強迫観念
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第六章
「どうせ来年からまた壮絶に一点差負けが続いてここぞって時に負けるのに」
「来年も日本一だよ」
「阪神連覇したことないでしょ、二リーグになってからは」
「これからするんだよ、それこそ東部戦線のソ連軍の反撃みたいにな」
「序盤みたいに潰走の嵐とか?」
「ならないよ、十連覇して未曾有の黄金時代を築くんだよ」
「来年の今頃そう言ってればいいけれど」
大ジョッキを片手にしピーナツと柿の種を前にして言い切る兄にクールに返す。
「まあ日本一にはなったからね」
「本当によかったよ」
「そのことはおめでとうって言っておくわ」
ビールで顔を真っ赤にしている兄に言った、彼はこの日から三日三晩お祝いで飲み続けた、学校の時以外は。
その兄についてだ、千佳は自分のクラスで呆れ返った顔で友達に言った。
「どうせ来年燃え尽きて打線が打たなくてね」
「優勝できないっていうのね」
「阪神ってピッチャーはいいけれど打線は駄目じゃない」
大抵のシーズンではそうだ、阪神は殆どのシーズンでピッチャーはいい。だが打線は僅かな例外を除いて、なのだ。
「それでどうしてなのよ」
「連覇出来るかっていうのね」
「全く、何をしたら勝つとかじゃないのよ」
寿のことを話し続ける。
「阪神はね」
「勝てないっていうのね」
「無理に決まってるじゃない」
まさに何を言っているんだという口調だった。
「阪神なのよ」
「厳しいわね」
「厳しいかしら」
「ええ、阪神にはね」
「あんな極端な願掛けとか一日何時間勉強しなかったら勝てないとか非科学的なのよ」
兄のそうした行動を辛辣に批判していく。
「全く、阪神教に染まるのもいい加減にして欲しいわね」
こう言いながらだ、千佳は首にかけてあるあるものに手をやった。友達はそれを見て彼女に問うた。
「何それ」
「ああ、これ?」
「ええ、何なのよ」
「何ってお守りよ」
「お守りなの」
「厳島神社のね」
広島の厳島にある神社だ、海の中から浮かび上がる幻想的な神社である。
「そこのお守りだけれど」
「何で厳島なの?」
「だって。広島だから」
千佳は目を瞬かせながら彼女に答えた。
「だからよ」
「広島だからって」
「カープの守り神じゃない、厳島神社は」
「そうだったの?」
「そうよ、確か毎年お参りもしてるし」
「それで厳島のお守りをなの」
「せめて最下位にならない様にね」
千佳は寿よりかなり後ろ向きではあった、だがそれでも言うのだった。
「いつも厳島神社の神様にお願いしてるの。親戚もあっちにいるから毎年お盆に言ってお参りしてお守りも買ってるの」
「そうなの」
「そう、出来ればまた浩二さんや衣笠さんみたいな方が出て来て」
敬称であった、二人共彼女が生まれるよりかなり前の選手達であるが。
「黄金時代再びってね」
「なって欲しいのね」
「そのこともお願いしてるの、カープ勝って欲しいわよね」
千佳は無意識のうちに友達に話す、頼むといった顔で。
「そう思うのよ」
「気持ちはわかるわ」
そして、だと。友達はここからのことあえて言わなかった。
似てるわね、この言葉はだ。
それでだ、こう千佳に言ったのだった。
「カープも出来ればね」
「胴上げみたいわね、生きてるうちに」
「それで願掛けなのね」
「そうしてるの、毎年厳島神社の神様にね」
千佳もそうしているのだった、自分では気付いていないが彼女も同じだった、それで今も着ている赤い上着の袖のところを見て言った。
「この赤い上着もね」
「カープね」
「しゃもじも持ってるし、願掛けはしてるんだけれどね」
困った苦笑いも見せる、千佳も何かと大変である、彼女の兄と同じく。友達もそれは見ているがあえて言わないで温かい目で見守るのだった、ささやかだが必死の願掛けを。
強迫観念 完
2013・6・24
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