探し求めてエデンの檻
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2-2話
前書き
男二人と女一人。 そしてそれを見守るのは蒼い女。
己の誤ちで零れおちた命を拾うために、堕ちる鳥から手を離した。
後悔はなく、かといって驕りもなく、人間では出来ない成果を残した天信睦月は夜を明かした。
暁の陽射しが差し込んできた。
何とも爽やかな朝だった。
一定の緊張感を意識しながらもアタシは夜を明かした。
息を潜め、闇に紛れ、一体の獣のように危機意識と背中合わせになりながらも、迎えた朝は悪くない。
木の枝や草の表面に浮かぶ朝露が朝日を受け、煌く透明な小粒の宝石のような輝きを纏って光っていた。
冴え冴えと澄んだ黎明の大気が湿気を冷やし、緑の色彩に散りばめられた星屑のように木々を濡らしている。
重そうに葉を濡らしている草花に触れると、小粒の真珠みたいに瑞々しい一滴が滴り落ちる。
だがアタシという人間は、もう何年も自然と文明の境界線を行き来していてて思う。
こうして感じる事ができるのだからきっと自然寄りなのだろうと、こういう朝を迎える度に気持ちを新たにする。
「さてと…もう行くとしようかしら」
日が昇り始めたらあとは暖かくなる。
そろそろいいだろうと、アタシは脇に広げてあった毛布をひっぺがした。
「どっかで乾かさないといけないわね…」
夜の気温はそれほど厳しくはなかったが、朝露に濡れた毛布を手にして顔を顰める。
毛布の下には、女性と少年二人の姿があった。
三人ともその瞼を閉じてはいるが、怪我をしているわけでもなく、ただ意識を失っているだけだった。
朝が昇るまで待っていたが、目覚める気配はまだない。
川の字で並べて転がしてある三人をよそに、朝露でしっとりと濡れた毛布をショルダーバッグの中にしまい込む。
「しかし…」
と、ショルダーバッグ以上のサイズの毛布を収納して、三人を見下ろして思う。
「お互い、とんだ所に巻き込まれたわね」
そんな言葉を投げかけた。
返事が返ってくる事を期待はしてないが、見下ろす先にある記憶に新しい顔を見てそんな事を言いたくなった。
一人は男の子、一人は制服を身に纏った女性、それがアタシがつい昨日見たばかりの顔。
三人の内二人が、あの機内で見知った…印象に残った相手なのはどんな奇縁だろうか。
メガネをかけた男の子に面識はないが…アタシにコーヒーをくれたCAと、“あいつ”と似た眼をさせた男の子を拾うとは、偶然というには出来すぎた巡り合せである。
しかし、それもこれまでだ。
「名も知らないけど…もう行かないといけないわ。 縁がなかったわね」
自分のミスで助けたが…朝が明けた以上、この三人を見てやるつもりはなかった。
少なくとも、闇の中を徘徊するあの”獣達”を退けていたが…もうこれ以上見てはやれない。
そろそろ、自分自身の事で動かなくてはならなかった。
この未知の世界に放り出されたのはアタシも同じ。
アタシ以上に大変な思いをするであろうが…自分が生き残るために行動しなければ、こちらの身も危ない。
見捨てる形で気の毒だけど、アタシが守護するつもりもない以上、自分らで何とかしてもらうしかない。
何より、気になる事がいくつかある。
装備のチェックを一通り済ませて、ショルダーバッグを背負う。
まずは森の外から探索を始めようと、その方向に向かって三人に背を向ける。
だが、一歩前に進んでから足を止めた。
顔だけ後ろを向けて見下ろす。
見るのは緩い顔で寝ている男の子、無視しきれない眼をしていた子。
捨て置くには心残りがあった。 いまだに寝ているその名も知らぬその少年に、置土産を残す事にした。
頭に被っていたキャップ帽を手に取った。
ソレをピッ、と指を弾かせて円盤のように回転しながら軌道を描くと少年の胸に落ちた。
そうする事に大した理由はない。
ただ似たような眼を知っているから、このまま無視できないという個人的な理由。
こんな事をしても、加護とかそんな大層な神秘などないからお守り以下でしかない。
あの“獣達”が彷徨くこの地では、ヘタすれば野垂れ死ぬ可能性が高い。
だがしかし…もしまた顔を合わすような事があれば…この地で生きてまた言葉を交わせるのならば、その時は名前を教えてあげてもいいかもしれない。
まぁ…教えると言っても、偽名かもしれないけどね。
「またね―――」
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