皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第38話 「皇太子殿下の二面性」
前書き
ラインハルトはツンデレ。
でも……やんでれにジョブチェンジするかもしれない。
帝国の幼年学校はどうなっているんでしょうね?
第38話 「会議は踊らない」
ウルリッヒ・ケスラーだ。
イゼルローンには、上級大将以上の者のみが、立ち入る事のできる部屋がある。
もっともそれは建前で、本当は門閥貴族用の応接間だ。
かつて門閥貴族は、最前線のイゼルローン要塞にあっても、この部屋でサロンの真似事をしたものだった。門閥貴族らしく贅を凝らした豪奢な部屋。
今この部屋に、帝国同盟の政治家達が集まっている。
帝国側は宰相閣下。
リッテンハイム候。
そして宰相府の事務局の連中が座っている。
同盟側はサンフォード議長。
そして数名の男達だ。いや一人女性がいるな。
名前は確か……ルイ・ホワンだったか。
■ジョアン・レベロ■
目の前に帝国宰相がいる。
ソファーにゆったりと座って、寛いでいるようにも見える。
それに引き替え、サンフォード議長の落ち着きの無い態度ときたら、ヨブ・トリューニヒトの方がはるかにマシだったかもしれん。
いやな奴ではあるが、少なくともこの状況では、議長より頼りになっただろう。
「銀河帝国皇太子・帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。卿らに会えて光栄だ」
年に似合わず、落ち着いた口調だった。
我々よりも年下のこの男に、飲まれている。
生まれながらの支配者。
確かにそう思えるところがあった。
「自由惑星同盟最高評議会議長・国家元首ロイヤル・サンフォード……だ。こちらこそお会いできて光栄に思います」
額の汗を拭いながら答える議長。
情けないとは思うが、笑う気にはなれん。部屋中に漂う緊張感に耐えるのが、精一杯だ。
ふと隣を見るとホワンが涼しげな笑みを浮かべていた。
案外女性の方が度胸が良いのかもしれない。
続いてリッテンハイム候爵が余裕な態度を見せつつ、挨拶を口にした。さすが門閥貴族の風格といったところか……。
「あまり緊張しないでくれ。それでは落ち着いて話もできん」
皇太子が軽く笑う。馬鹿にしている訳ではない様だ。
こういう状況に慣れているだけだろう。皇太子を前にして、緊張する者も多いのだろう。それゆえ落ち着かせるために、女官達に飲み物を持ってくるように言いつける。
恭しく頭を下げて、女官が部屋から出て行った。
皇太子は無言のまま、こちらを見つめている。
なにを考えているのか、感情も考えも読めない。視線だけがこちらに押し寄せてくる。この視線に晒された者は、自分を省みるしかないのかもしれんな。
誰もが無言のまま見つめ合っていた。
はやくこちらの用件を口にするんだ。まず議長が口を開かないと、我々も黙っているしかないというのに。
「お見合いではないのだから、用件を言ってくれないか? 無駄に過ごせるほど、暇じゃないんだ。用が無いのであれば、席を立たせてもらう」
そう言って皇太子がすっと立ち上がった。
若いだけあって、動作が機敏だ。思えばまだ二十代の若者だ。
「お待ち下さい。帝国宰相閣下は、同盟との和平はお考えですか?」
部屋の中に女性の声が響いた。
ホワンだ。
皇太子の視線がぴたりとホワンに向けられた。
そしてもう一度、席に着く。
「私が宰相となって以来、出征を控えるようにしたが、それでも休戦状態はわずか二年しか持たなかったな」
イゼルローン攻略の事を言っているのだろう。
仮初めの休戦状態。
それを同盟側から破った。シトレの言ったとおりだ。帝国側に戦争理由を与えるようなものだと。
「宰相閣下はそれでもなお、出征を控えておられます。和平の意志があると考えても宜しいか」
「戦争状態は続いている。勝手に都合よく解釈するな。門閥貴族ではあるまいし。卿らは民主共和制国家の政治家だろう」
「ですが、ここ数年、実際に戦闘は行われておりません」
思わず口に出した。
皇太子の視線がこちらに向けられる。
「実際に戦闘を行うだけが、戦争ではあるまい」
取り付く島が無いとはこの事だな。
冷静だ。
この皇太子は冷静に状況を見ている。そして着実に手を打ってきている。
その一例がフェザーンだ。
帝国にフェザーンを取られた。二つの回廊を押さえられてしまっているのだ。
「とある記者が、宰相閣下の事を“理想的な専制君主を演じている”と書いていましたが、その事についてはいかがでしょうか?」
ホワン、突然なにを言い出すんだ?
