ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
EVIL 悪鬼羅刹
のっぺりとした壁が一部分、まるで戦車砲をゼロ距離で喰らったかのように吹き飛んでいて、そこから人工的ではない陽の光が差し込んでいた。レンとカグラはユイの先導で、そこに転がり込むように飛び込む。
途端に網膜を焼く光と、鼓膜を叩く葉のさざめき。肌を撫でていくのは、超高空を通る独特な気流の流れだろうか。
「出た!外周………」
感嘆と、ほんの少しの畏怖を持ったレンの声が響いた。
その声に応える者はいない。レン以外の者は全員、そのあまりのスケールに声が出なかったのだ。
壁のように屹立している中央の幹から延びる、巨大な無数の枝。それにたわわに萌え出でている葉の数々。
その奥に今自分達が立っている、小道が刻まれた細い枝が延々と連なっている様は、まるで自分達が小さくなって樹の上に取り残されているような気分になる。
その神秘的な光景に、しばし呆けたように立ち尽くしていた一行はハッと我に返った。
「ゆ、ユイちゃん!反応は!?」
「あ、はい!近いです!すぐそこ!」
そう言い、彼女は翅を震わせて全力飛行し始めた。
走る小道の先────生い茂った巨大な葉の群れが固まるその先には、きらりと黄金色に輝く何かがあった。
二ヶ月前、初めてレンがこの場を訪れた時、カグラの力を借りて天高く飛んで見つけた檻。天空の巨大な枝にぶら下がった、純金製の巨大な鳥籠。
曲がりくねり、うねり狂った枝葉を越えた先に、それがあった。
初めに眼に飛び込んできたのは、立ち尽くしている黒衣の闇妖精。そして、それを愛しげに見つめる少女。
女性的には標準な背丈を覆い尽くすほどに長く伸びた綺麗な栗色の髪、整ったプロポーションを包むのは最低限の面積くらいしかない真っ白なワンピース。ふくよかな胸元にあしらった血のような紅色のリボンが眼を引いた。
最後に視認したのは、少し離れたテーブルに半ば沈み込むように座り込んでいる人影だった。
全体的に、相当に小柄だ。
俯いた顔に掛かる髪は皆、老人の白髪のような濁った白ではなく、どこまでも透き通るかのごとき純白。
所在なさげに太ももの上に投げ出されたように置かれている腕は、触れれば折れそうなくらいに細く、そして伝統のある職人が創り出したかのように美しかった。
肌はきめ細かいアラバスタが振られたように輝いていて、その色は単に不健康ではなく、健康的な白さを保っている。
前髪に隠され、閉ざされた目蓋の奥にあるのは、金と銀の異なる二つの色を持つ瞳。
「………………………………………………………………………………………………ぁ」
マイ、と声にならない声が響いた。
その声はこれまでの彼の声にあったような、どこか狂熱的な響きが消えていた。本来の、年相応で無邪気な調べが空気を震わせた。
黒くもなく、白くもなく、無色透明な声。
その声が空気に溶け消える前に、ハッと弾かれたように真っ白な少女が顔を上げた。
その顔に浮かんだのは、まず歓喜。
溢れんばかりの喜びの感情が、堰が切れたように爆発する。
しかし、次いでその感情を塗り潰すように現れたのは、《絶望》だった。
だが、レンはその感情を認識できない。
大粒の涙が視界をぼやけさせ、焦点が全く定かにならなかった。頬を熱い塊が幾つも流れ落ち、あごからポタポタと滴り落ちた。落ちた水滴が地面に丸い水溜りを作る。
ふらふら、と頼りなく両腕が上げられる。
つぅーっ、と半開きになっていた口の端から唾液が零れ落ちる。
唾液と涙が混ざり合って、その一部が漆黒のマフラーを濡らしていたが、そのことをもはや紅衣の少年はは意識していなかった。
意識し、認識していなかった。
ただただ、目の前の少女のみを視認する。
だが、足を踏み出す前に前に突き出された細い腕があった。
日本古来の、袖口が広い白衣を羽織る手。それはレンの進路を塞ぐように、制すように突き出されていた。
突き出そうとしていた一歩を寸前のところで引き戻し、ジロリと言うか半ば射殺すほどの視線を向ける。
「…………なに?」
地の底から響いてくるほどの声に、しかしカグラは冷静で怜悧な刃のような返答を返す。突き出しているもう片方の手は、今にも突撃しそうなユイの手を握って押し留めていた。
