とある碧空の暴風族(ストームライダー)
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ニシオリ信乃過去編
Trick-12-1_で、殺人者さんはなんでこんな所にいるのかな?
師匠と話をした俺は、思い切ってASEを辞める事にした。
玖渚機関から何かしらの工作をされる可能性があったので、ASEのみんなを巻き込まないためだ。
ASEは大きな企業だが、所詮は表世界にしかすぎない。
何かしらの絡め手をされると厄介だと思う。
それにASEには本当にお世話になった。だから巻き込みたくなかった。
でも俺に出来る事は、他の人の模倣だけだ。
どんな技術も俺はトップを取る事ができない。
トップを取る必要はないとは分かっているが、最初からダメと言われてしまうと
モチベーションは上がらない。
さらに劣化模倣は俺自身の才能ではなく、弐栞の才能と言うから少し複雑だ。
俺は半ば諦めと期待を持って、師匠と同じ何でも屋→請負人を始めた。
最初の数カ月は師匠の下で手伝いを行い、後に独立して仕事を請け負った。
ホント、師匠の依頼って面倒だよ。
なんだよ、殺人鬼3人を説得するとか・・・死ぬかと思った。
ついでに殺人鬼の1人から魂を感知できるスキルを教えてもらったから少しは良いけど。
他にも師匠を伝手として玖渚機関からのアピールが何回かあった。
それほどまでにして俺を機関に入れたいのか! 断る!
師匠も申し訳なさそうにしているが、師匠と草薙さん改め玖渚友さんと
結婚しているらしい。そして水ちゃんは師匠の子供だそうな。
・・・師匠の話題で一番驚いたよ。
玖渚機関からのアピールは無視して、機関からの依頼は請負をして貸しを作っておいた。
これで無理にでも機関に入れようとした場合の盾にはなるかな?
不本意ではあるが、玖渚機関はともかく玖渚友と玖渚水とは仲良くなった。
それにローマ清教からもフリーの請負人になったからいくつか依頼が来た。
神裂さんと模擬戦をして腕試しもしたっけな。死ぬかと思った。なんだよ神人って。チートだ。
それでも神裂さんの役に立ちたかったので、まだ練習中である糸を使った技にアドバイスをした。
認めたくは無いが、糸を使ったスキルは神裂さんより俺の方が上だ。認めたくないスキルでも、恩人の役に立つのなら我慢しよう。
その他にも色々とあったけど、それと同時に自分の時間を増やせるようになった。
別にASEの業務が過酷ってわけでは・・・・すみません、嘘を言いそうになりました。
ASEの仕事は過酷です。報酬は良いけどブラック企業です。
でも自分の時間が取れない程、忙しいわけではない。
ただ仕事範囲が世界中であるため、飛行機トラウマっ子の俺は移動に時間がかかってしまうのだ。陸路か海路しか使えないしね。
独立してからは、仕事の範囲をアメリカを中心にしていたので、ASEほど移動時間は必要ない。
たまにSWATやテッサちゃん、ビバリーさんに会いに行ったり遊びに行ったり修行にいったり。
そしてそして。今は自分の時間、A・T製作に本腰を入れる事が出来るようになった。
哀川潤に負けた事が思いのほか悔しくて、次に再開した時は完成版のA・Tでリベンジする!
前回はモーター制御部が不十分だった。
出した技も、力技だけだった。技を魅せることが出来なかった。
ASE時代の伝手で希少な金属を入手しながら着々と完成に近付けていた。
そして意外なことに、ほとんど役に立たないと思っていた俺の魔術が
A・T製作と言う狭い分野で大いに役に立ったのだ!!
