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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第8話 「…………ここまでアホだったとは」

 
前書き
城や関などの拠点に対して、策が無効ってのはどうかと思う。
戦術はともかく戦略での策ならあるだろうに。

まあ、この策って言葉が戦術だけを指すならそのとおりだろうけど。
攻城戦は、攻撃側に圧倒的な攻撃力がない限り、調略以外では兵力での力攻めしかない。
日本の戦国時代以降は、鉄砲や大砲みたいな兵器が、それを根底から覆したけどね。 

 




  ―― 孫策 side 許昌近郊 ――




 あ~あ……退屈。
 全く、いつまでくだらない話を続けるのかしら。

 総大将なんて、さっさと自分で『やりますわ』の一言で済むでしょうに。
 それをネチネチネチネチ、くだらない話で先延ばしにして、誰かに推薦させようだなんて……

 さすがに『あの』袁術の従姉妹だけのことはあるわ。
 まったく、どうしようもない馬鹿。

 こうしている間に、董卓陣営は着々と兵力をかき集めて防備を固くしているはず。

 ただでさえ袁術が南からの進軍を拒んだせいで、東か北の関を抜ける羽目になったのに。
 ここからの行軍日数と手間を考えると……

 やはり東の関からになるのかしら。

 あそこは虎牢関があるのよね…………かなりきつい戦いになりそうな予感がする。

 それもこれも全部、あの袁術の馬鹿のせい。

 まったく……
 あーあ。

 こんな時に盾二がいてくれたらなぁ……

 きっと彼のことだから――

『俺が先陣で突っ込む! 雪蓮は俺の後ろについて来い!』

 なんて…………うふ、うふふふふふふ!
 で、二人で狂おしいほどに暴れに暴れて!
 その興奮のまま、閨で激しく…………

 きゃー、もう、キャー、キャー!

「おい……伯符様の病気がまた出たぞ」
「二年近く前から、一人になるといつもこれだよ。俺はもう慣れた」

 あ…………

 はっと気づいたわたしが、ちらりと振り返る。
 そこにいた兵士の二人は、わたしの視線を避けるように後ろを向いた。

 …………またやっちゃった。

 やっぱり欲求不満なのかなー?
 最近じゃ冥琳も忙しくて閨に来てくれないし。

 賊の討伐で発散したくても、若手の訓練だーって、冥琳が許してくれない。
 そりゃ、蓮華とか思春とか明命とかに、実戦経験積ませるのは大事よ?

 でも、たまにはわたしが率いて暴れたいじゃない?
 だから今回、袁術がいない間に蓮華たちが挙兵の兵集めをしているこの時こそ、その好機だと思っていたのに。
 あの袁紹の馬鹿のせいで、いつまでたっても戦えない。
 
 そりゃ、長引いてくれたほうが、蓮華たちが動きやすくなるって利点もあるけど……

「あーもう! うちだけで関に突撃しちゃおうかしら?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ、お前は」

 あら?
 いつの間にか後ろに冥琳が立っている。

「今日はずいぶん早いじゃない……袁紹がとうとう諦めて『自分でやるー』とか言ったの?」
「言うわけがないだろう…………だが、総大将は袁紹と決まった」
「え? じゃあ、誰かがしびれを切らして推挙しちゃったの? かわいそー」

 じゃあ、捨て駒決定じゃない。
 一体、誰が?

 ……可能性があるとすれば、曹操かしら?

「まあ、確かに推挙で決まった。袁紹を推挙したのは……劉表だ」

 !?

「劉表!? 母様の仇じゃない! すぐに……」
「口を慎め、雪蓮! 堅様は劉表を恨んではいなかった! 実質の仇は黄祖であり、それを利用して呉の地を奪った袁術だろう!?」
「なによ、冥琳! その黄祖は劉表の部下だったじゃない! 間接的にとはいえ、劉表も仇よ!」
「……それについては堅様にも非はある。袁術の甘言に踊らされたのだ」
「冥琳!」

 なんでそんなこと言うのよ!

「お前も知っているはずだ! 堅様を豫州刺史に推挙したのは、劉表だった! 堅様は、それを知らずに袁術に騙されて、着任したばかりの劉表のいる荊州に侵攻してしまったのだ! 全ては堅様の土地を奪おうとした袁術のせいだ!」
「でも……でも……」
「もう何度も話しあったはずだぞ、雪蓮。我々の仇は袁術、そして実際に堅様を殺した黄祖だ。劉表殿は……むしろ堅様の名誉を守ろうと奔走されていたと、お前も知っているはずだ」
「………………」

 わかってる……わかってるわよ!
 でも……でも……

「黄祖は江夏太守……だが、今では劉表からも独立している。いずれは共通の敵として劉表と共闘もできよう。後はお前の心次第だ」
「………………」

 母様……

「ふう……最悪、連合にいる間は自重してくれ。劉表は連合内でも発言権が高いのだ。あの袁紹ですら、劉表には遠慮する素振りがある。なにより……劉表は先陣まで自分で引き受けた。自分から申し出てな」
「!? 先陣!? なんでよ!?」
「………………」

 ?
 冥琳にしては珍しく口ごもっている。
 もしかして……

「冥琳、何か隠してる?」
「!? な、何故だ」
「勘よ、カン。冥琳が私に対して口ごもるなんて、後ろめたいことがあるときでしょ? 何を隠しているのよ…………言いなさい。大抵のことはもう、驚かないから」
「……………………ふう」

 冥琳は深く溜め息をついて、参ったと手を上げた。

「実は先陣に名乗りを上げたのは劉表だけじゃない。同行者がいたのだ」
「同行者?」
「劉備」
「!?」

 劉備…………あの子が来ている!?
 ということは…………まさか!?

