深き者

第十六章

「それで力を蓄えて」
「そうするとしよう。今回は早いうちに終われそうだな」
「そうですね。それでですけれど」
　ここまで話してからまた話す本郷であった。今度はいささか真剣な顔である。
「帰りはどうするんですか？またオタワまで戻るんですか？」
「それは嫌か」
「嫌かっていうより疲れますよ」
　かなりうんざりとした顔にもなるのだった。
「あそこまで延々と車で行くのは」
「カナダ横断だからな」
「もう帰りはすぐに日本に帰りたいんですけれどね」
　それが本郷の考えであった。そしてそう考えるのも当然のことであった。
「できるだけすぐに」
「それもそうだな」
　本郷の今の言葉に対して役にしろ頷くところがあった。それで実際に彼も考える顔を見せるのだった。それはかなり真剣なものであった。
「帰りまでオタワに戻るというのもだ」
「バンクーバーから帰りませんか」
　本郷の提案はそれであった。
「あそこからもう日本に」
「それよりもシアトルか」
　だが役はそちらだというのだった。バンクーバーはカナダの街だがシアトルはアメリカの街である。南北で挟む形に位置し合っているのである。
「そちらがいいか」
「シアトルにするんですか」
「空ならあの街だ」
　それが役の考えの根拠であった。
「あの街の方が都合がいい」
「じゃあそっちにしますか」
「そう考えているのだがな。今は」
　あらためて本郷に対して述べるのだった。
「それでどうか」
「そうですね。それだったらそれで」
　本郷も彼の案に対して特に反論はなかった。
「シアトルってことで」
「それにだ」
　ここで役はさらに言ってきた。
「どちらかというとカナダよりアメリカの方が食べるものはいいだろう」
「いや、それはもうはっきりしてますよ」
　ここでまたうんざりとした顔を見せる本郷であった。それは何故かというと。
「もうね。カナダの食べ物ときたら」
「お世辞にもいいとは言えないな」
「アメリカも言われますけれどね」
　アメリカの食事も日本人の間では評判は決して芳しいものではない。しかし本郷はカナダの食事はそのアメリカよりもというのである。
「ここのはそれこそ」
「問題外だな」
「スパゲティ食べて驚きましたよ」
　スパゲティのことを話に出してきたのだった。
「完全にのびてるじゃないですか。アメリカでももうあんなのはありませんよ」
「あれには私も驚いたがな」
「しかも肉にしろ」
　今度彼が話に出したのは肉であった。
「もうただの炭で」
「名物はパンケーキのシロップだけか」
「カナダってそれがないとどうなるんでしょうか」
「おそらく誰にも覚えてもらえない国になる」
　牧師がその場にいないことが救いであった。とにかく酷いやり取りである。少なくともカナダ人に対して話せる内容のものではなかった。
「まずな」
「ですね。アメリカが隣にありますし」
　このことがやはり大きい。どうしてもアメリカに注目がいってしまうのである。
「やっぱりカナダっていいますと」
「存在感がなくなってしまうからな」
「食べ物もあれですしね」
「アメリカより遥かにあれだ。イギリスと同じ位か」
「かも知れませんね」
　二人の酷評は続く。
「あれじゃあ」
「今はそれで満足できてもだ」
　牧師の好意は下手な味付けに勝るというのである。二人もそれを解するだけのものは備えていた。