魔法少女リリカルなのは ~優しき仮面をつけし破壊者~
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A's編 その想いを力に変えて
A's~オリジナル 日常編
46話:2月14日 各々のバレンタイン
前書き
ようやく書けました。遅れてしまって、申し訳ないです。
この手の話を書くのは初めてなので、何か変な部分があるかもしれません。何かあったら、気軽に感想を。
2月14日。
この日は世間一般にはバレンタインデーと呼ばれる日だ。
元々はローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日だと言われる(ウィキ参照)この日、日本では女性が男性にチョコレートを贈るのが習慣となっている。
そう、モテる男達にとってはハッピーな……そしてかわいそうな男達には悲しい一日となる日である。
「バレンタイン、デー?」
「そう。ミッドにはそういう習慣ない?」
聞きなれない言葉にフェイトは首をかしげ、その言葉を復唱する。なのはも頷いて、逆に聞き返してくる。
「うん、そういうのはミッドにはないかな…。どういう日なの?」
「ふっふっふ、それはやな……」
不適な笑みを浮かべながら、はやてはバレンタインの概要を説明する。
はやてが長々と力説するが、まぁ要約すれば……
「男の子にチョコやクッキーをあげるんだね」
「うん、まぁ…そういうことや……」
「ま、まぁ…事実ではあるんだし」
自身の力説があまり効果がなかったなかったことに少しがっかりしているはやてと、それを慰めるすずか。
言い忘れていたが、現在ここは翠屋のテーブルの一つ。メンバーはなのは、フェイト、すずか、アリサ、はやての五人だ。
因にこの小説の主人公、門寺 士はというと、現在はミッドで用事がある為地球を発っている。
「はやて、どうしたの?」
「なんでもない…なんでもないんや…」
「それで、なんでこんなところに集まってるの?」
この日は2月13日の日曜日のまだ昼にも至っていない時間帯。つまり、かのバレンタインデーの前日なのだ。
小学校も日曜日は休みなので、この時間帯に五人が集まっていること自体は間違いではないのだが、今回のこの集まりははやてが召集したものだった。
「いやな、さっきから言うように明日はバレンタインやろ?そやから皆はどうするんやろな~、なんて思うてな」
「どうする、なんて言われても…」
はやての言葉にフェイトはなのは達の顔を見た。
「私は~…いつも通りお兄ちゃんとお父さん、それに士君にそれぞれ上げるよ」
「私もそうね、お父さんに上げるかな」
「う~ん、私はクラスのお友達に数個と、あと士君にも上げようかなぁ、と」
今の言葉は、上からなのは、アリサ、すずかの順だ。それを聞いたはやては、なぜか深いため息をついた。
「いつも通りとはなぁ……おもろくない」
「「「「へ…?」」」」
「もっと甘い話にしようとは思わないんか!?」
バンッとテーブルを叩き、はやては声を荒げる。
「甘い話なんて言われても…」
「じゃあこの中で、誰か本命(・・)を上げる子はおらんの?」
「「「っ!?」」」
唐突に言われたことに、フェイト以外の反応を示す。具体的に言うと体が一瞬跳ね上がっていた。フェイトは何の事だかわからず首をかしげ、はやては三人の反応を見てニヤニヤしていた。
「なんや、そんな反応するいうことは…どこか心当たりでも?」
「い、いやそんな…本命とか…ねぇ?」
「う、うん……」
「別に……」
「え?え、どういうこと…?」
ニヤニヤしたまま言うはやて。明らかに動揺している三人を見ても、どうにも状況がつかめないフェイト。
「幸い、バレンタインは明日や。まだ時間はあるし……私はどないしよかなぁ」
「「「……///」」」
そういうはやてだが、なのは達三人は顔を赤らめたまま俯かせていたり、そっぽを向いていたりで聞いてないふりをしていた。
「ま、今回はそれの確認に呼んだだけやから。ほな私はこれで」
明後日が楽しみやな、と声を漏らしながら、はやては一人車いすを動かして去っていく。
(というか、自分から誘って自分が最初に帰るのは、ちょっとどうなのかな?)
