銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません
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第百六十二話 下賜
前書き
お待たせしました。
帝国側のヴァンフリート星域会戦の後始末です。
帝国暦485年5月15日
■銀河帝国 捕虜収容宇宙船ブレーメン
ヴァンフリート星域会戦で捕虜に成った53万1390名は一旦輸送艦に収容された後、イゼルローン要塞まで連行された。その後、簡単な取り調べの後、帝都オーディンから来航した大型客船の群れに乗せられ、一路オーディンへと向かった。
今までの帝国であれば、オンボロ客船か、輸送艦の貨物倉の鉄板の上に寿司詰めにされ毛布一枚にくるまって延々と矯正区のある流刑星へと送られたのであるが、帝国の改革が始まり、捕虜の待遇が良くなった結果、今回は一旦オーディンへ向かった後、ローゼングラム星系捕虜収容所へと送られる事に成ったのである。
捕虜には表向きにそうは言っているが、実際の所、捕虜の待遇を変える事で、現在でも門閥貴族領内にある矯正区の捕虜待遇と、皇帝、皇女、リヒテンラーデ侯などの捕虜収容所での捕虜の待遇との格差を付けさせる事で、捕虜交換時に両者を混載して帰還させ、同盟市民や捕虜の帝国全体への怒りを門閥貴族への怒りへ転嫁させる事が主目的であった。
確かに、未だに最低限の配給で捕虜を放置するだけの矯正区と、アーサー・リンチ自治委員長に統括を委任し、民主的で文化的な捕虜収容所では天と知の差があり捕虜に成った者達にしてみれば、悪名高い矯正区へ行かずに済み、代わりにローエングラム星系捕虜収容所の自由な空気に触れる事で、帝国にも二大勢力があると感じさせ、倒すべきは門閥貴族という感情を誘導する事に成功しつつあった。
しかし、本来であれば、オーディンへ向かうのは重要な地位の将官などがメインなのにも係わらず、捕虜全員が向かうのは、テレーゼの命によりローゼンリッターをこちら側へ取り込む為の仕込みであった。
そんな、企みを知らずに、ブレーメンに収容されたローゼンリッターは久々に暇を持て余しながら、プールにスポーツジム、自由に閲覧できる図書室、大スクリーン立体テレビなどで時間を過ごしていた。
そんな中、副連隊長シェーンコップ中佐とリンツ大尉の相部屋にはローゼンリッターカルテットの残りの二人が集まり今後の事を話していた。
「副連隊長、同盟で散々宣伝している捕虜の待遇と大違いなんですが、一体全体どうなって居るんでしょうか?」
「さあな、俺にしてみれば、貨物船の船倉の鉄板上に放置されるより遙かにマシと言えるがな」
ディア・デッケン中尉の質問にシェーンコップは備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを出しながら答える。
「優雅な船旅と言う訳ですか」
「そうだな、これで酒でもあれば更に楽しめるものなのにな」
「帝国が変わりつつあるというのは、本当と言う事でしょうか?」
「どうだかな、こうやって安心させておいて、いきなりズバッということも有るかも知れんぞ」
そう言いながら、シェーンコップはナイフで頸をカッ切る仕草をしてディア・デッケンに不敵な笑みを見せる。
「確かに、この状態は捕虜としては呆れるほどですから、何と言っても、監視が学校の用務員のような爺さんですし、世話係は国のお袋や婆ちゃんみたいな年寄りですからね」
シェーンコップの話にリンツが相づちをしながら話す。
「映画は見放題、18禁小説やなにやらも平気で閲覧OK、しかも客船だからプールにスポーツジム完備の上、それぞれが相部屋でも個室で過ごすって、俺達は捕虜に成ったのか慰安旅行に来たのか判らなく成りそうですよ」
ブルームハルトがおちゃらけながら話す。
「全くですな、先ほど兵達を確認してきましたが、すっかり捕虜と成ったときの悲壮感が消えています。やはり爺さん婆さんと接して、故郷の家族を思い出している様です」
「まるで下宿か寄宿舎に居るようですよ」
