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“死なない”では無く“死ねない”男

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話数その5 食べられない

事の発端は数時間前に遡る。


 晋は暇で暇でしかたなかったうえ、しかも今日はどこかで入学祝いのパーティーでもやっているのか騒がしく、五月蠅いのが好きではない晋にとっては地獄であった。その為、騒いでいる者達が鎮まるまでどこか静かな場所に行こうと決め、住宅街から離れた場所へと足を進めていた。


 (確か……外れに廃工場があったな……そこなら流石に誰も居ないだろ)


 いくら静かな場所で一人になりたいからといって、廃工場まで行く人は物凄く少数であろう……やはりこの男は何処かずれている気がする。


 そして歩く事数十分。


「お~……何か中二病の奴が喜びそうな壊れ具合と雰囲気だな……」


 ある意味で失礼な事を言いながら、まだ外観はちゃんとしている扉へと手をかけ、軽く開いて中へと入る。


(……それじゃ、しばらくゆっくりさせてもらいますかねぇ……)


 欠伸をしながら、晋は適当な場所に寝っ転がろうとする。すると――――


『なんだぁ? 不味そうな匂いがするぞ? 何なんだこの不愉快なにおいはぁ?』
「あ?」


 明らかに人間ではない、声帯で音を震わして出しているかも疑わしい声が暗闇から聞こえ、晋は鬱陶しそうな表情でその方向を見やる。


『まあいいか……腹の足しにはなるからなぁ……』


 そこに居たのは、やはりと言うべきか人間ではなかった。 上半身は人間の女性で、位置関係と服を着ていない全裸状態の為か、唯の見せたがりの女性に見えなくもない。しかし、下側の……言ってしまえば何類なのかも分からない四足の胴体が、こいつが人では無い事を教えていた。


「……」
『んん~~? 怖くて声が出ないのかぁ? ギヒヒヒッ!!』


 そう言って嗤う化け物だが、晋の顔は(…またかよ……)と言った感じで、一ミリも怯えている様子などうかがえない。


『それじゃぁ……』
「お」
『頂きま~すぅ』


 化け物は、寝転がったままの晋を握り、口へ運んでいく。と、化け物の口に晋が入りそうになったその途端―――


 突如として、晋の体が大爆発を起こした。俗に言う“自爆”である。


『ガブア!!?』


 化け物にとっては予想もつかない事だったらしく、口と手を押さえてうずくまる。眼だけで前方を見渡すと、そこにはバラバラの肉塊と化した晋の姿があった。


『まぁいい。どの道食う事に変わりは―――』
「……食われたい~って願望がある人間が何処に……いや、居るかも知れんか?……」


 突如として聞こえた声に、化け物は驚きで目を見開く。そして、当たりを見渡して声の主を探そうとして……途轍もなくおぞましい光景を目撃した。


「……まーた喋っちまった……どうやって直そうか、この癖……」


 ―――何と、肉塊がグニュグニュと、しかし途轍もない速度で集まって行き、どんどん人の形を成していく。しかも喋っているのは、その人の形をした肉の塊が持っている……声帯と思わしき部分と喉の骨と思わしき部分、そしてそれにつながる口だった。それが単独で動き、喋っていたのだ。


「……なぁ、あんたなら分かるか? 癖の直し方……よぉ」
『な、が、あ……!?』


 余りに常軌を逸した光景に、化け物は顎が外れんばかりに驚き、声が出無くなってっていた。


「……別にいいか、今は。……化け物用の武器、化け物用の武器っと……良しあった」


 もう既に元の形になり、何時間にか服を着ていた晋は、光を放つ剣と妙な形をした銃を取り出し、構えた。
 やる気満々(かどうかは分かり辛いが)の晋に対し、化け物は未だ驚愕の表情で、晋に対し指を突きつけた。


『何なんだ……何なんだお前はぁ!?』
「……前の奴は、“348回”だったな……」
『な、なにを―――』
「お前がふっ掛けた喧嘩だ………いいか? 勝手に狂うんじゃねぇぞ?」


 念を押すように言った後、晋は合図も無く駆けだす。 相手の化け物もそれに対抗した。











『う……ぬあああ!!』
「痛て、千切れた……」
『グブ……ガァァァ!!』
「ぼぁ、ぼぼぼがぼらぼぼ(ありゃ、顔の上部分吹っ飛んじまった)」
『……ぬぐぶ!……アアア!?』
「うわ腹、丸ごと無くなったよ……」


 あれから数時間は経っただろうか、化け物には心身ともにダメージが積み重なっているのに対し、晋はボロボロではあるものの、まだまだかなり余裕がある。いや化け物の様子と比べると、まだまだかなりの余裕、では足りないかもしれない。



「……一応態と受けてんだが……ちょっとふざけが過ぎた……避ける事も覚えねぇとな」


 武器をブラブラ振りながらブツブツ呟く晋へ向けられる化け物の視線は、最初の勢いなど何処へやら―――怯え一色しか無かった。


(後何回引き裂けばいい? 何回溶かせばいい? ……後何回殺せばいいんだ!?)