そんな疑問を胸に抱きながら、三人に目線を向けると……
「本命…いや、でも……(ブツブツ)」
「はやて、あの様子だと誰かに本命を…?まさか…(ブツブツ)」
「好きな人に…本命…(ブツブツ)」
なにやら呪文のようにつぶやいている。その光景にフェイトは、少しばかり恐怖を感じてしまった。
しかし次の瞬間、三人がほぼ同時に立ち上がった。勢いのある立ち上がり方に、フェイトはまたも驚いた。
「そ、そうだ…準備しよう…」
「そうね…準備は早いに越した事は…ないわよね…」
「う、うん……」
そう言ってブツブツと言いながら、なのはは翠屋の奥へ、アリサとすずかは翠屋を去って行った。
「………え……え…?」
一人取り残されたフェイトは、何がなんだかわからないまま声を漏らした。
門寺 士の友人である美少女五人が、それぞれ別々に動き始めた。
ここからは一人ずつにスポットを当てて、それぞれの制作過程を見ていくことにする。
side フェイト
「本命…本命…。結局なんなのかわからなかったなぁ…」
そう言いながら自身の家の扉を開ける。
しかしバレンタインが初めてのフェイトにとっては、なのは達と一緒に作ればいいかな、という考えがあった為、何をするべきなのかわからないままでいた。
「あら、お帰りなさい」
「あ、ただいまです」
少し困惑気味のフェイトを迎えてくれたのは、今日は休日でハラオウン家で静かに過ごしていたリンディであった。
「…何かあった?少し浮かない顔をしてるけど」
「うん、ちょっと…」
リンディに尋ねられ、フェイトはなのは達との会話であったこと…主にこの世界の“バレンタイン”という習慣について説明した。
「へぇ~、女の子が男の子にチョコを上げる、ねぇ。中々面白い習慣じゃない」
顎に手を当てていたリンディは、「それで…」と続けて目線をフェイトに向ける。
「フェイトさんは何に困ってるのかしら?もしかして、作り方?」
「それもあるんですけど…」
「…?」
首を傾げるリンディに、フェイトは付け足すように説明する。
―――はやての言っていた、“本命”について
するとリンディは、フフンと笑いながら目を光らせた。
「へぇ~、そういうのもあるんだ…」
「え…?」
ニヤニヤと笑うリンディを見て、フェイトは疑問を抱く。まさか会話の内容を説明しただけで、理解したというのか。
リンディは驚いているフェイトを見て、クスッと笑った。
「まぁ私もよく知っている訳じゃないから絶対とは言えないけど…。おそらくはやてちゃんが言った“本命”っていうのはね…」
そう言いながらフェイトへ近づいていき、耳元で囁く。
―――大好きな人に、大好きって意思を伝えるモノの事だと思うわ。
……………え……?
小さく囁かれたフェイトは、思考が一時停止してしまう。リンディが自身から離れていくのを感じながら、先程の言葉に関して少しずつ考え始める。
(好きな人に……大好きな…大好きだって……伝える……)
ようやくその言葉の意味を掴み始め、フェイトは顔をみるみる赤くしていく。
「あ、え……ふぇ……!?」
「フフフ…」
顔を両手で抑えて狼狽えるフェイト。それを見て笑みを浮べるのは、母親としての性なのか、それとも別の何かなのか…
「あ、艦長にフェイトちゃん。どうかしたの?」
そこへやって来たのは、リンディと同じで休日をまったり過ごしていた、アースラ通信主任のエイミィだった。
「え、えっと……」
「まぁまぁ、落ち着いてフェイトさん。取りあえず、チョコを作るんだったら材料が必要になるわ。悪いんだけど、買って来てくれないかしら?」
「で、でも私何が必要かなんて…」
「こっちで調べて、念話で教えてあげるから」
こっちには通信主任もいるし、とエイミィの顔をチラリと見ながらリンディはそう言った。エイミィは未だ状況が掴めていないのか、首を傾げた。
それを余所に、リンディはお金を取り出し、フェイトに渡す。
「それじゃ、お願いね」
「は、はい…」
フェイトはリンディに押し切られる形で、買い物に行った。
「艦長、どういう状況ですか…?」
「フフフ、実はね…」
状況のよくわかっていなかったエイミィに、リンディが事の説明をした。
結果、フェイトのチョコ制作にエイミィも一緒に参加したそうだ。
side はやて
[―――って感じだと思ったんだけど…合ってるかしら?]
