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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
  サスケ

 その言葉を言い終えると同時にドスは右腕を振り上げた。右腕に取り付けたそれに、かん、と音を立ててクナイが弾かれる。

「サスケサスケるせーんだよ、野郎の癖に気持ちわりィな!」

 駆け出したのはクナイを構えたマナだ。耳からだらだら血を流しながら走っている。ふらふらとその軌道が右に左に揺れていたが、それでも彼女が目指すはドスのところだ。

「ばかな、君は僕の攻撃を受けて……」
「てめえなんか食べ物もってんだろ! いいにおいしてんだよくっそやろう!」

 クナイを投げるが、しかし彼女は食べ物への執念でなんとか身動きできるとは言え、バランス感覚は依然崩れたままだ。投げられたクナイは目標を大きく逸れてザクの足元に突き刺さる。

「へっ、黙ってろ雑魚が!」

 ザクの掌から発される風に小柄な体が吹き飛ぶ。慌てて振り返ったサクラの視界の先、一人の少女が割り込んできた。両腕を広げた少女はマナの小柄な体を受け止めて、音忍達を睨みつけた。やがて少女の視線がリーへ向き、そしてその顔が心配そうな色を浮かべる。

「リー!」
「――気に入らないな」

 テンテンに抱きしめられたまま、マナは頭上を見上げる。腕組みをしたネジが凛とした風情でそこに立っていた。

「マイナーの音忍風情が、そんな二線級をいじめて勝利者気取りか!」

 倒れたリーを見下ろして、「ヘマしたな」と冷ややかに呟く。ザクが更に現れた木ノ葉の忍びどもに悪態を零す。ネジは音忍どもに視線を戻した。冷たい怒りがネジの白い瞳を燃やしているのを見てとって、テンテンはゆっくりとマナを地面に下ろすと、クナイを掴んだ。

「そこに倒れているおかっぱ君は、俺たちのチームなんだが――好き勝手やってくれたなァ!」

 発動された白眼の付近に浮んだ神経か血管か、もしくは筋肉的なもの(それが何なのかはテンテンに知りえることではなかった)は、ネジの抑えられた激情を示しているようにも思えた。普段はリーへの関心を余り見せないネジだが、ちゃんとリーのことをチームメイトとして想っているんだと再確認してテンテンは思わず微笑を零した。
 そんなテンテンの微笑を戦闘へ対する自信と余裕と読み取った音忍達は、ただでさえ初めて見る白眼の迫力に驚いているのに、テンテンの顔を綻ばせる姿にまだ何かあるのかと警戒と緊張の色を更に強めた。テンテンは別のことを考えていただけなのだが。

「これ以上やるなら、――全力で行く」

 そう言って殺気を放ちだしたネジの目が、唐突に驚きに見開かれた。その殺気が一瞬にして消え去り、白い視線は一点に注がれている。そんなネジを不審に思ったのか、「……どうしたの、ネジ?」とテンテンがネジを見上げた。

「気に入らないのなら、かっこつけてないでここに降りてきたらいい!」
「いや、どうやらその必要はないようだ」

 ドスの言葉に、ネジは余裕しゃくしゃくと言わんばかりの笑みを歪めた口元に横たえる。
 ドスは逃げるつもりですか、と言葉を発しかけて口を噤んだ。視線の先、横たわるサスケの体から深い紫の禍々しいチャクラがあふれ出していた。――呪印だ、と彼は瞬時に悟る。
 天に向かって伸びる紫のチャクラを纏って、サスケが立ち上がった。

「サスケくん! 目が覚めたの、――っ!?」

 明るい声で振り返ったサクラの顔が凍りつく。禍々しいチャクラを纏ったサスケの肌は影に覆われよく見えないものの、僅かに見える肌は赤く爛れて見える。一歩踏み出して、サスケは魂を震わせる声で言った。

「サクラ」

 呼ばれたその名と共にチャクラが僅かながら収まり、サスケの全体がよく見えるようになった。赤く爛れているように見えたのは、赤く燃えながら地虫のようにサスケの左半身の皮膚を這っていた呪印だ。動きを止めた呪印は黒く変色して皮膚にへばり付いている。開かれた瞳は鮮血の写輪眼で、サクラにはまるで、サスケが何かの悪霊に取り付かれてしまったように思われた。

