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『銀河英雄伝説』――骨董品(ガラクタ)――

作者:独身奇族
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『銀河英雄伝説』――骨董品(ガラクタ)――

 
前書き
 ばわん。独身奇族こと独さんです。
 恥知らずにも不朽の名作『銀河英雄伝説』の二次小説に手を染めました。
 もちろん、よくある転生物とかラブコメ物ではありません。
 ヤンとユリアンのBLなんて事も有り得ません!
 直球ど真ん中!
 ガチガチの自由惑星同盟VS銀河帝国。
 艦隊戦です。心理戦です。戦術レベルでの駆け引きです。
 ヤンの魔術が炸裂します。(それなりにですがw)
 時は、宇宙暦七百九十七年、帝国暦四百八十九年。
 場所は、イゼルローン回廊。
 時系列としては……、
 ユリアンが初陣を飾った戦いの後。
 そして、フェザーンの暗躍でヤンが惑星ハイネセンへ呼び戻され、裁判ごっこに付き合わされる前。
 ちょうどそんな時期に起きた同盟軍と帝国軍の艦隊戦という設定です。
 二十年も前の記憶を呼び起こして書いたので、官位などは正直ゴメンナサイ。
 『銀河英雄伝説』の雰囲気が、ほんの少しでも貴方に伝わりますように……。
 なお、この小説は、、「らいとすたっふルール2004」にしたがって作成されています。
 では、前置きはこれくらいにして。
「銀河の歴史をまた一頁」
 独さんと一緒に紐解きましょう。 

 