「精神衛生上は良いんだが、この状態が何時まで続くかが問題だな」
「そうですな、この状態で、いきなり矯正区に送られたら、兵達の士気はガタガタに成りかねません」
「可能性としては、其れを帝国は狙っているかも知れないと言う事か?」
リンツの推測にシェーンコップは考えながら答える。
「可能性としてはあり得ない事ではないかと」
「俺としては、全面的にケスラー提督の言葉を信じている訳でないが、捕虜に此処して、絶望に落とし入れる訳が帝国には無いと思うのだがな」
「なるほど、確かにそうと言えますが」
「しかし何だ、其れだからと言って、爺さん婆さんを人質にして、逃げるという訳にも行かないだろう」
「確かに、ローゼンリッターとしての誇りもありますから」
「それに、人の良い爺さん婆さんを殴り倒したりしたら、目覚めが悪くなりますからね」
「違いない」
そんな話を暫くしていると、世話係のお婆さんが食事の準備が出来たと伝えに来た。
「シェーンコップさん、リンツさん、食事の時間ですよ。食堂へお願いしますね」
「判りました」
「あら、ブルームハルトさんに、ディア・デッケンさんも一緒でしたか、今日は、御馳走ですよ」
シェーンコップとリンツ以外にブルームハルトとディア・デッケンが居るのを知ったお婆さんは、にこやかに食事の事を教えたくれた。
話を切り上げ食堂へ向かう四人。
「さて、今日の献立はなにかな?」
「昨日は、アイントプフ(ごった煮)にラード付きコミスブロート(パン)と果物缶だったな」
話ながら、食堂へ行くと多くの兵達がそれぞれの席について、シェーンコップ達の来るのを待ちながら雑談していた。
「凄いぞ、ワインが付いてるぞ」
「こっちは、シュバルツ(ビール)だぜ」
「懐かしいな」
シェーンコップの登場に食堂が静まりかけ声が発せられる。
「総員、起立」
シェーンコップ達が席に着く。
「総員、着席」
堅苦しいのは嫌いなシェーンコップであったが、規律と士気を保つために仕方が無しに、はなす。
「総員、御苦労、ゆっくり食してくれ」
その言葉と共に、ローゼンリッター2000名が一斉に食事を開始した。
「こりゃ豪華だな」
「副連隊長、これは……」
ブルームハルトが豪華な食事にニコニコする中、ディア・デッケンはその料理に言いようのない不安を感じた。
「ベーコン入りエンドウ豆のスープにザワークラウト、ベルリンサンドイッチ、グラッシュズッペ、アイスバイン、ニシンの酢漬、各種ソーセージ、スティファド(牛肉とじゃがいものトマト煮込み)、フルーツの盛り合わせ、それで酒ですか」
リンツが律儀にメニュー表を読み上げる。
「しかも、おかわり自由と来てますな」
「フッ、最後の晩餐と言う事か」
リンツとディア・デッケンの言葉を聞きながら、シェーンコップが小声で呟いた。
「副連隊長、まさか」
「此処は恒星系至近ですから焼くには丁度良い訳ですか」
シェーンコップの発言にリンツ達が神妙な表情で話す。
「尤も、単なる気まぐれと言う事も考えられるがな」
「副連隊長、脅かさないで下さいよ」
陽気なブルームハルトが何とか暗い雰囲気を消そうとオーバーアクションで話す。
其処へ丁度、酒を運んできた給仕役のおばちゃんが、にこやかに話しかけて来た。
「ありゃ、シェーンコップさんも、リンツさんも深刻な顔を為さって、料理が美味しくないだかね?」
何処か辺境の出身なのだろうか、田舎のおばちゃん風で訛りのある言葉で話しかけてくる。
「いや、今までと比べて嫌に豪勢な食事だから、驚いているんですよ」
リンツが咄嗟に理由付けをして答える。
「そうやね、昨日までと違ごうて、このアルテナ星系に来たからやね、ここは帝国でも屈指の新鮮な食材が多い所やからね、そんで昨日補給がきただよ、それに今日は晴眼帝マクリミリアン・ヨウーゼフ陛下の生誕記念日だし、お祝いの為に大量の食材が下賜されたんよ」
「なるほど、そう言う訳ですか」
「そうやね、んだから、驚くほどじゃ無いだよ」
おばちゃんが別の席へ向うと、ブルームハルトが早速食べ始めた。
「杞憂と判ったからには、ジャンジャン食べるぞ」
