悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
夏
夏③~世界中のだれよりもきっと~
ドタバタと狭い部屋の中を駆け回る。
まるで檻に入れられたペットショップの子犬のように。
「さち!!!!!」
風呂場、トイレ、クローゼット、いないと分かっていながらも台所の棚の中まで探す。
そうだ、壁の中にいるんだろ?もうかくれんぼは終わりにしよう?隠れたって無駄だぞ。
そう思いながら壁を叩いてみる。それに呼応するかのように壁を叩き返す音が聞こえた。
―――さち!?!?
「うるせぇよ!!夜中にドタバタしてんじゃねえ!!!」
その声は隣の部屋から聞こえてくる。俺が五月蠅くしてしまったせいで苦情を言われただけのようだ。
ポツリと、あふれ出るかの如く「彼女」の名前を呟く。
…一体どうして俺は「彼女」を忘れてしまっていたのだろう。
そこにいるのが当たり前となっていたせいなのか、はたまた、母親に叱られれた小さな子供のように、口うるさく言う存在に対して“いなくなってしまえばいい”と心のどこかで思ってしまったからなのだろうか。
今となってはその原因すらわからなかった。
「出てこないと電気消すからな!? いつまでも隠れてようが、知らないからな!」
さちの返事の代わりに、隣からダンッ! と壁を殴る音が一つだけ。
「なんだよ…」
とはいえ、怒鳴る気にもならず、俺は床に座り込んだ。
少し意地悪をしてでも「彼女」の姿をもう一度見たいと思っている自分がいた。
“大切なものは無くなってからその価値に気付く”。
そんな言葉がふと浮かび、心臓がチクリと痛んだ。
俺は電気へと手を伸ばし、段々と部屋を暗くしていく。しかし、その最後の灯りを消すことに戸惑ってしまった。部屋を暗くして寝るのが当たり前なはずだったのに、今日だけはどこか闇が迫ってきてしまうことに恐怖を覚える。
そして、一息つくと、カチン、と部屋を暗闇へと変えた。
そして、しばらくそのままさちが現れるのを待った。
窓の外からは不安を煽るかのようにフクロウの声が聞こえてくる。そんな不安と恐怖心を紛らわすため、俺は頭から布団をかぶる。
……そうしているうちに俺はいつの間にか寝てしまっていた。
―――結局、朝になっても「彼女」の姿は見当たらなかった。
俺はガックリとその肩を落とす。
なんでいなくなっちゃったんだよ…。
幽霊を見たくない人はたくさんいると思うが、幽霊に会いたいと思うのは相当な物好きか狂人でしかないだろう。
…いつの間にか俺は狂ってしまってたのかな。
そう思い、苦笑いが零れる。
そんな時、ふと「彼女」が言っていた言葉を思い出した。
―――私たち幽霊ってのは“人間から認識”されることでその姿を保てるのよ。
「彼女」の話を聞いた時に感じた違和感はこれだったのか。
そう自分の中で納得した。
人から認識されることで存在できるとするならば、人から忘れ去られてしまったらその存在はどうなってしまうのだろうか。そんなこと、今更考えなくてもわかる。
―――「彼女」は今、俺にしか見えないはずだ。
自分でもそう思っていたじゃないか。
「くそっ…!!!!」
俺はそばにあったクッションへ拳を叩きつけ、そのままうつ伏せになった。
もう会えないのだろうか…。
そんなことを考え、自然と涙が溢れそうになる。その時だった。
―――がたん。
何か玄関の方から音が聞こえた。これは郵便受けの音だろうか。そして、
―――幽霊さん、いますかー?
そんな幼い声が耳に飛び込んできた。先ほどの郵便受けの音は、この子供が覗いた音だったのだろう。以前「彼女」が言っていたことをつい真似して“はーい”と答えてみる。
―――うわぁ!出た!!!
