深き者
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第三十五章
第三十五章
そしてそれはすぐに激しい揺れとなり。岩は次第に崩れていった。
「おっと」
「まずはそれか」
二人はそれを見てすぐに後ろに跳び退いた。それで岩による難を避けた。
岩は次々と降り注いで来る。その降り注ぐのが終わった時に。巨大な禍々しい姿がそこにあった。
全身漆黒の鱗であり頭の頂上と手首足首、それに腰や肩の辺りに鰭がある。その鰭は鋭くまるで剣である。
目は異様なまでに大きく丸い。それが魚そのものの顔にある。その剥き出しの巨大な歯は三列である。手足のそれぞれ御本の指には水かきと禍々しい爪がある。優に二十メートルはあった。
「これがですね」
「そうだ。ダゴンだ」
役はここではじめてこの神の名を呼んだ。
「これがだ。古の神ダゴンだ」
「あの異世界から来た神ですね」
「邪神とも呼ばれていた」
役はこのことも話した。
「あの己の眷族を使い地上を己のものにしようとする神だ」
「そうした海の神ですか」
「水を司るクトゥルフ」
役の口からはこの神の名前も出された。
「それと同じ立場でありながら激しく対立する神だ」
「クトゥルフと同じく地上を手に入れようと考えているからですね」
「その通りだ。その神が今蘇って来たか」
「何度も言いますけれど蘇らなくていいんですがね」
またこんなことを言う本郷だった。
「いや、本当に」
「それは私達の都合だ。あちらはそう思ってはいない」
「そういうことですか」
「むしろこの神は復活したくて仕方がなかった」
神の考えを読んでいた。それは考えというよりは本能であるかも知れないが。
「そして今復活した。それだけだ」
「ですか。そしてそれを俺達が」
「倒さなくては私達が倒される」
答えはそれだけだった。
「いいな、そういうことだ」
「そうですね。しかしこいつは」
ダゴンを見上げ続けている。その大きさは途方もないものだった。
その大きさを見ただけでもだった。戦意が萎えるものがある。しかし役が今言ったこともまた絶対のものであったのである。そう、倒すしかなかったのだ。
「どうしましょうかね、倒すにしても」
「ここにいては倒すことはできない」
「っていうか来ましたよ」
言っている側からだった。邪神が動いてきた。
その右足で二人を踏み潰そうとする。二人は今度も素早く後ろに跳び退いた。
それまでいた場所に深い足跡が残る。それは優に人が数人潰される程のものだった。
その足跡を見て本郷は。わざと軽い笑みを浮かべて言うのだった。
「あと一歩遅れていたら、ですね」
「終わりだったな」
「ええ、もう確実にね」
それがよくわかる今の邪神の動きだった。
「ここにいたままじゃどうしようもないですけれど」
「しかしこの大きさでは中々攻撃することもできない」
「ですね」
上を見上げる。やはり途方も無い大きさである。顔があまりよく見えない程である。
「このままじゃ、ですね」
「さて、どうするかだが」
役は見上げ続けながら静かに言った。
「ここはな」
「何か策がありますか?」
「策か」
「ええ。何かありますか?」
「ないと言えば嘘になる」
役はまずはこう述べたのだった。
「ないと言えばな」
「それを聞いて安心しましたよ」
本郷は役の今の言葉を聞いてにやりと笑った。それはそのまま彼の本音であった。
「その言葉をね」
「安心してくれれば何よりだ」
「それでどういった策ですか?」
「とはいっても簡単なことだ」
今度は前置きが述べられた。簡単だというのだ。
「至極な」
「簡単なんですか」
「上にあがるだけだ」
それだというのである。
「今我々がいる場所はだ」
「海の中です。そういうことですか」
「その通りだ。陸にいるわけではない」
役はその上を見続けている。そこにはダゴンが相変わらずその異様な巨大そのものの目で彼等を見下ろしている。黒いガラスをそのままそこに入れた様な何の感情も見られないその目で。彼等を見下ろし続けているのだった。
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