銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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決勝戦 五学年~後編~
テイスティアの突撃が開始された。
アレスが周囲に対して警戒するように告げていても、全力で疾走するテイスティアに対して、フレデリカも二学年も効果的な援護が出来ない。
それはほんの一瞬の差であった。
死ぬことを覚悟しているか、していないか。
無謀とも言える突撃に、援護の攻撃には一瞬の遅れが生じる。
そのために、敵全面を捉える予定であった攻撃は軌道をずらされて、後方へとそれてしまう。結果として、テイスティア艦隊は大きな打撃を食らうことなく、アレス艦隊を目指していた。
「これは、まずいかも?」
筺体内で、サミュールが冗談交じりに呟いた。
しかし、顔は真剣な様子でモニターを注視している。
艦隊の動き、行動。数値として映る状況に、サミュールはそれまでの経験から、テイスティアの突撃が決して簡単にいなせるものではないと思う。
サミュールであっても損害は大きいだろう。
例え、アレスでも耐えきれるかどうか。
アレスの指示は、包囲を続けて敵の数を減らすという事であった。
けれどと、ちらりと相手の本隊を見て、サミュールは奥歯を噛んだ。
親友の決死の行動に対して、相手の馬鹿さに苛立ちを覚える。
相手は今だ中央で固まり、こちらの包囲攻撃に耐えているだけだ。
確かに固まって防御陣形を作れば、損害を減らすことはできる。
上手くすれば、時間切れまで粘れるかもしれない。
しかし、それは。
「死ぬのが伸びるだけだろ?」
実際の戦場では、いずれ防御も崩壊して、ましてや時間切れのない戦いであれば、確実に待っているのは死だ。それならばまだ降伏をした方がましである。
テイスティアの突撃に続くわけでもなく、あるいは援護するわけでもない。
緩慢な死を待つ姿に、サミュールは舌打ちをする。
アレスからの命令は理解している。
だが、アレスの援護をフレデリカと一学年だけに任せるのは不安だ。
そう考えて、サミュールは部隊をテイスティアの後方へと動かした。
距離こそ離れているが、テイスティアが一瞬でも止まれば、後ろを撹乱することはできる。そして、その一瞬をアレスが作れない事はない。
そう判断しての行動は、しかし、行動直後にテイスティアとの間に滑り込むように入り込んだ艦隊に邪魔をされた。
わずか二千ばかりの艦隊。
『端的に申し上げて、邪魔かと思慮いたします』
冷静な声が、サミュールの耳に届く。
珍しくも敵に対して通信を行う生意気な一学年。
名前を――。
「ライナ・フェアラート候補生。どっちが邪魔をしているんだか」
苦笑混じりの言葉に、それでもテイスティアを援護する者が彼のチームにいたことが嬉しくて、喜びが混じっている。
『先輩かと思慮いたします』
「意見の相違だね。さっさとそこをどかないと、どでかいミサイルを、可愛い尻に突っ込むぞ?」
『端的に、実に端的に申し上げます――即ち、下種と』
「褒め言葉をありがとう」
『耳を掃除された方がよろしいかと、存じ上げます。なんでしたら、私が耳を切り取って綺麗に差し上げましょうか』
言葉の応酬は、直後に弾幕の応酬へと変化する。
四千対二千とほぼ倍近い兵力差にも関わらず、ライナは耐えた。
それはライナが守戦に徹した事もあるだろう。
攻撃に対して、的確に防御するライナを、サミュールは攻めきれない。
「お堅い女性だな」
『それは褒め言葉と受け取らせていただきます』
「褒めてねえよ。石顔面。たまにはにっこりと笑ってみろよ」
『先輩には笑顔を見せる必要を感じませんので』
互いが相手をけなしている。
それもただの悪口ではなく、相手の精神を揺さぶるような言葉だ。
単純な罵声ではない。
少しでも怒りによって、相手の冷静さを失わせるための、一種の策略。
もっともそれを頭では理解していても、腹が立たないわけではないが。
「噂になってるぞ、一学年。誰にも笑顔を見せないってな、それじゃ嫁の貰い手もないんじゃないか?」
『……先輩は嫁の貰い手が多そうで良かったですね』
「あ?」
『先輩の女性方がおっしゃっておりました。即ち、サミュール君は可愛いね、食べちゃいたいと――知ってますか。何も禁止されている本を回し読むのは殿方だけではないことを』
「ちょ、ちょっと待て、それは禁止の意味が違う気がするぞ」
『いらぬことを申し上げました。端的に、忘れてください』
「一生忘れられねぇ!」