この場で出すような話題では無いだろう。
「人は誰しも社会的役割を演じている。政治家ならば政治家としての役割だな。そして皇太子なら皇太子としての役割を演じなければならない。脚本がある訳ではないし、カメラがある訳でも無いが、それでも演じているだろう」
「では今の皇太子殿下は、本来の人物とは違うという事でしょうか?」
「それはそちらも同じではないかね」
「私は自然体で臨んでおります」
皇太子が軽く笑みを浮かべる。哂ったのだ。
バカにしたような笑みだ。
ホワンの顔にさっと朱が差した。
「自然体で行える政治とは、楽で宜しいな。羨ましい事だ」
がつんっと殴られたような衝撃だった。
ここは帝国と同盟の交渉の場だ。その場において自然体でいられるなど、確かに楽ではあるのだろう。しかし皇太子は、この場の事ではなく。
政治家としての動きを楽と評した。
勝手に解釈するなと言いながら、しらっとした顔で勝手に解釈する。
たいしたタマだ、この皇太子。
「卿らも何か質問は無いのか? せっかく民主共和制の政治家と会えたんだ。質問するといい」
皇太子が背後を振りかえって、官僚達を見た。
帝国でも改革派と呼ばれる者たちだ。その内の一人が軽く手を上げる。
「カール・ブラッケと申します。同盟では平民の権利がかなり認められているとお聞きしますが、どの程度まで認められているのでしょうか?」
「同盟においては、主権は国民にあります。国民主権の国ですから」
サンフォード議長が口を開いた。
こればかりは自信を持って言えるのだろう。
皇太子は聞きながら、なにやら考え込んでいる。
「国民主権か……珍しいものを主張しているよな。古い話で悪いが、二十世紀、二十一世紀において最大の覇権国であったアメリカでは、国民主権を主張していなかった。むしろ弱国の方が主張していたような気がするが、所変われば品変わるか」
こいつ……我々よりもかなり歴史や政治体制を研究している。
「よくご存知ですな」
「民主共和制といえども、強力な指導者を欲する。また必要でもある。それらの別名は独裁者だ。結局最後は誰かが、決断して人を動かさなければならない。ルドルフやアーレ・ハイネセンの様にな。そうでなければ物事が動かない。帝国も同盟も変わらんよ。看板が違うだけだ」
「それでも主権は国民にあります。この点が帝国とは違う」
「それで? この泥沼の戦争について、自由惑星同盟の国民の誰が責任を取ったのだ?」
なんだ。何が言いたい?
戦争の責任を、国民に求めるのか?
「それはいったいどういう事でしょうか?」
「主権者が責任を持たずして、誰が責任を取るというのだ。政治家が辞任や落選をすれば、責任を取ったというのは、他国の者にとって何の意味も無い。無責任極まりないな」
国民主権とは、責任は国民が自分で取れ、という事だと、皇太子が言った。
同盟側だけでなく、皇太子の背後にいるカール・ブラッケなどの官僚達も息を飲む。
「閣下、それは……」
「帝国であれば、皇帝に対して文句を言ってもいい。しかし国民が主権者なら政治の責任は、自分の責任だ。文句の言いどころがない」
「厳しいですな」
「一国の責任者とは、厳しい立場に置かれるという事だ。楽そうに見える者はいても、楽な責任者などおらん」
皇太子とはこういう男だったか。
帝国二百五十億の臣民を、背負う立場である事を自覚している。
そしてこちらにも、百五十億の同盟市民を背負ってこの場にいるのだろうと、突きつけていた。
その上で自然体だと? 笑えるジョークだと言っている。
だが、和平交渉はできる。できる相手だ。
席に着くことを嫌がってはいない。
ぎゅっと眼を瞑り、そして開いた。
大きく息を吸い、吐く。
「我々は主権者である国民から委任され、国家を運営する立場にあります。その上で帝国宰相閣下の前に立ちました。これより和平交渉を致したいと思います」
腹の底から声を出す。
どう、でる? 怒って席を立つか……。いや、立つまい。