「先陣をきりたいと劉表と劉備に言わせたのは、ほんご――」

 わたしは、冥琳の言葉を最後まで聞くこともなく走りだす。

 わたしの背後で冥琳が何かを叫んでいるのが聞こえた。
 でも、わたしは止まらない。

 だって…………二年ぶりなんだもの!




  ―― 鳳統 side 許昌近郊 ――




「はあ……まったく。一時はどうなるかと思ったよ、あの爺ぃ……」
「ダメですよぉ、盾二様。こんなところで、そんな発言は……」

 盾二様の悪態に、朱里ちゃんが窘めようとしています。
 ここは自陣内の輜重隊の集結場所。
 私はここで兵站の確認に紛れて、細作からの情報の整理をしています。

 中央の大天幕から戻られた盾二様は、若干イライラした様子です。
 正直、珍しい光景かもしれません。

「言いたくもなるって。あんな大天幕の中で天の御遣いだって、劉表が俺を紹介するんだぜ? オマケに三州同盟は俺の功績だーとか、養子にしたいーだとか」
「…………それ、前々から劉表さんが宴の席で言っていますけど、本気なんですかね?」
「今までは冗談と思ってた。でも……多分、半分以上本気のような気がする」

 俺は権力争い興味ねえぞ、と頭を抱える盾二様。
 朱里ちゃんと私は、お互い顔を見合わせます。

 以前から劉表さんは、盾二様に惚れ込んでいるように感じていましたが……
 最近、その傾向が顕著になってきたような気がします。

 悪いことじゃないんでしょうけど……

「劉表の爺さん、今あんまり息子たちと仲良くないみたいなんだよ。どうにも向こうの情勢が不安定でな……その原因の一つが俺の可能性がある」

 そう言って溜息をついておられる盾二様。
 実の子よりも他人を褒める親なんて…………子供にとっては激しい憎悪が生まれそうです。

「……一度、本気で養子については断ったほうがいいかもしれない。荊州の政情不安は、三州同盟に不利益しか起こさないぞ」
「……そうですね。このままだと……」

 朱里ちゃんは、不安げな顔で呟きます。

「やれやれ。まあ、そのことはこの連合が終わってから一度じっくり説教するとして……」
「あぅ、説教…………するんですか?」
「うん、するする」

 私の言葉に平然と頷く盾二様。

 か、仮にも荊州牧であり実力者でもある劉表さんを、近所の迷惑お爺さんぐらいに気安く呼んでいます。
 ご、豪胆すぎますよぅ…………

「それはともかく…………どんな感じ?」
「あ、はい。まず兵站については、案の定です。二ヶ月分は持ってきましたけど、それ以上掛かるとなると……」
「二万五千人分だしな。余裕を考えて兵用は二万俵持ってきたけど、移動にかかった日数を考えると残り一月ちょっと……帰りの分を考えると一月持たないな」
「全員生き残れば……です、けど」

 兵が戦えば死ぬ可能性が高いです。
 それはつまり、糧食の減りも少なくなるということ。
 それを見越した数で算用しました。
 ですが……

「だが、俺はむやみに兵を消耗する気はないぞ。全員必ず生かして返す……なんて言うつもりはないけどな」

 ……盾二様。

「たとえ怪我しても、できるだけ生かして帰すことを念頭に入れるさ。そのために医療品も揃えさせたんだ。強い酒は飲ませるために大量に持ってきたわけじゃない。それより馬の糧食の方はどうだ?」
「そちらも順調に減っています。現状、大分軽くなりましたので、行軍速度は更に上げられるかと思います」

 輜重隊は補給物資を載せた隊です。
 劉備軍では行軍時、一般兵である第三軍が臨時の輜重隊にもなります。

 一般的には糧食を運んでいるだけと思われがちですが……
 陣構えの天幕や柵を立てるための丸太、予備の武器や矢盾。
 戦闘で負傷した人を治療するための消毒薬と軟膏などの医療品もあります。

 そうした大量の補給品は、人力のみだと行軍の遅れになるため、盾二様の発案で馬車にして馬に牽かせています。
 荷車一台につき、馬一頭と人力四人。
 当然、その馬も補給物資であるわけで、武将の方が乗る馬の代用だったり、臨時編成時の騎馬隊にもなります。
 一石二鳥の輜重隊の案。

 劉表さんは、うちの輜重隊を見て、途中から騎馬で輜重隊を編成したりしていましたが……馬車の組み立てに二日もかかって余計に時間がかかったりしました。
 その間に新野で商人から糧食を補充したり、一部の輜重隊を護衛をつけて先行させたりもしたのですが。