叫んだサミュールの艦隊が乱れ、攻撃を受けた。
咄嗟に艦隊を立てなおすのはさすがであったが、攻防が続けば、アレスを援護する時間が少なくなる。
しかし、実に効率的にこちらの攻撃を止める相手に、時間を見る。
あまり長く時間をかけるわけにはいかないと、サミュールは言葉を続けた。
「いい加減諦めろよ、テイスティアもお前も。そんなにそちらの総司令官は優秀か。それともフォーク総司令官に頑張れば、成績を挙げてくれるとでも言われたか?」
『これ以上あげる成績がございませんね』
「ああ。そうだったな、失敗」
悪びれもせずに言葉にするサミュールに、小さな笑い声が聞こえた。
そして、続く言葉は小さな――呟きだ。
『テイスティア先輩がおっしゃっておりました。これは宿題だと』
「ん?」
『その意味を私は理解いたしません。しかし、ただその想いは理解したいと思います。だから、端的に申し上げます。あなたにも邪魔はさせませんと』
はっきりとした強い言葉であった。
その言葉に、サミュールは一瞬コンソールから手を離した。
「……お前、案外良い奴だな」
『案外は余計です。と、言いたいですが、良い人間と評価されることは実に珍しい事です』
「テイスティアが……そんな事をね。あいつめ生意気に」
小さな笑い声とともに、サミュールは静かに頭を下げた。
「ありがとうな」
『演技が崩れておりますが』
「元々演技は苦手だし。そうか――そういうことなら、俺は邪魔だ」
『そう、何度も申しておりますが』
サミュールの頭の中に浮かぶのは、消灯後もずっと机に向かったテイスティアの姿だ。元より生真面目だった彼は落第の危険がなくなっても、ずっと勉強を続けた。
それは全て。
――別に成績はどうでもいいんだ。ただ、僕はアレス先輩と同じ景色が見たくて。
はにかんだように笑う笑顔を思い出す。
上にあがりたいわけでもない。
ただただ、ひたすらに偉大な先輩の背を目指した。
確かに四学年で学年主席を奪われたのは少しショックであったが、仕方がないと自然に思う事ができた。
そんな親友が背中を追い続けてきた先輩に、挑もうとしている。
負けるかもしれない。
自分は参謀としては失格なのだろう。
そんな自分をアレスは怒るだろうか。
怒るくらいなら、受け止める何て言わないですよね。
アレス・マクワイルドも、おそらくはテイスティアの覚悟を理解していた。
だからこそ、真正面で彼を受け止めると言った。
それが答えのような気がして、サミュールは静かに首を振った。
「邪魔はもうしないよ。もしかしたら勝てないかもしれないけれど。でも」
小さく呟いた言葉とともに、サミュールの目が真っ直ぐにモニターを見る。
そこに映るのはこちらを二千で防ごうとする小さな艦隊だ。
「ただ負けるだけはつまらない。悪いけど、相手になってもらうよ、後輩」
『望むところです。相手に不足はありません――ですが』
「ん?」
『テイスティア先輩の発言ですが、実は嘘です。上手くのってくださり、感謝いたします』
「えっ! おい、ちょ、それは反則だろ!」
『と、いうのは、冗談です』
小さな笑い声が聞こえて、サミュールは目を開いた。
唖然。
動きが止まった瞬間、モニターが明るく光る。
『主砲斉射三連――御機嫌よう、先輩』
+ + +
あの馬鹿はなぜ動きを止めた。
モニターの端で撃墜されるサミュール艦隊を見て、アレスは苦い顔をする。
どうせ碌な理由ではないのだろうが。
視線を動かしたのは一瞬――アレスは向かってくる艦隊を見つめた。
射程内に入るや補給を考えない高速の攻撃。
味方の連携は、弱く、効果的な打撃を与えているとは言えない。
これは二人を攻めるわけにはいかない。
通常の連携だけであれば、彼らでも十分に出来ていた。
敵の攻撃が一枚上手なだけ。
「ヤン・ウェンリーもそう思ったのか」
ヤンに向かうアレスを、後ろからテイスティアは見ていた。
その成長した彼をさらに後輩たちが見て、成長する。
そう考えて、アレスは小さく首を振った。
ヤンはそんな人間ではないなと。
撃ち込まれるレーザー。
攻撃が押し寄せるたびに、テイスティアの言葉が聞こえる気がする。
僕は強くなりましたか。
少しは成長しましたか。
そして。
僕の覚悟を見てくださいと。
そこにいるのはワイドボーンに怒られて逃げる子供ではない。
戦いの意味を――戦う理由を持った兵士だ。
一撃一撃が意味のある行動であり、攻撃となる。
『先輩、逃げてください!』
悲鳴のようなフレデリカの言葉が耳に入った。
彼女の目には迫りくるテイスティアが、恐ろしく映っているのだろう。