「がっつくな、ブルームハルト」
「ハハハ」
おばちゃんの話に杞憂だったかと笑うシェーンコップ達、実際は少々不安にさせるために態とやっている事なのであるが、そんな事、シェーンコップにも判る訳がなかった。何故なら、テレーゼの原作知識に依り、ヤンがローゼンリッターをイゼルローン要塞攻略に利用できない様にさせる為の捕獲作戦だったのであるから、その為に色々と工作しているのである。
翌日以降、流石に前日の豪勢な食事とは行かないが、時間を区切っての飲酒が許可され、5月21日、オーディンへ着く頃には、一般兵達はすっかり悲壮感がなりを潜めていた。尤もシェーンコップ達は油断無く神経を尖らせていた。
シェーンコップ達ローゼンリッターや帝国からの亡命者の子弟や末裔などは、同盟人とは別の場所へ移され、尋問を受ける事と成ったが、何れの尋問も高圧的でも暴力的でもなく、尋問を受けた本人達が拍子抜けするほどであった。
シェーンコップとリンツは、尋問でローゼンリッター責任者として敬意を持って対応された、尋問は形式的な物でしか無く、直ぐに一時収容所へ送られたが、2週間後にある人物の訪問を受ける事で、さしものシェーンコップも息を呑む事に成るのである。
帝国暦485年5月21日
■銀河帝国 オーディン 軍事宇宙港
5月21日遠征軍は、皇帝臨御の中、オーディンへ帰還した。
その後、准将以上の者は、エッシェンバッハ元帥に率いられ、皇帝フリードリヒ四世に拝謁し今回の戦闘について報告した。
その後、陛下よりエッシェンバッハ元帥に双頭鷲勲章の授与が内示されたが、元帥は不手際で多くの兵達を無駄に失ったとして辞退し、陛下も辞退を承認した。
その為、司令部要員の昇進は行われたが、司令部将官の昇進はごく一部に限られた、そのごく一部とは、約一ヶ月後の6月26日にラインハルト・フォン・シェーンバルトが大佐から一気に少将へ特進した事であった。
ラインハルトの昇進は臨時で准将になっていた事と、アンネローゼが誕生日プレゼントに弟の昇進を強請ったと言う事が、軍や貴族の間でまことしやかに流れたのである。実際には丁度アンネローゼの誕生日だったため、テレーゼが、ケスラー艦隊各員の昇進をラインハルトの昇進の話で煙に巻くために、仕込んだのであるが、噂好きの貴族や、昇進出来なかった連中にしてみれば、事実と感じられたのである。
そして、フレーゲル達は叱責され階級はそのままで暫く兵站統括部の輸送船団に配属され修行させられるのであった。本来であれば、あれだけの失敗であるから死罪の可能性も有ったのであるが、未だ未だ使い途があると言うテレーゼの言葉で頸が繋がったのであるが、本人達は、ラインハルトだけが出世したと益々、憎悪を深めるのであった。
帝国暦485年6月1日
■銀河帝国 オーディン 皇帝専用造船工廠
オーディンの皇帝専用造船工廠では、テレーゼに呼ばれた、ミッターマイヤー少将、メックリンガー少将、ビッテンフェルト少将が集まり、テレーゼの侍従武官ランセル中尉によりドックへ案内されて来た。
三人がドックへ着くと、ケスラー中将をお供にしたテレーゼが現れた。
「皆、今回は御苦労様でした」
「「「御意」」」
テレーゼからの労いに、恐縮する三人。
「その様に固く成らずに、普段通り話なさい、特にビッテンフェルト、貴方が静かだと変な感じよ」
テレーゼの言葉に、皆がクスッとする。
「御意、殿下の仰る通りでございます。静かなビッテンフェルトなどは不気味すぎますから」
「ミッターマイヤー、酷い事を言うな」
「いえ、ミッターマイヤー提督の言われる事は確かですな」
ミッターマイヤーの言葉にビッテンフェルトが文句を言うが、メックリンガーがミッターマイヤーを応援する。
場がほぐれた所で、テレーゼが三人に話しかける。
「みんな、これを見て頂戴」
テレーゼが前方を指さすと、真っ暗だったドック内に明かりが点りドックに鎮座する三隻の大型戦艦が浮かび上がった。
「これは」
「おう」
「ほう」
三者三葉の言葉にテレーゼが内心はニヤリとしながら三人に話し始める。