 泥縄式に馬車を仕立てる劉表さんの姿。
 それを盾二様に言わせると……

『なんで輜重隊に馬使わないんだよ』

 ということらしいのですが。

 馬自体が一頭四~五千銭するのです。
 そして馬が一日に食べる食事の量は、二十人前。
 飲む水も十人前か二十人前。

 馬百頭で兵二千人分の糧食が必要になります。
 だからこそ、諸侯も馬はあまり使わないのです。

 それについて盾二様が言うには。

『飯は大豆や大麦、あとは道中の草でいい。褒美という意味で人参を用意しておけばかなり働く。それらを含めて算用すれば、糧食は多めでも人の十倍程度で済むはずだ』

 とのこと。
 そのため、輜重隊に使わせている馬三千頭、及び第三軍の一般兵が総出で運んでいるのは、兵用の糧食が『二ヶ月分』で二万俵、馬用の大豆や大麦などの馬用糧食が、『一ヶ月分』で一万二千俵になります。

 馬は元々消耗品としているので、帰りの算用はしていません。
 それでも大量の糧食が必要になります。

 だからこそ、盾二様は馬正さんを梁州に残して、追加の補給隊を準備させているのです。

「現状で騎馬隊を使うつもりはないからな。どの道、拠点攻めに馬は使えないし。運ぶ荷がなくなったら策に使うか、近くの街で売るか……」
「売れるといいんですが……」
「ま、それは糧食に余裕がなくなればな。街の厩舎であれば、売れるだろ。物々交換で糧食を仕入れられればいいんだが……馬刺しにするよりは効率がいいだろ?」
「馬刺し?」
「馬の肉。とはいえ一食分にしかならないだろうし……売るほうが合理的だな」
「………………」

 馬…………食べるんですか?

(きん)も持ってきているけど、余分な糧食の消費は避けたいからな。帰りの人数によっては、荷の量に応じて馬を売却してもいいだろ。その辺りも考えておいてくれ」
「…………御意」

 私は頷きつつ、ちょっと冷や汗が出ています。
 お馬さん…………食べたくないです。

「糧食は馬正待ちだな。定期的に伝令は出しているんだろ? 移動するようになったら再度出しておいてくれ」
「御意です」
「さて……周辺のほうは?」
「えと、諸侯の軍勢ですが、袁紹が三万、袁術が一万五千、孫策軍五千、曹操軍八千、鮑信以下、諸侯は二千から五千ですので……合計しますと五万弱になります。公孫賛さんが五千、劉表さんが一万五千、我々の二万五千を入れますと、約十五万弱となります」
「……朱里の予想通りか」

 そう言って朱里ちゃんを見ると――

「えへん」

 『どうだ』とばかりに胸を反らせる朱里ちゃん。
 さすがだね、朱里ちゃん。

 そんな朱里ちゃんの頭に、盾二様の手が置かれました。

「偉い偉い」
「はうっ! じゅ、盾二様……」

 そして朱里ちゃんの頭をなでなで………………むぅ。

「じゅ、盾二様! そ、それで董卓軍の方ですが……情報では十五万とも二十万とも言われています。ほぼ拮抗か……逆に上です」
「ふむ……兵法の大原則である『敵より多くの兵を集める』ということが果たされていないわけか。しかも相手は守備側…………袁紹はどうするつもりだ?」
「ここで随分時間つぶしたわけですし……多少は考えがあるとは思うのですが」
「なければただの馬鹿だろうしな」

 そう言って盾二様は笑い…………その笑いが引きつった。

「…………まさか、な」
「盾二様?」
「いや、ここで総大将を決めるのに何日もかけるような馬鹿……とは言え、まさか、なあ」
「ええっと……」
「えと……」

 私と朱里ちゃんが互いを見合わせます。
 そして盾二様を見ると……

 さっきまでの笑いが、逆に苦虫を潰したような顔になっていたのでした。




  ―― 劉備 side ――



 袁紹さんの大天幕を出てから、およそ一刻ほど。
 ご主人様は、朱里ちゃんや雛里ちゃんたちと兵站の確認と情報の総括を行っている。

 その間、私と劉表さんは陣周辺の諸侯へと挨拶していた。
 とはいえ……曹操さんや孫策さんの所には行っていない。
 劉表さんは曹操さんはともかく、孫策さんには会いたくないらしい。
 仲が悪いのかな? とも思ったけど、よくわからない。

 私は逆に、孫策さんの処には後で、ご主人様と一緒に後で行く予定だった。
 周辺の挨拶は終わり、私も自陣の天幕へと戻る。

 そこでは愛紗ちゃんが待っていた。

「桃香様。大天幕より袁紹の指示書が来ております」
「ありがと、愛紗ちゃん」

 書状を受け取る。
 さすがに総大将をあれだけ熱望していたんだし、さぞかし練りに練った作戦が書かれているはず。

 そう思って、封を開けると――

「――へ?」
「桃香様? どうされましたか?」
「……愛紗ちゃん。これ、本当に袁紹さんからの指示書?」
「は? はい……確かに金の鎧の袁紹軍の伝令兵でしたが」
「………………うそ、でしょ?」
「いえ、あの……一体、何が書かれているのですか?」
「……見る?」
「よろしければ」

