし」
じゃあ何故言った?
……やはり、誰かに諫言されているのか?
「では呂布に対しては無理に対応せず、関を陥とすことに集中してくださいましね。対応はそれぞれに一任しますわ」
「袁紹殿……儂は後曲で茶を啜っておれと?」
「劉表殿……いえ、貴方はいざというときの予備兵力ですわ。関が落とせそうな時はわたくしと一緒に総攻撃していただきます。後は前線の負傷兵の後送や、補給などをお手伝いしていただけます?」
「……ふむ。承知した。だが、万一の時は儂にも出陣を命じて下されよ? 前線が崩壊してからでは力の振るい甲斐もないのでな」
ジジイ……あんたも大言吐くな。
戦闘苦手といっていただろうに……ハッタリにも程があるぞ。
ほらみろ……曹操も周喩も睨んでんじゃねぇか。
「え、ええ……心得ましたわ。では陣を組み替えた後、出立と致します。解散!」
袁紹の言葉に、諸侯が共に一礼する。
そうして俺と桃香は、劉表とともに天幕を出た。
「……小僧、お主はどう思う?」
劉表が突然聞いてくる。
はて……どれのことかな?
「……さて。いろいろ怪しいのは確かですが……まず白蓮、公孫賛のことはある程度事実でしょう。全部が真実ではないでしょうが」
「……ふむ。劉虞、か……」
どうにも胡散臭くは思う。
劉虞が非道を行っていたこと。
そして、今回白蓮を裏切っていたことは本当だと思う。
だが……なにか、作為的に過ぎる印象があった。
(また于吉たちが蠢動したのかもしれないが……)
どちらにしても白蓮にとっては辛い戦いになる。
少しでも援護ができればいいのだが……
「白蓮ちゃんも酷いよね。私達に相談ぐらいしたってよかったのに……」
「愚痴るなよ、桃香。以前、あれだけ心配した上、会ったばかりに泣きついたんだぞ? 人のいい白蓮なら迷惑を掛けたくないから、あえて声を掛けなかったのだろうし」
まあ、慌てて忘れていたなんて可能性もあるがな。
「そっか……そうだね。董卓さんのことも放ってはおけないしね」
おいおい、桃香……
劉表の爺さんがいるんだから、あんまり迂闊なことを言うなよ?
「あとは……陣替えについては予想通りですね。俺達が中曲になったのは少々予定外ですけど……」
「お主の見立てでは、袁紹が前に出るかもと言っておったしの」
「ええ……この状況でも前に出ないとは。袁紹の性格を見誤っていたのかもしれませんね」
あれだけの武勲をあげたら、自分が目立つためにも前に出ると思ったのだが……
存外、慎重なのかもしれない。
「臆病、とも思えませんので……背後に誰かいますね。軍師のような者が……」
「ふむ。まあその可能性はあるの……儂が知る嬢ちゃんなら、ここまで考えはすまいて」
劉表の言葉に頷く。
そう、誰かいる……状況を見据え、策をめぐらし、そして俺の力を知るものが。
「俺に呂布を、か……一体誰が」
「ご主人様……そんなに呂布って人は強いの?」
「強い。俺が知る呂布の噂では、おそらく愛紗や鈴々でも勝てない。一騎討ちならばな……」
「そ、そんなに!?」
桃香は驚くがね……有名な話では、劉備・関羽・張飛の三人でようやく互角だったと聞いている。
確か史実ではなく三国志だったと思うが……
「相対するならば、愛紗に鈴々、そして俺か馬正の三人以上ででやらなきゃな……やれやれ。説得が大変だ」
「ご主人様……そんな相手に勝てるのかな?」
桃香が心配そうに俺を見る。
そんな桃香に苦笑して、俺は彼女の頭に手を置いた。
「勝つ……さ。勝たなきゃ先へは進めない。そのためにいろいろやっているのだからな」
そう言って俺は汜水関を見る。
その先に続く、虎牢関を見据えるように。
決戦は、もうまもなくのはずだった。
後書き
この話の元は何かといえば、白蓮と麗羽です。
彼女ら、第5章の初めは字読みだったのに、いきなり第6章から真名で呼んでるんですよ。
一体何があったんだ、コラ、という話でして……まあ、その理由付けとしました。
最初は驚いたものですよ……なんで描かれないんだって。
多分、その部分がシナリオから削られたのか、拠点フェイズと平行して、ライターが完全に忘れたかのどっちかなのかな、とは思いましたが……拠点フェイズでは袁紹って言ってるしなぁ。
まあ、そういう理由もあって書いたのですが……華琳さんに路傍の石と断じられてしまいました。
ほんと、白蓮さん可哀想に。
ps・とんでもない設定ミスで書き直しました。すいません……バレたかな?
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