[さすがリンディさんや。そんな感じでバッチリですよ]
リンディからの念話にそう返し、心の中で密かにグーサインを出しているのは、四人を波乱の渦へと導いた張本人、八神 はやてである。
あの後はやては、今日は仕事がなかったシャマルとヴィータと途中で合流し、買い物を済ませていた。
その帰り道にリンディからの念話が届き、何事かと少し焦ったが、内容がはやて自身が言った“本命”の意味についての確認だったので、一安心しながら話を聞いていた。
[それじゃあ、ありがとね]
と礼を言われたのを最後に、リンディからの念話が切られ、はやては一息つく。ふと気づくと、もう我が家の近くまでやってきていた。
「はやて、今日はチョコを作るんでしょ?」
「そやね。まぁ作るのはお昼を食べてからになるやろうけど、折角のバレンタインやしね」
じゃあさじゃあさ、と言いながらヴィータははやての横へやってくる。
「出来上がったら私も食べてもいい?」
「えぇよ。今日はちょい多めに買ってきとるし、多分余るやろうから」
「やった~!」
はやての言葉にヴィータは両手を万歳させて、喜びを全面に表現した。
その後ろで、買い物袋を覗いていたシャマルが口を開いた。
「それにしてもはやてちゃん、また随分と買いましたね」
「まぁ、私もチョコを作るゆうのは初めてやし、それにチョコ渡す人数もそれなりやし」
それを聞いたシャマルは、不思議そうに首を傾げた。
「でもはやてちゃんの説明通りなら、大好きな男性に渡すんじゃ…」
「いやいや、何も本命だけにチョコを上げるのがバレンタインちゃうよ。友達同士で渡す“友チョコ”があったり、家族内で渡すところだってあるってゆうよ」
「へぇ~」
シャマルははやての返答に、感心したように何度も頷いた。
「そやね…なのはちゃん達四人、士君にクロノ君、ユーノ君にリンディさんやエイミィさんにも渡そう思っとるから、九人分やな」
「リンディ提督にもですか?」
そうやで、とシャマルの疑問にはやては即答する。
「今年は皆にお世話になったから、その感謝も込めて、やけどね」
「なるほど…」
「折角だし、家の皆の分も作ろうか?」
「え!?」
「いいんですか!?」
はやての言葉に、前を歩いていたヴィータも振り向いて、シャマルと同じように驚いていた。
「勿論や。皆家族やもん、作って当然や」
「やったやった~!」
はやてがそういうと、ヴィータは一層喜んで、スキップまでし始めてしまった。
「もう、ヴィータちゃんたら…」
「えぇやないか。あんなに喜んでもらえるんやったら、こっちも嬉しいし」
「あ、そういえば…」
そこで何かに気づいたシャマルが声を上げる。はやてはどうかしたのかと思い、シャマルへ視線を向ける。
「シグナムやザフィーラ、甘いものはあまり好まないと思うのですが…」
「あぁ、その事か。大丈夫、そういう人用にビターチョコ用の材料も買っといたよ」
その用意周到さに、シャマルはまたも感心した。
「さすがはやてちゃんですね」
「フフ~ン、そやろぉ?」
シャマルに素直に褒められ、車いすの上で胸を張るはやて。
「じゃあ“本命”を上げる方も決まってるんですか?」
「それは勿論士く―――」
そこまで言って、はやてはハッとする。すぐに振り返って背後にいるシャマルを見る。
シャマルは手を口に当てて、クスクスと笑っていた。
「そうですか…はやてちゃんの本命は士君でしたか…」
「っ!い、いやちが…!///」
慌てて訂正しようとするはやてだが、顔が急激に熱くなることに意識を持って行かれ、頭が上手く回らず、上手い言い訳が思いつかなかった。
「と、取りあえずチョコが解ける前に、急いで家に戻らんとな!ちょい急ぐよ、シャマル!」
「フフ、はい!」
苦し紛れに話題を変えるはやて。シャマルはその行動に少し微笑みながら、はやての座る車いすの取手を掴み、車いすを押す。
「はやて~!速く速く~!」