そんな声と共にバタバタと走り去っていく音が聞こえてくる。その様子に先ほどまで落ち込んでいたのを忘れてフッと笑みがこぼれてしまう。そしてその時、頭の中を一つの言葉が駆け巡った。
―――私は近所の子供たちが、あそこは幽霊部屋だ、って言ってくれてたから存在できた、って感じなのかな
…これだ。
人から認識されていなくて姿を保てないなら、また人から認識されるようになればいい。
俺は急いで服を着替えると寝癖頭のまま部屋を飛び出した。
俺の足は近所の公園へと向かっていた。俺が東京で最初に訪れたあの公園だ。
この暑い日中にも関わらず、案の定、そこには元気に遊ぶ子供たちの姿があった。
よし、と気合を入れ、一人ひとりに話しかけていく。
「君、この辺にある幽霊部屋、って知ってるかな?」
「しらなーい。てか、おじさん、誰?」
おじさんと言われ、俺の眉はヒクッと動いた。
だが、思った通り今の子供たちには幽霊部屋の存在は忘れ去られているようだ。俺は意気込みながら幽霊部屋の話をしていく。
一人の女の子は、えー、怖い、と話をそらし、ガキ大将らしさのある少し小太りな男の子は、みんなで肝試しに行こうぜ、と張り切っているようだった。
そして、一通り公園で遊ぶ子供に話しかけた時、
「あそこです!不審者!」
そう言って指差してくる若い母親と、そのそばに立つ警察官の姿が見えた。
俺は悪いことはしていないと自分では分かっていながらも、とっさに走って逃げてしまった。後ろからは、ちょっと!君!、と呼びとめられる声が聞こえたが、お構いなしに全力疾走で公園を駆け抜けた。
子供に話しかけるだけで不審者扱いとは、日本もそれだけ物騒になってしまったということなのだろうか。
でもこれできっとまた「彼女」が現れてくれる。そのことだけを考えて家まで走りきった。
―――だが、部屋に「彼女」の姿はなかった。
膝をつき、崩れ落ちるようにして床に座る。
公園の子供たちだけではダメだったのか……。
それだけ俺が忘れてしまっていたことは重かったのだ。
そう考えると自分が悔しくて仕方なかった。
……まだ何かが足りないんだ。
その思いから、俺は立ちあがるとすぐに机の上に置いてあるノートパソコンを立ち上げた。
そして、インターネットを開くとおもむろに、あるページへとアクセスする。
今やだれもが知っている日本最大の電子掲示板サイトである。
その莫大な情報の渦に頭をくらくらさせながらも、一つ一つ丁寧に文字を打ち込んでいく。
“東京都××区にある幽霊部屋を知っていますか?”
公園の子供たちでダメならば日本中、いや、世界中の人に「彼女」を知ってもらおうと思ったのだ。
すぐさま、その問いかけに掲示板の主たちは反応を返してくる。
58 匿名希望(東京都) 20××/8/20(水) 19:21:56.32 ID:HgW7kra03
しらねーよ。くだらねぇこと言ってんじゃねぇ、カス。
そのあまりに粗雑な言葉に俺は怒りを覚えたが、グッと我慢し、投稿を続ける。
“25年前に殺された女性の霊が出るらしいのです。結構有名だったと聞いています”
だが、その問いかけは無残にも聞き流され、言葉の海に沈んでいく。
…ダメか。
そう思い半ばあきらめかけていた。そんな時、一つの返信が届いた。
140 匿名希望(東京都) 20××/8/20(水) 20:01:18.72 ID:YoU031Ru0
>>56 あ、今思い出した。それ確かに聞いたことある。昔は結構有名だったよね。
その言葉を見た途端、俺はパソコンにかじりつくかのように体を乗り出す。そして、その一つの返信に共鳴するかのようにたくさんの噂が流れ始める。
148 匿名希望(東京都) 20××/8/20(水) 20:08:39.99 ID: cyn8Rj3J0
>>56 俺も俺も。ガキの頃によく肝試しに行ってたわ。んで、部屋の前で呼びかけると返事が返ってくるんだよ。嘘じゃねぇ、って!
