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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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準決勝



『本大会。Aグループ代表フォーク、Eグループ代表スールズカリッタ…タアー……総司令官スーン候補生の戦死を確認。損傷率41.2%と65.1%により、フォーク艦隊の勝利です』
 機械にすら名前を噛まれるのはどうなのか。
 誰もが疑問に思いながらも響いた機械音声に、見ていた画面から目を離す。

 結果とは違い、それぞれの戦術シミュレーター筺体から姿を現す姿は別だ。
 苦々しげな姿は、フォーク達のチームであり、スーンのチームは逆に顔は晴れやかだ。
 やり尽くしたという印象がある彼らのチームに比べて、反対のチームは逆だ。
 思った以上に損害が大きかった事に、フォークは苛立っているようだ。

「テイスティア候補生。情けないぞ――貴様が止めなくて、誰が止めると言うのだ?」
 早くも始まったフォークの説教に、周囲の人間は楽しげに、あるいは興味なさげにみている。
 無理もあるとライナは思った。
 敵の奇襲隊を防いだテイスティアの艦隊数は四千。
 敵は三学年と二学年の四千の艦隊である。

 数こそは同数であるが、敵は二人いる。
 たった一人で防ぎ、敵本陣が壊滅するまでの時間を稼いだ。
 それは褒められこそすれ、このように批判される余地などあろうことはない。
 同数とはいえ、敵が二人いるということは一人で、二つのパターンに対して効果的に判断し、対処しなければならないからだ。

 これがアレス・マクワイルドであれば、完璧に凌げたのだろうが、テイスティアであれば、凌いだだけでも十分凄いことだろう。
 それも相手は決勝大会まで足を進めた猛者であるのだから。
 少なくとも。
 他の三方に出来る事ではないと思いますが。

 傍で聞けば理不尽とも言える説教にテイスティアは黙って聞いていた。
 ご苦労な事です。
 ライナであれば、徹底的に反論をしたことだろう。
 予定では一時間で敵本隊を攻めるのが、二時間かかったのはどういうことだと。
 そう考えれば、やはり対人戦の少なさがネックとなっているのだろう。

 確かにそれぞれの個々では他を凌駕する。
 だが、今回は敵の総司令官によって上手く凌がれた。
 そんな印象を受けたが、他の人間にとってはそうは思わなかったのだろうか。
 見回せば、ウィリアムはテイスティアが説教されている様子を楽しそうに見ており、もう一人――二学年の主席であるヘンリー・ハワードは気にも留めていない様子であった。

 協調性という言葉が頭に浮かんだが、それはもっとも自分に必要なことだろうと思う。
 苦笑すれば、次の試合に挑むグループが姿を見せた。
 Bグループの代表とDグループの代表――Bグループは既にCグループを倒して、準決勝大会に足を進めている。決して弱いわけではなく、五学年の次席――カルロス・フェルナンドを初めとして、全員が戦略研究課程の生徒だ。

 それでも……。
 慣れたように姿を見せる目つきの悪い青年。
「烈火……」
 誰かが声を出せば、フォークですら説教を止める。
 前評判をあざ笑うかのように、全て圧勝で予選を終了させた。

 ざわめきが波のように広がる。
 アレス・マクワイルドを先頭にして、並ぶのは彼のチームのメンバーだ。
 四学年のセラン・サミュールはともかくとして、他のメンバーは緊張を浮かべている。
 それもそうだろう。
 準決勝というだけでも緊張するのに、彼のチームメイトとして期待を込められれば。

 そんな視線に、フォークは鼻で笑う。
「のんきなものだ」
 と。
 振り返ったライナに、フォークは爬虫類を思わせる笑みを浮かべた。

「いいか。覚えておけ――戦いは始まる前には、既に終わっていることもある。奴は決勝には進めない」
 
 + + +

 戦いは、誰もが想像していない方向へと進んでいた。
 最初に奇襲によって三学年が――次に、奇襲のため待機していた二学年の後方を、狙い澄ました様に襲撃されて、飛散した。
 わずか三十分の間に二艦隊が大きく打撃を受け、対する相手はほぼ無傷の状況である。

 開始三十分が経過して、アレス艦隊は大きく劣勢に立っていた。
 戦いは遭遇戦――そして、場所はクラウディス星域。
以前のアッテンボローとアレスが対戦した場所であったが、今回は様子が違う。開始直後に動き始めた相手のフェルナンドは、実に見事な艦隊運用を行っている。
 まるで場所を知っているかのように、相手の行動を読み、戦略を立てて、攻撃する。
 アレス艦隊も、上手く対応はしているものの、最初の出遅れが響いていた。

「フェルナンドは賭けに出た――そして、見事に賭けに勝ったみたいだ」
 観客の一人が、感心したような声をあげた。
 策敵を最小限に行っての行動は、失敗すれば大きな被害を受けることになる。
 その可能性を理解しても、アレスと戦うためにはリスクが必要と思ったのであろうか。
 それにしては……。