「……お前をそんなにした奴は、誰だ……?」

 +

 サクラは答えるよりも先に、サスケの体に目が行っていた。

「サスケくん、その体……!」

 言われたサスケは左手を持ち上げて、そしてその手を這う呪印を暫し写輪眼で眺めていた。そしてサスケはなんでもないことのように、「心配ない」と言った。

「それどころか、力がどんどん溢れてくる。――今は気分がいい」

 その拳が握り締められた。その顔に僅かながら喜悦に近い何かが浮ぶ。あいつがくれたんだ、とサスケは言った。あいつ、という言葉が指す人を脳裏に思い浮かべて、サクラは「え?」と目を見開く。

「俺はようやく理解した。俺は復讐者だ。例え悪魔に身を委ねようとも、力を手に入れなきゃいけない道にいる」

 サクラは恐ろしかった。サスケがサスケじゃなくなる気がしたのだ。自分の好きなサスケが、自分から遠のいていく気がした。そしてサスケは本当に大蛇丸という悪霊につかれて、道を踏み外しかけているんではないかと、そう思った。

「――サクラ、言え! お前を傷付けたのはどいつだ!」

 サクラは言ってはいけないようが気がした。あんなに自分やリー、はじめにマナ、それにいのを傷付けてきた奴だとしても、それでも口にはできなかった。それほどにサスケが纏うチャクラは禍々しかったのだ。

「俺だよ!」

 しかしサクラの代わりに、ザクが自ら名乗り出る。サスケの写輪眼が激しい殺気を以ってザクを睨みつけた。その瞳に宿るのはネジの冷たい怒りとは異なり、激しく燃え上がるような怒りだ。それでも臆せずにザクは余裕の笑みを見せる。

「いのー! そのカッコじゃ巻き添えだぞ! 一度体に戻れーっ! チョウジもこっちこい、隠れんぞ!」

 いのの体共々叢に隠れこんだシカマルが叫んだ。チョウジがその傍に逃げ込み、いのが術を解いて自分の体に戻ってくる。とりあえずはチームメイトの安全を確保できたシカマルはほっとしたように笑った。
 呪印が紅く燃えあがった。赤く爛れたような色合いになった呪印はまた地虫のようにサスケの肌を這って、左半身から右半身へと移っていく。そのあまりのチャクラの量とその禍々しさ、そして呪印を受けても生き残れるその精神力の強さにドスは慄いた。

「ドス! こんな死に損ないにびびるこたぁねぇ!」
「よせザク! わからないのか!?」

 焦燥に満ちたドスの声もザクは聞き入れない。

「――こいつら全員、一網打尽だ! 一気に片付けてやる」

 ザクの掌が、呪印を這わせたサスケ、地面に座り込んだサクラ、更に横たわるナルトに向けられる。

「斬空極波!」

 斬空波より更に上を行く、空気圧を使用した術だ。あまりの激しい風にドスすら体が引きずられていかれるような感覚に陥る。これを正面から受けたら一溜まりもないはずだ。
 風がやっと止んだ。それなりにチャクラを使うこの技を使用して、ザクの息も乱れている。風は進路にそって道を大きく抉り、そして七班の姿は見当たらない。ザクは嘲るような笑みを浮かべる。所詮はこのくらいか。

「へっ、バラバラに吹っ飛んだか」
「――誰が」
「!?」

 背後から突如として聞えたその声に振り返る暇もなく、自分の背後に立っていたサスケの左腕が振り下ろされる。首筋に直撃してきたその腕に叩き飛ばされたザクはドスの足元へ吹っ飛んだ。

「ザク!」

 サスケは斬空極波が放たれる一瞬前に、既にサクラとナルトの二人を抱えてザクの背後に回りこんでいたらしい。なんてスピードだ、とドスは慄きながらサスケを見つめる。そしてサスケの手が素早く印を結び、そして火遁・鳳仙火の術が放たれる。火の固まりが数個飛んできて、ザクは空気圧で火を吹き飛ばすも、しかしその中には手裏剣が隠されていた。

「ザク、下だ!」
「!」

 飛来してくる手裏剣がザクの体を掠っていく中、ドスが叫ぶ。下方に視線を寄せれば、自分の飛ばした手裏剣を避けるように体を屈めて突進してきたらしいサスケが瞬時に自分の足元から飛び上がり、ザクの両腕を掴んで、右足でその背中を押さえつけた。
 そして喜悦を滲ませたおぞましい笑みがサスケも口元に浮ぶ。

