悪霊と付き合って3年が経ったので結婚を考えてます
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1年目
夏
夏①~蝉の声を引き連れて~
―――暑い…。
空には雲ひとつないまさに快晴。天から降り注ぐ日差しはジリジリと肌を焦がしていく。
どうしてこんな日にライブ会場の警備のバイトなんて入れてしまったのだろうか…。
今月がピンチだったのもあり、自給の良かったバイトをホイホイ選んでしまったのが間違いだった。そして、あわよくば、会場内の警備ならタダで見られると思っていたのだが、人生はそんなに甘くはない。
「はーい、押さないでくださいー。入場チケットのご用意をお願いしますー。」
くっそ…、いいな。俺もこのライブ見たかったんだよなぁ…。
このグループのギターの速弾きは本当に神懸かってる。
―――早く俺もこんな場所で弾いてみたいな…。
そんなことを考えているうちに、時計はそろそろ休憩の時間を告げていた。
…よくやく休める。
そう思い、ホッと胸を撫で下ろして、ガラガラになった声を振り絞り呼び掛けを続ける。
そんな時、青い制服姿の警備のバイトの責任者が俺を見つけ、速足で近づいてくるのが見えた。
やっと交代だ…。
「申し訳ない。交代時間だったんだがもう一人のバイトが体調不良で帰ってしまってな。すまんが、あと2時間ほどここの警備に当たってもらえるか?」
―――そりゃないよ…。
俺と愛華はバンドメンバーでよく行く駅前の安い居酒屋で今日のバイトの打ち上げをしていた。
店の中は、まだスーツに“着られている”ような若いサラリーマンや、ろくに勉強もしていないのであろう髪の毛の派手な大学生たちでガヤガヤと賑わっている。
「あっはっは!!それはそれは、ご愁傷さまだ!!あんたも人がいいねぇ。そんなの断っとけばいいのに!」
そう言いながら、目の前の友人は、ぷはーっと景気よく酒を飲み干していく。
「うるせぇなぁ!今月ピンチだったんだよ。少しでも働いた方がいいだろ!?」
「でも、このバイト、日給制じゃなかったか?いくら働いても値段は変わらないだろ?」
あっ…、と声が漏れ、テーブルへと肩から崩れ落ちた。
確かに、俺は人がいいみたいだ…。
そして俺たちの後ろの席に座っている、顔を真っ赤にして酔っぱらったおじさんから“兄ちゃんも苦労してるねぇ”と声を掛けられる。
その様子見た愛華はケラケラと俺を指差して笑っていた。
「ところで、愛華はどこの警備だったんだよ。このバイト誘ったのお前なのに、途中から姿を全然見かけなかったぞ?」
「あぁ、あたし?あたしは会場内よ!はぁ…、あのピンと張った高音、大胆な歌い回しの中にある繊細なビブラート…。もう最高…。」
はぁ!?と声を荒げてしまった。
こっちは暑い中会場外の警備だったってのに、こいつは会場内で楽しんでやがったのか。
そんなことにイライラしたが、ジョッキに残っていた酒と一緒にその気持ちごと飲み干す。
「おぉ、いくねぇ!タダでライブも見られて、金ももらえてあたしはハッピーだよ!あっはっは!!」
…人生とは不公平だ、と俺は神を恨んだ。
「ただいまー…、っと。」
「おかえり!遅かったじゃない!!こっちはお腹空いてるの我慢してたのよ!?」
そう言いながら頬を膨らませ、こちらに駆け寄って、いや、正しくはフワフワと宙に浮いて「飛び寄って」くる。可愛い子ぶっても「彼女」は悪霊だ。今の状況は誰がどう見ても、俺をあの世へと連れて行こうと襲いかかっているようにしか見えないだろう。
「あー、すまん。弁当買ってきたからこれ温めて食べてくれ。俺は明日もバイトだし、それが終わったらバンドの練習もある。もう寝かせてくれ…。」
「最近そればっかりじゃない!もう焼き肉弁当は食べ飽きたわよ!カロリーも高いし、太らせる気!?」
ちょっと、聞いてる!?、と「彼女」は声を張り上げているが、俺は聞こえないふりをしてそそくさとベッドに潜り込む。幽霊って太るんだろうか…。そんなことを考えているうちに、温かな布団の感覚に誘われ、意識は闇の中へと吸い込まれていった。
―――その日、俺は夢を見た。
夢だ、と理解できるということはこれが明晰夢というものだろうか。
遠くから真っ白なワンピースと長い髪をはためかせた女の子がこちらに微笑み、駆け寄ってくる。しかし、不思議なことにその面影に見覚えはない。これはモテない俺が作り上げた幻想に過ぎないのかもしれない。
夢の中くらいモテてもいいよな…。
そう思い、俺もその女の子に駆け寄っていく。
だが、その突如、世界が暗転した。
いきなりの出来事に俺は慌てふためきながらも、さっきまでそこにいたはずの女の子を探す。しかし、人影一つ見当たらない。
―――■■■■!!!!