『銀河英雄伝説』――骨董品ガラクタ――         著 独身奇族 
                           
 いつの世も戦争が続いている。いつの世も戦争によって残されるものは、無尽の荒野だけだ。
 そして刻まれた傷は、時の流れと共に消えていく。その傷を目撃し記憶しているのは、満天に輝く星の群れかもしれない。
 その星すら、いつの日か流れ星のように消え去る運命にある。
 これは、そんな星々の間でいつの日か語られたある人間たちの、今はもう忘れかけている戦いの記録である。
 宇宙暦七百九十七年、帝国暦四百八十九年。八月二十五日。
 ラインハルト・フォン・ローエングラム擁する銀河帝国とヤン・ウェンリーを実質上、軍の最高指揮官に任じる自由惑星同盟は、帝国領と同盟領の間にある航行不能の宙域の中、僅かに通り抜けられるトンネル状の宙域のひとつであるイゼルローン回廊を挟んで、今日も戦いを繰り広げていた。
 自由惑星同盟の最精鋭部隊である第十三艦隊の旗艦ヒューベリオン。
 第一艦橋に配属されて間もない若手仕官が、隣に座る通信指令仕官の脇腹をこっそりと指で突く。
「ちょっと先輩?」
 細面の駆け出し下士官が言いにくそうに口を開く。
「どうした?」
「あの……」
「ははーん、さては。ヤン艦隊の頭脳ともいえるこの第一艦橋に異動してきて三日目。お前、緊張のあまり腹でも痛くなったんだろ?」
「ち、違いますよ! 提督ですよ、ほら提督」
「我らが奇跡のヤン提督がどうかしたのか?」
 二人が首をめぐらして司令官席を見上げると、コンソールの上にだらしなく両脚を投げ出し、顔の上には自由惑星同盟のグリーンベレー帽を被せて両腕を組む姿があった。
「ひょっとして、お休みになっているのでしょうか?」
 まだ顔にあどけなさの残る下士官が、不安そうな面持ちで隣の先輩仕官に尋ねる。
「馬鹿言うな。提督は、ああやって灰色の脳細胞をフル回転させているんだ」
「そ、そうですよね。今は一刻も早く敵艦隊を発見して、これを追い払わないといけませんから」
 部下達が勝手に勘違いをする中、ヤンの何色か定かではない脳細胞は、銀河帝国艦隊との連戦の疲れもあり、幼い頃の夢を見ていた。
――★――
 骨董品を扱う小さな店先。父親のヤン・タイロンに連れられた幼少のヤンが不思議そうな顔で質問を投げかける。
「ねえ、父さん。この店に置いてある一番値段が高いあの壷だけど……」
 青みがかった釉薬をベースに白磁、緑磁をふんだんにあしらった極めて華美な陶磁器を小さな指が指し示す。
 壷の両脇に付けられた取手は、大きく口の開いた二匹の竜をあしらった作りであった。龍耳壷と呼ばれる骨董品は、幼いヤンの背丈の半分ほど大きさがある。人類発祥の地である地球、古代中国の模様と思われるデザインの一品が、一際目立つような店先の場所に飾られている。
「あれは恐らく唐の時代景徳鎮という街で作られた唐三彩だな」
「他のと比べて、すごい値段だね。でもさ、あんな壷に価値があるの?」
 値札に記されたゼロを数えたヤン少年が、真っ直ぐな瞳で父親の顔を見上げていた。
「うーん。人によっては命に代えても欲しいかもしれないし、また別の人からすれば、単なる骨董品がらくただろうな」
「でも商売なんだから、売れない壷なんて店に並べても仕方がないでしょ?」
「ヤン、よくお聞き。世の中には一見すると全然役に立たないような物でも、使い方次第で価値が出る物があるんだ」
「ふーん」
「お前が言うとおり、この店ではあの龍耳壷より高い商品は無い。だが、逆に言えばあの壷の値段が高く設定されているのには理由があるのさ」
「どんな?」
「いいかい? この店に来たお客は、最初にあの壷を見せられる。ほら、わざと一番目立つ場所に置いてあるだろ?」
「うん」
「するとだな、いざ自分が気に入った骨董品を買おうとしたとき、無意識のうちにアレと比較してしまうんだ」
「ふーん」
「すると本当は欲しい品物が他店と比べて割高だったとしても、あの看板商品を目の前にすると相対的に安いと勘違いしてしまうのさ」
「お父さんが、いつも言っている心理的陥穽ってこと?」
 言葉の意味を本当に理解しているのか、ヤンが首を捻る。
「ああ。例えばこっちに置いてある皿なんて、俺が思うにもっと安くてもいいはずだ」
 ヤンの父親が隣に陳列されている白磁の大皿を物欲しげな様子で見る。
 だが、店の奥で椅子に腰を降ろしたでっぷりと太った店主は、大事な商品を値踏みしている親子の会話を気に止める様子もなかった。
「でも……。やっぱり売れなきゃ商売にならないんじゃないかな?」
「もしお前が魔法使いだったら、あんな骨董品がらくたの壷の一つや二つ、すぐ相手に売りつけるだろうな。はははは」
 父の言葉を右から左へ聞き流しながら、どうしても気になるのか幼いヤン少年が高価な龍耳壷を見つめ続けた。
――★――
「閣下! 閣下。起きて下さい」
 副官のフレデリカが、司令官席で大きく足を伸ばしてくつろいでいるヤン提督を優しく揺り起こす。
「うーん。どうした? 久しぶりに子供の頃の夢を見ていたところなんだが」
 魔術師の異名を取る第十三艦隊の司令官が、あくび混じりで答えた。
その言葉を耳にした先の下士官が、二人して顔を見合わせる。
「せ、先輩? やっぱり提督は、居眠り……」
「しっ! 黙っていろ」
 慌てた年長の下士官が、空気の読めない後輩の口を塞ぐ。
「閣下、そろそろ敵艦隊の予測到達ポイントに差し掛かります」
 グリーンヒル大尉の言葉にレーダー担当仕官の航法士が、艦橋のメインスクリーンにイゼルローン回廊の宇宙図を投影する。狭い回廊内に存在する恒星(太陽)の軌道上を周回する要塞を中心に、回廊の反対側にある銀河帝国の版図までが画面に表示された。
「ところで閣下。どうして敵がこの宇宙域へ現れると予想されたのですか?」
「なーに単なる消去法にすぎない。ソクディン提督は、銀河帝国の第一人者ローエングラム公から勅命を受けて今回の戦闘に出てきている。その狙いはもちろん我が艦隊をイゼルローン回廊に封じ込めることにある」
「はい。しかも彼の戦略が狡猾この上ないのは、ケンプ、ミュラーそしてソクディンの三提督が率いる三個艦隊を同時にぶつける短期決戦ではなく、各艦隊をローテーションで運用して断続的な戦闘に引きずり込み、我が方の物資や弾薬を枯渇させるのが狙いだという点ですわ」
「そのとおり。よってソクディン提督は、イゼルローン要塞と回廊の出口が最短距離となるこのポイントに自分の艦隊を布陣する可能性が大きい。その方がケンプ、ミュラー艦隊とのローテーションの回転効率がよくなる……」
「第十八偵察部隊より入電! 『我、敵艦隊発見せり! 繰り返す、我、敵艦隊発見せり!』以上!」
 メインスクリーンに偵察部隊の送信してきた銀河帝国艦隊の位置が立体画像で表示される。それはまさに、ヤンが予想したとおりの宇宙域であった。
「お見事ですわ。閣下」
「うん、問題はここからなんだけどね」
 自分の読みがズバリ的中した喜びを抑えつつ、ヤン提督が頭をかく。
「恐らく敵はイゼルローン要塞の主砲であるトゥールハンマーの射程外ギリギリで艦隊を展開するだろう」
 その声を受けて、メインスクリーンの表示がパッと切り替わる。要塞を中心としたトゥールハンマーの射程圏が、明るいオレンジ色で表示された。
「我々は要塞と敵艦隊との間の一直線上に艦隊を移動させ、敵に正対して待ち受ける」
 自由惑星同盟のグリーンベレー帽を被りなおし、幕僚たちの顔を見回す。
「これで九回目の戦闘だ。馬鹿正直に敵と戦うのも少し疲れた。実際、エネルギーや弾薬の補給も不安な点がある」
「何よりも士気の低下が心配ですな」
 肉弾戦のエキスパートであるローゼンリッター(薔薇の騎士)の隊長シェーンコップ少将が意見を述べる。対人戦闘の猛者は、とりわけ部下の士気に気を使う軍人だ。
「そのとおり。だから今回の戦いでソクディン提督には退場して頂く。イゼルローン回廊は、それほど広いわけじゃない。ケンプ、ミュラー、ソクディンと言った銀河帝国の名優が三人も演じる舞台としては、いささか狭すぎるからね」
 何の気負いも無く自由惑星同盟の魔術師が肩をすくめる。
「では、始めようか」
「はい」
 副官のフレデリカが短い返事を返すと、ヤン提督率いる第十三艦隊は銀河帝国のソクディン艦隊を迎撃すべく戦闘態勢を整えていった。
――★――
 銀河帝国ローエングラム公ラインハルトによって本作戦の指揮官に抜擢されたソクディンは、まだ三十歳を迎えたばかりの新進気鋭の提督である。
 彼は、ケンプ、ミュラー提督がそれぞれ率いる両艦隊と共にヤン・ウェンリーをイゼルローン要塞へ封じ込める勅命を受けていた。
 銀河帝国へと通じるイゼルローン回廊の出口に二個艦隊を配置し、残る一個艦隊でヤンが守護する要塞へ進撃するのが基本的構想である。
 もちろん戦争の天才ことラインハルトは、たかが一個艦隊でかのヤン・ウェンリーを倒せるとは考えていない。
 ケンプ、ミュラーそしてソクディンの三個艦隊に一定のローテーションを組ませ、周期的かつ断続的な戦闘をヤン艦隊に仕掛けるのが目的である。
 旗艦ヒュードロクーペの艦橋で黒い短髪、鋭い眼光の若い艦隊司令官が幕僚達に向かって語りかける。黒の軍服に身を包んだ男達が、両腕を後ろに組んだ姿勢でソクディンの言葉を待つ。
「今回の作戦行動について説明する。基本的な構想は前回、前々回となんら変わることはない。ローエングラム公がお立てになられた戦略にのっとり、ケンプ・ミュラー両提督と連携して戦端を開く」
「ミュラー提督の後を引き継ぐ格好ですが、ローテーションのおかげで我が艦隊は燃料、弾薬の補給は万全であります、部下達の休養も十分、士気も高いですぞ」
 副官のコジクが白いあごひげを撫でる。長身のソクディンとは違い短小な体躯ではあるが、若い提督を補佐するには十二分な貫禄を備えていた。いわゆる現場からの叩き上げといった風貌である。
