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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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そして彼の道行きは
  プロローグ



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《???・???》


―――閉じていた意識がゆったりと、引き戻されて行く。

最初に知覚したのは、存在。
自分が自分であるという認識。つまりは存在の認識であった。

次に知覚したのは、五感だった。五感が正常に機能を果たし、身体を突如として、怖い程の浮遊感が襲う。
地に足の着かない、慣れない、恐怖を感じる感覚。

それに俺は半ば覚醒し切れていない意識を、強引に目覚めさせる。


「………っ…」


瞳を開く。世界を認識する。
朧げで曖昧な視界に映るのは、白、白、白……。


「……どこだ、此処?」


目に突き刺さる程に、何処までも続く広大な空白の空間。
その何処か虚しくなる虚無の世界に、俺は一人存在していた。

―――何故、自分はこの様な場所にいるのだろうか?

まだ、自身は夢の中にいるのだろうか?

そう、疑問が打って出た。自分の事は自分が一番解ると、そう自負しているつもりだ。

だが、この場所に来る以前の事を思い出そうにも、どうにも思い出す事が出来ない。
記憶を掘り起こそうにも、それを思い出す引っ掛かりがないのだ。

目の前に広がる光景の様に、俺の頭の中にも一部の“空白”が存在していた。


「………ッ!」


無理にでも記憶を引き出そうとすると、頭が拒絶するかの様に鋭い痛みに苛まれる。


「―――お目覚めになりましたか?」

「うわっ!」


思考に没頭していて気付かなかったが。その穏やかな声に現実に引き戻される。
空間に浮遊する俺の頭上。そこに男性なのか、女性なのか解らない、理解出来ない存在が姿を現す。

子供なのか、成人なのか、老人なのかの区別もつかない。
その存在の貌はクルクル…と、様々な貌に変化する。

誰にも似ていなくて、誰にでも似ている。矛盾を孕んだ存在。

―――なるほど、何だ夢か。

そう、漸く理解した。
瞼をゆっくりと閉ざす。夢とは浅い眠りで見るものだと、過去に誰かが言っていた。

なら、もっと深く眠りに就こう。きっと疲れているのだ。
だから、こんな訳の解らない変な夢を見る。


「あわわっ、現実逃避しないでくださいよぉ!」


夢の住人の癖に口煩い奴だ。現実逃避というよりも、夢逃避だろうに。


「そんな細かい事はいいんです、いいから私の話を聞いて下さい!」

「……ハァ、しょうがないな」


俺は閉じていた瞼を開き、再び世界を認識する。
すると世界は色を帯びていて。俺は何時の間にか、その群青色の空間に存在していた。

同じく群青色のテーブルとチェア。
そのチェアの一つに、一人の少女が座っている。


「…それで、君はさっきの?」

「ええ、そうです。“0”とでも言いましょうか」


俺は目の前のチェアに、自然と腰を下ろす。
先程の不明瞭な存在の事について訊ねると、少女は是と頷いた。

今度は明確に、目の前の存在を認識出来た。十代半ば程の黒髪に翡翠の瞳をした、深窓の令嬢という言葉が似合う容貌の少女。

“0”と彼女は自らをそう自称し、薄く笑みを浮かべた。


「そうか、それはどうもご親切に」


何とも“願い事はあるかい?”と、聞かれそうな名前だな。
某ライトノベルの、謎の存在が頭に浮かんだ。


「あら。解りますか、この小説ネタ」


そう言い、少女は嬉しそうに微笑んだ。
そうして、何も無い虚空より一冊の文庫本を手に取った。

少女は何も無い虚空から物質を取り出した。
まぁ、夢ゆえか、そんな荒唐無稽もアリなのだろう。

取り出した文庫本へと視線を移す。

―――『空ろの箱と零のマリア』


「…まぁ、“生前”読んだ事があるし、ファンだからな作者の。」


……んっ?
そこまで言葉を言って、漸くその誤認に気が付く。今、俺は何と口にしたか?