希少金属の合金や変形を機器を必要とせずに錬金術で行い、全体的に問題がないかを
精密センサーを用いず解析魔術で確かめる。
このときは本当に嬉しかった。俺はA・Tを作るために生きているのではないかと思うほどに嬉しかった。
そして作り上げた試作機1号。一般販売されているノンカスタムと同じ性能を持っている。
嬉しさのあまり早朝で徹夜にも関わらず、すぐに人目があまりない路地裏に行って試し走りをした。
そして疲れて寝ころんだ頃にはお月様が高々と上がっていた。
やり過ぎた。でも後悔も反省もない、とてつもなく楽しかった。
そんなA・T中心の生活が始まり、しばらく経った頃に師匠から不可解な依頼を受けた。
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調査を行ったのは日本のとある山中。
この山中に、地図に載っていない村があるという。
衛星を使った撮影で、この1年でたった1日だけ映し出された村があったそうだ。
その後は何度撮影しても村の痕跡はなく、同じような山の木々が映し出されただけだった。
師匠に依頼を出したのは≪氏神クロム≫と言う女性。
もしやと思って確認を取ったら、師匠は頷いてくれた。
≪財力の世界≫を司る≪四神一鏡≫。
その一角である≪氏神≫であり、現在の≪四神一鏡≫のトップである女性だった。
クロム氏は財力の世界のトップにふさわしく、お金に関わることであれば
人を“人”として見るのではなく、“存在”または“物”として認識するそうだ。
だが一部で例外がある。それは人体実験だ。
人体実験が関わることであれば、その考え方を覆して救助を優先するという。
今回の依頼はその救助の一環らしい。
地図に載っていない村に住んでいる人は、いわば国が認知していない人だ。
例え殺されようが実験体にされようが、知られる事は無い。
衛星に写った村が本当なのかを確認して欲しいと師匠の元へ依頼が来た。
その依頼を俺に回ってきたのは、自分に機動力があるからだ。
この半年ほどで師匠から≪表世界≫以外での仕事をこなしていたら
いつの間にか≪人類最速の請負人≫と呼ばれるようになっていた。
・・・中二病ですよね、この世界のネーミング。嫌いじゃないけど。
ちなみに師匠は≪人類最弱の請負人≫と呼ばれている。
これはある意味で師匠にぴったしのあだ名だと思う。
弱いってことは戦わなかったから呼ばれた称号だろう。
あだ名で呼ばれるほど弱い、つまり戦わなかった故の結果を残してきてのだ。
戦わないで場を収める事において、師匠より上の人を見た事がない。
それはともかく、師匠から機動力の高さをかわれて調査を頼まれた。
バイクは国際運転免許を持っているから乗れるし、A・Tもある。移動はバッチリだ。
とっとと行って、とっとと帰ってこいと言う事らしい。
頼まれたのだから最速で確実に仕事をこなしましょうか。
俺個人としても、違法な人体実験は好きではない。なんせ前世がそうなのだからな。
改造無音のトライアルバイクに跨り、目的の村がある方向へ森を抜ける。
地図に載っていない村なのだから、当然道は無い。
そのためのトライアルバイクだ。森の中でも順調に駆け抜ける。
森を駆け抜け数時間、目的の村が見えた。
今回の調査は、村で人体実験がされているかを調べる事だ。
隠れた村がある事の確認ではない。
そうして、俺はバイクを草で隠して靴をA・T(今までの最高傑作)に変える。
万全の戦闘態勢を持って村へと隠れながら潜入した。
この村は農村であり、民家の近くに適度な大きさの畑があった。
しかし売るために大きな畑が必要な農家とは違い、自分の家または村の中で消費するぐらいの
大きさの畑しかない。
そして問題を2つほど見つけた。
1つ目は人が見当たらない事だ。
畑の中には収穫期を迎えて美味しそうに実っている野菜があったが、
手をつけられていない。というよりも家からは生活感を感じない。
おそらくは数週間は人が帰ってないだろう。
2つ目は農村に合わない奇妙な建物が一つあること。
正確には建物と言うより、地下施設からの放熱する施設と思われる。
調査していて1日2回ほど、放熱の為に施設が開いていた。
この間も、人の出入りはほとんどなかった。
以上の点を踏まえて、村で違法な人体実験をされている可能性は高いと思われる。
俺は速やかに村から出て、これについての報告書をまとめて提出をした。
これで依頼は完了だ。
完了した。それによって、俺は自由に動ける。
依頼では速やかな報告が必要であり、深い調査禁止されていた。
だから依頼完了した今では、どのように動いても問題は無い。
俺が単独で自由に例の村に行こうと誰も文句は言えない。
気になっていたのだ、放熱施設が。
村の状態を見る限り、実験は既に完了しているか廃棄されているはずだ。
だが施設は動き続けている。最低でも放熱の機器は動き続けている。
放熱の為だけで施設を動かし続けるメリットはあるのか?
