失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第二十一話「壮絶料理対決 後編」
前書き
前話のあとがきにも書きましたが、今更ながら主人公の前世の設定で外人なのは無理があるのではと気が付き、日本人に変更しました。また、それに関係するものも随時修正していきます。
まことに勝手ながら、ご了承くださいませ。
それから四十分が経過し、各々の料理が完成したようだ。
審査員の座るテーブルの前に銀色のドーム状の蓋――クロッシュが被せられた料理が三つ運ばれてきた。
厳選なるくじの結果、クレアの料理から食すことが決まった。
目の前の皿に盛られた料理を前に一言。
「……ダークマター?」
「失礼ね! シーフードカレーよ!」
ぷんぷんと怒るクレア。そんな彼女を無視し、俺はその『シーフードカレー』を凝視した。
皿の上には黒い塊が転がっている。
「……どれがシーフードで、カレーは何処に行った?」
「その、ちょっと火を通し過ぎちゃったみたいね」
「……ちょっとの範疇を超えているんだが」
食べないと……だめなんだろうな。
まあ、せっかく作ってくれたのを無碍にするのも心苦しいし、大丈夫だ俺。これも修行の一環だと思えば!
「――では、いただきます」
覚悟完了。
ごくりと大きく喉を動かし、意を決して目の前に鎮座する炭――もとい料理を口にする。
舌から送られてくる苦味やら酸味やらを意志の力でねじ押え、ジャリッという咀嚼音を無視して細かく砕き、口腔、咽頭、食道へと追いやる。
(……なんだ、思ってたほどの衝撃は無か――)
食物が胃へと到達したとき、ソレは起こった。
――聖なる者、まことなる者、ダビデのかぎを持つ者、開けばだれにも閉じられることがなく、閉じればだれにも開かれることのない者が、次のように言われる。
――わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いて於いた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。
――見よ、サタンの会堂に属する者、すなわち、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たちに、こうしよう。見よ、彼らがあなたの足もとにきて平伏するようにし、そして、わたしがあなたを愛していることを、彼らに知らせよう。
――忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試練の時に、あなたを防ぎ守ろう。
――わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。
――勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、天とわたしの神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを、書きつけよう。
――耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。
ヨハネの黙示録 第三章より
「――ハッ!」
なんだ、一瞬意識が次元の壁を越えていたような……気のせいか?
「そ、それで……どう?」
不安そうな色を浮かべながらチラチラとこちらを窺う。
俺は、バッサリ切り捨てた。
「うん、とっても苦いな」
「そ、そんな……っ、スカーレットはちゃんと美味しそうに食べてるわよ!?」
「それは火属性だからじゃないか? それに味覚とかないからな」
物を食べているというより廃棄物を処理しているような感じで咀嚼していくスカーレット。食べ終わると満足げに小さな火炎を吐いた。
いかにも想定外だと言いたげな顔のクレアの肩をフィアが叩いた。
「そんな暗黒物質食べるまでもないわ。勝負あったわね」
口元に手を当てて、フッと余裕の笑みを浮かべる。
ギリギリと歯軋りしたクレアはフィアの手を打ち払った。
「ま、まだ勝負は終わってないわ! アンタの料理だって不味いに決まってるわよ!」
「あら、悪あがきは醜いわよ? 確か、こういうのを東方では『負け犬の遠吠え』って言うんだったかしら。まあいいわ。私の料理で引導を渡してあげる」
フィアがクロッシュを開けると。
……ぐつぐつぐつぐつぐつ。
ぐつぐつと煮え立つ真っ赤なシチューがお見えになった。
「こ、こいつは……」
「にゃー」
先程見たときよりさらに赤みが増したシチュー。血のような赤い液体は完全に具を覆い隠している。
鼻をつく凄まじい刺激臭にクレアが叫ぶように言った。
「な、なによこれ! こんなの食べられるわけないじゃない!」
「あら、エルステイン侯爵家令嬢は食べてもないのに文句を言うの?」
艶やかな黒髪をかき上げてクレアを見下ろす。
「フェアじゃないわね。そういうの民衆の模範となる貴族としてどうかと思うわ」
「うぐぐ……っ」
いや、食べるのは俺であって君じゃないからな。
口先で丸め込んだフィアは優雅な微笑みを浮かべながらこちらに向き直った
「さあ、オルデシア王家特製ビーフシチューをご堪能あれ♪」
「……では、いただきます」
恐る恐る、スプーンを口元に運ぶ。
チラッと見れば真剣な目でフィアが事態を見守っていた。
――っく、いざ……!