矢となって近づくテイスティアの艦隊を見ながら、アレスは唇を持ちあげた。
後輩の成長を喜びながら。
そして、全力で叩き潰す敵を目にして。
「でも、まだ甘いぞ。テイスティア、そんなところで満足してもらっては困る」
+ + +
背筋を寒いものが駆け抜けた。
近づくなと、テイスティアの直感が警告する。
近づいてはまずい、逃げろと。
しかし、矢の形を作ったテイスティアの艦隊は容易に艦列を変形させる事はできない。いや、例え出来たとしても逃げる事はできないだろう。
もはや攻撃は始まっている。
テイスティアに出来る事は、アレスの艦隊にぶつかるまでに、攻撃を仕掛け、消耗させる事だけだ。
「っ――!」
アレス艦隊からレーザーが伸びて、先頭がもぎ取られた。
一瞬、四年前のヤン艦隊の攻撃を思い出す。
だが、損害自体はそれに比べれば軽微。
おいそれと、ヤン・ウェンリーのような一点集中攻撃が出来るわけがない。
少なくともアレス先輩が、今までそれをしたことはなかったはずだ。
それでも絶妙なタイミングでの攻撃により、矢の先頭が平面となったが、戦闘には支障がない。
後方にいた隊を再び前に出して、矢を形作る。
左右の艦隊の速度を落とし、中央の速度をあげる。
突進をしながらの艦隊移動は、コーネリア先輩に教えられた。
大丈夫、いけると浮かんだ不安を消すように、奥歯を噛み締める。
と、テイスティア睨むモニターの視界で、アレス艦隊の花が開いた。
+ + +
「先輩!」
再び呟いて、フレデリカの目にはモニターの画面がはっきりと見えた。
アレス艦隊の攻撃が、テイスティア艦隊の先頭にピンポイントで命中する。
それにテイスティアは完璧な反応を見せた。
左右の速度を下げて、中央をさらに速める事で、瞬く間に再び矢を形作る。
驚いたのも一瞬――直後、アレス艦隊の先頭がゆっくりと開いた。
それは高速再生の朝顔のよう。
花開いた奥から出撃するのは、五百ほどの分艦隊と、三隻の宇宙母艦だ。
直後、開いた花弁から放たれて突撃を開始する。
見事な艦隊移動を見せたテイスティアは、アレス艦隊の急な攻勢に対応することができない。自らの速度と相まって、実に絶妙なタイミングで放たれた逆撃の刃。
数では圧倒していたテイスティア艦隊に、アレスの分艦隊はカウンターのように食い込んだ。
被害が数値となって、流れていく。
先頭同士がひしゃげる中で、食い込んだアレス艦隊は戦闘艇を射出する。
突進のために艦隊を集めていたのが、テイスティアに取っては仇になった。
艦隊の隙間を戦闘艇が自由に飛び回り、テイスティア艦隊から損害の数値が大きくなる。
凄いと、フレデリカは思う。
敵の突進に対して、突進で打撃を与えるアレス。
アレスの突進に対して損害を抑えることを諦めて、突進を再開するテイスティア。
フレデリカの見る前で、戦場は移り変わる。
+ + +
敵に対して、打撃を与える事はできた。
だが、航空母艦の突進が致命傷ではないと見て、テイスティアは艦隊を進めさせる。もし少しでも戸惑えば、アレスの戦闘艇はさらに被害を与えていただろう。
それでも、遅い。
相手が態勢を整える時間で、アレスもまた陣形を完成させている。
それはアレスを先頭にした三角形の鋒矢の陣形だ。
一瞬の制止を受けた艦隊と走り出した艦隊。
互いがぶつかりあえば、一瞬の後に、砕けたのはテイスティア艦隊であった。
『先輩っ!』
衝突の瞬間、声にならぬテイスティアの声が聞こえた。
見事だよ。小さく呟いて、もはや抵抗のできない艦隊をアレスは矢となって貫いた。
+ + +
テイスティア艦隊を蹴散らして、一本の矢は止まらない。
近づく赤い点に、フォークはコンソールに手を叩きつけた。
「何をしている。これだから無能は――何をしている」
その声は全艦隊に一斉して配信された。
「何をしている、ウィリアム、ハワード! 敵は少数だ、前方に艦隊を配備して、勢いを押さえろ。マクワイルドを殺せ!」
絶叫が命令となって、しかし、誰一人として動く事はできなかった。
一瞬で――一撃で、テイスティアの艦隊が壊滅した光景を、誰もが見てしまった。
その後で再びアレスの前を塞ごうと考える人間はいない。
いや、一人だ――いたかもしれない。
だが。
『端的に邪魔かと思慮いたします』
「そう。それが俺の仕事だから」
ライナの動きを、サミュールが牽制する。
もはや無人となった空域をアレスは走る。
「マクワイルドが来るぞ、何とかしろ、無能ども」
叫んだままに、フォークの旗艦は消滅した。
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