そう考えた時、俺は前世の記録を思い出した。
似ている。この放熱施設は、似ている。
かつて重力子(グラビティ・チルドレン)が生まれ、
かつてA・Tが生まれた場所。
「“天空の塔”(トロパイオンの塔)・・・・まさか・・な」
まかさ、それは無い。と自分に言い聞かせるように呟く。
でもその疑念は消せない。疑問は隠せない。
A・T歴1年にもなっていない俺だが、それでも本気でA・Tが好きだと言い切れる。
まだA・Tに関わっているどうかなんて可能性の段階だ。
それでもA・Tに関わる厄災は許せなかった。
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後日、師匠への任務完了を報告して、再び地図にない村を訪れた。
もちろん、依頼ではなく個人的なようだ。
準備も問題ない。今までで最高傑作のA・Tを組み上げてきた。
以前の調査で地上には監視カメラなど警備システムが無い事を確認したので
堂々と正面から入る。もちろん人はいない。
氏神クロムさんが事件収拾の為に組んだチームが来るかもしれないので
少し急がないといけない。
放熱施設の前に立ち、放熱口のシャッターが開いた瞬間に、中へ飛び込む。
シャッターは放熱量に比べて口が大きいので、俺が熱にやられる心配は無い。
予想道理に放熱施設の地下は広かった。
そして施設の規模とは不釣り合いに警備システムが弱かった。
監視カメラは無い。各実験室の前にカードキータイプの鍵が付いているだけ。
この程度のカードキーは直接ハッキングをすれば1分と掛からず苦をせずに開ける事が出来る。
不審に思い、より警戒をして進んだ先には人間が入るほど大きなガラス管があった。
あ~あ、やっぱりか。
大きなガラス管、これは人間を対象にした道具に違いない。
やはり違法レベルの人体実験がされていたのは確定された。
ただ、ガラス管は全て空っぽであった。謎液体に満たされたものはない。
「実験は・・・・もう終了されて、施設は破棄されている?」
ここでの実験は終了されている喜びと、
別の場所で実験が継続されているかもしれないという不安を同時に感じた。
別の場所で実験が継続されているなら、それを止めたい。
普段、自分の目の届く範囲とは関係ない場所で行われていなければ
興味を持たない筈なのに、今回の実験に対しては追及してまでも止めたい気持ちがある
自分に若干、驚いている。・・・・何かの気まぐれかもしれない。とにかく調査だ。
今の階には情報を取れる端末が無いので、さらに奥の階へと進む。
そして階を4つほど下にいった所に異変があった。
人の気配がする。殺人鬼3兄弟の末っ子に教えてもらった魂感知スキルで
生きている人がいることが分かった。
扉を開けてはいないが、部屋の名前は「第一級実験室」と書かれている。
第一級とは、最大の意味の一級だろうな。この部屋にいる奴は
言い換えれば第一級の実力があるってことなんだろうな、実験に関わる限りはそうだろう。
だけども俺は止まるわけにはいかない。この実験施設は、もしかしたらアレなのだから。
扉をゆっくりと開ける。
そして血だまりの中に、人が奥の壁に背を預けて座っていた。
血の量を考える限り、座っている人の血ではないだろう。
一人分の血としては多すぎるし、血だまりというより正確に言えば血が飛び散っているからだ。
ただの人間だけでは作成が無理で気持ち悪い芸術だ。
座っている人、歳は俺より少し上くらいか? なんだからキザキザした眉毛をしている。
そして特徴的なのは目。男は生気の無い目をしているのだ。
その目が俺を捕えてこちらを見た。
ゾクゥ!
一目で分かった。こいつは異常なのだと。
何が異常なのかは分からないが、それでも分かってしまった。
「あんたは・・・何者・・・いや、何だ?」
「ただの殺人者だよ」
殺人者、か。
その響きを聞くと、お世話になった殺人鬼3兄弟を思い出す。
「・・・こんな所で何をやっているんだ?」
「君には関係ない事だよ」
そうは言われても、研究所で初めて会う人間だ。
放置するわけにもいかない。
「僕は何もしないよ。ここが好きなだけだ。早く進んだらどうだい? 僕は止めないよ」
確かに無気力な感じだ。邪魔など一切する様子は見えない。
どうする? 止める気がないなら、Uターンして後ろの通路から先に進むのも吝かではない。
キラ
顔の向きは変えずに、意識だけ後ろの通路に向けた。
その一瞬だ。目線すらも変えていない。変えていないから見えた。
奴の放つ一閃を!
