悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
冬
冬②~光~
愛華がバンドを抜けてから3日が経った。
バンドを抜けることを聞かされた時、俺は激しくその理由を問いただしたが、愛華は“本当に申し訳ない”と俺たちに深く頭を下げるだけで一向に理由を話そうとはしないでいた。
そのいつもは自信たっぷりの目に、光は宿っていなかった。
俺は何もする気が起きずベッドに寝転がっていた。
「拓海ぃ。今日はバンド練習行かないのー?」
ベッドの上では「彼女」がフワフワと浮きながらこちらの様子をうかがってくる。
「あー…。今日はいいよ。やる気起きないし。」
「彼女」は、珍しいこともあるものね、と言いながらテレビの前まで行くとその目の前に座る。そして電源が入ると、そこには、最近人気のバンドグループがまばゆい光に照らされながら歌っているのが目に映った。そこに映る姿を自分と愛華に置き換えて想像し、なんだか虚しい気分になって寝がえりを打った。
…なんでだよ。
医者になると聞いたときから、いつかはそうなるものだと想像していたが、あまりにも唐突来た“その時”に俺は納得出来ずにいた。
「拓海ってばー。テレビ見ないのー?拓海の好きな音楽番組だよー?」
「いいって言ってんだろ!ほっといてくれよ!!」
自分でもわかる完全なやつあたり。その荒々しい声に「彼女」はビクッと体を震わせ、ごめん、と一言呟いた。
…なにやってんだよ、俺。
「彼女」は関係ないはずなのに、その「彼女」すら傷つけてしまっている。そんな自分にイライラした。
ふー、っと一息つくと、ベッドから起き上がりそこに座ると「彼女」へと体を向けた。
「わるい。少しイライラしてしまってた。」
そんな言葉に「彼女」はおどおどした様子で“大丈夫”と答えた。
「でも、拓海がそんな風になってるの見るのは初めてだから…。私どうしたらいいかわからなくて…。」
そう俺に向けて放つ言葉にどこか愛おしさすら感じる。俺は“ありがとう”と少し微笑みながらその頭を撫でた。
その行為に「彼女」は気持ちよさそうに目を細めた。
俺らしくもない。
思い立ったら即行動が俺の理念だったはずだ。この部屋だってそうやって決めたんじゃないか。結果的に悪霊がもれなく付いて、いや“憑いて”くる形になってしまったが、そのことすら今は良かったと感じている。
そんなことを思いながら「彼女」を見ると“どうしたの?”と首をかしげていた。その様子に一言“なんでもねぇよ”と笑いながら返すと、俺は立ちあがる。そして、そばにあった厚手のジャケットの袖に腕を通し、玄関へと向かう。
その足取りは何か覚悟を決めたかのようにどっしりと、そしてしっかりと地面を踏みしめていた。
「それじゃ行ってきます。」
いつも通りのセリフのはずなのに「彼女」は何かを察したかのようにその日だけは“頑張ってね”と言い俺を送り出してくれた。
―――まずは愛華を探さないと。
俺は寒空の下、大きく一歩踏み出した。
はじめに愛華の家へと向かった。呼び鈴を鳴らすが、出た相手は愛華の家の家政婦を名乗り“愛華は出かけた”と教えてくれた。その言葉に少し落胆しながらも“ありがとうございます”と呼び鈴越しにお辞儀をし、愛華の家を後にした。それから、駅前、公園、スタジオ、CDショップ、ゲームセンター、はたまた愛華が通う学校と愛華が行きそうなところをくまなく探したが、その姿はどこにも見当たらなかった。
……どこに行ったんだよ。
そう呟いた時だった。俺の目にはキャップ姿の見慣れた人影が映った。
「隼人!!」
そう呼びかけながら駆け寄ると、驚いた様子を見せながらも隼人はこちらへ向かって歩いてきた。
「拓海、何してんだよ、こんなところで」
「そんなことより、愛華見かけなかったか!?」
「愛華?あぁ、さっきまで一緒にいたよ」
その言葉に俺は隼人の肩を両手で掴み、揺さぶりながら“どこだ!?”と問いかける。
“痛いって”とその手を振り払われ、ハッと我に返り“わるい”と謝った。
「愛華が急に辞めちゃったから僕も心配してさ。前に一緒に行った楽器屋の近くの店に行って二人で飯食べながら色々話聞いてたんだ。」
そこまで聞いた俺は隼人の肩を叩き“サンキュー”と言うとその場所に向けて走り出した。
「でも結構前だからもう居ないかもしれないよー!!」
背中からそう付け加えられたが少しでも可能性があるならと形振り構っては居られなかった。
しかし、店の前まで行っても、そこに愛華の姿はなかった。
まだ遠くには行ってないはずだ、とあたりを探しまわってはみたが、一向に愛華を見つけることは出来ずにいた。
その時には次第にあたりは暗くなってきており、街のイルミネーションにも光が灯り始め、元々賑やかだった街もより活気を増していく。
……もう一度愛華の家に行ってみよう。
そう思い、元来た道へと歩き始めた。