「……生、前?」


訝しむ様に、その言葉を発して反芻する。
おかしい、思考に誤りがある。俺は今夢を見ているのだ。

―――だが、頭がその発言の意味を理解したく無い様に、痛みに苛まれる。

あぁ、嫌だ。認めない。そんな考えがばかりが頭を逡巡する。
これではまるで―――


「これではまるで、自分が“死んだ”みたい、ですか?」

「……あぁ、まぁ」


少女は此方の思考を読み取ったのか、そう告げる。
そうして、無慈悲にもその言葉を口にした。


「単刀直入に言いましょう。貴方、死なれたのですよ」


その少女の発言。
それにより、頭に掛かっていた霧の様な靄が払われて、記憶の空白が埋まって行くの感じ取った。






1







俺こと暮桜霧嗣が生前の、死亡した時の記憶を取り戻したのは彼女のその宣言の後であった。

まるでパズルのピースが嵌っていく様に、失われた記憶の空白が埋まって行く。

俺の死亡原因は、何とも有り触れたものであった。
信号無視をしたトラックが横断歩道に突っ込み、女の子を庇った事により死んだのだ。

“あの状態”の俺ならば。
横断歩道までの距離が100あったとしても、瞬時に女の子を庇ってトラックの魔の手から逃れる事も容易であっただろう。

だが、その時はそうはいかなかったのだ。
まるで重力に引かれる様に、その場から動じる事が出来なかった。

その結果。トラックに轢かれて、助けるつもりが死亡してしまった。


「…なぁ、“神様”」

「はい、何でしょうか?」


目の前の少女、自らを0と名乗った神様に問い掛ける。

つい先程説明を受けたが、この少女は神様候補生(自称)。
そして此処は、生と死の狭間の境界らしい。

最初は信じてはいなかった。
だが、自らが死んだ記憶を保有している為に、半信半疑ながらも信じざる負えなかった。


「むぅ、自称じゃありませんよ。本当に神様候補なんですから」

「自然に人の心内を読むな。それで、質問いいか?」

「はい、大丈夫ですよ。なんですか?」


俺は人の心内を読んで頬を膨らませる少女。
それを愛らしいと思いながらも、気になっていた事を切り出す事にした。


「…そんな、愛らしいなんて」

「お~い、戻って来いよ。おいってば」


俺の思考を読み取っていたのか、頬を抑えて身悶える神様。
何やら一人でトリップして盛り上がって、一向に此方の話は聞こえてないと見える。

この神様、妄想癖でもあるのだろうか?


「てぃ!」

「痛っ!……うぅ、痛いです。何をするんですかぁ」


俺は妄想世界に浸っている少女を現実世界に引き戻す為に、その脳天に軽く手刀を落す。
すると衝撃で現実に戻ってきたのか、涙目で頭を抑える。そんな光景ですら絵になって見える。


「人の話をちゃんと聞かない、そっちが悪い」

「うぅ、すみません」

「それで、話の続きだが、いいか?」

「はい、大丈夫です」


コホン…と、咳払いをして、心機一転といった感じに少女はそう答える。
そんな少女に、俺は今一番気になっていた事を言葉にする。


「俺の庇った女の子はどうなった?」


それが、今の俺の置かれた現状よりも気掛かりだった。

あの女の子はどうなったのだろう。
俺はちゃんと、あの子を助ける事が出来たのだろうか?


「それが、その……」


目の前の神様は何処か言い辛そうに、言葉を濁す。
その醸し出す雰囲気に、俺は最悪の光景が頭を過ぎる。


「えっと……その前に、貴方に伝えておかなければならない事があるんです」

「いや、その前に質問に答えてくれよ」


俺の質問を逸らし、瞳を伏せた。そうして、彼女は言葉を切り出した。


「貴方には“転生”して貰います」

「……転、生?」


思わずその言葉に首を捻る。
生前。よく読んでいた二次創作の転生モノの導入、それに近しい事を少女は口にした。

ああ言うのって、確か。
神様が自らの不正や暇つぶしの為に、死んだ人間を別世界や、二次創作の世界に転生させるんだったか。

転生モノのテンプレで言うのなら。この目の前の神様は一体、どちらなのだろう?


「なぁ、もしかして。俺が死んだのってアンタが関わってたりしないか?」

「…あっ……えっ、と…そ、そんな事ないですよ!!」


俺の思考を読み取っていたのか、その質問に動揺して返す少女。

―――黒だな。

どうやら、この少女はあまり隠し事が得意ではないらしい。
その態度で、すぐに黒と断定出来る。


「正直に話しなさい。今ならまだ怒らないから」

「……あぅ、本当ですか?」

「まぁ、事と場合によるな。」


そう言うと、彼女はぽつり…と語り始めた。
俺は腕を組みながら、彼女のその話に耳を澄ます。






2







目の前の神様曰く。
正規の神様になる昇格試験の死者を選別する実習の際、その際に居眠りをして手違いを起こしてしまった。

それが俺らしい。
本来は俺が死ぬ事はなく、庇った女の子と一緒に助かる筈であったと。

神様曰く。
間違えて死なせてしまった為に、天国や地獄に魂の行き場がなく、事がバレると試験に落第する。

以上。
思いっきり、黒じゃないか。



「それじゃあ、俺の助けた子は生きてるって事か?」

「…はい。貴方のおかげで掠り傷一つ負っていませんよ」


それが聞けて一安心した。
ぐったりと群青色のテーブルにうつ伏せに身を預ける。


「そっか、良かったぁ」


先程、神様は意味深な発言をした為に、とりあえず胸を撫で下ろす。
何もない俺でも、最後に誰かを助ける事が出来たのだ。


「そのぉ…怒っていませんか?」

「怒っていると言えば、怒っているかな。誰にでも間違えはある、けどそれを隠蔽しようとしたのは頂けないな」

「あぅ、ごめんなさい…」

「それだけだよ、別に間違えて殺した事については怒ってはいないさ。…どうせ、嘆いた所でどうしようもないしな」


まぁ、元の世界に未練がないと言われれば、あまり未練があった訳ではないしな。

生前の俺は少しばかり過去にトラウマを抱えた、至って“普通”の大学生であった。
それに転生という名の転機が訪れたと、前向きに考えれば良いだろう。


「私が言うのはなんですが、貴方はとてもお優しい方なのですね」


少々物思いに耽ってると、目の前に座る少女が優しげな笑みを浮かべていた。


「……突然どうした」

「いえ。自分の身よりも死して尚、庇った女の子の身を案じるのですから」

「確かに、うっかりと人を殺す駄神様には言われたくないな」

「うぅ……すみません」


シュン…と、小動物の様に小さくなる神様。
少し可愛そうと思いながらも、同時に可愛くも見えた。


「…そんな、可愛いだなんて」


また人の心内を読んだのか、頬に手を当てて妄想世界に潜り込む少女。
……訂正だな。


「いい性格してるよ、本当」


そんな少女を現実世界に引き戻すのに、再び手刀を彼女の頭目掛けて繰り出した。



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