「同盟側から攻めてこない限り、現時点において帝国に侵攻の意志は無い」
これだ。この言葉が聞きたかった。
帝国に侵攻の意志は無い。皇太子は同盟に攻め込んでこないと、明言した。
「ただし、同盟側から侵攻してきた場合、これを迎え撃ち、さらには同盟をも討伐する」
ふむ。攻撃してきた場合はやり返す、か。当然だろうな。
やられっぱなしではないだろう。
「そして図に乗るなよ」
皇太子の声に怖いものが篭った。
ぞくっと背筋に冷たい汗が流れる。ミシッと空気が軋む音が聞こえた。まるで部屋中の空気が凍ったみたいだ。
「そ、それは……どういう……意味でしょうか?」
歯が鳴る。口の中がからからに乾いた。
「例えば、ヴァンフリート。イゼルローン攻略のために基地を作っているだろう。そこに大量の兵器を用意して置くとかな。やがて攻めてくると分かっていながら、暢気に構えている気は無い」
まずい。軍備の意思を見せた時点で、破棄すると言っている。
このままでは同盟は動けない。
だが皇太子は、帝国側から侵攻の意志は無いと明言した。
そしてそれが破棄される場合は、同盟に責任があると宣言する気だ。
しかしこちらが動かない限り、本当に帝国が侵攻してくる事は無いだろう。
有言実行。
皇太子はそういう男だ。言った以上はそれを守る。
その点は信用できる。
あとはどれだけ、主戦派を抑えられるかだな。
■アレックス・キャゼルヌ■
同盟の政治家達が部屋から出てきた。
どの議員の顔も深刻そうな表情を浮かべている。和平交渉はうまく行かなかったのだろうか?
「先輩」
ヤンの声が潜められた。
まずいぞ。いつもは陽気なアッテンボローすら、緊張しているようだ。
「こちらへどうぞ」
部屋の中から女官らしい女性が現れ、俺たちを部屋へと誘導する。
部屋の中には皇太子とリッテンハイム候爵がいた。
二人は俺たちが部屋に入ると、さっと立ち上がり招き入れる。
「ようこそイゼルローンへ。卿らを歓迎する」
皇太子自らが招き入れるとは驚く。
アッテンボローのやつが緊張して、しゃちほこばった態度になっていた。
「恐縮です」
「いや、気にしなくていい。卿ら三人に会ってみたかった。会えて嬉しいと思う」
いったい俺たちの何が、皇太子の興味を惹いたのだろうか?
よく分からん。身に覚えが無い。ぶつけてみるか……。
「お会いできて光栄ですが、いったいどういう訳で、我々を招いたのでしょうか?」
皇太子が軽く肩を竦める。
口元には笑みが浮かび、少し困ったような表情になった。
「ただの好奇心だといったら、笑うかね」
「いえ、笑いはしません。ですが理由が分からないもので」
「いぜん卿の書いた組織運用論を読ませてもらった。中々興味深い内容だと感じたものでね。ぜひ会って見たいと考えたのだ」
そうか、あれか!!
しかし帝国の皇太子までが、読んでいたとは思っても見なかった。
皇太子はヤンの方に視線を向け、エル・ファシルの英雄だな、と確認するように問う。
「英雄と呼ばれる様な事は何もしていませんが……」
「謙遜だな。卿は二百万人もの民間人を救ったのだ。その功績は受け入れるといい。もっとも今の帝国軍が、民間人に暴行を振るうと思われてはいささか困るが」
「はい。兵士達の士気の高さには目を瞠る思いです」
ヤンの言うとおり、士気の高さは驚くべきものがある。
しかも規律正しい。
馬鹿なことを命じる貴族がいなくなったためだろうか?
「さて、ダスティー・アッテンボロー少佐。卿の父親の書いた記事を読ませてもらったが、中々に卓見だな」
「親父……いえ、父の書いたものをお読みなったのでしょうか?」
「ああ、読ませてもらった。そしていつもの様に、親父でいいだろう。私も父の事はくそ親父と言っているからな」
「宰相閣下の父親? ……フリードリヒ四世……陛下?」
皇太子が皇帝の事をくそ親父と呼んでる?
まさか……。
リッテンハイム候に目をやると、候は軽く頷いた。
本当なのかっ!!