 二人は奇妙なバランスで絶妙な関係を築いていた。若さと老獪。長身と短小。お互いを認め合うこの凸凹コンビは、帝国の貴族連合軍を次々と撃破する武勲を立てて、ラインハルトから今回の作戦への参加を命じられたのだ。
「うむ。いつも助かる」
 コジク副官が上官のねぎらいの言葉にスッと目礼を返すと、ソクディン提督は、幕僚達に向かって声を張り上げた。
「さて諸君。コジク副官がせっかく犬馬の労をしてくれたのだから、私は上官としてそれに応える義務がある」
 黒い軍服達が、司令官の意気込みに一瞬どよめいた。
「今回で三戦目だ。そろそろ卿らも小競り合いには飽きてきたのではないか?」
 ニヤリと笑う若い上官に幕僚達の顔にも戦闘意欲の火が灯る。
「皆も知ってのとおり、私はイゼルローンに浅からぬ因縁がある。軍人になる前は、技術将校だった父と共にあの要塞で過ごしたこともある。無論、戦いにおいて私怨を持ち込むようなことはしない。だが、イゼルローン要塞の長所や短所について、私以上に精通している提督は帝国軍には存在しないのも事実である。私はこの知識を存分に活かして反乱軍に全力を持ってあたり、敵の戦力を最大限まで削ぎ落とすつもりだ」
「おお!」
「ただし。やりすぎは困りますぞ、閣下」
「分かっている。副官の意見を尊重し、引くべきところは引くとしよう」
「はっ! では総員戦闘配置につけ! そろそろ宿敵ヤン・ウェンリーがやって来るぞ!」
 ドスの効いたコジク副官の太い声が艦橋に響き渡ると、幕僚達が慌しく持ち場へ戻り指揮系統に従って戦闘準備を進めていった。
 お互いの役割を見事に演じた凸凹コンビの司令官と副官が、きびきびと動く部下達を頼もしそうに見つめる。
――★――
 宇宙暦七百九十七年、帝国暦四百八十九年。八月二十五日、午前七時二十分。
 今回、三度目の来襲となる銀河帝国軍ソクディン艦隊。
 対するはケンプ、ミュラー、ソクディン提督の率いるそれぞれの帝国軍艦隊と合計八度に渡って、小競り合いを強いられてきた自由惑星同盟のヤン艦隊。
 両陣営が擁する艦隊がこの日の早朝、九度目の開戦を迎えようとしていた。
「撃て(ファイエル)!」
「撃て(ファイヤー)!」
 二人の艦隊指揮官が、奇しくも同時に砲撃の命令を下す。
 両陣営の戦艦や宇宙空母には、技術的な差がほとんど無いと言ってよい。よって、艦隊の一斉射撃の命令も時間的に差が出ることはあまりない。
 イゼルローン要塞の主砲トゥールハンマーの射程距離のラインを間に挟んで布陣した両艦隊のこの戦闘も、ほぼ前回と同様な形で戦端が開かれた。
「今回は、トゥールハンマーの射程距離など気にするな! 反乱軍が目の前にいれば、その背後にある要塞からの攻撃は有り得ない。常に要塞主砲の射軸上に敵艦隊を置くように攻撃を掛ければ、どれほど要塞に近づこうと大した問題ではない!」
 イゼルローン要塞の弱点を知り尽くしたソクディン提督が、部下達に檄を飛ばす。
「要塞主砲など使い道がなければ、ただの骨董品がらくたに過ぎん。このまま球形陣を保持しつつ、厚みのある砲撃で敵艦隊を押し潰せ!」
――★――
「閣下、敵が攻勢に出てきました」
 フレデリカの言うとおり、旗艦ヒューベリオンのスクリーンパネルに表示された球形陣のソクディン艦隊が、半月陣を採ったヤン艦隊を徐々に押し込んで来る状況が3D画像で表示される。
「それは一大事」
 まったく深刻な表情を見せず、おどけたようにヤン提督が答えた。
「敵はダンスのお誘いを申し込んできた。こちらとしては、安易にOKを出さず、付かず離れず焦らすのが得策だ」
 緊張していた幕僚達の肩から力が抜けるのを見て取り、ヤンが命令を下す。
「フィッシャー少将に伝達! 予定通りに敵を誘い込む。ただし、一気に後退せず前進も織り交ぜること」
 無敗を誇るヤン艦隊を影で支える艦隊運用の専門家に命令が伝えられると、進撃してくるソクディン艦隊に反転攻勢の気配を見せつつ、徐々にヤン艦隊が後退していった。
「うーん。さすがフィッシャーの名人芸だね。二歩進んで三歩下がる艦隊運動が絶妙だ。ではグリーンヒル大尉、打ち合わせどおり次は君の出番だ」
「はい」
 少し緊張気味ではあるが、上官の期待に応えるべくヤン提督の優秀な女性副官が微笑みながら敬礼する。
――★――
「ソクディン提督、どうも敵の動きが妙ですぞ。これではまるで、艦隊同士ワルツでも踊っているかのようです」」
 老いてなお壮健といったコジク老副官が、若い上司に進言する。
「確かに。単に我が艦隊を要塞主砲の射程圏内へ誘い込むだけの後退であれば、それは想定の内だが……? 誰か、我が艦隊と反乱軍の戦闘結果をスクリーンに表示せよ」
 ソクディンの言葉に艦橋の下士官がパネルの操作をすると、今回の戦闘による艦隊被害の一覧が、ヤン艦隊と比較された横棒グラフで表示された。
「何故だ? おかしいではないか? 一個艦隊同士、双方ほぼ一万五千隻の同数兵力の殴り合いで、何故こうも被害に差が生じるのだ?」
 ソクディン提督が端正な顔をしかめる。
「敵の踊り娘はダンスの途中で、こっそりこっちの足でも踏んでいるとでも言うのか?」
 下手な冗談だが、実際にはソクディン提督のこの言葉は正しい。
 戦艦クラスの損耗率には、両者それほど開きはないものの、艦艇修理の工作艦まで含めた艦隊全体の絶対数の被害において、彼我の格差が時を経るにつれ徐々に無視できないほどになっていた。
 新進気鋭のソクディン提督は、この時すでに若さを露呈していた。過去二回ヤン艦隊と小競り合いを演じた艦隊戦のデータを、若い提督は単なる消耗戦として軽視したのだ。
 抜け目のないヤン提督は、二回のデータを副官のグリーンヒル大尉に命じて分析させ三度目となる戦いに備えていた。
 開戦のちょうど三日前、ヤン艦隊の運用を担うフィッシャー少将、攻撃の要であるメルカッツ提督及びアッテンボロー少将を旗艦に呼び寄せて、ヤンファミリーと呼ばれる幕僚全員で事前の策を講じていたのである。
 そうとは知らないソクディン提督が、腕を組んで顎に手をやりスクリーンに映し出される双方の戦況を見つめる。
 自軍の球形陣を覆うような形で迎撃展開する敵艦隊の動きが、帝国軍の指揮官と副官にはこの上なく不気味に思えた。
「よし、進撃中止! いったんトゥールハンマーの射程圏外まで後退! そこで艦隊の再編成をかける」
「御意。各艦に通達! このまま砲撃を継続しつつトゥールハンマーの射程圏外まで後退せよ。 慌てる必要は無いぞ! ゆっくりでいい」
 頼もしい副官が太い声を張り上げて命令を復唱した。
――★――
 すでに戦闘開始から三時間が経過していた。
 徐々に後退を続けて帝国軍の攻勢を受け流すヤン艦隊は、戦況が硬直化し始めた頃を見計らって将兵たちに交代で休憩を取らせていた。
 休息十分のソクディン艦隊と違い、連戦を続ける同盟軍には短いスパンでの息抜きが必要不可欠になっていた。
 旗艦ヒュ-ベリオンの第一艦橋に配置されて間もない若手仕官も、年長の先輩仕官と共に一息ついてから自席へと戻ってくる。
「ねえ先輩? もしヤン艦隊と敵艦隊の位置が逆だったら、この戦いも楽に勝てるでしょうねー」
 士官学校を卒業したばかりの新人が、スクリーンに映し出される両艦隊の3D立体映像を見つめながらのん気に呟く。
「あのなー。それならトゥールハンマー一発で終わりじゃないか。だったら、俺達どころか、ヤン提督だって必要ないだろ」
「はあー。やっぱり無理ですよね」
「さあ、どうかな? 俺達の大将は時々、不可能を可能に変える人だからな」
「あの居眠りしていた提督が?」
 この戦闘で初めて間近でヤンに接したこの若者が、自席の机の上で胡坐をかいている艦隊司令官を不安そうに見つめる。
「そのうちお前にも分かるさ。ヤン提督の凄さがな。ほら、そんなことよりさっさと持ち場につけ。仕事だ、仕事!」
 名もない下士官達がそんな取り止めのない話しをしている頃、ようやく戦況に変化が見られた。
「ヤン提督。敵の進撃が止まりました。徐々にではありますが、後退を始めた模様です」
 グリーンヒル副官が疲れも見せずにきびきびと報告する。
「メルカッツ提督の副官が言ったとおり、敵の指揮官は若いが優秀だな。引くべきところは引く。この戦況で中々取れる戦法ではない」
「しかし、只で帰すつもりじゃないでしょう?」
 優秀な女性副官の後ろからシェーンコップ少将が口を挟む。白兵戦では並びなき勇者も、こと艦隊戦においてはやるべきことが少ない。
「当然だね。打ち合わせしておいたとおり、例の作戦で敵を殲滅する」
――★――
 ソクディン艦隊との会戦が始まる三日前。
 ヤン艦隊旗艦ヒューベリオンのブリーフィングルームに、後世の歴史家達によって「ヤンファミリー」と記された幕僚たちが久しぶりに一堂に会した。
「今日みんなに集まって貰ったのは他でもない。イゼルローン回廊を封鎖している敵の三個艦隊の内、ソクディン提督に消えてもらう」
 ヤン提督にしては珍しく、開口一番こう切り出した。
現在自由惑星同盟は、ケンプ、ミュラーそしてソクディン提督の率いるそれぞれの帝国軍艦隊と合計八度に渡って、小競り合いを強いられている。
 ローテーションを組み周期的に帝国軍の名将たちが、一個艦隊ずつでもってイゼルローン要塞に押し寄せる。
嫌がらせのようなラインハルトの戦略に、さすがのヤンも大胆な外科手術をもって戦況を打破する必要性があると感じたのだろう。
「やったね。いい加減うんざりしていたからな。うちの分艦隊の連中も爆発寸前でね。なだめるのに、本当苦労していたんですよ」
「アッテンボロー。騒ぎ立てるのは部下じゃなくてお前。なだめているのはお前じゃなくて、そっちの副官だろ?」
 ヤン提督が自分の片腕とも言える若者に突っ込みを入れる。アッテンボローの後ろに控えていた彼の副官が、拳を口に当てて笑いをこらえている。