夢の中の俺はその子の名前を叫んでいた。知らないはずのその名前を。俺が忘れているだけで、どこかで会ったことがあるのだろうか。そう思っていた、その時、背中に鋭い痛みが走り、そこからじんわりと温かな液体が肌を伝っていくのを感じた。夢の中では痛みを感じない、と聞くが、この痛みは本物だ。そして、背後から俺の耳元に誰かの顔が近づいてくる気配がした。
―――あなたを殺して、私も死ぬ。
その声にハッと我に返る。そこには見慣れた天井があった。
なんだったんだ…、あの夢は…。
わけもわからず頭を抱えたまま、目線をふと枕元に泳がせるとそこに青白く光る2本の柱のようなものが見えた。
頭にクエスチョンマークを抱えたままその柱の頂点へ向け視線を動かしていく。
ひっ…、と声を出してしまった。
そこには「彼女」が立っていた。柱だと思っていたものは「彼女」の足だったらしい。
慣れてきたとは言え、やはり夜中に「彼女」を見るのは心臓に悪い。
「うーん…。お寿司が私を包みこんでいく…。」
どんな夢だ、それは。
それより、寝てたのか、と驚いてしまう。
幽霊は枕元で立って寝るんだな…。
妙な雑学を得て、俺はベッドから降りて立ち上がる。
―――のどが渇いた。
彼女に驚いたからだろうか。夢のことはすっかり忘れてしまっていた。
俺は渇きを潤すため、台所へと足を向ける。
…背中には、ジンジンとした違和感を携えて。
―――…。……、み。
「拓海!!」
その声に気づきハッと飛び起きた。外では既にミンミンと蝉が鳴いている。
「今日バイトなんでしょ?そろそろ起きなくていいの!?」
そう言われ、ハッと壁にかかった時計へと目を動かす。
やばい。遅刻ギリギリだ。
「わるい!!遅刻しそうだから飯作るのは勘弁してくれ!!」
えー!、と言う不満の声を振り払うようにジャージを脱ぎ捨て、安っぽいTシャツの袖に腕を通す。
「それじゃ、行ってきます!!」
バタバタとバイトの制服とギターケースを持つと、一目散に玄関へと向かう。
靴箱に置いた鍵を取ろうと腕を伸ばすと、いってらっしゃーい、と不服そうに言う「彼女」が視界の端に映る。
窓の外から照りこむ強い日差しと蝉の声が「彼女」を通して見えた気がした。
後書き
こんばんにちは。ぽんすです。
1年目、夏編スタートしました。
前回、新キャラどんどん出すよ!って言ったのに今回も登場は少しだけでした。
次こそは書きます、うん。
お気づきでしょうが自分は基本夜中に更新しています。
夜って作業捗るよね←
それと、少しお礼とご報告を。
お気に入り登録をしてくださってる方、本当にありがとうございます。
書き始めた当初は、頭の中のものを書きたいだけだし、誰にも読まれなくてもいいや、と思っていましたが、いざ、読んでもらえてる、と思うと嬉しいもので…。
そのおかげで今は楽しく書くことができています。
この場を借りましてお礼を言わせていただきます。
そして報告の方なのですが、今まで書いた話(特に春①)を訂正させていただいてます。
がっつり内容が変ってはいませんが、今書いている文体と少し合わないな、と思ったため、言い回しを変えたり、シーンを増やしたりしています。
そのため、少し長くなってしまったのですが、今まで読んでくださった方も、あ、ちょっと変わってる、とその変化を楽しんでいただければ嬉しいな、と思います。
長くなってしまいましたが、これからもよろしくお願いします。
それでは、ご感想、ご指摘おまちしています。
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