 数十回か、はたまた数百回か……だが、その前に自分の身が朽ち果てる事など、化け物には分かり切っていた。
 眼の前の男は、死なない事を除いても常人よりもはるかに強い。その所為で、自分の体にもダメージがかなり溜まっているのだ。“対化け物用”の武器の事もあり、いずれ殺されるのは目に見えていた。


(こうなったら……!!)


 決心した化け物は、油断しすぎとも言える晋へと腕を伸ばして彼をつかみ、すぐさま口へと放り込んだ。
 すると、今までの騒ぎが嘘のように静まり返り、晋がよみがえる予兆など微塵も感じなくなった。



『は……ははははははははぁ!! やった、やったぞぉ! そうだ何故最初からこうしなかったんだ!? ははっ……」


 化け物は安堵の表情と共に、心底可笑しいといった感じの嗤い声を上げる。


『ははははは! 人間如きがこのバイサーに―――』


 そして、意気揚々と言葉を紡ごうとした化け物の―――


『かなバゴアガアアァァ!!?』


 腹が突如として大爆発を起こし、化け物の体中から血が噴き出す。


『ゴボッ……カハッ……。……!?』


 もしかして―――と、自身の腹を見る。が、穴は開いているモノの、その中に晋の肉片など残っておらず、あの大爆発は最後の悪あがきだった事がうかがえた。化け物はほっと、表情を和らげる。



『よ、かった―――ワタシの勝利は……揺るがない』
「……まだ勝っても……ないのにか?」


 途端、化け物の表情が強張る。今一番聞きたく無い声、もう二度と聞きたくない声、それが化け物の後ろから聞こえてくる。振り向くとそこには―――


「……よぉ」


 ダルそうな顔で手を上げる―――食われ、悪あがきで木端微塵になった筈の……“晋”の姿があった。


『―――――――――!!!???』



 もう叫び声にすらなっていない悲鳴を上げながら、化け物は後ずさる。そんな化け物へ、晋は速度を速める事も遅くすることも無く歩きよっていく。


「……“こっち”も練習しといたほうがいいか? ……なぁ、如何思う?」
『イヒィッ―――!』


 場の空気を呼んでいない晋の発言に、しかし化け物は怯えて後ずさることしかできない。


「あ~……おい、まだ“306”だ。……確りしろ、化けもん」
『う――アアアアアアアァァァァァ!!』
「……痛て」


 晋の上半身左半分を斬り飛ばすと同時に、化け物は脱兎のごとく逃げだしていく。逃走進路上にあった扉を吹き飛ばし、化け物は盛大に扱けながら必死で逃げて行く。


「……よっ」


 そんな化け物を追うべく、晋は自分の体に“剣を突き刺して”走り始めた。










『嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、もう嫌だぁァァァ!!?』


 飛び出した化け物の前に映ったのは、真っ暗で先の言えない林と、赤い髪の女を中心に立っている学生達だった。 そして、彼女達が状況を理解するより早く、晋は化け物に追いついた。


「あのなぁ……まだ“350”もいってないんだぜ? ……それによ、上半身は女で下半身が訳分からん化け物のお前が、こんな人間如き怖がる必要ないだろ? 大体、勝負ふっ掛けてきたのはお前だろうに」
『あああ………来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁ!!?』
「……ったく、食っても死ななかったからって、此処まで怖がるか普通? ……なぁ、そう思うだろ? あんたらも」


 突然話を振られた赤髪の女達は、如何答えていいか分からない、といった感じで戸惑っている。


「……まぁいいか。あんたら、早く帰れよ。じゃないとこんな化け物にバリバリ食われるからな」


 それだけ言うと、晋は化け物の口に何処からともなく取り出した大量のグレネードを放り込み、銃を構えた。


『アモゴ―――!?』
「……じゃ、終了な」


 そして、一発の銃声と共に大爆発が起こり、化け物の頭を吹き飛ばす。……閃光と煙が収まった時には晋の姿はもうなく、赤髪の女達は何が何だか分からないと言った様子で立ち尽くすのみであった。

 
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