「ケンプ、ミュラー両提督ではなく、攻撃目標をあえてソクディン艦隊に絞る理由を小官にお教え願えませんか?」
 僅かに頬を緩めたメルカッツ提督が、脱線しそうになる戦術ブリーフィングを現実へと引き戻す。
銀河帝国から亡命してきた彼は、どんな時でも自分の息子ほど歳の若いヤンに対して、礼節をわきまえた態度を崩さずさない。話し言葉も丁寧そのものであり、一徹を貫く彼の人と成りがよく表れていた。
「やはり名だたるケンプやミュラー提督よりも、若くて御し易いからでは?」
 参謀長のムライ中将が意見を述べる。
ヤン艦隊のお小言担当と思われがちだが、こういった常識論をまず述べて、会議を進める上ではもってこいのいぶし銀である。
「うーん。それも確かに一理あるけど、一番の理由はメルカッツ提督の副官から報告のあった、ソクディン提督の生い立ちにあるんだ」
 メルカッツ提督が、彼の後ろで直立不動を崩さないシュナイダーに意見具申をするよう小さく頷く。
「では失礼します。ソクディンは銀河帝国時代、軍の士官学校で私と同期でした。門閥貴族ではなかったので、ローエングラム公が軍を掌握するまでは日の目が当たりませんでしたが……」
「その同期生は、優秀だったのか? もちろん艦隊の指揮を執る軍人としての資質だが?」
 シェーンコップ少将が興味深そうに尋ねる。
 銀河帝国からの亡命者の子孫で構成された薔薇の騎士団ローゼンリッターの隊長でもある彼は、白兵戦において右に並ぶ者無き勇者である。
 とかく艦隊戦において彼は軽視されがちであるが、ブリーフィングにおいても、このように作戦の核心を突く発言によって周囲からも一目置かれる人物だった。
「はい。実力本位のローエングラム公が登用したことでもお分かりのとおり、彼は極めて優秀な武人です」
「その優秀な同期生は、攻守においてどちらが得意だと思う?」
 やんわりとヤンが水を向ける。
「私個人の判断では、どちらでもあり、どちらでもないと言えます」
「じゃあ、平凡な指揮官……って訳ないか」
 おどけたようにアッテボローが言うと、シュナイダー副官が大きく頷く。
「はい。彼の資質を一言で表せば、「中庸」でしょう。それは決して中途半端という意味ではありません。「攻めるべき時に攻め、引くべき時に引く」攻守バランスよく兼ね備えた戦術眼で、困難な戦況を乗り切る事ができる男です」
「ヤン提督。今の話だと、年齢はともかくソクディン提督は司令官として、ケンプやミュラーとそれほど大差がある訳でもなさそうですが?」
 心配性のムライ中将が、皆を代表する形で疑問を口にする。
「軍人としての資質を知るのも大事。だが、さっきも言ったとおり今回作戦を立てる上で重要なのは、むしろ彼の生い立ちなんだ」
 ヤンの言葉を引き継ぐように、シュナイダーが再び口を開く。
「彼の父親は、イゼルローン要塞の技術将校だったのです」
「じゃあ何か? まさか奴は父親から話を聞いて、この要塞のことを熟知しているとでも?」
「ええ、士官学校時代に直接彼から聞いた話なので間違いありません。軍に入るまでは、イゼルローン要塞で暮らしていたこともあるそうです。恐らく彼は、銀河帝国の名だたる提督達の中で、最もイゼルローンを知り尽くしている指揮官であるといえます」
「そういう訳で、シュナイダー副官には申し訳ないが、優秀な同期生には舞台から退場してもらう。イゼルローン回廊はそれほど広いわけじゃない。ここに立つ役者は、私とケンプとミュラーの三人でも狭いぐらいだ」
「ヤン提督には、何かお考えがあるようですな」
 どこか達観したようなメルカッツ提督が頷いた。
「どうせいつものことですよ。ソクディン提督が縛られているイゼルローン要塞に対する固定観念を逆用して、彼を罠に嵌めるんでしょ?」
 シェーンコップ少将が楽しそうに皮肉を言う。
「なるほど!」
 パトリチェフ准将が、素晴らしいバリトンで感嘆の声を上げた。
「おいおい! 人聞きの悪い事を言うなよ。私はいつだって、いかに効率よく戦うかを……」
部下の指摘に反論しそうになったヤンが、思わず真顔になって口を閉ざす。
(ふぅー。所詮私は、いかに効率よく人を殺す軍人に過ぎないか……) 
「閣下?」
 むさくるしい男達の間で紅一点、心配そうな副官のグリーヒル大尉が女性らしい表情で尋ねる。
「ああ、済まない。では皆に今回の作戦の説明をする。まずグリーヒル大尉には、その類稀な記憶力を貸してもらうよ。ユリアンと協力して、ソクディン艦隊の弱点を探ってくれ」
「弱点ですか?」
 ヤン提督の実生活を支える被保護者のユリアン・ミンツ曹長が尋ねる。
年は若いが、ヤン・ウェンリーの一番弟子でもある彼は、ヤンファミリーになくてはならない存在だった
「なあに、たいした事じゃない。前回、前々回とソクディン艦隊がローテーションで攻めてきた時の映像があるだろ? それを二人で分析してくれればいい」
「閣下、ひょっとして敵艦隊が攻撃あるいは回避運動を行なった際、その命令系統に遅れを生じさせる艦艇をピックアップすると言うことでしょうか?」
「さすが優秀な副官は話が早い。帝国軍は職人気質な艦長が多い。よって、その艦隊行動においては、例えば電子システムを用いた相互リンクによる画一的で統制の取れた艦隊運動は採っていない」
「ヤン提督のおっしゃるとおりです。もっとも帝国軍の艦長はいずれも才能豊かであり、艦艇の指揮操作には定評があります。相手がコンピューターに一括管理された艦隊などであれば容易に撃滅することでしょう」
 生粋の元帝国軍人であったメルカッツ提督が、歯に衣着せぬ物言いで意見を述べる。
「もちろんです。ただし、全ての艦長が攻撃命令や後退命令にタイムラグなしで即応できるとも思えません」
「確かに。どれほど経験をつんだ指揮官でも、艦隊の総司令官が突然出した命令にすぐに応じられる艦長は数少ない。数秒から数十秒単位ではありますが、中には艦隊運動に遅れの出る艦艇が必ず何隻かあります」
 自由惑星同盟に亡命する以前、長年帝国軍で艦隊を指揮し同盟軍を苦しめた老提督の言葉には重みがある。
「もし、そんな艦が最初から分かっていたら?」
 いたずらっぽくヤンが微笑む。
「そこへ火力を集中させれば相手が気付かないうちに、敵……の戦力を削り取ることができましょう。しかし……?」
 かつての同志を「敵」と呼ぶことに一瞬ためらいを見せたメルカッツ提督が過去を振り払うようにヤンを見つめる。
「ご心配なく。グリーンヒル大尉の記憶力は驚異的です。さらに情報、事務処理能力も折り紙つき。必ず敵艦隊の弱点を探し出してくれるはずです」
「ミスグリーンヒルは、『コンピューターのまた従兄弟』だからな」
 お調子者のアッテンボローがぼそっと呟くと、ヤンの副官が可愛く睨んだ。
「そこで、フィッシャー少将。君の出番だ」
 それまで一言も発せず、ロマンスグレイの髪を短く刈り上げたフィッシャーが、ここぞとばかりに姿勢を正す。
「艦隊運動で敵に揺さぶりを掛ければよろしいでしょうか」
「うん。君の名人芸で、とにかく相手をかく乱して欲しい」
「了解しました」
「陣形の乱れた隙を突き、先ほど言われたソクディン艦隊の弱点に集中砲火を浴びせるという訳ですな」
「はい。メルカッツ提督には、我が艦隊の左翼をお願いします。アッテンボロー、お前は右翼だ。しっかり頼んだぞ」
「任せてください」
「今回の基本戦術方針は納得したところですが、肝心のソクディン提督の生い立ちに付け込む話はどうなったんですか?」
 参謀長ムライ中将が、いいタイミングで質問を投げかける。
「そうですな。イゼルローン要塞について深い見識がある敵将をどうやって罠に掛けるのか? ぜひ伺いたいですな」
 腕組みをするシェーンコップ中将も興味津々で話に加わる。
「それはだな……」
 ヤンが肝心の話を始めようとした時、ヤン艦隊の幕僚たちが顔を揃えるブリーフィングルームに電子音が響き渡る。
 自由惑星同盟の三色旗が飾られたロココ調デザインの壁に掛けられた大型のディスプレイに一人の男性の姿が映し出された。
 この部屋にいないヤンの幕僚の一人。画面の中でイゼルローン要塞事務監のキャゼルヌが、渋い顔をしてヤンを睨み付けている。
「ちょうど良かった。キャゼルヌ先輩。いいタイミングですよ」
「何が「ちょうど良かった」だ? お前さん、要塞の技術部将校たちに無理難題を吹っ掛けたそうじゃないか。留守を預かる身にもなってくれよ。技術部の奴らが全員有給休暇の申請を出してきて、こっちはてんてこ舞いの真最中だ」
 ソクディン艦隊を殲滅する秘策に耳を傾けようとしていた他の幕僚たちが、突如乱入したキャゼルヌの通信に顔を見合わせる。
「やつら、時間外労働も甚だしいぐらいに、全員疲れきっていたぞ?」
「ははは。福利厚生については先輩にお任せするとして……。で、例のアレはどうなりました?」
「技術的な詳しいことは、俺にはさっぱり分からんよ。ただし、技術部将校がぶっ倒れる前に、お前さんへの伝言を頼まれた」
「で? 彼は何と?」
「お前さんの望みどおりの仕掛けは完成したそうだ」
「よし!」
 言葉は短いが、まるで小躍りしそうなほどの喜びでヤンが拳を握り締める。
「なあ、俺にも分かるように説明してくれよ。技術部の奴らを総動員したみたいだが、イゼルローン要塞の攻撃力が増大するわけでもあるまい? 実際あの仕掛けは、役に立つのか?」
 キャゼルヌが眉をひそめる。
 後方支援能力は銀河でも屈指のこの男は、最前線での戦闘にはまったく不向きであった。
「では、改めて皆に説明する。今回の作戦の骨子は「トゥールハンマー(雷神の鎚)」にある」
 トゥールハンマー(雷神の鎚)とは、九億四千二百万メガワットの総出力を誇るビーム兵器である。狭いイゼルローン回廊を守護する要塞の主砲は、帝国軍がこれを設置して以来、自由惑星同盟の将兵を宇宙の塵に変えてきた。