「今回竣工した旗艦級新造戦艦よ。艦名なのだけど、未だ決まっていなくて仮称で呼んでいるんだけど、左から、レギンレイヴ、真ん中が、ゲイルスケグル、右がヘルフィヨトルよ」
テレーゼの話を聞きながら三人の視線は戦艦の方に向いている。
「凄いでしょ、今回三人を呼んだのは、この艦を三人に下賜する事にしたからのよ」
テレーゼの発言に驚く三人。
「殿下、専用旗艦の下賜は大将に成らないと罷り成らぬはずではございませんか?」
メックリンガーの指摘に、ミッターマイヤー、ビッテンフェルトも同意する。
「小官等は未だ少将でございますれば、旗艦の下賜を受ける栄誉に達しておりません」
「卿等は今回のヴァンフリートでの武勲で8月の臨時昇進時に中将に昇進するわ。メックリンガーの言う様に確かに専用旗艦の下賜は大将に成らないと駄目なのだけど、妾が卿等に下賜する事については、軍法に何の規制もないのよね」
そう言いながらテレーゼはウインクをする。
「成るほど、殿下よりに下賜ならば、何の取り決めも無い訳と言う訳でございますか」
「そう言う事よ」
「殿下、失礼は承知の上でお聞きしますが、幾ら殿下の御下賜とは言えども、口さかない者達から、小官等が何を言われようと一向に構いませんが、殿下にご迷惑がかかる事が心配で成りません」
「ミッターマイヤー提督の言う通りでございます。殿下の御下賜とは言え、国有財産を御下賜する行為で御座いますれば、殿下の名声に傷がお付きになるかと」
「ミッターマイヤー、メックリンガーの言う事も判るけど、この艦は、国家予算は一切使っていないわ、全て私の財布から出しているのだから、建造自体は工廠に発注はしたけど、正規の値段を払っているのよ」
テレーゼの話に、驚く三人であるが、更に爆弾発言が行われた。
「三人とも今回の戦功で中将へ昇進するのだけど、更に正規艦隊司令官に親補されるわ」
テレーゼの話に三人が驚く、そしてメックリンガーが危惧を述べる。
「殿下、我々は、平民出身です。その様な者が正規艦隊司令官になる事など、軍上層部が黙っていないでしょう。小官の知る限りでは、平民や下級貴族が正規艦隊司令官に成るのは、第二次ティアマト会戦時のコーゼル大将以来の事では無いでしょうか、その様な事をすれば、殿下にご迷惑をお掛けする事に成ります」
メックリンガーの話にミッターマイヤーもビッテンフェルトも事情を知り心配そうにテレーゼを見る。
「メックリンガーの危惧も尤もね、けどね今回の事は、エッシェンバッハ、エーレンベルグ、シュタインホフは元より父上もリヒテンラーデ侯も賛成しているわ。あれほど大言雑言を言ったフレーゲル達がどうしようも無い事ばかりして、無駄に将兵を失わせた。これじゃ、皆が浮かばれないわ、其れだからこそ、兵を少しでも生かせる提督として卿等を推挙したのです」
皇帝陛下は元より国務尚書、帝国軍三長官が賛成しているとなれば、断る事も出来ないと、三人はお互いを見合いながら意を決し、片膝を着いて、テレーゼに頭を垂れ、宣言する。
「「「御意にございます。我等三人、殿下と陛下の為に将兵の無駄死にをさせぬ事を誓います」」」
「ミッターマイヤー、メックリンガー、ビッテンフェルト、頼みました」
「「「御意」」」
それが済んだ所で、今まで黙っていたケスラーが話し出す。
「さて、殿下より賜る艦だが、ミッターマイヤーにはレギンレイヴ、メックリンガーにはヘルフィヨトル、ビッテンフェルトにはゲイルスケグルだ、それぞれ艦名を決めておくようにしてくれ」
「「「はっ」」」
下賜された戦艦を見ながら、三人は殿下のより一層の忠節を尽くそうと心に決めたのである。
後書き
何かにつけて出汁にされるのが、ラインハルト、貴族と軍人の憎悪を一身に受けて貰ってます。
何と言っても殆ど何もしていないで、二階級昇進ですから。
陛下も名君だが、寵姫には弱いという風に見せてますからね。
船の名前に、テレーゼのしゃれっ気がw
ローゼンリッターも世話役がお爺ちゃんお婆ちゃんなら、手にかけようとか思わないでしょうからね。
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