 私の様子に、訝しみながら書状を受け取る愛紗ちゃん。
 そしてすぐに――その肩がプルプルと震えだす。

 うん、そうだよね……

「な、なんだ、これは!?」
「にゃ? どうしたのだ?」
「何を叫んでおるのだ、愛紗……おお、桃香様。お帰りなさいませ」

 鈴々ちゃんと星ちゃんが天幕に入ってくる。
 二人は、兵の慰撫と見回りをしてくれていた。

「うん、ただいま…………袁紹さんから書状が来たんだけど、ね」
「ほう……ということは、よほどひどい作戦を押し付けられましたか」
「にゃー……お兄ちゃんが先陣を自分で引き受けたし、それは仕方ないのだ」

 二人は覚悟していた、という顔で頷く。

 うん、そうだよね。でも違うんだよ……
 それ以下の話だった。

「……星、それに鈴々よ。そういう段階の話ですらないのだ、これは……桃香様。二人に見せても?」
「もちろんいいよー…………というか、その内容で秘密にもなんないし」
「ですね……よく見てみるがいい」

 そう言って愛紗ちゃんから、二人へと書状が渡される。
 その内容は――

「雄々しく、勇ましく、華麗に進軍せよ…………は?」
「これだけ……しか書いてないのだ。なんなのだ、これは?」
「……それが作戦の指示書だって」
「「 はあ? 」」

 二人がすっとんきょうな声を上げる。
 思わず私は頭を抱えてしまった。

「桃香様、お気を確かに」
「へ? あ、うん……なんていうか、不安すぎて目眩が……」
「……お気持ちはわかります」

 だよねだよね?
 さすがに私だってこんな作戦は――

「にゃー……まるでお兄ちゃんと会う前のお姉ちゃんみたいなのだ」

 なんですと?

「鈴々、言うに事欠いて何を言う! さすがにあの頃の桃香様でも、これだけひどい作戦など考えもしないぞ!?」
「にゃ、ごめんなのだ。そういえば、もうちょっといろいろ考えた作戦ではあったのだ。うまいことやっつけちゃってください、とかー?」
「ちゃんと民の被害を最小限に~など、最低限考えておられた。これはそういう段階の話ですら――桃香様? 何を泣いておいでですか?」
「しくしくしく…………」

 た、確かに昔の私は酷かったかもしれないけど。
 ちゃんと勉強したもん…………

「お主ら……地味にひどいな、それは」
「せ、星? えと…………む、昔の話だ! 今の桃香様は、誰が見ても良君であらせられる! だな、鈴々!」
「うん、そうなのだ! 今のお姉ちゃんなら、昔のように三人しかいないのに、百人の邑人を三百人の賊から守るために正面から相手しよう、とかは言わないと思うのだ」
「しくしくしくしく…………ごめんなさい、ごめんなさい。考えなしでゴメンナサイ」

 昔の自分の発言が馬鹿だったって、今ではすごく反省しているから、そろそろ勘弁してぇ!

「……ちなみに、その時はどうしたのだ?」
「私と鈴々で、邑人を率いて森から奇襲した。邑人にも怪我人は出たが、なんとか死人だけは免れた」
「ちなみに作戦を考えたのは愛紗なのだ」
「……そうか」

 ううううううう…………
 せ、星ちゃんが残念な目で私を見るよぅ……

「む、昔の話だよ! 今はちゃんとご主人様に習っているもん!」
「多少はマシになっていると思うのだ。だからそんなに責めないでやって欲しいのだ」
「鈴々ちゃん! それ、全然擁護になってないから!」

 しくしくしくしく…………
 なんで? どうしてこうなったの?

 袁紹さんの話だよね?
 昔の私の話じゃないよね?

「一体どうした…………なんで桃香が泣いているの?」

 ご主人様と朱里ちゃんたちが戻ってきた時。
 私はただ、さめざめと泣いているしか出来なかった。




  ―― 盾二 side ――




「…………ここまでアホだったとは」
「……言葉も無いです」
「ふぅ……」

 俺達が嘆息混じりに結論を述べる。
 全ては袁紹の…………あの天然クルクルパー子の作戦指示書を見た感想だった。

「だめだな、これは。お話にならん。一度、劉表の爺さんと一緒に作戦を練って進言する必要がある…………なんで先陣までやるのに、こんなことまでせにゃならんのだ」

 思わず愚痴が先に出る。
 だが、その意見は天幕内にいた全員の共通意見だった。

「想定の斜め上ですね、これは……」
「正直、私達には考えもつきませんでした」

 二人の稀代の軍師が、溜め息とともに感想を述べる。

 この二人にそれだけのことを言わせたのだ。
 あの天然クルクルパー子は、それだけでもすごいのかもしれん。

 すごさのベクトルが真逆だけどな。

「……ちなみにご主人様の想定って?」
「ん? そうだな……北と南の関、できれば西もだが、陽動部隊を配置させる。陽動にはあまりやる気のない……鮑信ら諸侯に偽兵の計で布陣させる。そうすれば対抗するために兵力を分散させるだろうから、突破する本命の関の防備は弱くなる。あとは……そうだな、総大将たる袁紹は最も弱い場所である南に布陣して、本命は最も困難な東の虎牢関を落とす。ってぐらいのことは、やってくれるんじゃないかと……思っていたんだがなぁ」
「最初から虎牢関を抜くつもりだったのですか!?」
「そうだよ、愛紗。虎牢関の噂は俺も聞いた。難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関……だっけ?」
「はい。旧来より、洛陽を守る関としては最も堅固だと言われています」
「そう。だからこそ、そこに付け入る隙ができる……はずだったんだけどね」