「うぉ!?」
反射的に屈む。頭の上を何かが通るのを感じる。
「あれ、避けられた。意識から外したはずなのに」
俺の意識の間をすり抜けるように放った攻撃は、奴が握った刀だった。
距離もある程度離れていたはずなのに、関係無いとばかりの高速の一閃。
屈んだ勢いで転がる。そして刀の攻撃範囲から外れる。
「なにすんだよ・・・止めない筈だろ?」
「ああ、うん。
そう言った方が君を殺しやすそうだからね」
本当に、こいつの攻撃は殺す気の攻撃だった。
屈んで避けたが、避けなければ俺の首に攻撃されていた。
攻撃に躊躇はなかった。
離れた後も、攻撃を連続で繰り出してくる。
いつの間にか両手に握られた刀2本が俺の命を刈り取りに来る。
横一文字に狙いに来た一撃を、俺はすぐ後ろにある壁を利用して避ける。
もちろん、A・Tならではのトリッキーな技だ。
距離感を間違えたようで、一閃した刀は壁へと刺さり折れてしまった。
「ちっ」
奴の上を飛び越えて後ろへと回る。
さらに勢いを利用して回転後ろ蹴りを放つ。
右腕には折れた刀。ガードは出来ない筈だ。
と思っていたら、奴の腕にはトンファーが握られていた。
その武器に蹴りはガードされてしまった。
どこから取り出したんだ?
「でも、まだまだ行くぜ!」
蹴りを受け止められた反応を利用して、逆の脚で脳天を狙いにいく。
Trick - X BITING -
噛みつくような両の脚から繰り出す技へと繋げた。
奴は左手に持っていた刀は捨て、左手もトンファーを握りガードする。
だが、それで防いだつもりか?
「くっ!?」
この技は蹴りではあるが、同時に噛み(バイト)でもある。
噛み潰すように奴の両腕を挟むようにしてダメ―ジを通した。
続けざまに次の技を繰り出そうと右足を上げる。
Trick - Meteor Strike -
踵落としによる一撃を奴の左肩に直撃した。
「がはぁっ!?」
「よし!」
会心の一撃が入った。これで少しは大人しくなるだろう。
ここまで戦っておいてなんだが、俺は無駄な戦いはしたくない。
だから奴へと交渉を持ちかけた。
「さて、殺人者。少しは落ち着いたか?」
「・・・まあね。
いきなり殺しにきて悪かった。次からは宣言して殺すことにするよ」
結局は殺すんかい。
内心ツッコミをしながら、どうにか会話を繋げるとしよう。
「で、殺人者さんはなんでこんな所にいるのかな?」
「そういう君だって、廃棄された施設に何の用事だい?」
「俺かい?
通りすがりの暴風族だ」
「・・・ディケイド的な答えに感銘したから名乗ることにするよ。
験体名『枯れた樹海』
名前は 宗像 形だ」
「・・・・懇切丁寧な自己紹介ありがとう」
どうやら予想通り、実験をしている側ではなく、されている側の人間だった。
素直に名前を教えてくれる事は予想外だけど。
「で、廃棄された実験場で何をやっているんだ?」
「・・・それは君には関係の無いことだ」
そういって奴は、宗像は顔を不愉快に歪ませて突撃した。
一旦距離をとって対応を考えたが、宗像の動きは早かった。
信乃がA・Tを使う前に刀の射程圏へと入り、必殺の一撃を、胴体を狙う。
信乃は後ろに跳び、その反動をA・Tにつぎ込んでカウンターを仕掛けた。
だが、宗像の追撃がそれを許さなかった。
再び急所を狙い切りあげた刀によって、前方へと進めないでいた。
チッ! A・Tは基本的に前に進む。その前を宗像に邪魔されているようだった。
それに狙ってくる場所も人間の急所ばかりだ。
SWATやASEでの訓練も厳しいものだが、今回の相手は質が違う。
異質。一つでもまともに受ければ死へとつながる攻撃ばかり。
一番似ているのは殺人鬼3兄弟を相手にした時だ。
あっちは完全に遊びで殺さない制約があったので、殺気は本物でも攻撃は本物ではない。
でも、こいつは本物だ。攻撃も殺気も、本物。
体力だけでなく、気力も消耗する。
「くそ!」
20以上の斬撃を避けて、A・Tを使って距離をようやく取る事が出来た。