『イゼルローン回廊は叛徒どもの屍で舗装されたり』

 まさにこの言葉どおり、過去に帝国領へ進行しようと試みた同盟軍の遠征はことごとくこの要塞に阻まれてきた。
 だが、その難攻不落を誇った銀河帝国の要塞もヤンの詭計によって、今ではその所有者を自由惑星同盟へと変えている。
「しかし、ヤン提督。シュナイダー副官の報告どおり、敵将は要塞の主砲についても熟知しているのではありませんか?」
「ムライ中将の言うとおりだ。私は、今回そんな彼の固定観念を利用してみようと思っている。なーに、それほど複雑な手順じゃないんだ。いいかい……」
 ヤンが敵艦隊を殲滅させる秘策を語り終えた時、幕僚達の中で真っ先に口を開いたのは同盟軍でも一二を争う毒舌家のシェーンコップ少将だった。
「本当に感心しますよ。よくもまあそんな手を思いつきますね、提督? 戦術レベルと言うよりは、もう詐欺に近いでしょう」
「引っかかった方は、さぞかし怒るだろうね」
「果たして敵にそんな暇があれば……の話でしょうな」
「なるほど!」
 パトリチェフ副参謀長の声が、ブリーフィングルームに心地よくこだました。ヤンの真意を全て理解しているかどうか甚だ怪しいが、それでも体格の良い(太った)体躯から搾り出されるバリトンは、幕僚達に安心感を与えた。
「他に意見も無いようなので、これで解散とする。グリーンヒル大尉とユリアンはさっき言ったとおり、これからすぐにソクディン艦隊の弱点を洗い出してくれ」
「了解しました。過去二回に渡るソクディン艦隊との戦闘記録の分析が終了しだい、メルカッツ提督、アッテンボローならびにフィッシャー両少将と連携を密にして、来たる開戦に備えます」
――★――
 開戦からすでに五時間が経過していた。
 同盟軍の第十三艦隊は、早々と後退を開始した帝国軍のソクディン艦隊を追撃する。
 艦隊運動の揺さ振りに対応できない敵艦艇を狙い撃ちするというヤン提督の計略が、確実に功を奏しソクディン艦隊に対し眼に見えない出血を強いていた。
「敵艦のウィークポイント座標入力。三十四、百二十七、二百六十五……」
 グリーンヒル大尉のしなやかな指が、自席のタッチパネル上を目まぐるしく行き交う。彼女とユリアン・ミンツ軍曹が練り上げた戦闘システムにソクディン艦隊の弱点が次々とインプットされていった。
 旗艦ヒューベリオンのメインスクリーンに拡大投影された敵艦隊の立体映像。その中で、優秀な女性副官の入力した艦艇がポツポツと赤く表示され始める。
 無論このデータは、メルカッツ提督とアッテンボロー少将の分艦隊へも瞬時に送信されていた。
「メルカッツ提督! 攻撃目標が送られてきました」
 ヤン艦隊の左翼を守護する老提督に副官のシュナイダーが報告する。
「うむ。……では、ポイント座標百二十七、三十四、二百六十五の順で集中砲火を浴びせろ。ただし三連斉射だけで良い。無理に撃沈しようしてエネルギーを無駄にするな。敵の艦艇を行動不能に追い込んだら、次の目標に切り替える」
「はっ!」
 シュナイダーが命令を復唱する。そして内心では上官たる老提督に対し感嘆を禁じえない。
(やはり、このお方はすごい。確かにヤン提督の戦術はさすがだと思う。だが、送信されたウィークポイントに対し、与えられたデータそのまま攻撃するのではなく、素早く順序を入れ替えてさらに効率よく相手の火力を削いでいく戦術眼はやはり常人のそれではない。しかも、ヤン提督が示した驚愕すべきこの後の展開を考えると、三連斉射だけに留めるこの命令は、実に理にかなっている……)
 一方、艦隊の右翼を任されたアッテンボロー少将率いる分艦隊。
 攻撃命令をかける司令官の声にも力が入る。
「ようし。今度はフィッシャーのおっさんから艦隊を右へ振れって言う指示が来るぞ! ミスグリーンヒルからの弱点データも見落とすな! 動きのノロい敵艦が赤く表示されたら、そこを一気に集中攻撃だ」
「はい!」
 下士官達の声が高らかに分艦隊の艦橋に響き渡る。
 と同時に、アッテンボローの予測どおり、フィッシャー少将からの攻撃シフトの指示がもたらされた。
 フロントスクリーンに、ボール状の球形陣で後退し始める敵艦隊と、半月状の陣形を保ちつつ緩やかな右旋回を見せながら押し返すヤン艦隊の立体画像が、分かりやすい立体グラフィック映像で表示される。
――★――
「ソクディン提督。敵艦隊が勢いを取り戻したようです。我が方の左舷に敵の砲火が集中してきます」
「生意気な反乱軍め、こちらの後退に付け込んできたか。ようし、こちらも球形陣を解き半月陣形を敷いて対抗するのだ。このまま後退しつつ、防御ラインを左へ集中させろ」
「はっ」
 一方、ヤン提督の乗る旗艦ヒューベリオンのフロントスクリーンには、ソクディン艦隊が陣形を再編しつつさらに後退していく様が映し出される。
「やるねー、敵さんも」
「閣下!」
 不謹慎な発言をする上官に自席から副官のグリーンヒル大尉が口を尖らせた。
「おっと」
 指揮官のシートで胡坐をかくヤン・ウェンリーが、慌てて次の指示を出す。
「フィッシャー少将に連絡。『左右の揺さぶりには飽きたから、次は上下で頼む。まずは下からだ』と」
「了解」
 今度は命令を聞いた優秀な副官が慌てる番だ。上下の艦隊運動への対応に遅れの出やすい敵艦隊の艦艇データをフィッシャー、メルカッツ、アッテンボローの三人へと瞬時に送信しなければならないからだ。
――★――
「メルカッツ提督!」
「うむ。このまま攻撃の軸線を合わせつつ、分艦隊を急速降下! 敵艦隊の艦底部分に砲撃をかける」
 シュナイダー副官に皆まで言わせず、歴戦の老提督が指示を飛ばす。
 球形陣からようやく半月陣形へと組み替えたばかりの敵艦隊が、まるで大海で群れをなす魚群を海底から見上げるように無防備な下腹部をさらけ出している。
「撃て(ファイエル)!」
 それと同時に艦隊の右翼でもヤンの片腕たるアッテンボロー少将が、はしゃいだように幕僚達を鼓舞していた。
「ようし今度は下か。準備はいいか? 全艦、急速降下急げ!」 
「左右の艦隊運動に対応できる敵艦ばかり残っていますが、上下はどうでしょうね?」
 隣で上官をなだめる副官が、フロントスクリーンに映し出される弱点データを見つめる。
 フィッシャー少将の二度、三度に渡る左右の揺さ振りが効を奏し、それに即応できなかった敵の艦艇を各個集中攻撃で次々と戦闘不能に追い込んだ成果だ。
「おほっ! 来た、来た、来たぞ」
 アッテンボロー少将の声がさらにオクターブ上がった。
 スクリーンに表示された赤いマークが一気にその数を増やしたのだ。
 上下運動に不慣れな敵艦艇を、類まれなる記憶力と事務処理能力を持つ『コンピューターのまた従兄弟』たるヤン提督の副官が、次々に弱点データとして送りつけてくる。
「無駄弾丸を撃つなよ。狙うのは赤い魚だけだ。白いのを撃った奴は減俸だぞ。いくぞ、まずはポイント座標四百二十五に一斉砲撃!」
――★――
「敵艦隊急速降下! 我が方の艦艇下部に攻撃が集中し始めました」
 コジク副官が白い髭を震わせて戦況を報告する。
「ちっ。敵に乗せられるな! こちらは艦首固定! 射撃軸線を合わせたまま艦尾だけ急速上昇だ。急げ!」
 銀河帝国の魚群が、無防備だった艦底部をヤン艦隊の射撃軸線から逸らせる。
 まるで真上から見下ろすような位置から、今度はソクディン艦隊が集中砲火を浴びせ始める。
「よし。いいぞ、このままいったんトゥールハンマーの射程圏外まで一気に後退せよ」
――★――
 自由惑星同盟のグリーンベレー帽を握りつぶして、ヤン提督が生き生きと指示を出す。
「やるねえー。敵サンはこのまま逆撃に出るか? それとも?」
「閣下! 敵艦隊が急速後退します」
「うーん。このタイミングだと、やはりここはあの手だが……」
 その時、旗艦ヒューベリオンのスクリーンに分艦隊の司令官、メルカッツ提督がその姿を現した。
「ヤン提督。もしこのまま敵艦隊の中央突破を図るおつもりであれば、小官に戦術面での意見具申をさせて頂きたい」
 老提督の真剣な表情に、さすがにヤンも机の上での胡坐をやめて起立する。
「どうぞ」
「単座式戦闘艇を用いた近接戦闘での強襲を敢行したいと考えます」
「私もゲストアドミラル(客員提督)のお考えに賛成です。今この時をおいて他にないでしょう。ぜひお願いします」
「承知しました」
 フッと口の端に笑みを浮かべ、銀河の宿将がスクリーンから姿を消した。
 将よく将を知る。今まさにヤンが実行しようとした戦術を老提督が進言したのである。この戦乱の時代を生きる名将二人に多くの言葉は不要であった。
「アッテンボローに指示を出せ! 敵の中央部をスパルタニアンで叩かせる。フィッシャーにも連絡を入れて、艦隊を半月陣形から突陣形に再編成させてくれ。一気に中央突破をかける」
「はい、閣下」
 グリーンヒル副官が短く答え、的確な指示を各艦へ伝えていく。
「さすがですな、メルカッツ提督は。伊達に歳を重ねているだけじゃない」
 普段は毒舌家で鳴らすシェーンコップも賞賛を惜しまない。
「メルカッツ提督の戦術は『堅実にして隙なく、常に理にかなう』からね。軍の士官学校で使っている教本に、ぜひとも掲載するべきだね」
――★――
 アッテンボロー中将が指揮を取る分艦隊の宇宙空母アムルコート。艦載機発進デッキに、ひと際大きな声が響き渡る。
「コラー、第一飛行中隊整列しろ!」
 まだあどけなさの残る新兵達が、あたふたと一列になって鬼教官を迎える。
「いいか、お前ら。一つ聞く。この俺様は誰だ!」
「ポプラン少佐です」
「違―う! 銀河一の撃墜王ポプラン少佐だ」
 顔を見合わせる新兵達の中に、ユリアン・ミンツ少尉の姿も見える。
「お前達はラッキーだ。何故なら、敵には俺様みたいな天才パイロットは居ないんだからな。安心して出撃してこい」
 単座式戦闘艇のカタパルト脇に整列した新人達の前を行ったり来たりしながらポプランが訓辞を垂れる。
「だが、いつも言っているとおり……」
「ドッグファイトじゃなくて、『三対一で袋叩き』ですよね? 少佐」
 毎回出撃するたびに聞かされる撃墜王の言葉を遮るようにユリアンが声をかけると、他の新兵たちも思わずニヤリと頬を緩ませた。若いパイロット達の緊張も上手くほぐれた様子だ。
「そうだ。騎士道精神なんてクソ喰らえだ。いいか……」
 ポプランが戦場での意気込みをぶち上げようとした時、宇宙空母アムルコートの艦内アナウンスが、全員のヘルメットの内部にこだまする。
――スパルタニアン各飛行隊は準備終了しだい、順次発艦せよ。繰り返す――
「……ようし。みんなそう言う事だ。絶対に無理するんじゃないぞ。お前達の仕事は、生きて帰ってくる事それだけだ。分かったか!」
 もはや日課となっている演説を中断されて少し不満そうなポプランが、若い新兵たちにハッパをかけた。
「ハイ!」
 声を揃えた新人達が、各自の愛機スパルタニアンの下へ駆け出していく。
「さて、俺も行くか」
 誰もが認める自称撃墜王が、彼のトレードマークであるトランプのハートがペインティングされた機体のコクピットへと飛び込んだ。慣れた手つきで発進準備のためのスイッチを次々とオンにしていく。
管制室から女性仕官の凛としたアナウンスが響き渡る。