 だからこそ、連合集合場所は宛なのだと思っていた。
 なのに許昌に変更になり、あまつさえこの指示書……

 どう考えても『馬鹿』としか言えない。

「なんで最も堅固な関の前に布陣するかな……これじゃあ、相手も虎牢関周辺に人数集めるに決まっているじゃないか」
「まったくです……豎子、ともに謀るに足らず。項羽の軍師であった范増の苦悩がよくわかります」

 朱里が溜め息とともに有名な格言を言う。
 俺も同意だよ……もっとも、あの天然パー子と項羽を比べる気にもならんが。

「仕方ない……董卓軍に多少見抜かれていても、陽動を進言しよう。うちだけじゃダメだから劉表の爺さんにも言ってもらうか。借りがあると思っているだろうから、爺さんの言うことなら袁紹は聞くだろ。ただ、あの袁紹の性格からして自分を囮にするのは……ムリだろうなあ」
「だと思います……私は見ていませんけど。袁紹さんの噂を集める限りでは、相当な愚物らしいですから……あぅ」
「……雛里は、たまに毒舌家になるね」

 この子、たまにとんでもないこと言うしな……

「盾二様が悪いんですよぅ……普段の言動を鑑みてください。たまに汚い言葉使っているんですから」
「あ~…………そうか? 俺のせいだったか……」

 たしかに俺もたまに愚痴で罵ることがあるからな。
 いかん……幼女には悪い影響だな、確かに。

「ぶぅ……朱里ちゃん。私、そんなことに影響を受ける歳じゃないよう」
「そうかなあ? 水鏡先生のところにいた頃に比べると、少し気になるよ? 気をつけてね?」
「あぅぅ…………」

 ふっ……
 朱里のお姉さんのような口ぶりに、少し頬が緩む。
 二人は、ほんとの姉妹のようにも見えた。

「やれやれ……じゃあ、劉表の爺さんに――」

 俺がそういった時、天幕に駆け込んでくる兵がいた。

「も、申し上げます!」
「こらぁ! 軍議中だぞ!」

 星の罵声が飛ぶ。
 だが、兵はかなり焦っている様子だった。

「良い。言え」
「はっ! 我が陣内に侵入者が――」
「どきなさいよっ! いたぁ!」

 その声は、その兵の後ろから聞こえた。
 瞬時に入り口にいた兵が蹴り飛ばされる。

 その様子に愛紗たちは、すかさず武器を取り構え――
 俺も戦闘態勢に入りつつも、その声をどこかで聞いた気がした。

 そして天幕に入ってくるその姿に。
 俺と桃香の声が重なった。

「「 孫策さん(雪蓮)!? 」」




  ―― 張飛 side ――




「じゅんじぃ~! ひっさしぶりぃ~!」

 いきなり天幕に入ってきた孫策お姉ちゃんが、そのまま走ってお兄ちゃんに抱きついたのだ。

「しぇ、雪蓮!? ちょ、おい!?」

 慌てたお兄ちゃんは、首に抱きついてくる孫策お姉ちゃんに驚いたまま固まっているのだ。
 でもそれを見た愛紗は――

「は、伯符殿!? い、いきなり何をしておられるか!?」
「あは~ん……あら、お久しぶり、関羽ちゃん。張飛ちゃんもね♪」
「にゃはは……久しぶりなのだ」

 鈴々は苦笑しながら答えるけど、愛紗は真っ赤になって怒っているのだ。

「お久しぶりです。ですが! いきなり抱きつかれるとは何事ですか!? もう少し慎みを――」
「あいっかわらず、固いのね~……そんなんじゃ、盾二に抱かれてないでしょ?」
「だ、だか、抱かれ!?」

 おおう、愛紗の顔が火を吹いたように赤くなったのだ。

「な、にゃにを……んぐ! 何を仰るか!?」
「ふふ~ん…………劉備ちゃんもお久しぶり。ん~……?」
「お、お久しぶりです、孫策さん…………えっと、なんでしょう?」

 にゃ?
 孫策お姉ちゃんは、じ~っと桃香お姉ちゃんを見ているのだ。
 まるで睨みつけるように……

「…………ん~? まだ処女っぽいけど、なんだろう? ちょっと女っぽさが増している? 一歩手前まで行ったような……」
「ギクッ!? な、なんのことかな~?」

 お姉ちゃんは、孫策お姉ちゃんから目を逸らしたようにそっぽを向いたのだ。
 どういうことなのだ?

「ん~……やっぱり、あの時無理矢理にでも盾二を連れて行くべきだったかしら? なんか手遅れなような……嫌な予感がするのよね」
「あの……雪蓮? そろそろ首から手を離してくれない?」
「い~やっ! なんか、ここが最後の勝負な気がするんだもん!」
「なんの勝負だよ!?」

 お兄ちゃんが、わけがわからんと叫んでいるのだ。
 鈴々にもよくわからんなー?