そんな言葉の数々に、先ほどまでは無関心だった人たちさえ、マジ?、やらせだろ、などと興味を示すようになってきた。中には、本当に声を聞いたことがある、と言う人まで出てくるほどだ。そして、ついには“東京都××区にある幽霊部屋検証スレ”といった題目でスレッドが立ち上がるまでになった。その光景に、俺は口をポカンと開けながらも、心の中では喜びが隠せないでいた。
…これならどうだ。
そう思いながら、心臓が爆発するのではないか、と言うほどの緊張の中、俺は後ろを振り返る。
―――しかし、そこに見えるのは窓から差し込む街頭の灯りだけだった。
一気にその高ぶりが冷めていく。
…もう、手の施しようがない。
頭の中が真っ白になり、俺は静かにパソコンの終了ボタンをクリックする。しばらく経って、Windowsを終了しています、という文字と共に目の前の画面は暗転した。
その直後だった―――
暗転したパソコンの画面に反射して自分のものとは違う影が映り込む。
ドクン、と心臓が跳ねあがるのを感じた。
そして、俺は恐る恐るもう一度後ろを振り返る。
「あ…、えっと…。おひさし、ぶり…?」
見慣れたはずの真っ赤なワンピース、そして顔が隠れるほどの髪が目に飛び込んでくる。
「あ…。」
俺は声を出せずにいた。そして目からは自分でも気付かないうちにボロボロと涙が溢れ出ていた。
「…どこに行ってたんだよ。心配したんだぞ。今日からしばらくおやつ抜きだからな。」
その時は泣きじゃくっていてきちんと話せていたかは自分でもわからない。それでも、前にいる「彼女」にこの言葉をかけずにはいられなかった。
「おかえり。」
俺の声は震えていたのだと思う。
「彼女」はその様子に少し戸惑い、驚きを見せたが、すぐにはにかむと言葉を返してくる。
「…ただいま。」
そしてその時初めて、今までは自分から触れようと思ったことすらなかった「彼女」に抱きついた。その体は氷のように冷たく、か細かったが、よしよし、と頭を撫でてくれる手からはどこかぬくもりを感じていた。
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「本当はね、私はずっと部屋にいたんだよ。」
涙が止まり、冷静になった俺はその言葉に驚きを隠せなかった。
「じゃあ、なんで俺に見えなかったんだよ?みんなから忘れさられてしまったのが原因じゃないのか?」
「それはね、“私があなたに忘れさられてた”から見えなかったんじゃない。“あなたが私を認識しようとしなかった”から見えなかったんだよ。」
そう言って「彼女」は言葉を紡ぎ続ける。
「幽霊ってのは、いると思うからそこにいるの。拓海が最初から、私がいない、と思いながら私のことを探していたから見えなかったのよ。」
25年間も人に忘れられずに存在したのに、今更消滅なんてするわけないじゃない。
そう笑いながら付け足して。
その言葉を聞いて俺は今までのことを一通り思い出す。
確かにそうだ。
俺は「彼女」はいなくなってしまった、と自分の中で決めつけて「彼女」のことを探していた。
それがいけなかったのか…。
「ん…?でもなんでまた見えるようになったんだ?俺はもう完全に探すことを諦めていたのに。」
それはね…。と「彼女」はニヤニヤしながら答える。
「最初に言ったでしょ?幽霊は“鏡”に映るものだ、って。」
なんだよ、そりゃ…。
いままでの行動は全部“骨折り損のくたびれ儲け”だったってことか。
そう思った途端、体にドッと疲れがくるのを感じた。
「でも、私は嬉しかったなぁ。あんなに必死で私を探してくれるんだもん。さちー、さちー、って。」
そう言って俺の真似をして「彼女」は俺をからかってくる。
そんなこと言ってない!、と反論し、その行為を止めようと「彼女」の手をつかもうとするも、私は見てたもーん、と舌を出しながら壁の中へと姿を消してしまった。
俺はそれが悔しいやら、恥ずかしいやらで、頭を掻きまわす。
そして、しばらくしたか思うと「彼女」は壁から顔だけ出してくる。
「拓海…、ありがとね。」
その突然の言葉に、俺は「彼女」から顔を背け、おう…、としか答えられなかった。
それから、“幽霊部屋”について流した噂よりも、“幽霊部屋の話をする変なおじさんが出る”という噂のほうが子供たちの間で広まっていたことを俺が知るのは、ここからしばらく経ってのことである。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
これにて夏編は終了となります。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
夏③、長かったですよね。
まとめきれずこのような形になってしまったことをお詫び申し上げます。
春編、夏編と続けて一つの章にするならば、悪霊消滅章、なんでしょうか。
なんか必殺技みたい←
次からは秋編に突入いたします。
先に少しだけ内容を言うとするならば、ちょっとした息抜き、的な内容です。
今まで語れていなかったところ(例えば、友人について)などを中心に書いていきたいと思っています。
それでは、一応ここで小説の一つの区切りと題しまして、改めてご挨拶させていただきます。
みなさま、これからも宜しくお願いします。
もちろん、非会員の方々からのご感想も大歓迎です!!
それでは、ご感想、ご指摘お待ちしています。
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