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」
久々の生死を掛けた戦いに、息切れをしている俺だが
逆に頭の中は冷たくなる事が出来た。
「ここの研究は終わっていると思うんだけど、なんでまだいるんだ?」
とりあえず、時間稼ぎとして話題を振ってみる。
話題と言っても、結局は信乃の情報収集にすぎないが。
「終わっているよ。だから殺す」
「だからって・・・・意味が良くわからないけど、とにかく研究が終わっている事は肯定するんだな」
「肯定する。別に僕は研究を守秘する意味も意思もない」
「だったら、戦う必要なないんじゃないか?」
「戦う必要は無い。だから殺す」
「なにが“だから”なんだよ」
「僕は実験体だ。だから殺す。
実験は中断された。だから殺す。
破棄と言うか放棄された。だから殺す。
色々と研究所を歩いてきたけど、ここが気に入った。だから殺す。
侵入者がいる。だから殺す。
僕の部屋に君が尋ねてきた。だから殺す。
僕の周りは血まみれだ。だから殺す。
全てが殺す事に繋がる」
「・・・まるで、殺人鬼のような事を言うな」
「否定しないよ。だから殺す」
「なんだか、新しい語尾みたいだな。
あんまり語尾を使い過ぎない方が良いぞ、黒歴史になっちまうから。
僕はキメ顔でそう言った」
まあ、実際はキメ顔じゃないですけど。
ふざけた話をしたおかげで、より落ち着きを取り戻せた。
奴が使っているのは2本の刀。
殺気の鋭さはあるものの、振る刀は少し剣術をかじった事がある程度の実力だ。
それで俺が追い詰められているのは、最端ルートで殺しに繋がる攻撃を何度も繰り出すからだ。
死への緊張感を直に感じたらそうなる。
だが、不思議に思う。
何故、自分は生きているのだろうか?
これほどの殺気を放つ相手はそれこそ殺人鬼クラスだけだった。
そんな相手では自分は瞬殺、A・Tを上手く使っても秒殺だ。
その謎の答えを見つける前に、戦闘は再開された。
「ちっ!」
素人のようだが達人のように急所を的確に狙ってくる。半歩下がって首への斬撃を回避した。
下から太腿を狙い切りあげる。上げた刃を返して肩、心臓を狙う。
それも半ば転ぶような動きで後ろに下がり避ける。
「クソッ!」
先程から信乃は相手との距離を取れずにいるし、攻撃は基本後ろしか避けられない。
A・Tの有効性を活かし切れていなかった。
基本的にA・Tは前に進むものだ。前には奴がいるから無理。
距離を取ろうとしても背中を奴に向けるのは恐い。っていうか殺される。
いわば、俺は動きを“殺している”のだ。
このままじゃ命まで殺されてしまう。
何か方法は無いか・・・・・
無いな。常套手段では無い。
だから常套以外で攻撃する。
具体的かつ簡略的に言えば、肉を切らせて骨を断つ、捨て身の攻撃だ。
もちろん勝機が無くて自棄になったわけではない。
奴の癖を見つけたのだ。
右からの切りあげの際、若干だが刀の柄を先に出してくる。
その柄を足で踏むように抑える事が出来れば右は封じられる。
後の左手も、右が封じられていれば動きが制限される。
そこで俺の右腕を捨てる覚悟で攻撃すれば良いはずだ。
覚悟は決まった。後は結構するのみ!!
「いくぜ!」
腰に付けていたスタン警棒を使える状態にして左手に持つ。ちなみに俺は訓練で両利きにしてある。左手でも問題ない。
奴へと一閃(と言っても警棒だから切れないけど)を繰り出す。
もちろん、俺程度の攻撃なんて簡単に防がれる。
だが布石としては使えるはずだ!
何度も何度も奴へと攻撃を仕掛ける。
防がれようとも、避けられようとも、反撃されようとも、続ける。
最初よりも落ち着いたからからなのか、殺気から奴の攻撃が予測できる。
戦闘経験がある程度あるなら読める殺気。
相手が怯むならともかく、この殺気を耐えきれば逆に利用できる。
殺気が強すぎるのも問題だな、次の攻撃が読めるからな!