先に玄関前まで着いていたヴィータに急かされ、二人も少し速いスピードで玄関へ向かった。
因に……
「それじゃあ、私も日頃の感謝の意を込めて、誰かにチョコ作ろうかしら」
「シャマル、それは止めておいた方がいいよ」
と、シャマルとヴィータがこんな会話を密かにしていたのは、はやても知らなかったそうだ。
なのは side
トントントントントン……
無機質な音が、高町家の台所に静かに響き渡る。勿論その音の出所は、板チョコを細かく刻む包丁であり、その包丁を扱っているのは勿論、高町 なのはである。
「………」
ドッチボールやスノボーではドジッぽい場面しか見せてこなかったなのはだが、さすがに喫茶店の娘。作業の手際は親譲りなのか、テキパキとしていた。
「………」
真剣な表情で黙々とチョコを刻み続けるなのはだが、頭の中では別の事を考えていた。
勿論、包丁を扱いながらの考え事など、良い子が真似していい事ではないのだが、なのはも一魔導師。魔導師必須のスキル“マルチタスク”を利用して、安全に包丁を扱いながら、考え事を並行して行えるのだ。
また、これもマルチタスクの訓練となるので、一石二鳥(?)になるのだ。
「………」
そして、現在なのはがマルチタスクを使用してまで思考している事は、先刻の五人での会話について。特に、はやての発言の部分だった。
(…なんであそこまで取り乱しちゃったんだろう?別に本命なんて言われても…)
――――“本命”。
その言葉が頭の中を過ると同時に、脳内のメモリーからとある人物の顔が浮かび上がる。
なのはにとって家族同然であり、かつ家族以外での一番身近な異性である、彼の顔を……
「―――っ……///」
その顔が出てきた瞬間、なのはは思わず包丁を持つ手を止める。頬がほんのり熱い事に気づきながら……
だがすぐに頭を振り、再び手を動かし始める。
(べ、別に本命なんてことは……。い、いや、今はこっちに集中しないと…)
そう心で決意し、板チョコを再び切り刻む。
だがこの一連の流れ、ここ数十分の作業の間に2、3度同じことを繰り返していたりする。
因に、今なのはが作っているのは士の分だけではなく、ユーノや兄の恭也、そして父の士郎の三人の分も含んでいる。
例年なら士郎の分は桃子が作っているのだが、今年はバレンタイン用の作業で忙しくなりそう、とのことで桃子がなのはに頼んでいたのだった。
もっとも、そんな事は大義名分であり、本当の所桃子はなのは達五人のやり取りを見ていて、今回は一人で作らせてみようと思っていたらしい。
「―――っ、また……///」
そんなこんなの間にも、なのはは再び彼の顔が頭に過ってしまい、またも顔を赤くしていたのだった。
アリサ side
「…よし。これで材料は全部ね」
腕を組んでキッチンの上に出ている材料を眺めるアリサ。ブロンド色の髪は後ろで括り、エプロンまで装備して完全やる気モードだ。
「それじゃ、始めていこうかしら」
そう言って用意した材料に手をかける。
因に、例年はバニングス家のコックも同行したりするのだが、今回だけは一人だけでやらせて欲しいとアリサが懇願し、こんな状況となっている。
「え~っと、これは後で使うやつだからこっちに置いて……うん、最初に使うのはこれね」
と確認作業を行ってからチョコに手をかける。
そこでちらっと視界に入ったのは、用意された材料とは別にあるビニール袋だった。
「……まぁ、別に用意したって…良いわよね」
その袋の中身は、翠屋からの帰り道にスーパーで買ったホワイトチョコが入っている。
それは勿論、士に渡すチョコ用だ。
「たまには、普通のチョコじゃないのもいいよね…」
と袋から目線を外して、改めてチョコの調理に取りかかった。
しかし時々視線が置いてある袋へ向かってしまっていた。それに気づいたアリサは、少し頬を赤くした。
(あ~、もう!はやてがあんな事言うから…変に意識しちゃうじゃない…!)