「ね~盾二ぃ……二年ぶりに会ったんだし、これから一緒にうちの陣にこない? 盛大にもてなしてあげるわよ?」
「いや、あの……ここ、陣地だよ? そういう場所じゃないでしょ?」
「も~盾二ったらあ。照れちゃって、かーわーいっ♪」
「人の話聞こうか、雪蓮!?」

 お兄ちゃんにもたれかかるように、孫策お姉ちゃんが身体を寄せているのだ。
 にゃー……調子でも悪いのかなー?

「ええい! そこまでだ!」

 突然の大声とともに、お兄ちゃんに抱きついている孫策お姉ちゃんに槍が突きつけられる。
 その槍を持つのは、珍しく怒気を露わにした星だったのだ。

「あら? 新しい臣の子? 見たことないわね」
「我が名は趙子龍! 常山の昇り龍にして、劉玄徳の矛である! だが、我らの主であるご主人様になんという無礼なことを!」
「あら、盾二と私は、彼が義勇軍を率いていた頃からの仲だもの。真名も預けているし、あとから来た子にそんなこと言われる筋合いはないわよ?」
「何を言うか! 主との付き合いの長さは私のほうが上だ! 私は義勇軍が発足する半年以上前から主と縁を結んでいる! 公孫賛の四客将の名を知らんのか!」
「知らないわよ、そんなの。そうなの?」
「ま、まあ、一応な。白蓮……公孫賛の元にいた時に世話になったんだ。義勇軍を立ち上げた時にも世話になったし、陣営に誘いもした」
「え~……盾二、意外に手が早いんじゃない?」

 不満そうな孫策お姉ちゃんの声。
 その顔に、ふふんと得意気になった星だったのだ。
 でも……

「まあ、時間なんか関係ないわよね? 盾二は私の旦那様だもの」
「な、なにぃ!?」

 孫策お姉ちゃんの言葉に、更に真っ赤になる星。
 やー……そういや、宛にいた時の愛紗と孫策お姉ちゃんのやりとりを見ているみたいなのだ。

「はわっ!? そ、そそそ孫策さん、やっぱり敵! 敵です!」
「あわわ…………や、やっぱり宛にいる時に一服盛っておくべきでした」

 朱里はともかく、雛里ー?
 なんか怖いこと言ってる気がするのは気のせいかー?

「ふ~ん……孔明ちゃんも鳳統ちゃんも、まだ『女』になってないのね。これはまだまだ私にも好機があるかも……」
「ええい! そこになおれ、孫伯符! 私が相手になってやる!」
「あら……趙子龍とか言ったわね。やる気?」
「おうとも!」

 星と孫策お姉ちゃんの間でバチバチと火花が飛んだのだ。
 と――

「ええい! いい加減にしろぉ!」
「きゃん!?」

 お兄ちゃんが孫策お姉ちゃんの腕を解いたと思うと、その頭にゴンっと鉄拳を放ったのだ!

「いったぁ~い!」
「わわ! ご、ご主人様!?」

 その様子に、みんながびっくりして動けないのだ。
 鈴々もびっくりしたのだ。
 まさか、あのお兄ちゃんが女の人の頭を殴るなんて、初めて見たのだ!

「フン! 俺だって怒るときは怒る! というか黄蓋さんに以前、許可もらっている! 雪蓮が悪ノリしたら、遠慮なく殴れってな」
「むぅ~! 祭ったらいつの間に!? というか、盾二も遠慮なく殴ったわね!?」
「殴ってなぜ悪いか!? 殴られずに大人になった奴などいない! ちなみにこれ以上続けるなら、こっちにも考えがあるぞ!」
「な、なによ…………」

 孫策お姉ちゃんが、ちょっと引いているのだ。
 お兄ちゃんは,その孫策お姉ちゃんを見ながらニヤリと笑ったのだ。

「宛にいた時、随分と糧食の中の酒を公瑾殿に内緒で飲んだんだって?」
「ギクッ!?」
「しかも公瑾殿に誤魔化すために水入れていて、それが間違って霞のところに行っちゃって、手違いだったと公瑾殿が頭を下げたんだよなぁ~?」
「ギクギクッ!?」
「あの時、かなりへこんでいたのが雪蓮のせいだって、公瑾殿に教えて――」
「ごめんなさい! なんでもする! だからやめて!」

 突然、縋りつくようにお兄ちゃんに跪く孫策お姉ちゃん。
 その様子に星を含めて、みんなが呆気にとられているのだ。

「ああ、そういえば。洛陽に献上するはずだった白酒の最高級品。あれって、大風の日に割れたことになっていたけど、実は中身は水でそれを飲んだのは――」
「お、お願いやめて! 後生だから!」
「「「「「 ……………… 」」」」」

 桃香お姉ちゃんを始め、みんながしょっぱい顔で黙っているのだ。
 鈴々にも思い当たるフシがあるのだ。
 あの時はしょうがないとしてたけど、ホントはそんな事になっていたのかー……

「まあ、他にもいっぱいあるわけだ。言われたくなければ……って言おうと思ったんだけどな。もう遅いから先に謝っておく。ごめんな、雪蓮」
「だから悪かったってば…………え?」