そして23合ほど打ち合った後に、ようやくチャンスが来た。
奴の右からの切りあげ。俺が待っていた攻撃だ!
その瞬間に警棒を右手に持ち替える。
そして左手を突き出して、奴の刀の柄を抑えた。
良し!
右手に持ち替えた警棒で、奴の左手の刀を抑えにかかる。
抑えれば、両腕の攻撃を封じて反撃へ!
そして次。警棒で刀を抑える。問題無く抑える事が出来た。
最悪、殺してしまうかもしれないが、それを考えられるほど余裕はない。
覚悟を決めた攻撃を奴へと振りかぶった。
刀を弾いた反動も利用して、警棒は奴のコメカミを狙う。
タイミングも申し分ない。このタイミングえは避ける事も反撃も出来ない。
その確信を否定したのは奴の顔だった。
警棒を振る際に見たのは奴の笑顔。
一瞬、隙を見せたのは罠かと思った。が、それも一瞬で否定された。
奴は罠を成功させた楽しい笑顔ではない。
何かから解放される清々しい顔だった。
ドゴ!
「ガァッ!」
奴の“顔”に衝撃が襲い、尻もちを着いた。
この衝撃に先程まで笑みを浮かべていた奴は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「なぜ、警棒で殴らなかった? って顔してるな」
右手を突き出したポーズを解き、奴を見下した。
その手は警棒ではなく、拳が握られていた。
「答えは簡単。
お前が俺に殺されるつもりだって分かったから。
お前の思い通りにしたくなかったからだ」
奴の目的は、殺すことではない。
殺されることだ
部屋に入った時は、血の赤色のインパクトが強すぎて気付かなかったが、
これは血ではない、ペンキだ。
血であれば多少の鉄臭さと生臭さがあるはずだが、この部屋にはない。
というか気付けよ、俺。
それに奴の行動だ。
あれほど殺気を出せる奴なら、もっと強くても不思議は無い。
それなのに俺と良い勝負が出来る程度の実力なんてありえない。
なにより、殺気が強すぎるのがおかしい。
強すぎる殺気は、いわば次の攻撃を教えることになってしまう。
いや、まさに奴はその為に殺気を強く出していたのだ。
殺さないために、殺す気の攻撃をしていた。
全ての攻撃が、殺気を利用したテレホンパンチになっていたのだ。
だから俺でも攻撃を避ける事が出来ていたのだ。
相手に避けられる攻撃を続け、部屋の演出までした。
決定打として奴の笑顔。何に捕らわれていたかは分からないが、
それから死ぬことで解放される、安堵から清々しい笑みになっていたのだろう。
「ふざけるな・・・
確かにお前を殺す覚悟をしていたが、死にたがりをわざわざ殺すつもりは毛頭ない。
勝手に一人で死んでいろ! 俺だって殺したら傷つくんだよ!
俺を巻き込むんじゃね!」
だから俺は直前に、振っている最中の警棒を手放して、奴の頬を殴り飛ばしたのだ。
そして、もう一つの真実にも辿りつけた。
「宗像。お前、人を殺した事が無いだろ?」
「!?
・・・・なんのことだい?」
その反応は当たりか。
「お前の殺気は本物だ。だから殺す技術に精通しているのは間違いない。
なのに、なぜ俺はまだ生きている?
確かに腕には自信があるが、それは表世界でのレベルだ。
お前ほどの殺気を出せるなら、間違いなく裏の人間・・または裏の人間に造られた人間。
俺が敵うはずがない。
さっきの俺の攻撃は様子見を含めてお前が手加減していたからだ。
実際、俺のA・Tの動きを読んでからはまともに攻める事は出来て無かった。
それなのに、思いついた程度の策でなぜ攻撃が通じる?