 戦場の様子を見ながら、ライナは眉をひそめた。
 賭けだというのであれば、動きに多少のぎこちなさが生まれるはずだ。
 しかし、フェルナンドの艦隊に、そのぎこちなさはない。
 まるで決められたように動き、決められた作戦行動をとっている。
 そんな感じを受けた。

「しかし、これでアレスも四連覇は無理だな」
 笑いを含んだ声に、ライナは観客の男を睨む。
 その視線に気づかずに、観客の男は更に言葉を続けようとしていた。
「……な、わけがあるか。馬鹿ども」
 思わず強く否定しようとした言葉。
 それは背後から聞こえた野太い言葉によって、遮られた。
 背後を振り向けば、そこにいるのは学生服ではない――同盟軍の制服を着た人間がいる。
 二人だ。

 眉の太い体格の良い男と――軍人には見えない優しい顔立ちをした男。
 それは教官とも違うようで、階級章を見れば、それぞれ大尉と少佐とあった。
 どちらもまだ若く、年の割には随分と出世をしている。
「どう思う、ヤン少佐?」
「どう思うと言われてもね。もう少し対戦相手には隠すということも覚えてほしい」

「まったくだ。まるで最初から知ってましたと言わんばかりの動きだな」
 野太い声の男が笑い、ライナは呼ばれた名前に驚いた。
 ヤン・ウェンリー。
 彼のエルファシルの英雄であり、普通であれば目にかかることもない人物だ。

 そうすれば反対にいるのは、誰か。
 そんなライナの視線に気づいたのか、眉の太い男はライナを一瞥した。
「心配するな、嬢ちゃん。アレスは負けんよ」
 アレスのことを知っている。
 お嬢ちゃん扱いした事には不愉快だったが、それよりも言葉が気になった。

「なぜです」
「なぜ。なぜか――それは、相手が悪い」
 ほらと、男――マルコム・ワイドボーンはモニターを指さした。
 その向こうで、アレス艦隊が動き始めようとしていた。

 + + +

『先輩。これ間違いなく、相手は知ってますね』
「気づいているよ」
 アレスはゆっくりと頭をかいた。
 通常よりも遥かに劣る視界で、こちらの艦隊を狙い澄まして攻撃する。
 賭けに勝ったというよりも、むしろ最初からどの星域で、どんな戦いが起こるか知っていたと考える方が正しい。

「事前に星図を見ながら、戦略を考えたんだろう。ご苦労なことだ」
『笑い話ではないですよ。片方が事前に情報を得ていたら、戦いにならないです』
「そうか。実戦ってのは、得てしてそういうものだろう? 先に情報を手に入れた方が、勝つもんだ」
『実戦ではそうかもしれませんが。これは大会です――いったい、誰が』
「ま、誰から手に入れたかはわかるよ。ただ、俺にもどうやってそれを手に入れたかがわからない」

 本当に、ある意味天才だなと、アレスは思った。
 そこに戦略や戦術性は皆無。
 だが、策謀の下準備になると、下手をすれば彼のオーベルシュタインすら凌駕する。
 オーベルシュタインは自らの地位と命の安全のために、ラインハルトを頼った。
 しかし、フォークならば誰かに頼るということなく、ことが起こった時点で確実に自分の安全は確保していそうな気がする。

「あいつは嫌がらせにかけては、右に出るものはいないな」
『笑い事ではないですよ。どうします?』
「どうするも――相手はもう戦う気はないだろう。こちらの艦隊を二つばかり潰して、あとは逃げる。時間切れ狙いだな」
『では、大人しく負けますか?』

「まさかね。相手が戦う気がないというのならば、こちらにとっても随分と楽な戦いだ――そうだな、作戦名は陥穽漁法とでもしようか」
『作戦も何も、漁法って、もろにいっているじゃないですか』
 サミュールが呆れたように答えた。

 + + +

『東から敵艦隊五百を確認』
「了解。では、すぐに全艦隊を動かしてくれ」
 索敵艦からの言葉に、フェルナンドはコンソールを叩いた。
 簡単なものだった。

 事前に情報さえあれば、敵の進行を把握する事など容易い。
 まだ慣れない三学年と二学年に対して攻撃をして、後は逃げるだけ。
 そう、作業のようなものだ。
 相手に見つかり、そして次の場所へと逃げる。
 元より星域は大きく、逃げる場所には困らない。
 ましてや、最初から星図を知っていれば、どこに行けばいいかわかっている。

 索敵艦を出して艦数を減らすこともなく、静かに、確実に逃げだしていく。
 それは全く持ってつまらない作業のようなものだった。
 そう――まさしく作業。
 それは逃げる魚を上流から下流の罠へと追い込む漁のように。

 カルロス・フェルナンドは、気づかぬままに、罠に吸い込まれていった。

 + + +

 アレスの索敵艦によって、逃げだすことが数回続いた。
 当初はフェルナンドの堅実な逃亡の様子を、見ていた者たちも、ようやく気付き始めた。
「今更か」
 ワイドボーンの呟きを聞けば、彼は最初から気づいていたのだろう。
 つまらなそうに、隣ではヤン・ウェンリーが頷いていた。