 孫策お姉ちゃんが、お兄ちゃんの言葉に固まったのだ。
 ちなみに鈴々たちも固まっているのだ。

 だって…………背後に、すんごい怒気の塊が――

「ほほう? なるほど…………あの時のアレは全部雪蓮のせいだったと。なるほどなるほど……」
「……………………盾二」
「なに? 雪蓮?」

 お兄ちゃんのさわやかな笑顔。
 対する孫策お姉ちゃんは――――蒼白の顔。

「死ぬ前に、一度でいいから抱いてくれないかしら?」
「たぶん、その暇はないと思うよ?」

 実際そのとおりだったのだ。
 なむー




  ―― 曹操 side ――




「なによそれ! そんなのが作戦!? それは作戦って名前に対する冒涜よ!」
「私に言われても困るな……」

 桂花の言葉に、苦笑しつつ答える秋蘭。
 そうね、私も同感だわ。

「雄々しく前進、か。うむ、いい言葉じゃないか」
「本気で言ってるの? 春蘭?」
「い、いえ! 冗談です!」

 そう、冗談なのね?
 本気だったら、さすがに殺していたわよ?

「うう……すいません」
「ふっ……姉者。これに懲りたら嘘か真かわかりづらい言動は慎むことだ。それで華琳様……」
「ええ、基本方針に変更はないわ」

 この連合に参加した目的。
 一つは諸侯の軍事力を図る。
 もう一つは……あわよくば天下に名を示す。

 これが私のこの連合に参加した理由だった。

「御意。では袁紹の指示は無視致しましょう」
「そうね……桂花、腹案はあって?」
「はい。進軍の状況でいくつか案がありますが……秋蘭、各軍の配置はどうなっているのかしら?」
「袁紹は中軍やや後方……それを本陣にするようです」
「ほお。後陣にさがらないのか。袁紹もなかなか――」

 はあ。
 春蘭、あなたね。

「どこがよ! 中途半端なだけじゃないの! 後ろなら後ろ、前なら前! じゃなきゃ各軍の邪魔になるだけよ!」
「まったくだな……一番兵力のある袁紹が真ん中に居座っているのでは、どう動くにも邪魔になる。普通は左右どちらかの後方に位置してもらいたいのだが……」
「それか前で玉砕すればいいのよ! どうせ兵力しか役に立たないのだから! 温存したって糧食は減るし、軍事的価値なんて陽動ぐらいにしかならないのよ!? なのに行軍を一緒に、なんて何考えているのよ!」

 桂花の言うとおりね。
 せめてその兵力で単独で陽動でもしてくれるなら、諸侯も動きやすいのに。

 戦わない兵力なんて、ただの遊兵。いえ、それ以下ね。
 糧食を減らすだけの存在なんて、なんの意味があるのだか。

「その空気の読めなさ、そして戦略、戦術眼のなさが麗羽の麗羽たるところよ。それで?」
「はい……本来はその周囲に鮑信ら諸侯が配置される予定だったのですが……」

 秋蘭が言いよどむ。
 予定、だった?

「どうしたの?」
「……劉備と劉表が袁紹に進言しました。鮑信ら諸侯は陽動として南北の関に偽兵を仕掛けると」
「そう……さすがね」

 麗羽が動かないからこその次善の策。
 数千程度の小さな勢力の寄せ集めなんて、本来は余程の統率がなければ上手く機能なんてしない。

 せいぜい各個撃破の良い的でしょう。
 そしてそれら諸侯も、あわよくば兵力を損耗したくないはず。
 そこを見抜いた上で、効率よく運用するなら……

 陽動の一端を担わせるのが一番なのだから。

「南北にそれぞれ五万の兵がいると見せかける偽兵を仕掛けるようです。そして手薄になった虎牢関に、劉備と劉表が先陣で攻撃を仕掛けるとのこと」
「そう……虎牢関に行くのは?」
「劉備と劉表の他には、袁紹と袁術、その配下の孫策軍、劉虞の代理である公孫賛、そして我々。さらに合流が遅れている馬騰の軍となっております」

 馬騰……西涼の雄まで合流するのね。
 馬騰自身は、最近体の具合が思わしくないと聞いていたのだけど。

「軍勢の総数は?」
「およそ十万と三千……馬騰の軍を含めると十一万に届くかどうか、というところでしょう」
「相手の総軍は二十万と見込んで……偽兵が成るなら、虎牢関方面は同数ぐらいにはなりそうね。現状ではそれでなんとかするしかない」

 実際には兵力で負けていたのだから……最低限の状況になってはいる。
 麗羽の無策ぶりからして、そのままでは絶対に負けていたわね。

「それでも関に籠もられる分、我々の不利は変わりませんが」
「そうね。でも……それを見越して先陣になったのなら、いろいろ考えがあるのでしょう。あの……天の御遣いならば」
「華琳様……」