慌てて今の調理の方に意識を向けて、父親用のチョコ作りを続ける。
父親用のチョコを切り刻み終えると、早速袋にあるホワイトチョコを取り出した。
あまり意識せずに、意識せずに、と自分に言い聞かせるように呟き、先程と同じように刻んでいく。
「………」
それぞれ刻んだチョコを別々にボウルへ入れ、チョコを溶かす為電子レンジで温める。
それをじっと見つめながら、アリサは昔の事を思い返していた。
今思えば士やなのは達との出会いは、あまり良い物ではなかった。何せ喧嘩で始まった仲なのだから。
自分はすずかの大切なものを取って、それを見かけたなのはと喧嘩して…それを士が止めに入って……
それから三人との関係が始まって、なのはと士の繋がりでフェイトと合って、はやてとも出会って……
今まで四人だった学校生活も、フェイトが加わり、そして四月辺りにははやても学校にやってくる予定だ。
これからは皆が学校に集まって、一緒に授業を受けるんだ。皆が黒板に向かう中、アイツは腕の間に頭を突っ込んで……
そういえば、とアリサはある事に気づいた。
「士の奴…最近変に暗い表情をしていたような……」
窓際の席でいつもは熟睡している筈の士が、最近は寝もせずに窓の外を眺める事が多くなっていた。
それを後ろの方の席で見ていたアリサは、その時は何か違和感を感じていたが、その正体がわからないでいた。
「何かあったのかな…」
これでも一年生の頃からの仲。士から言わせれば“腐れ縁”という奴だ。アリサはそれだけ親しい相手がいつもと違う感じでいるのに、心配しないような薄情な人間ではない。
「…まぁチョコ上げたら、少しは喜んでくれるかな…」
そう呟くアリサの頬は、不覚にも綻びていた。
もし士にチョコを渡したら、どんな反応をしてくれるのか。すごい喜び方なんかするかも、などと脳内妄想をするアリサ。
「いや、ないないない」
だがそんな行動をする程、士はテンションが上がるとは思えない。
でもたまにはそういうのも……
「―――っあ、ちがっ…!?///」
瞬間、アリサの顔が爆発するかのように耳まで赤く染まった。
「うぅ……ぁぁ、もぅ…ぁぅ…」
と電子レンジの前で顔を覆い隠したまま座り込む。士の顔を想像して、ニヤついていたのが精神的にきたようだ。
そんなアリサへ、電子レンジのチーンという音が静かに鳴り響いた。
すずか side
その頃月村邸のキッチンでは、二人の女性がそれぞれの持つ紫色の髪を揺らしながら、それぞれのクッキー作りをしていた。
「~~♪」
二人の内の背の高い方、月村 忍は鼻歌を歌いながら調理をしている。
それを見ながらも同じく調理をしていた月村 すずかは、そんなご機嫌な姉を見るのは自分の親友であるなのはの兄、高町 恭也と一緒にいる時ぐらいだと思いながら眺めていた。
「お姉ちゃん、ご機嫌だね」
「それはそうよ~♪だって好きな人に上げるんですもの」
好きな人、か……。そう声を漏らし表情を暗くするすずかを、横でチラリと見る忍。
すずかが士達と友人となった時…つまり約二年前からバレンタイン用のチョコやクッキーを作っているが、こんな表情をするのは初めてだった。
何かあった、というのは姉である忍には、このチョコ作りをする前からわかっていた。
様子が可笑しいのは、先程すずかが帰宅してからだ。確かはやてと呼ばれる子に誘われた、と言っていたな、と忍は心の中で呟いた。
「お姉ちゃん」
「ん~?」
