緋弾のアリア-諧調の担い手-
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終わり始まる
始まりの終わり、終わりの始まり
世界の両方のドアが、開いたままになっている。二重の夜闇の中で、お前によって開け放たれて。
僕らはドアがばたんばたんと鳴っているのを聞く。
そして不確かなものを、『縁』のものを、お前の『常』へともたらす。
Byパゥル=ツェラン
0
扉を開いて、俺はその空間へと足を踏み入れた。背後で扉が閉じ、群青色の光が黒い闇に喰らい尽くされる。
深い、深い、深淵にも似た常闇が視界一杯に広がった。
それ以外の色は何一つない。そこに存在するのは恐怖を駆り立てる不気味な黒のみ。
「……真っ暗だな」
そんな俺の呟きは闇夜に飲み込まれた。一歩進むだけで、もう背後の扉が見えなくなる。
数歩歩くだけで、自身の身体から平衡感覚が損なわれてゆく。
自身が何処に立っているのかも解らず、目を開いているかどうか、それすらも解らない。
ただひたすらに歩き続ける、俺は前に進み続けるしかない。
退路など無い。逃げ場など無い。引き返す事など出来はしない。
転生という新たな生という道を歩む為に俺は今ここに存在しているのだ。
1
「……何だ?」
それが自分の声だという事を自覚したのは、数瞬後の事であった。
久しぶりに耳にした音。そう思う程、自分は長い道程を歩いてきたと思う。
当に時間感覚など狂っている。
それはたった数秒でもあり、数分でもあり、数時間かも、数日かも、数年かも知れない。
長らく、慣れもしない闇夜の中を歩いた事により感覚が麻痺している。
それでも、それを俺は感じ取る事が出来た。明瞭と、はっきりと、意識出来た。
「――――」
変わった、と。
裏と表と表と裏が引っくり返る様な感覚。感触、とまで言っていいほどに、それをありありと感じ取る事ができた。
その一歩を踏み出した途端に、世界が反転したかの様な意識があった。
―――此処ではない何処か。
感覚はマヒしているが、何故かそう感じる事が出来た。
何かが割れるような音を聞いた気がする。何かを潜るような感触を感じた気がする。
「…………」
見た目だけは何も変わらない。
何時通りの闇夜だ。もしたら騙されたとか?
本当は転生など無くて地獄に向けて歩みを進めているとか?
だが、そんな心配は杞憂に、直ぐに消えた。歩み進めた先に扉を見つけた。
俺がこの空間に入る時に潜った、群青色の鮮やかな扉。
久しく見る、色彩に目が慣れずにチカチカとする。それでも俺はその扉に手を伸ばした。
此処がゴールとなるか否か。
「鬼が出るか蛇が出るかだな」
毒を食らわば皿まで…と言った感じに、俺は扉を開いて、外界へと足を踏み入れた。
2
遠くより、遥か遠くより音が聞こえてくる。それはノイズが混じり、ハッキリとは聞き取れない。
だが、次第にノイズは消え、明瞭と聞こえる様になってくる。
瞳は開く事が出来ない。だが薄らと光を感じる。
瞳が見えない分、聴覚が発達している様に感じる。
「……この子が」
最初に耳にしたのは、若く柔らかい女性の声だった。
それに続き赤子の元気な鳴き声が聞こえてきた。
「…この子が私達二人の赤ちゃんですよ“□■”さん」
「…髪の色は“■□”譲りだな」
「ふふっ、それなら目元なんかは“□■”さん譲りで、そっくりですよ」
最初に聞こえてきた女性の声と男性の会話が耳に入ってくる。
今、気付いたが優しく、揺り籠の様に腕に抱かれている事に気が付いた。
そして、この赤子の声が自分のモノという事にも。
どうやら俺は無事に転生というものを出来たらしい。そう思うと何処か感慨深いものがある。
状況から察するに、この二人が俺の今世の両親なのだろうか。
「“□■”さん、この子の名前は決めているのですよね?」
「ああ、俺と“■□”から一文字ずつ取ってな。いいか、お前の名前は―――」
俺の父親は一息置き、俺に言い聞かせる様に俺の新たな名前を宣言する。
「“倉橋時夜”だ。よろしくな、俺達の愛しい息子!」
―――倉橋時夜
…ああ。そう自分の名前を言われた時、初めて聞く名前なのに言い知れぬ馴染みを感じた。
まるでずっと、そう呼ばれてきたかの様な。
それと同時に生を受けた歓喜。それが自らの心の内で確固たる形を形成していくのを感じ取った。
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