「レン、しっかりして下さい。アスナの様子がおかしいです」
その声に、やっとレンの頭は現実へと帰還する。
異常な熱を放出していた脳の冷房が今更のように自らの役割を思い出してフル回転し始めた。
じゅうぅと音がしそうな勢いで脳内が静けさを取り戻していく。
真っ赤に白熱していた視界が色を取り戻していく。
その眼で、色を取り戻したその眼で、《冥王》の成れの果ての少年は改めて状況を見た。
座ったままこちらを絶望的な眼で見るマイ、その向こうでぼんやりという言葉が似合うくらいに立ち尽くしているキリト、そしてそんな彼をさながら聖母のごとき表情で見つめるアスナがふと顔を上げて────
眼が合った。
ゾグン────と。
背筋に冷水を直接ぶっかけられたような悪寒が走った。
意識を集中し、冷静になったからこそ、分かった。
この空間には、今自分達が存在しているこの空間全体に、殺気が充満していた。
たった今、カグラが忠告してくれるまでに全くと言っていいほど気が付かなかった。
空間のディティールそのものに干渉するほどの、常人の神経ならば立っているだけでも上出来レベルの人外の《気》。
注意でなく、殺気。
注意でなく、絶気。
その出所は、突っ立ったままの《黒の剣士》キリトではなく、こちらを必死な表情で見るマイでもなかった。
彼らの中心にいる、血盟騎士団副団長《閃光》アスナ。
だがレンには分かった。
自らの記憶だと、彼女の瞳の色は確か綺麗なはしばみ色だったはずだ。しかし、今レンの網膜に映る目の前の生物の瞳の色。それは毒々しい黄色になっていた。
「あなたは…………、誰……?」
口を突いて出た、咄嗟の質問。
それは計算して出されたものではなくレン本心の、言わばこの場にいる全員が言いたかった言葉でもあった。
しかし、それに対しての回答は言葉ではなく、笑みだった。
普段の彼女ならば、たとえ天地がひっくり返っても浮かべなかった、嗤いの笑み。
人を見下し
人を嘲笑し
人を蔑む
そんな笑み。
陽光の中、アスナの姿をしたモノの瞳が毒々しく輝く。
『なぁんだ、つまらない。気付いちゃったのか』
その桜色の唇の間から漏れ出たのは、彼女の口調とは似ても似つかない少年のような言葉だった。しかし、声は少年らしからない。何かのフィルター越しに喋っているかのような、キンキンとした金属質な音声である。
その声に、カグラに首根っこを引っつかまれていたユイの背がびくりと震える。
それを腕力だけで己の背後、自分を盾とさせるような位置に放り込んでカグラは口を開いた。
「あなたはアスナに憑いている、と予想したのですが、それは合っていますか?」
『うん、鋭いね。それで合ってるよ。僕の名は《狂楽》。どうぞよろしくね、勇敢な人達』
どうぞよろしく、とは言っているが、その実質歩み寄りの一切を撥ね退けるような響きがその声にはあった。
顔に浮かべた、張り付いたような、引き攣ったような笑みには、やはりどこか邪悪というか悪い意味での無邪気さが混同していた。混同し、混濁していた。
ぐちゃぐちゃに。
どろどろに。
じゅるじゅるに。
混ぜ合わさっていた。
それに、沸点寸前といった体のレンは軋んだ声を発する。
「アスナねーちゃんに、何をした」
『あっはは!怒ってる?怒ってる?でもねぇ、この程度で怒ってたら、僕がこいつにしたこと知ったらどうなるんだろうねぇ?知りたいなぁ。知ってみたいなぁ~!』
ギリ、とこぶしが砕けんばかりに握り締められた。
《冥王》と呼ばれた少年の周囲の空気の質が変わった。背後の空間が陽炎のようにぐにゃりと曲がり、心なしか身体を押す重力の大きさすらも二倍に増えたようだった。
殺ス。
そう言いかけたレンを制したのは、またしてもカグラだった。
「その前に一つ、お頼み申し上げてもよろしいですか?」
「あぁ?頼みぃ?」
「はい。あなたが言う《勇敢な人達》には、私達はあなたの出した試練を潜り抜けてきたということですよね。ならば、一つほど褒美という形でお願いをさせて貰ってもよろしいでしょうか」
そう言って、カグラは腰を折る。しかし、腰を折ったといっても決して九十度ではない。ほんの数センチ、軽い目礼よりもなお小さいくらいに動かした。急所である首を、この極限的な状況の中で敵に差し出すほどカグラは間抜けではない。