「やっぱりチョコとかもらうことって嬉しいのかな?」
調理を続けながら、すずかは目を細めて言った。それを横から見ていた忍は、頬を緩めて笑った。
「そりゃあ可愛い女の子からもらえば、誰だって嬉しいでしょうよ」
「そう、かなぁ…」
逆にすずかからもらっておいて喜ばない男がいたらどうしてくれようか、と忍は思う。恭也から少しばかりシスコンを貰い受けたことには気づいていないが……
対してすずかは、忍の言葉に笑みを浮かべていた。それは勿論可愛いと言われた事に対してではなく、士が嬉しく思ってくれる事を知れたから。
「それじゃあ、頑張らないと…(ブツブツ)」
「フフフ…」
さらに気合いの入った表情で作業に取りかかるすずか。そうやって真剣に取り組むすずかを見て、またも笑みを浮かべる忍。
その光景は、微笑ましい姉妹のものそのままだった。
こうして、少女達の昼下がりは過ぎていった。
残すは、バレンタイン当日のみ。
「「「「………」」」」
バッタリ。
学校の廊下にて、四人は顔を合わせた。その瞬間、それぞれ自分の動きを止めた。
「お、おはよう…」
「…う、うん…」
「あはは…」
「………」
それぞれが朝の挨拶を済ませ、一緒に並んで教室へ向かう。
「そういえば、士君は…?」
「さっき教室に来たよ」
荷物を持ったなのはが尋ね、それに返事をしたのはすずかだった。手をハンカチで拭いている所を見るに、手洗いの後のようだ。
因になのはは士に先に行かせてから学校へやってきた。士にチョコの事を内緒にする為に。
「「「「………」」」」
教室の入り口までやってきた四人は、覗き込むように中を確認した。
「はい、これ」
「え?まさか俺に!?」
「勿論♪」
「あ、ありがとう…(いよっしゃぁぁ!チョコもら―――)」
「義理チョコだけどね」
「ノオオオォォォォォォォォ!?」
「ねぇねぇ、僕にはチョコないの?」
「………」
「ねぇえ…ねぇってばぁ…」
「……ん…」
「お、やっぱあったんだ」
「…別に」
「ん?」
「別に…あなたの為に作ったんじゃないんだから…」
その中ではまさに、バレンタインムード真っ盛り。チョコをもらい喜ぶ者、逆に絶望に打ち拉がれる者。それぞれの感情が教室に漂いまくっていた。
「ZZZ…」
そんな中、窓際の席でいつも通り頭を埋めて眠る男が一人。
門寺 士だ。
「ね、寝てるね…」
「あいつ、よくこんな状況で寝ていられるわね…」
「いつも通りすぎて恐いね…」
「う、うん…」
周りがこんなにも浮き足立つ中で、いつもと変わらず行動をしている士に、呆れ半分驚き半分で声を漏らす。
「それじゃあ…」
「「「うん…」」」
なのはのかけ声で四人はほぼ同時に教室へ入る。そしてそれぞれの物を手に、士の元へ向かった。
「士君、起きてる?」
「ん~…」
なのはに体を揺すられ、目を擦りながら起きる士。寝ぼけた目で四人を一瞥すると、大きい欠伸を一つする。
「んで、俺に用か?」
「用かって…」
「士、今日がなんの日か知ってる?」
フェイトがそう言うと、士は目をパチパチと目を瞬かせ、教室をぐるりと見回す。
士の見た教室では……
「ノォォォォ!義理チョコに心動かされるとはぁぁぁ!」
「まったく、素直じゃないんだから」
「フン…」
こんな光景が広がっていた。士はまたも目を瞬かせ、再びなのは達を見る。
「バレンタイン?」
「「「「正解」」」」
人指し指を四人に向け、今日の何かを当てる。それに四人は口を揃えて答える。