――ロックオフ、フェイズシックス。エアロック閉鎖開始。セカンドロックオフ。減圧五秒前。エアロック閉鎖確認。……ニ、一.ファイナルロックオフ。オールオーバー!――

「オーライ! イーヤッホーイ」
 宇宙空母アムルコートから勢い良く飛び出したポプラン少佐の駆るスパルタニアンが、まるで大空を舞う一羽の鷹のように自由気ままに旋回する。敵艦、味方艦のビーム兵器が交錯する中、彼の単座式戦闘艇が暗黒の宇宙空間で身を捻る。
その刹那、今まで彼の機体が存在した宇宙空間にレーザー光線が駆け抜けていった。
「けっ、当たるものかよ」
 精悍な猛禽と化した同盟の撃墜王の機体が、哀れな獲物たちの群れへと飛び込んで行った。
――★――
「ソクディン提督。要塞主砲の射程圏外に出ました」
 フロントスクリーン上にイゼルローン要塞を中心にした同心円のグラフィックが表示される。
 青く塗られた範囲は、要塞の通常攻撃が届く圏内。それを覆いつくすようにオレンジ色の同心円が表示されている。通常攻撃の約五倍以上もあるエリアは、トゥールハンマーの有効射程圏内だ。
「よし! 卿らはよく耐えた。反乱軍の攻勢もここまでだ。調子づいた敵に逆撃をくれてやれ!」
「はっ!」
「恐らく敵は、進撃速度を落とすはずだ。逃げ上手で臆病者のヤン・ウェンリーは、トゥールハンマーをチラつかせていないと戦も出来ないだろうからな」
「確かに。奥の手があればこそ、奴の戦術も活かされるというものですな」
「うむ。だが、使えない要塞主砲などガラクタに過ぎないことを教えてやる」
「敵艦隊が艦載機を出した模様です」
「では、こちらもワルキューレを出せ! 制宙権を死守して、奴らをトゥールハンマーの射程圏内に封じ込めろ!」
――★――
 ポプラン少佐の薫陶の賜物か、ユリアン・ミンツを筆頭にした自由惑星同盟の新兵達が、三位一体攻撃で帝国軍の艦載機を次々と撃墜していった。
 艦首をエネルギーシールドに覆われて、敵艦からの艦砲射撃も弾き返す大型艦も懐に飛び込まれた艦載機のレーザー攻撃には、ほとほと手を焼く。
 ヤン・ウェンリーの一番弟子たるユリアン・ミンツ軍曹は、首から上しか価値が無いと揶揄される師匠に比べ、パイロットとしての素質も十二分だった。
この戦いにおいても、すでに敵艦載機三機、軽巡洋艦を一機撃沈するという戦果を上げていた。
「第一飛行中隊ユリアン・ミンツ。燃料補給のため一時帰投します」
 ユリアンが愛機を宇宙空母へ向かって反転させた。
「お疲れ様。気をつけてね」
 ヘルメットのスピーカーに女性仕官の優しい声が流れる。
 メルカッツ提督の素早い戦況判断により、艦載機を先に繰り出した自由惑星同盟軍が、徐々に制宙権を支配しつつあった。
          「ちっ。艦隊運動だけでなく、パイロットの質までも敵に水をあけられるとは……」
 ソクディン提督が悔しそうに舌打ちをする。
「申し訳ございません」
「まあ良い。さすがヤン・ウェンリーといったところだな。ところで副官、我が艦隊の被害状況はどうか?」
「現在のところ劣勢の感は否めません」
 老副官のコジクが、いったん言葉を切る。
「しかし、将兵の士気は依然高くエネルギー弾薬の補給物資も十分ですぞ。しかも、反乱軍の精鋭部隊であるヤン艦隊の攻撃を真正面から受けているにもかかわらず、失った艦艇は僅か数十隻。まだまだいけますぞ」
「そうか。ではこのまま戦闘を継続する。従来の方針どおり敵の物資を枯渇させる消耗戦に引きずり込め」
「御意」
「ただし、いけるとみたら突っ込むぞ」
「望むところですな」
 帝国軍の凸凹コンビが不敵な笑みを浮かべた。
 と、その時。レーダー担当の航法士が声を張り上げて叫んだ。

「敵艦隊が陣形を組み替えました。突撃陣形のまま突っ込んできます!」

「馬鹿な! ヤン・ウェンリーは戦術を理解していないのか? 要塞主砲が届かない宇宙域へ飛び出して、一体ヤツは何をするつもりだ?」
「閣下、このまま半月陣を活かして半包囲し、三方向から敵を殲滅しては?」
「いいだろう。もし中央突破されそうになったら、逆に奴等を通してやれ」
「と申しますと?」
「イゼルローン回廊の出口には、ケンプ、ミュラー両提督の艦隊が健在だ。奴等は生きて回廊を抜けることはできん。となれば、ヤン・ウェンリーの採る策は一つしかない」
「中央突破した後、我が艦隊を背面展開で殲滅する……ですな」
 コジク副官が白い髭を指で摘みながら意見を述べる。
「そんな机上の策など成功するものか! 中央突破させた瞬間に反転攻勢を掛ければ、こちらが早く仕掛けられるに決まっておる」
「御意!」
 ヤン艦隊が決壊する防波堤に流れ込む濁流のごとくソクディン艦隊の中央部へと押し寄せる。
「敵艦隊、速度そのまま! 我が方の陣形を支えきれません!」
 オペレーターの悲痛な叫び声が環境にこだまする。
「駄目です! 突破されました!」
 ソクディン艦隊旗艦ヒュードロクーペの真横をヤン艦隊の戦艦や空母が怒涛の勢いで通り過ぎる。
「構うな! 中央部を空けて通してやれ。全艦百八十度回頭! 陣形を立て直す。急げ! 奴等が背後で小細工する前に、今度はこっちが突陣形でお返しをしてやるぞ」
 毅然とした態度を崩さないソクディン提督が、ヤン提督を上回る戦術で勝利をもぎ取ろうした。
だがその時、オペレーターが銀河帝国司令官の思惑を外す報告をする。

「敵艦隊、我が方の後背で展開及び布陣させる動きなし!」

「それどころか、奴等はどんどん遠ざかって行きますぞ」
 レーダーを凝視する老副官の呟きにソクディンが眉をひそめる。
「何? ケンプ、ミュラー両提督が待ち受ける宇宙域へ向かったと言うのか?」
「いえ、そうではありますまい。恐らく敵は我が艦隊の反転対応速度があまりにも早いとみて、いったん距離を取ったのでは?」
「なるほど。副官の意見には聞くべきところがある。よし、とにかく艦隊の再編成を急げ! ヤン・ウェンリーに付け入らせる隙を与えるな!」
「な、な、何!」
 今度はつんざくような悲鳴を上げながら、オペレーターが報告する。

「イゼルローン要塞に異変確認。高エネルギー反応です!」

「閣下、トゥールハンマーですぞ!」
 ソクディン艦隊旗艦のフロントスクリーンに、要塞の表面を覆う流体金属の上をまるで稲妻のような光の束が八本、渦を描きながら一点に集約されていく様が映し出される。
「馬鹿な! ここは射程外だぞ。反乱軍め、何をとち狂いおったか」

