久遠の神話
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第五十八話 大刀その四
「よく。しかしです」
「認めはしないんだね」
「それで幸せが得られるとは思わないからです」
「幸せは勝ち取るものじゃないのかな」
「違います」
「ではどうして手に入れるものなのかな」
「一人では手に入らないものです」
そうだというのだ。
「幸せというものは」
「じゃあどうして手に入るのかな」
「貴方が家族との幸せを望まれるのなら」
それならばだというのだ。
「貴方一人ではなく家族の方全てとです」
「お父さん、お母さんと」
「弟さん、妹さん達ともです」
共にだというのだ。
「共に求め辿り着くべきなのです」
「それで手に入るとは思えないよ」
コズイレフは微笑んでいた、だがその言葉は否定のものだった。
その否定の言葉を大石に告げそのうえでこうも言ったのである。
「何時どうなるかもわからないから。ロシアだってそうだし」
「貴方の祖国もですか」
「僕が生まれる前にソ連が崩壊して大変だったからね」
ロシアにとっては暗い歴史だ。深刻な物資不足とインフレはロシアを長い間に渡って苦しめてきたのである。
「僕の子供の頃もものがなくて」
「そのことからもですか」
「思うよ、どんなものも何時どうなるかわからないんだよ」
そうだというのだ。
「家族だってね」
「だからですか」
「僕はずっと家族と幸せに過ごしたいんだ」
コズイレフの偽らざる願いである。
「そうなりたい為にね」
「戦われますか」
「僕一人が戦って手に入るならいいじゃない」
微笑みはそのままだがそこには覚悟があった。
「戦うよ」
「そうですか。では」
「また会おうね、じゃあね」
コズイレフはここまで話してそうして今度こそ踵を返した、後に残った剣士は大石と高代の二人になった。
その一方の高代も大石に顔を向けて告げる。
「では私もこれで」
「帰られますか」
「また機会をあらためて手合わせをお願いします」
「何故でしょうか。貴方といい彼といい」
もうコズイレフはいない、だがそれでも言うのだった。
「素晴らしい方々なのにご自身の為に戦われるのでしょうか」
「それだけ願いが強いからです」
その理由はもうわかっている高代だった。
「それ故にです」
「願いがですか」
「願い、夢は」
ここではこの二つは同じ意味のものだった。
「強ければ強い程、自分だけになり」
「そしてですね」
「はい」
頷いてから大石に述べる。
「それに捉われ呪いの様になるのです」
「それが為に戦い他の者を倒し」
「求めていくものになります」
そうしたものだというのだ、願いというものは。
「そうなるのです」
「そうですか。因果なものですね」
「私もそう思います。ですが」
それでもだというのだ。
「止められないのです」
「戦うことを」
「最後まで、倒すか倒されるか」
その二つのどちらかだった。
「それが問題です」
「そうなりますか」
「はい、では」
高代は大石に一礼した、そのうえで。
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