 秋蘭が心配そうに私を見る。

 大丈夫よ、秋蘭。
 私は冷静。
 確かにあの覇気に、一時は狂おしいほど欲したけど。
 でも今は……逆に楽しみなのよ。

 二年ぶりに見たあの御遣いの覇気。

 隠していても、私にはわかる。
 彼の覇気は……衰えてはいない。
 むしろ、増しているに違いない。

 そう……とても楽しみだわ。
 私の覇道を阻むものは……王道ではない。

 私の同種である、覇道を征く者。
 北郷、盾二。

「どうやって関を落とすのか…………見せてもらおうじゃないの」




  ―― 劉表 side ――




 先発させた陽動軍に遅れること三日。
 我々もようやく進発することになった。

 先陣は我々劉表・劉備軍。
 その中陣左右に曹操、孫策軍。
 そして中陣中央に袁術・袁紹と続いて、最後尾に劉虞の代理である公孫賛軍が控えることになった。

 儂から見ても袁紹の嬢ちゃんに、戦の才はないように思える。
 何故に最大の戦力を中陣に置くのだ。

 せめて後方で踏ん反り返るか、先陣で敵の攻撃を防ぐ盾になるべきではないだろうか?

 これでは陣を入れ替えるにも、真ん中である三万の軍が邪魔になる。
 いや、袁術の幼子の陣も若干邪魔じゃが。

 それとなく北郷にも言ったのじゃが……

「そうですね。でも言っても聞きませんし」

 その言葉に、思わず頷いてしまった儂がおる。
 目立ちたがり屋じゃしのう……

「あの金の鎧なんか、いかにも陽動にうってつけなのですが。まあ、袁紹たちには最初の方は兵力として考えなくていいでしょう。私達が功績を立てれば、眼の色変えて目立つために前に出てくるはずです。おそらくは曹操も」

 ふむ、そのとおりじゃの。
 そのためにも最初のほうで、儂らが目立つ武功を挙げねばならんな。

「関として問題がある場所は、虎牢関と……その前に汜水関と呼ばれるもう一つの堅固な関があるそうです。まずは汜水関を我々だけで落としましょう。そして大変な虎牢関は、袁紹や袁術が進んで兵力を削ってくれるでしょうから……」

 儂らは高みの見物か。

 まあ、儂にとっては無理に名声を上げる必要などない。
 劉備の嬢ちゃんは、戦闘初期に名を挙げるのだから問題ない。
 確かに後になるほど楽になるわい。

 だが……もし袁紹の嬢ちゃんが、虎牢関も落とせと言ってきたらどうするのじゃ?

「その時は落とします。正直、関は問題じゃありませんから」

 問題はない、じゃと?
 あれだけの難攻不落な拠点じゃぞ?

 一体どうやるのか、と聞いたのじゃが。

「それは秘密です…………まあ、秘策はいくつも用意していますから。楽しみにして下さい」

 そう言いおった。
 奴の顔には、全く負けることなど微塵も考えていないという自信がある。

 袁紹の嬢ちゃんのような、なんの根拠もない自信ではない。

 錦帆賊での妙案のこともある。
 北郷は…………稀代の軍略家じゃ。

 なればこそ、その言動に信が置ける。

 ほんに……ほんに、儂の子か孫であったら。
 心からそう思う。

 儂の後継者としておった劉琦(りゅうき)は、優しく聡明ではあるが、人望があるとは言いがたい。
 そしてもう一人の息子である劉琮(りゅうそう)は……強いものに(なび)こうとする傾向がある。

 領地を守るだけならば、どちらかでもよい。
 だが、これからの戦乱の世ともなれば……どちらも袁紹の嬢ちゃんにも劣る。

 二人共、覇気がないのじゃ。
 それゆえに……おそらくは、いつか誰かに荊州は奪われるじゃろう。

 ならば……その相手は、できれば北郷を指名したい。

 奴は、儂が認めた唯一の男。
 この女尊男卑の世の中で、儂や何進殿同様に並み居る女の英傑たちに優るとも劣らぬ才気を見せておる。

 あの男こそ……儂ら男の最後の希望になるやもしれん。

 いつかは劉備の嬢ちゃんすらも超えると…………儂は睨んでおる。
 口ではなんと言いつつも……あの男の奥底に眠るは、覇気。

 あの曹操の嬢ちゃんにも似た素質を感じるがの。
 いつか、あの二人が雌雄を決する、そんな予感がある。

 その時、儂は生きてはおるまいて。
 儂を恨んでおる人間もおるしの。
 それが残念でならんが……

 おそらく、あの二人は己の野望をかけて最後に戦うのじゃろう。
 その鍵を握るのは……劉備の嬢ちゃんのはずじゃ。

 北郷を覇王と成すか、それとも王者と成すか。
 それは劉備……いや、玄徳の嬢ちゃん次第じゃ。

 それを導くのが、儂の最後の老婆心になるのじゃろうな。

(嬢ちゃんよ。儂はお主を信じておるぞ)

 そう考える儂の目に。
 汜水関と呼ばれる目的地が見えた。
 
 
 

 
後書き
これ書いてて何が悲しかったかといえば、蓮華や小蓮が出せないことです。
この子たち、書いていると楽しいんですよ。
まだ本作には登場していないんですがね。

ちなみに黄祖の独立はオリジナル設定です。
本来の黄祖は劉表の部下のままです。
だって、孫堅が死ぬ原因ってこの反董卓連合のさらに後のはずなのに、ずっと前に死んでいるんですもん。
そもそも孫堅が勇名を馳せるのは、陽人の戦いがあったからです。

それらに対する公式設定はありませんので…… 
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