「敵要塞主砲、発射確認。来ます!」

 下士官の引きつった叫びと共に、暗黒の銀河に乳白色の光の帯が伸びて来る。荒れ狂うプラズマを撒き散らし、宇宙空間そのものを飲み込まんとする雷神の鎚が、イゼルローン要塞からソクディン艦隊の背後へと押し寄せる。
 旗艦の窓の外をエネルギーの奔流が一気に駆け抜ける。フロントスクリーンだけでなく幕僚達の自席のパネルまでもが瞬時にブラックアウトした。
 あまりの眩しさに目を細め、思わず手をかざしながらソクディンが叫ぶ。
「くそっ! 被害状況を確認せよ」
 上官の命令に必死で答えようとする副官のコジクが、眉間に皺を寄せながら情報を収集している。ようやくプリントアウトされた艦隊データを下士官からひったくるように掴み取る。
「閣下! 今の攻撃で沈められた艦艇はありませんぞ!」
「当然だ」
「ただし、トゥールハンマーの影響で電磁波に乱れが生じております。現在、全艦のレーダーと通信手段が使用不能であります」
「おのれ、ヤン・ウェンリー。かつて技術将校だった我が父が作り上げた要塞主砲をこんな子供だましの手段に使いおって」
「あと三分ほどでレーダーは回復します」
「そうか。その間、発光信号で艦隊行動を保て」
「御意」
 短いようで長い時間が、重苦しい艦橋を淀んだ水のように流れていった。
「レーダー回復しました。スクリーンに出します!」
 張り詰めた緊張から抜け出し、ほっと安堵したような航法士の報告が一転して驚愕の絶叫に変わる。
「て、敵艦隊確認! きょ、距離……至近!」
 中央突破で駆け抜けて行ったはずのヤン艦隊が、まるで魔法のように整然とした艦列の半月陣形を見せてソクディン艦隊を包囲殲滅しようとしていた。
「なっ! 目の前ではないか。おのれ、いつの間に」
 コジク副官の頭に血が登る。
「ええい、うろたえるな! 所詮は要塞主砲を目くらましに使った小細工に過ぎぬ。こちらはすでに全艦反転しておるではないか。背面展開などに臆することなく反撃しろ!」
「はっ!」
 スクリーンに再表示された両艦隊の位置は、先ほどとはまったく左右が逆になっていた。イゼルローン要塞主砲の有効射程圏のすぐ外で、激しいビームの嵐が飛び交う艦隊戦が再開される。
「閣下。申し訳ありません。先ほどは年甲斐も無く慌ててしまいました」
「なあに構わん。それよりもこれからだ」
「はい。閣下の迅速な判断で、敵に後背を突かれずに済みました。ただし……」
「何だ、言ってみろ」
「はっ。レーダーが回復したばかりで将兵たちがどうも浮き足立っております」
 一兵卒からの叩き上げで現在の地位を得た老副官は、部下の士気を図ることに長けていた。
 まるで父親のように歳の離れた老人をソクディンがじっと見つめて呟いた。
「……卿にはいつも助けられるな」
 感極まって無言で白髪頭を下げるコジク副官に、艦隊司令官が新たな命令を下す。
「全艦を後退させる。いったん距離を取って艦隊の再編だ」
「しかし、閣下! 後ろからトゥールハンマーが狙っておりますぞ」
「案ずるな。あの大砲は連射が効かぬ。エネルギー充填にある程度時間がかかるからな。加えて要塞主砲の攻撃角度は、二十度刻みでしか設定できないのだ。よって射撃軸線を越えて目標設定を変更した場合、惑星表面上の流体金属に浮かぶ砲台を目標に向かって移動させねばならない」
「なるほど! 二十度の角度エリアを通り越した宇宙域まで艦隊を移動させる訳ですな。敵が目標変更に要するタイムロスを考慮すれば、移動した先で陣形を立て直す時間は十分あるはず」
 フロントスクリーンにイゼルローン要塞を示す円グラフが映し出される。二十度の角度の細長い扇形のエリアが赤く切り取られて表示されている。その短い円周ギリギリのラインで双方の艦隊を示す3D画像が、砲撃戦により刻一刻と変化していた。
「敵艦隊、半月陣のまま依然我が方を半包囲しています。攻撃シフトが左翼に集中してきました」
「おのれ! また艦隊運動で我々を揺さ振るつもりか。防御シフトを……」
 コジク副官が、対応のために防御シフトの変更を指示しようとした時、ソクディンが引き止める。
「待て、これを逆用してさっきの手を使う」
「と申しますと?」
「敵が左舷に艦隊を振ったのだ。ならば、我が艦隊の右舷後方はガラ空きではないか?」
「おお、まさしく。右後方四十五度の角度で全艦を急速後退させれば、前方のヤン艦隊を置き去りに出来るばかりか、イゼルローン要塞の主砲攻撃角度からも外れることができますな」
 早速スクリーンに予想進路が表示される。赤く表示された要塞主砲の現在の射程圏内。角度二十度しかない細長い扇形の死地を斜めに横切るようにして後退していくソクディン艦隊の立体画像が映し出される。
「もしヤン艦隊が追撃してくれば、トゥールハンマーは使えないガラクタのままだ。味方の艦隊を巻き添えにしてまで、我らを殲滅しようとするはずは無いからな」
「まさに一石二鳥、いや三鳥と言ったところですな」
 感服したように副官が白い髭を撫でる。
「全艦右後方四十五度へ急速後退! 要塞主砲の準備が整うまで、時間との闘いだ。急げ!」
――★――
 自由惑星同盟ヤン艦隊の旗艦ヒューベリオン。
 司令官シートの机の上で行儀悪く胡坐をかくヤン・ウェンリーが、グリーンヒル副官の差し出す紅茶を美味しそうに飲み干した。
「さて、ここまでは上出来だ」
「舞台は大詰めと言ったところですかな、ヤン提督?」
 白兵戦の出番が無いシェーンコップ少将が、ニヒルな口元に笑みを浮かべる。
「まあね。あとは仕上げだ。最後はキャゼルヌ先輩に花を持たせよう」
「要塞事務監には何とご連絡を?」
 一見すると頼りなそうな上官に絶大な信頼を寄せるグリーンヒル副官が尋ねる。
「そうだね。『右』で、いいんじゃないかな?」
「はい」
 女性副官が要塞の留守を預かるキャゼルヌに一言だけの指示を伝えたのを確認した後、ヤンは最終段階を告げる命令を下す。
「フィッシャー少将に伝達、敵の左翼に集中砲火をかける。全艦隊右方向へ」
 瞬時に命令が反映され、名人芸と謳われた艦隊運動が艦橋のスクリーンに表示される。3D立体映像で投影された両艦隊に動きが加わる。
 半月陣形で包囲するヤン艦隊に対し突撃陣形のソクディン艦隊。
 青いグラフィックで表されている帝国艦隊が急速に斜め右後方四十五度の方角へ後退を開始した。
「よし! 追撃は無用だ。こちらは要塞主砲の射程圏外をこのまま左へ旋回する。間違ってもトゥールハンマーの射程に入らないこと」
――★――
「敵艦隊、追撃してきません! 要塞主砲の射程圏外を移動しています」
 下士官の報告にコジク副官が鼻を鳴らして吐き棄てる。
「ちっ、反乱軍め。我々の頭を押さえるつもりか。時間が無いぞ、艦隊の再編を急げ!」
 ヤン艦隊を前方に見据えながら、トゥールハンマーの射撃軸線を外すために全速で後退を続けるソクディン艦隊は、いつしかイゼルローン要塞に背を向けていた。
 要塞主砲の射程外に布陣する自由惑星同盟のヤン艦隊。
 要塞とヤン艦隊の中間地点に陣取る銀河帝国軍のソクディン艦隊。
 両者の位置関係は、この会戦が始まる前とまったく左右逆になっていた。
――★――
 自由惑星同盟ヤン艦隊の旗艦ヒューベリオンの第一艦橋に配置されて間もない若手仕官が、目を見開いてスクリーン見上げる。
「せ、先輩! い、入れ替わりました! 艦隊の位置が、ホラ!」
 新入りの震える指先には、戦闘直前に彼らが見上げた映像とは異なり、両艦隊の位置が左右逆転した3D立体画像が表示されている。
 飛び交う通信指令を死に物狂いでやり取りし、今まで敵味方の戦況確認もままならなかった新米仕官が、まるで雷に打たれたように驚愕しながら呟いた。
「ま、魔術師ヤン……」
「見ろ、俺が言ったとおりだろ? 奇跡のヤンは、不可能を可能に変えるんだ」
 先輩仕官が、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張る。
――★――
「ソクディン閣下。間もなく艦隊再編が終了します」
「うむ。要塞主砲の発射予想時間までには、まだ十分時間がある……」
 イゼルローン要塞のトゥールハンマーが、次に発射可能となる予想時間がデジタル表示でスクリーンに表示されている。ソクディン提督自らが算出して割り出した数値が、百分の一秒単位で時を刻み続けている。
「敵艦隊は?」
「依然、要塞主砲の射程圏外でこちらを待ち構えております。我等の頭を押さえていい気になっている敵の鼻を、今度こそへし折ってやりますぞ」
「……うむ?」
 腕組みをしながら口元に手をやるポーズで上官が思案に暮れる。
「いかがなさいました?」
「何故、ヤン・ウェンリーは先ほど攻勢を掛けてこなかったのだ?」
「単に逃げ上手なだけでしょう」
「では何故、奴等は要塞主砲の射程圏外に布陣したままでいる?」
「相手はケンプ、ミュラー両艦隊と連戦に続く連戦の後。おそらく一息入れたのでは?」
「ならば何故、我が艦隊の損傷がこれ程までに少ない?」
「そ、それは……。我らが将兵の士気も高く、ましてや閣下のイゼルローン要塞に対する見識が……」
「イゼルローン要塞……、一発目のトゥールハンマー……。ま、まさか?」
 愕然となるソクディンにコジク副官が血相を変える。
「閣下!」
「い、いかん。全艦最大戦速! 一刻も早く要塞から離れるのだ!」
「しかし、まだ発射予測時間までは余裕が……」
「謀られた! 一発目のトゥールハンマーは空砲だ!」
「な、何ですと?」
「恐らく敵は、要塞主砲に手を加えたのだ」
「お待ちください。元々あれは帝国軍のもの。トゥールハンマーはブラックボックスで封印されており、何人たりとも手を加えることなどできないはずでは?」
「そのとおりだ。だからこそ、今回の作戦で私は綱渡りのような戦術に踏み切れたのだ。射程を延ばしたり威力を増したりすることは不可能だからな」
 恐怖に顔を引きつらせながらソクディン提督が続ける。
「しかし、トゥールハンマーを改良して、半分のエネルギーで射程距離はそのまま、見掛け倒しの空砲にするぐらいならば……」
「もしや、あの一発目がハッタリであったと? 我が艦隊の損傷が極めて軽微なのは、悪辣な敵の策略だと?」
「分からん。俺の思い過ごしならどんなに楽か。とにかく全艦をこの宇宙域から一刻も早く離脱させるのだ。どの方角でもいい、急げ!」
 その時、慌てふためく二人に航法士から悪夢のような情報が伝えられた。
「ま、まさか! そ、そんな!」
「どうした? さっさと報告せぬか!」
 コジク副官が口ごもる部下に怒声を張り上げる。
「い、い、イゼルローン要塞の表面に異変確認。こ、こ、こちらに向かって浮遊砲台が浮上しました」
 銀色の大海と見紛うばかりの流体金属の波間から、そこかしこに直径十メートルの円盤状のエネルギーコンバータが浮かび上がってくる。まるで風車の羽のように配置されたそれらが、渦巻きを描くように中央の浮遊砲台を取り囲む。
「何を馬鹿な。提督のお言葉を忘れたのか? 要塞主砲の浮遊砲台は移動に時間がかかるのだ。我が艦隊が何のためにワザワザ後退したと思っている!」
「て、敵要塞主砲の射撃軸線を外すためであります!」
「ならばもう一度確認しろ! 我が艦隊がこの位置に布陣してから何分経った? こんな短時間であのデカ物の浮遊砲台を右から左へ動かせるものか!」
「し、しかし副官。あのとおり……」
 コジクに胸倉を捕まれて眼を白黒させる下士官が、恐る恐るフロントスクリーンに映し出される要塞の映像を指差す。
 要塞を中心とした円グラフ。角度二十度に切り取られていた細長く扇形の範囲が、この瞬間パッと右へ移動した。赤で表示された死地のエリアの中央には、帝国軍の艦隊を表す立体画像が浮かんでいた。
 耳障りな警告音が艦橋に鳴り響く。