 ライナ自身も二度目の逃亡で気づいた。
 フェルナンドは戦う気がない。
 それは索敵艦に捕まれば、本隊が後ろから現れると思っているからだ。
 だから、一切戦う事なく逃げだす。
 それはある意味では正しいのだろう。

 少なくとも――アレスが相手でなければ。
 アレスの送る索敵艦は、実に巧妙に行動の方向や速度によって、見事に誘導されている。
 フェルナンドの逃げる先。
 そこにいるのは、アレス以下一万からなる艦隊。

「忙しい時間を割いてきたのはいいが、つまらない戦いだ」
「そうか」
「ん?」
「昔から男子三日会わざれば刮目して見よという言葉がある。ましてや、あの戦いから三年が経っているんだ。彼がどう成長したか楽しみだよ」

「ヤン」
「なんだい?」
「おまえ、そんな後輩の成長を見て喜ぶような人間だったか?」
「酷い言い草だな」

 ヤンは頭をかいて、苦笑した。
「確かに仕事熱心ではないと思うけど。そうしなければいけない理由があってね」
「どんな理由だ」
「少し有名になり過ぎた。だから、良い後輩に早く仕事を渡さないと、私が楽が出来ない」
「貴様は、一度死んでしまえ」

 ワイドボーンの言葉に、ヤンは苦笑して、肩をすくめた。
 と――フェルナンドの艦隊が、アレス艦隊の射程へと入る。
 それに気づいたのだろう。

 すぐにヤンとワイドボーンは真剣な表情に戻り、モニターを見た。
 その姿は戦術シミュレーター大会を楽しむ観客の瞳ではない。
 実戦を知った軍人の気配に、ライナは小さく息を飲んだ。

 + + + 

「主砲斉射三連――撃て」
 アレスの言葉とともに、伸びた射撃が三方からフェルナンド艦隊に殺到した。
 安心しきって索敵艦をあまり出していたことも災いしたのだろう。
 囲むように撃たれた一撃に、多くの艦隊が融解した。
 混乱する艦隊を上手く立て直すことも出来ず、続く射撃によって次々と撃ちとられていく。身じろぎする艦隊の一部が、抵抗を試みるが、左右からの圧力によって上手く制御されている。

 フェルナンド艦隊は五艦隊一万五千――アレス艦隊は三艦隊一万一千であり、艦数こそフェルナンド艦隊の方が多いが、それを上手く使えない。
 最初の一撃から上手く誘導されて、圧迫されていく。
 そのため後方に逃げた一部の艦隊は、敵の間に味方がいるために、遊兵となった。

「敵はこちらよりも少ない!」
 フェルナンドの叫びは、誰の耳にも伝わらない。
 いや、伝わっているのだろうが、少ないと言われるだけでは、どう判断していいのかもわからない。
 少ないから攻めれば良いのか。
 それとも少ないから離脱を目指すのか。

 錯綜する情報に、撃ちとられる数だけが肥大していく。
 逃げだそうとした一部隊は、周囲の援護もなく前に出たため、サミュールの苛烈な攻撃を加えられて撃沈した。
 左右からの圧迫は強くなり、自然と球状にフェルナンド艦隊は集まっていく。
「サミュール、グリーンヒル――左右から斉射三連」

 対するアレス艦隊は、冷静な声が命令となって二人に届く。
 何をすればいいのか。何を任せるのか。
 それが短い言葉となって理解されるため、左右に別れた二つの艦隊は着実に命令をこなす。
 撃ち込まれた一撃に、さらに中央に押し込まれた――そこにアレス艦隊が動きを変えて、鋒矢の陣形へと変化する。

「いけ」
 短い言葉とともに、敵の中央に激突。
 フェルナンド艦隊は一瞬の抵抗も出来ずに、壊滅した。

 + + +

 フェルナンド艦隊とアレス艦隊の接触から、わずか二十分。
 その間に繰り広げられた殲滅戦に、誰もが息を飲んだ。
 先制攻撃をしてから、相手を囲み、とどめを刺す。
 一連の動作に相手は満足な反撃も出来ずに、叩き潰された。

 ライナもまた息をすることを忘れて、それを見ている。
 そこで動く気配がした。
 ヤンとワイドボーンだ。
 戦いは終わったとばかりに、立ち去ろうとする姿にライナは声をかけた。
「お会いはしないのですか?」

「これでも忙しい身でな。今日の夕方にはハイネセンをたたなければならん」
「会っても特に話す事もないからね」
「そりゃ、あって仕事を任せられても困るだけだ」
 ワイドボーンの言葉に、ヤンは全くだねと小さく笑う。
「それに目的のものは十分見た」

「十分すぎるほどにね。私が相手じゃなくて、良かった」
「珍しいな」
「個人的に、アレス・マクワイルドが指揮官で同数では戦いたくはないね。あの戦いの指揮官がアレス出なくて良かったと思う」
「それは――暗に俺を否定してないか?」

「今ならその次くらいで君と戦うのは面倒だと思う」
 冗談を交わしながら去っていく二人を見て、ライナは再びモニターに目を戻した。
 モニターの向こう。

 アレスの勝利を告げるアナウンスが開始されていた。


 
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