「ありゃぁ、そうか。もうそんな時期だったか」
「あははは、ほんと気づいてなかったんだ…」
「いや、なのはが先に行っててくれなんて言うから何かあるのか、とは思っていたが…こういう事だったのか」
今年は濃密だったからなぁ、と笑いながら士は言った。寝ていた体を起こすように、肩や首を動かす。
「この場にフェイトがいるってことは……もしかしてフェイトも?」
「う、うん。なのは達からバレンタインの事聞いてね。私も…ほら、士にはお世話になったし…」
士に聞かれてフェイトは自身が作ったチョコの入った袋を取り出し、士に差し出した。
「…もしかして、手作りか?」
「うん、リンディさんにも手伝ってもらって、作ってみたんだ」
へぇ、と呟きながらフェイトが差し出した袋を見る。
「それじゃあ、はい」
「ほら、私のも」
「これは私から」
フェイトに続くように、他三人も自作のチョコやクッキーを差し出す。
すると士は一度目を見開き、もう仕分けなさそうな表情になる。
「ありがとよ。でも朝から食う気にはならないから、感想は昼時にでも食ってからでいいか?」
「勿論」
「いつもそうだしね」
「そうだったな」
鼻で小さく笑ってから、四人のチョコをそれぞれ受け取った。
「…で、でもさ」
「?どうした、フェイト?」
「ひ、一口だけ…今だけ食べてさ…感想、言ってくれないかな?」
「「「っ!」」」
だがフェイトは、おどおどとした態度で、士に感想を懇願してきた。それを聞いた三人は大きく見開いた。
「まぁ…一口ぐらいなら大丈夫だが…」
そんな三人を余所に士は受け取った袋に手をかける。
「ちょっ!?」
「ま、待って士君!」
「ん?なんだ、今食うとマズいのか?」
「い、いや…そういうのじゃないんだけど…」
士のあまりに軽い行動に、三人は思わず声を挟んでしまう。士は少し驚いた様子で動きを止めた。
すると三人は気持ちを落ち着かせるように、ほぼ同時に深呼吸を一回した。
「「「それじゃ、どうぞ」」」
「……?」
これまた三人声を揃えての言葉に、士は首を傾げながら、まずはなのはが渡した袋を開ける。
そしてその袋に無造作に手を突っ込み、一口サイズのハート型のチョコを一つ取り出した。
「んぐっ…」
取り出したチョコを放り投げるように口に入れ、噛み締める。その光景を、なのはだけでなく他の三人も食い入るように見ていた。
「……ん、うん。流石はなのはだな。今年もおいしいな」
「あ、ありがと…//」
「ま、俺もアドバイスできるほど程料理ができる訳じゃないから、これ以上は言えないけどな」
毎年やるが段々と上手くなってるのがすごいな、と最後に一言入れてから、今度はアリサの物に手を伸ばす。
「お、今年のアリサのはホワイトか」
「ま、まぁたまにはね…」
そっぽを向いて言い返すアリサを見て、はいはいと曖昧に答えながら士は袋を開ける。
これまた一口サイズに統一されてるのを取り出し、同じように口に運ぶ。
「……うん。ちょっと甘さ控えめだったりする?」
「まぁそうね。甘すぎるのもどうかと思って……文句でも?」
「今のが文句に聞こえるんだったら耳鼻科に言った方がいいぞ」
士の言葉にアリサはまたもそっぽを向く。それを見て士は少し笑いながら、次にすずかの袋を開ける。
「すずかはクッキー、と」
「お姉ちゃんもそうだったから、一緒に作って」
「やっぱり忍さんも作ったんだ」