「駄目です、逃げ切れません。完全にロックオンされました!」

「要塞主砲の初弾発射後、奴等が前もって浮遊砲台を「右」へと移動させていたとしたら……」
「か、閣下!」
「先刻、要塞主砲の射程圏外に布陣した敵艦隊が、これ見よがしに我が方の左舷へ集中砲火を浴びせてきたのも、今となっては偶然とも思えぬ」
「まさか奴等はワザと隙を見せ、我が艦隊をこの宇宙域まで誘導したとでも?」

「て、敵要塞に、高エネルギー反応!」

 要塞表面に再びエネルギーの本流が奔る。風車の白い羽がゆっくりと回るように中央の巨大な浮遊砲台へと集約されていく。
「半分のエネルギー充填ならば、半分の時間で済む。真の狙いはコレだったのか! おのれ、ヤン・ウェンリー。使えない筈の骨董品がらくたをまんまと売りつけおった!」
 歯軋りをしながらソクディンが拳を握り締めた。
 先刻、有効射程の外に居た帝国軍艦隊に向けて放たれた、最初のトゥールハンマー。
 あの攻撃がヤン艦隊の背面展開を手助けだけの目くらましだと思い込んだ時点で、ソクディンは敗北していたのだ。
 イゼルローンで育った彼が、戦術的に追い詰められた上で仕掛けられたヤンの心理的陥穽。
 コジク副官が一石三鳥と賞賛した作戦は、実は会戦三日前にヤンが自分の幕僚たちにブリーフィングルームで聞かせた秘策そのものだった。

「よ、要塞主砲の発射、確認。き、き、来ます!」

「閣下、申し訳ありません。全ては敵の策略を見抜けなかったこの老いぼれの責任です。」
 深々と頭を下げる副官にソクディンが最後の別れを告げる。
「よい。その代わり、卿にはヴァルハラまでの道中でも補佐を頼む。いいな?」
「御意! 閣下の行く手を邪魔する亡霊どもなど、このコジクが全て討ち払って見せますぞ」
 スクリーンの端で要塞主砲の発射予想時間が無意味なカウントダウンを続けている。ゼロ表示されるまでまだ十二分に余裕のあるタイムリミット。
 それをあざ笑うかのように、今度は空砲ではない本物の雷神の鎚がソクディン艦隊を飲み込んだ。
 全ての艦艇が一瞬で変形し、つぶされ、瓦解し、燃え尽きながら蒸発していった。
――★――
「やったー!」
 ヤン艦隊の将兵たちが、あちこちでグリーンベレー帽を宙に放り投げて歓喜を爆発させる。
 旗艦ヒューベリオンの艦橋でもヤンの幕僚たちがお互いに肩を叩き合って喜びを抑えきれない。
「ふぅー。絶対にここまでは届かないと判っていても、トゥールハンマーの前に立つのはやっぱり冷や汗物だね」
 ヤンが帽子でパタパタと顔を扇ぎながら、胡坐をかいていた司令官シートから降りると、その隣に立つシェーンコップ少将が話しかけてくる。
「三日前、ブリーフィングルームで貴方の秘策を聞いた時は、正直開いた口が塞がりませんでしたが、実際にこうなってみると何も言うことはありませんな」
「そうかい? 私は単に消去法で作戦を立てたに過ぎない」
「相手より戦術的に優位に立ち、相手の選択肢を限りなく減らし、最終的には相手に最善と思わせる手を選ばせてからひっくり返す……ですかな?」
「まあね」
「常人のなせる技ではありませんな」
「おいおい、私は普通の人間だよ」
「いやいや。やはり貴方には魔術師の肩書きがお似合いですよ」
 小さく首を振ってそれには答えず、ヤン提督が背を向ける。
「少し疲れた。あとは頼むよ。グリーンヒル大尉」
「はい閣下、お疲れ様でした」
 ニッコリと微笑む彼女の笑顔を見て、照れくさそうにガシガシと頭をかく。両手をズボンのポケットに突っ込み、背を丸めながら歩き出す。
ヤンが扉の前に立ち自動ドアがスッと開いた時、また艦橋内で歓声が上がる。
「すげえ!」
 振り返ると、スクリーンには先ほど敵艦隊を消滅させたイゼルローン要塞の主砲のリプレイが映し出されていた。
 決定的瞬間を見損ねた幕僚達や下士官が興奮したように思い思いの言葉を口にしている。
「売れない骨董品ガラクタか……」
 夢の中で出てきた父親の言葉がヤンの脳裏に蘇る。

――お前が魔法使いだったら、あんな骨董品がらくたの壷の一つや二つ、すぐ相手に売りつけるだろうな。はははは――

 宇宙暦七百九十七年、帝国暦四百八十九年。八月二十五日。
 こうして戦いは終わり、イゼルローン回廊の舞台から一人の優秀な提督が退場していった。
 この戦いの意味を後世の歴史家はこう捉える。
『ソクディンを失ったラインハルトは、我を忘れたと』
 しばしば常勝の英雄と評される彼は、事実この戦いの後で無能な技術大将シャフトを登用するという愚を犯す。
 帝国軍VS同盟軍の戦いの中で、最も無意味であると冷笑される「ガイエスブルグ要塞VSイゼルローン要塞」戦を容認した彼は、ソクディンに続きケンプ提督までも銀河の舞台から降板させることになる。
                                           ――了―― 
 

 
後書き
 ばわん。独身奇族こと独さんです。
 この「あとがき」をお読みになっている貴方!
 何と素晴らしい読者様でしょう?
 まずはお礼を述べさせていただきます。
 \(∇ ̄\)☆ア☆リ☆ガ☆ト☆ウ☆(/ ̄∇)/
 さて、如何だったでしょうか。
 独さんのでっち上げた『銀河英雄伝説もどき』は?
 コンセプトは、【出来る限り原作に近づきたい】です。
 もちろん遠く及ばない事は身に染みて分かっています。
 ただ、例え1㍉でもいいから偉大な作品に近づきたい。
 これだけです。
 今回初めて二次作品に挑戦したわけですが、やっぱり……
「楽しいね!」
 筆が進む、進む。
 基本的に今回の作品は、『銀河英雄伝説』の世界をガチで再現
 したつもりですが、二箇所だけ遊びを入れさせて頂きました。
 一箇所目は、銀河帝国のオリジナル司令官と副官の名前です。
 DOKUSIN(独身)⇒⇒ SOKUDIN ==ソクディン提督
 KIZOKU(奇族) ⇒⇒ KOZIKU  ==コジク副官
 二人の名前は、独さんのアナグラムから作ってみました。
 ダサいネーミングセンスなのは、こういう訳でした。(笑)
 本来であれば、もっとドイツ風にするべきでしたね。
 あと一つは……。
 まあ分かる人にはすぐ分かるでしょう。
 どうでもいいトリビアなので、ここでは伏せておきます。
 ではでは。               
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