いや、嘘を言っても仕方ないだろうが、それにしても本当なのか。
リッテンハイム候が、困ったように額に手をやる仕草を見せた。
「……一つフォローしておくと、決して仲が悪いというわけではない。ただ……皇帝陛下は悪戯好きでね」
そこでまた、リッテンハイム候がため息を吐いた。
「リッテンハイム候、卿も知っているだろう? あのお達者くらぶの悪巧みを」
「まあ、知ってはいますが……」
「だいたい私に、後宮を持たせたのは、あのくそ親父の悪巧みだ」
後宮が皇帝の悪巧み?
どういう事だ? いったい帝国内では何が起こっているんだ?
「帝国では秘密でもなんでもないんだが……皇帝陛下が皇太子殿下を、ぎゃふんと言わせたいとお考えになって、あれやこれやと策を弄しておられるのだ。無駄なのだがね」
「だいたいこどもか、あの親父は? お菓子を見せびらかすように食べてどうする?」
「ありましたなー。あの時は我々の方が呆気に取られたものです」
我々も呆気に取られていると、皇太子が「いや、失敬」といって態度を改めた。
「まあ事ほど左様に、困った親父というものは存在するものだ。アッテンボロー少佐にはご理解いただけるだろう」
「分かります。よぉ~く、分かります」
アッテンボローの声にも、実感が篭っていた。
その後は皇太子の話題に笑ってしまうような場面も見られた。我々との会談は非公式なもののせいか、気さくな面を見せているようだ。
これも二面性というものか……。
「しかし改革というのは、むずかしいものだ」
皇太子が呟くように言う。
改革の主導者がこの様に言うとは、よほど帝国は膿が溜まっていたのか?
やはり門閥貴族の反発が大きいのだろうか?
「と言いますと?」
「良かれと思ったことでも、よくよく考えると、それを行った際に起きるであろう問題が浮上してくる」
「良かれと思ったことですか」
なんだ、貴族との対立ではないのか?
「ああ、改革当初は平民達の権利を拡大と効率化を目指そうと思っていたのだが、効率化は大量の失業者を生み出すことにもつながる。ヤン大佐。大佐は後家殺しというものを知っているか?」
「後家殺しですか?」
話を振られたヤンが首を捻っている。
俺も初めて聞く言葉だ。そっち系の話ではないはずだ。
「ああ、脱穀における効率化の為の機械でな。正式にはせんばこぎと言うが、それが開発されて以来、人力が必要とされなくなった。それまでは力ではなく、根気を必要とされる作業であったために、女性、特に後家さん、つまり夫のいない女性が、収入を得るために従事していたが、仕事を失ってしまったのだ。誰が悪いという事ではないが、効率化には良い面も悪い面もあるという話だ」
「改革も同じですか?」
「そうだな。貴族と平民という二元論だけでは、計りきれんものがある」
帝国という巨大な国家を動かすのだ。
どこかで泣く者もでてくるだろう。それでもやらねばならんというのが辛いところだ。と皇太子が話す。
改革というものは綺麗事ではない。という事が伝わってくる。
それにしても皇太子はよく勉強していた。
俺と組織論について話し、ヤンとは歴史の話。アッテンボローと身内の話で盛り上げる。
帝国の兵士達が心酔するはずだ。話をしていると引き込まれるような気がしてくる。
■オーディン 宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■
「やっぱり、ついていくべきだった」
宰相閣下がイゼルローンに向かっていらい、ラインハルト様がぷりぷりと怒っている。
「特に、従卒にクラウス・ラヴェンデルがついているんだぞ。あれはやばい。やつはまずいんだ」
まー彼もラインハルト様と同類ですからねー。
なにがとはあえて申しませんが……。
「従卒なら俺がやってやるのにっ!!」
「女装でですかー?」
「キルヒアイス~」
わわっ、ラインハルト様が怒って追いかけてきた。
それにしても簒奪はどうしたんでしょうかねー。
「だって、それ言ってないと、皇太子に負けそうなんだもん」
あっ、ラインハルト様が拗ねた。
後書き
12月です。
12月にはクリスマスがあります。
「今年も一人なのか」と押し寄せてくる焦燥感。
とはいえ、予定は入っており。
友人達と三人で素敵なレストランは却下。
鍋を食べに行きます。
空しいというなー。
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