簡単な答えだ。お前の望み通りな攻撃を俺がしたからだ。お前が攻撃を通したからだ。
殺す技術に精通しているお前は、逆に殺さない技術にも精通している。
そして殺される技術にもな。
殺されない技術を使って、俺に殺されようと考えていただろ」
「・・・・・・・・」
長い沈黙の後、宗像は上を見上げて、諦めたように呟いた。
「まいったな・・・・そこまで完全に見抜かれるなんて」
「お前の笑顔を見れば、そう難しくない」
「・・・・気が抜けてしまったんだ。これでようやく死ねる。
ようやく誰も殺さなくて済むんだって思ったら笑う事が出来たんだ」
宗像は自分の胸の内を明かしていった。
「僕は君の言った通り、この実験施設で作り出された存在だ。
この体は血管一本に至るまで調べられていない場所は無い。
そして精神には戦闘に特化するため、殺意が埋め込まれた」
「殺意?」
「何をしてもしなくても、何を考えても考えていなくても、全て殺意へとつながる。
そんな僕だけど・・・君の言った通り人を殺した事が無い。
だけど僕は、それをずっと我慢していた。対象を処分する実験であっても我慢した。
だって・・・・人間は殺したら死んじゃうじゃないか」
「ま、そうだな」
支離滅裂な事を言っているが、わからないでもない。
埋め込まれた殺意という衝動よりも、自分が持っている人間を愛する気持ちの方が強かった。
ただそれだけなのだ、宗像という人間は。
「宗像、お前はまだ殺人衝動があるか?」
「あるよ。君の問を聞き答えただけでも殺したくなっている」
「それじゃ、俺と初めて会った時と比べたら殺意はどうだ?」
「・・・・少なくなっている気がする」
「そうか、それなら良かった。
お前の殺人衝動は、人間のストレスと同じ部分がある。
簡単に言っちまえば、俺との戦闘でいい運動になって、殺意が少し減ったんだと思うぞ」
「・・・・」
「よかったじゃないか。殺意発散が出来て」
「でも、僕の持つ殺意は本物で・・・・いつまで抑えられるか・・・・」
「その時は俺を一番最初に殺しにきたらいい」
「え?」
「もちろん俺は反撃するし、殺されもしない。
適当に相手していりゃ、お前の殺意も治まるだろ? 今みたいにさ」
「・・・・いいのか? そのたびに君は殺されるようなものだぞ?」
「殺されないよ」
「その根拠は何だい?」
「根拠? 今の勝利ってだけでいいだろ。
今の戦いに俺が勝った。だからこれからも負けない」
「僕の技術が成長しても?」
「その分、俺も成長していくから問題ない。
あと、もう一つ理由がある。
お前は殺人衝動を持っていても、今後絶対に人間を殺さない。そこは信頼しているぜ」
「信頼か・・・された事が無いな。
君の名前、教えてもらっていいかな、通りすがりの暴風族さん?」
「信乃。
西折 信乃だ」
「西折、信乃。
僕と、友達になってくれないか?」
「・・・あのなー、いまさら何言ってんだあんた?
殺すつもりがあろうとなかろうと! あんたと俺は命がけで戦ったんだぜ?
つまり俺達はもう友達じゃねーかよ。そんなよそよそしいこと言われたら傷つくじゃねーか」
宗像と友人になった理由。それは宗像の生き様に好感が持てたからだ。
宗像は殺人衝動を抑えて、他人の命を必死に奪わないようにしていた。そこに好感が持てた。
倒れている宗像に手を伸ばした。
宗像もその手に握るために腕を伸ばした。
宗像の袖口から“クナイ”が落ちて、そして2人は手を握り締めた。
和解後、俺は実験施設について宗像と話をした。
施設の実験体である宗像は、自分の参加していた実験以外にはあまり知らないらしい。
宗像の受けたのは精神による肉体強化の実験。
精神のみを手を加え、それによる肉体への影響を試す実験。
実験体は13人ほどいたが、他は失敗による死亡が確認されており、
宗像が最後の実験体のようだ。
施設を廃棄するにあたり、実験体の処分さえも行わず急いで出て行ったらしい。
元々、この施設の実験体は多くないらしく、そのまま放置して餓死させた方が楽だと判断したようだ。
命を軽んじる実験者に腹を立てつつも、宗像から色々と話を聞いて現状を把握することが出来た。
その後、宗像は実験施設から出るように話をした。
宗像が出なかった理由は、自分の殺人衝動を抑えるのに自信がなかったからだ。
だが俺との戦闘で若干だが大丈夫だと安心して施設から出る事を決意した。
その際に
「その面白い靴、出来れば出いいから僕にも教えてくれないか?」
とか言っていた。
ま、友達からのお願いだから、今度教えてあげますか。
つづく
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