試練?とレンは首をひねる。そんな物あっただろうか。
しかし、次の瞬間レンは思い出した。
天空から降ってきたカード型オブジェクト、システム管理者用のIDコード。
あれを落としたのはマイかアスナだと思っていたが、目の前のモノだったならば話は百八十度変わってくる。
カグラはあえて《試練》という言葉を使ったが、レンからしてみればそれは悪意百パーセントの物でしかない。
『んー、一応中身だけ聞いとこうか』
「ありがとうございます。私どもからの頼み。それは、そこにいる少女の身柄をこちらに引き渡してもらえないでしょうか」
もらえないでしょうか、とカグラは言うが、言葉を発したが、その言葉はこれ以上ないくらいに命令形であった。頭ごなしに、マイを返せと命令していた。
だが、当の少女は首を振るう。
その時、レンはやっと先程から彼女が口パクで叫んでいる内容が判った。
────逃げて────
『嫌だね、ばぁーか』
ドン!!!と空中の空気の質全てが反転する。
まるでそれ自体が質量を持っているかのように、身体にかかる重力が二倍になったかのように、レンとカグラの足が地面に固定された。飛んでいたユイに関しては、悲鳴とともに地面に打ち付けられた。
ギシギシ、と体中の関節が悲鳴を上げているのが分かる。
擦り切れた脳はのた打ち回り、頭蓋骨が砕け散らんばかりの痛みを発する。
「ご………ぉッ……」
「ぎ…ぁ…………っ」
「レン!カグラ!ユイ!」
『あっはははぁーッッ!弱っちいねぇ。それとも、逆に強いのかなぁ?僕じゃぁ、そんなに弱かったら耐え切れなくて自殺しちゃうよ』
「………ふ……ざっ…………」
怒声を糧として、立ち上がろうとするレンの頭を狂楽と名乗ったモノは、アスナの物だった右足で無造作に蹴り飛ばした。
鈍い音がし、小柄な身体が転々と転がっていく。それを追いかけるように、マイの悲鳴が空気の層を叩いた。
檻の格子に激突し、それを軽く凹ませながら停止した少年の口から、ごぷっという音とともに真紅の血の塊を吐き出した。
活動限界。
『滑稽だねぇ、愛する姫を助けに来たのに、その目の前で力尽きちゃうなんてさぁ!』
耳障りな声で、金属質な音で、狂楽という名の《鬼》は嗤う。
笑うとは意味が全く違う笑みを浮かべて、嗤う。
それを眺めながらも、殺したくなっていながらも、レンは動くことができなかった。
四肢の先っぽから、まるで氷風呂の中に突っ込まれているかのような冷気が這い登ってくる。這い登って、這い寄って来る。
ゾゾゾ、と。
ズズズ、と。
寄って来る。
だがレンの脳は、もはやそれらのことについて、思考するのを放棄していた。
手足が冷たくなっていくのは分かる。
それが不快な感覚である事も分かる。
しかし、それをどうやって解決すればいいのかわからない。
光の失った目で、焔を宿さなくなった瞳で、レンは投げ出された己の四肢を眺めていた。
時折、指先が芋虫のようにもぞもぞ動くのは自分の意思ではない。単に、重大な痛みへの痙攣、身体のショック症状の一つだろう。
しかし、その痛みさえも、今のレンには知覚できない。
認識できない。
意識できない、
ぼやけた視界の向こうで、《鬼》が非常にゆっくりと、悠然とした足取りでこちらに近づいてきているのが見える。
その奥で、一人の少女と、一人の女性が何かを叫んでいるが、その声はレンの鼓膜には響いても、脳には届いてこない。
そんな時だった。
『…………オイ』
心の奥底、厳重に封印されたはずの扉から声が聞こえてきたのは。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「さ、ALOもドンドン佳境に入ってきましたね」
なべさん「なんか俺の書くボスキャラって、こんなのばっかだな」
レン「今さらそれを言うか」
なべさん「大抵、エグい、グロい、悪どいの三拍子だよな」
レン「ヒスクリのおじさんもそーだったしね」
なべさん「う~ん、かっけぇ悪役とか書きたいのに」
レン「うん、それならもっと根幹のとこから治そうな」
なべさん「はい、自作キャラ、感想、コラボ立候補を送ってきてください♪」
──To be continued──
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