意を決してパクッと頬張った。
「……うぐっ!?」
瞬間、痛みが脳を襲う! 味を認識する前に痛みを認識したというのか!?
冷静に自己分析する余裕は瞬く間に失われていく。続いて襲ってきた例えようのない『辛み』に喉が焼けるようだった。
「カ……ッ!」
なんたる辛さだろうか。想像を絶するとはまさにこのことだ……ッ。
(み、みず……うぉーたーのじゅつしき、を……)
意識が飛び飛びになりそうな中、ウォーターの魔術を行使しようと術式を組み立てるが、集中を維持できなく脆くも崩れてしまう。
(やばい……お、おち、る……っ!)
そんな窮地を救ってくれたのは俺の契約精霊だった。
「お水ですリシャルト!」
差し出されたコップを奪うように受け取り、勢いよく喉に流し込む。
……徐々に熱も引いていき、ようやく落ち着きを取り戻せることができた。
「――ふぅぅ……助かった。ありがとうエスト」
彼女が天使に見える。
感謝の気持ちも込めて優しく頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「大丈夫、リシャルト?」
「ああ、なんとかな」
心配そうな目で見てくるクレアに微笑むと、ホッと安堵の息をついた。
「ごめんさないリシャルト君。まさかこんなことになるだなんて……」
「いいさ、気にするな」
貴重な体験という意味では有意義だった。
「ふふん、なによ偉そうなこと言って。アンタの料理の方が不味かったみたいね」
「流石に何も言い返せないわね。でも、貴女の料理も大概じゃないかしら?」
バチバチと火花を散らす二人。俺からすれば五十歩百歩なんだが……。
「最後はエストですね」
エストの料理は見たところ――。
「肉じゃがです」
煮込み過ぎたのか煮崩れしてしまっているが、漂う匂いはまさしく肉じゃがのそれだ。ようやくまともな料理が出てきて安堵の吐息を零した。
「ちょっと失敗してしまいましたが頑張って作りました。食べてください」
「ああ。では、いただきます」
一口、口に運ぶ。
ピンッと張りつめた緊張感がエストから感じられた。
……嗚呼、懐かしい味だ……味は薄いが、確かに肉じゃがだ。
「どう、ですか?」
料理審査を待つ料理人のような緊張感と不安感を抱えて息を呑むエスト。
そんな彼女を安心させるべく笑顔を向けた。
「うん、美味い。頑張ったなエスト」
「――っ、はい」
その時、見せた笑顔は今まで見た中で一番綺麗で、心が温かくなる微笑だった。
「また、作ってほしいですか?」
「おお、是非頼むよ。これならいくらでも食べられる」
「そうですか……流石はお嫁さんに作ってほしい料理ナンバー一ですね」
ぼそぼそと呟いたため上手く聞き取れなかったが、エストも嬉しそうで何よりだ。
三人の料理を口にした俺とスカーレットは顔を合わせて審査を行っていた。離れたところでは緊張の面持ちでクレアたちが待機している。
「さて、結果は見えていると思うが誰の料理が一番美味しかった?」
「にゃー」
「そうか。やはりスカーレットもそう思うか」
「にゃっ」
「うんうん。その意見は意外だな」
「にゃぁ?」
「いや、しかしアレは――」
と、まあ真剣に審査している雰囲気を演出する。俺の中ではすでに結果は出ているためこういったブラフが必要なのだ。
ちなみにスカーレットが何を喋っているのかまったく通じません。
スカーレットと戯れること三分。審査が終わり判定を下す時が来た。
「では、審査結果を発表します」
「ごく……っ」
息を呑むクレア。
澄まし顔だが興味津々なのは目に見えているフィア。
ジッと俺の顔を見つめ微動だにしないエスト。
「審査の結果、もっとも美味しかった料理は――」
三人の視線を受け止めながらオーディションの合格発表を告げる審査員の如く、淡々と結果を述べた。
「エストの肉じゃがです」
奇跡的に、ブーイングは起こらなかった。
後書き
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