恭也さん喜ぶだろうな、と呟きながらクッキーを取り出す。
そしてクッキーを口に持って行くのと同時に、口の下に手を添える。クッキーを砕いた時床にこぼれるのを防ぐ為だ。
「んっ……うん。おいしいぞ、すずか」
「ありがとう…//」
「いやいや、礼を言うのは俺だからな。毎年毎年おいしいのもらってるんだし」
そして最後に、フェイトの渡した袋に手をつける士。中身を確認して…
「…ちょっと形が歪なのがあるな」
「い、言わないで!ちょっと失敗しちゃったのがあっただけで…」
前で両手を振り、顔を真っ赤にさせて言う。それを見て士はニヤリと笑う。
そして袋に手を突っ込み、外から見て明らかに他より形が歪のチョコを取り出した。
「あ、それは…」
「んっ」
それを見てフェイトは思わず声を上げるが、士は気にせずに口に放り込んだ。
「……ん、上手い」
「あ…」
「形なんか気にすんな。胃に入れちまえば同じなんだから」
「なんかそれは失礼な気がする…」
なのはの一言にまぁまぁ、と言う士。
「まぁ初めてにしては味はちゃんとしてるし、おいしいぞ。アリサなんか最初の時間違えて砂糖と塩を間違えるというベタな間違えをしたからな」
「なっ!その後はちゃんと間違えずにやってるでしょ!?今回だって…!」
「あぁ、悪い悪い」
ハッハッハ、と軽く笑う士。そんな士を見て、毒気を抜かれたアリサは振り上げた拳を降ろした。
(おいしいって言ってくれた…)
(ありがとうって……嬉しいな…)
(なんだ、意外と元気なんじゃない…)
(来年はもっとおいしいのを…)
「ま、何はともあれ今年もありがとな。返しは必ず何か……」
士は礼を言いながらさらに続けようと口を開いたが、それはなのは達四人の奥にいる人物達を見た事で出来なくなってしまった。
『『『『『か〜ど〜で〜ら〜(つ〜か〜さ〜)!!』』』』』
「「「「っ!?」」」」
そう、そこには目が血走っているクラスの男子一同が、その背後に般若やなまはげなど恐い部類に入る色々な怪物を携えて(幻覚です)士に迫ろうとしていた。
背後にいる異様な気配に気づいた四人はすぐに振り返るが、その男子一同の状況を見て一瞬怯んでしまう。
『『『『『貴様ぁぁぁぁぁ!!!』』』』』
「くそっ!」
彼等をせき止めていた何かが遂に決壊したように、男子一同は士に迫る。それを確認した士は思わず腰を持ち上げ、なのは達をかき分けて走り出し教室の外へ。
『『『『『待てやぁぁぁぁ!!』』』』』
教室を急いで出て行った士を、男子一同はもの凄い形相で追いかけていく。
「「「「………」」」」
その光景を見ていた四人は、士や男子一同が出て行った出入り口を、ただ呆然と見ていた。
「門寺貴様!聖祥小学校の四大美少女全員からチョコをもらいやがって!」
「この裏切り者!」
「アリサ様のおっちょこちょいなミスなど稀だぞ!わかっているのか!」
「形の事を指摘するとは、貴様という男は!」
「万死に値する!」
「おとなしく拘束されろ!」
「いったい何なのお前らのその執念は!」
ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!と士の悲痛な叫びが朝の学校に響いたのであった。
後書き
次回は2月13日に士が何をしていたのか、という話を。
それではまた次回。
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