駅前に差し掛かるころ、そこには昨日まではなかったはずの大きなクリスマスツリーがあった。燦然とした輝きは周りの空気を凛とさせ、どこか絵本の中に迷い込んだような感覚を覚える。まるで灯りに集まる虫のように、そんな光に誘われた多くの人達がツリーの周りを取り囲む。その中に俺がずっと探し求めていた“光”を見つけた。
「愛華!!!!」
街ゆくたくさんの人が振り返り見てくるが、そんな視線を感じないほど俺はその姿にしか興味がなかった。
「……っ!」
すぐさま俺に気付いた愛華は、驚きの表情を見せ、その場から離れようとする。しかし、それよりも早く俺の手はその“光”を掴んだ。
「どこ行くんだよ!?」
「……離せよ」
そう言いながら俺の手を振りほどこうとするも、俺は愛華の手を掴み離さない。口調は男勝りだが、その手はやはり女の子だ。
「ほっといてくれよ。あたしはもうメンバーじゃない。どこに行こうが、何をしようがあたしの勝手だろうが」
そう言われて俺は口ごもる。愛華を探すまでは良かったが、会った時何を言えばいいのか考えてなかったからだ。
「理由も言わず辞めちまって、俺はまだ認めてないからな!」
そんな以前に何度も言ったセリフしか俺の口からは出てこられずにいた。
俺は本当にこんなことを言うために愛華を探していたのだろうか。
そう思うと心の中に霧がかかったような感覚を覚える。
「拓海が認めようが認めまいが、あたしはもうバンドはやめたんだよ! それ以上このままでいるなら警察呼ぶぞ!」
警察なんて呼ばれてもいい。犯罪者になったっていい。
もし今この手を離せば、愛華は俺の知らないどこかに行ってしまうような気がしていた。
「せめて理由だけでも教えてくれよ! そんなんじゃ諦め切れねぇよ!!」
「なんでそうまでしてあたしなんだよ!! あたしより上手いボーカルなんて他にもたくさんいるだろうが!!」
そのセリフにハッとして、俺は自分が本当に言いたかった言葉に気付いた。
すぅっと息を吸い込み、その目を見つめると俺は淡々と愛華に向けて言葉を紡ぐ。
「俺がお前を、愛華をずっと信じてきたからだ。夢を掴もうともがき続けるその姿を。俺はそんなお前と夢を追いかけたくてこの街まで来たんだ」
その言葉を発した途端、先ほどまで抵抗していた愛華の力が抜けていくのを感じた。そして、その大きな目からはいくつもの涙がこぼれ落ちる。その涙は周りの光を取り込んで、街中のどんなイルミネーションよりも美しく見えた。
「あたしは、そんなお前を裏切っちまったんだよ……。ずっとあたしのことを信じてくれるお前のことを……」
そう言った後、愛華は少しずつ俺に話してくれた。誰にも言わずに通っていたはずのボイストレーニング教室のことが親にバレたこと、それを俺のせいだと疑ってしまったこと、そのせいで俺にだけは顔を合わせ辛くなってしまっていたこと。ゆっくりと、だが、しっかりとその言葉は俺の耳に届いた。
それを聞いて俺の中の霧に晴れ間が差し込む。
「愛華、俺はお前とずっと一緒に音を奏でていたい。夢を追っていきたい」
「あたしもだよ。拓海とバンドがしたい」
泣きはらした目は赤く腫れあがっていたが、その瞳はいつも通りの強い眼差しに戻っていた。
ここまでくればもう俺の中で答えは決まりきっている。
「行くぞ!」
そう言いながら俺は愛華の手を引っ張り走り始める。
街の光を反射してか、愛華の目には拓海が眩い光を放っているように見えた。
「行くってどこへだよ!?」
「決まってんだろ! お前の家だよ!!」
たくさんの光をかき分けるかのように二つの影が街を駆け抜ける。
そんな二人の背中を後押しするかのように、空には赤色と青色の二つの星が少し離れながらも力強く輝いていた。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
作中最後に出た2つの星ですが、東京の街中でも見ることが可能と言われる星がございます。
俗に1等星と呼ばれるもので、今回示したのはおおいぬ座の1等星シリウス、おうし座の1等星アルデバランでございます。
シリウスとはギリシャ語で「光り輝くもの」を意味し、一方アルデバランはアラビア語で「後に続くもの」を示しております。
作中では光り輝き先導する拓海とそれに続く愛華を表わしています。
まぁ、ちょっとした小ネタのつもりで挟んでおります。
そして、シリウス、アルデバランを含め、ぎょしゃ座のカペラ、オリオン座のリゲル、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックスの6つを結んで出来る星座は「冬のダイヤモンド」と呼ばれます。
ぜひ探してみてくださいね←
さてさて、これで冬編も次で終わりです。
っていうか、1年がここで終わります。
以前、3分の1とか言っちゃったけど、実際は次が本当の3分の1ですねw
どんどん物語は加速していきます。
引き続き温かい目で見守っていただければ幸いです。
それでは、ご感想、ご指摘お待ちしております。
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