「両腕が自慢らしいな、――お前」
「っ、やめろ……!」

 サスケの意図を理解したザクの目が恐怖に見開かれる。そして聴くも恐ろしい音が響き、ザクは地面に倒れた。苦悶の呻きをあげるザクの両腕は動かない。よければ関節を外された、そして悪ければ骨折だろう。どちらにせよザクはもう戦えない。
 
「残るはお前だけだな」

 倒れているキンや痛みに気絶したザクには目もくれず、サスケはドスを振り返った。ひどく歪んだ、残酷な微笑だった。

「……お前はもっと愉しませてくれよ」

 ドスの体が小刻みに震える。全身の血を凍らす戦慄に、ドスは恐怖に目を見開く。
 ――こんなの……
 すたすたとサスケは進んでいく。そのおぞましい姿は自分の知っていたあのサスケとは程遠い。
 ――こんなの……!
 照れているサスケ、笑っているサスケ、「うざいよ」とサクラに言って来たサスケ、傷だらけになったサスケ、自分を必死で救ってくれたサスケ。思い浮かぶサスケのどれにも彼の姿は当てはまらない。
 ――サスケくんじゃない!
 大蛇丸が前に増して憎い。サスケくんをこんなに苦しめて、サスケくんに呪印をつけて、そしてサスケくんさえも変えてしまった。ねえサスケくんが貴方に何したっていうの。
 涙が頬を伝った。ゆっくりとドスへ向かっていくサスケの後姿に、サクラは必死で飛びついた。

「やめてぇ!」
 
 サスケをぎゅっと抱きしめて、「やめて」、ともう一度繰り返した。サスケが振り返る。鮮血の色の写輪眼の鋭い視線と自分の視線がぶつかる。涙はとめどなく溢れていたけれども、それでもサクラは必死にサスケを見返した。サスケを抱く腕は震えていても、でも彼を放したりはしない。お願い、とサクラは懇願する。

「やめて」

 そして、サスケの肌を這っていた呪印が赤く燃え上がって、ずるずるとサスケの首の付け根へ戻っていく。写輪眼も解かれ、そしてそれと共に力を失ったのか、がくんとサスケは尻餅をついた。荒い息をつくサスケの傍にしゃがみ、「サスケくん?」とサクラはその顔を覗き込み、その背に手を置く。

「――君は強い」

 そしてドスが差し出してきたのは地の巻き物だ。

「サスケくん。今の君は、僕達では到底倒せない。――これは手打ち料。……ここから、引かせてください。……虫が良すぎるようですが、僕達にも調べることが出来ました」

 ドスは巻き物を地面に置き、気絶したザクの腕を自分の肩に回して支える。そして左腕でキンを抱えあげると、彼は言った。

「その代わり、約束しましょう。――今回の試験で次に貴方と戦う機会があれば、僕達は逃げも隠れもしない」

 去っていくドスをサクラは呼び止め、大蛇丸とは何なのか、サスケに何をしたのか、何故サスケなのかを問いかけたが、しかしドスの答えは彼にもわからない、ということだけだ。
 サスケの体が震えている。手を握ることすら出来ないくらいに震えていた。先ほどの正気を失っていた自分に、自分でも驚いているようだ。 

「あのねサスケくん」

 宥めるようにその背に手を置いて、サクラは地の巻き物を取り出した。マナからもらったものだ。

「!? お前、自分で……?」
「ううん、マナ達はもう巻き物二つ揃えてて、それで内一つをくれたの。……だから、あの巻き物はマナに渡してもいい……かな。ご、ごめんね、サスケくんが勝ちとったものなのに……」

 サスケに意見することは少し気が引けるのか躊躇いがちなサクラに、サスケは視線をマナに移す。そして短く一言、わかった、と呟いた。掌を摩る。深呼吸してなんとか震えを押さえつけ、巻き物をもって立ち上がる。

「おい、マナ。この巻き物、やるよ」

 それを抱えられたマナの腹の上に投げる。マナがぼんやりとした目でそれを見つめ、持ち上げるなり、ホルスターから天の巻き物を取り出した。

「じゃ……やる」
「いらねえよ。お前がもってろ」
 
 その手を押し返すと、マナはそれを素直に受け取った。サスケの手がマナの手に触れた瞬間、一瞬マナは慄くように手を震わせる。
 けれど次の瞬間サスケには、それが自分の手の震えなのかマナの震えなのか、わからなくなってきていた。
 
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