深き者
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第八章
第八章
「今は」
「はい、そうです」
「日本語です」
「何のお話をされているのでしょうか」
怪訝な顔で二人に問うのだった。
「それで」
「何でもありません」
「そういうことで御願いします」
「はあ。それでは深く詮索しないことにします」
今は牧師は彼等の会話を詮索しなかった。あえてそれ以上はだった。この辺りに牧師としての心遣いを見せていると言えた。
「そういうことで」
「はい、それでは」
「それで御願いします」
「ですが宿ですが」
ここで牧師はこのことを言うのだった。
「この村にはホテルといったものはありません」
「それなら車の中で寝ますから」
「それで」
「いえ、そういうわけにもいかないでしょう」
しかしここで牧師は二人に対してこう告げるのであった。
「宜しければですが」
「はい」
「何か」
「ここでお休みになられてはどうでしょうか」
二人への提案であった。
「雨露も凌げますし粗末ですが食事もありますし」
「ですがそれは」
「いいのですか?」
「はい、どうぞ」
穏やかな笑みと共にまた告げたのだった。
「それに私もです」
「牧師さんもですか」
「この村に一人で赴任してそれからずっとここにいるのです」
こう二人に話した。寂しい笑みになって。
「村の人達は教会には立ち寄りませんし」
「そうですか。やっぱり」
「教会には」
「本当に誰もなのです」
今の二人の言葉の意味には気付かずさらに話す牧師だった。
「誰も来ないので。あまりにも寂しくて」
「ええ、わかりました」
「そういうことでしたら」
「話し相手になって下さい」
このことを申し出たのだった。
「是非」
「それでは御願いします」
「私達で宜しければ」
こうして二人はこの牧師がいる古ぼけた教会に宿を借りることになった。その日の夕食は固いパンに安物のワイン、それと古いチーズだけだった。それだけの質素な夕食を採るのであった。
薄暗い頑丈さだけが取り柄の木の椅子とテーブルだけがある部屋の中で三人は顔を寄せ合ってその質素な夕食を食べている。その中で話すのだった。
「それじゃあこの村は」
「変わらないのですね」
「はい」
牧師はこう二人に話すのであった。
「この村に来てもう三年になりますが」
「では三年もこのままですか」
役はワインを小さなガラスのコップに入れながら牧師の話を聞いていた。
「三年もこの有様のまま」
「何も変わらないのです」
牧師はまた話した。
「本当に何一つとして」
「どうやって生計を立ててるんでしょうね」
本郷はわざといぶかしむ顔を作って英語で呟いてみせた。
「この村は」
「さて」
牧師は今の本郷の言葉に首を横に振るだけだった。空しそうな仕草で。
「それすらもわからないのです」
「そうなのですか」
「御覧の有様で店は全て閉まっています」
これは二人が既に見てきた通りであった。
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