ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
勇者の狂宴
カグラは、こちらに背を向けたまま立つ黒衣の剣士の背中を見、ああ、というため息とも吐息ともつかない呼気を吐き出した。
似ている。レンに。
自らが剣と、命を差し出した一人の男。
レンは、この世界に来てから、時間が経つにつれてだんだんと口数が減り、壊れていくのが眼に見えて分かっていた。それを止めなかったのは、ひとえにカグラ本人の責任である。
カグラだって、マイに会いたかったのだ。そのためと言われれば、止めたくなくなるのも無理はない。
否、これさえも言い訳なのだろう。
だって、そこまでの犠牲を払ってでも、マイを助けることはできなかったのだから。
そこまでしても、結局壊れきったレンを止めることもできなかったのだから。
悔しくて、自然と涙が零れ落ちた。
目尻から零れた水は頬を伝い、あごを伝って冷たい屋根の上に音さえも立たずに落ちた。材質が何かも解らない黒いそこに、さらに黒い斑点が一つでき、それはみる間に広がっていく。
私は………何をしていたんだろう。
そう思った。
思ってしまった。
絶望が脳裏を、心を支配し出す。四肢の先っぽが冷たく痺れ、何も考えられなくなってくる。
そんなカグラに、背を向けた剣士は言う。
任せとけ、と。
何故だろう。何の根拠もないその言葉が、途方もないほどに心に染み渡ってくる。
温かい部分に入り込み、心全体を温め始める。それだけで、四肢に力が戻ってくる。
ブン、と彼は手に馴染ませるように発現した純白の剣を軽く素振りした。
だが、彼は《神装》の威力を甘く見ていたようだ。
たったそれだけの動作で数キロほどにわたって地殻に深い刀傷を作ってしまった。さながら地割れのようなそれに、NPCが数人の見込まれていくのを目の当たりにし、彼は慌てたように剣を抱きかかえる。
そんな動作に淡い笑みを浮かべる。
こんな地獄のような光景の中で何を、と思うが、その笑みは引っ込んでくれない。
六王第三席《黒の剣士》キリトは、足を踏み出そうとする。
その背中に思わずレンのそれを重ね合わせ、カグラは言った。
いつものように、竪琴の弦を弾いたかのような、凛と張った声で。
「行ってらっしゃい」
キリトは、手の中に出現した新たな愛剣に関する疑問は、それを握った瞬間に吹き飛んでいた。
馴染む。
驚くほどそれは、手に馴染む。
それを握り直し、キリトは遥か上空に浮かぶ《鬼》の姿をキッと見据えた。
レンは悪くない。それは分かる。
だってレンは、迷っただけなのだ。
道に、闇に、全てに。
今のレンは、さながら真っ暗で不気味な闇に溺れている時に一筋の光を見たようなものなのだ。
溺れた者は藁をも掴む。
窮鼠は猫にも噛みつく。
懸命な物はしばしば道から外れやすく、必死な者は小さな物でも噛み付くようになる。
たとえ僅かな可能性にでも、全てを犠牲にして。
ジャキッ、とキリトは手の中の《潔白》を左肩に担ぐようにして構える。その切っ先と視線を、射殺すように《鬼》に向ける。
その視線に反応したかのように、先刻から身体が燃え尽きるほどにレンから放出されている怒気が跳ね上がった。
しかし、キリトには判る。
その怒りは、まるで玩具を買って貰えない子供のよう。その言葉も、裏切られ、すすり泣いている小さな子供のようだった。
「だけどなぁ────」
ギシ、とキリトは己が獲物を握り締める。
呼応するかのように、刀身が恒星のような輝きを放ち始める。見た者全ての視覚情報を焼き払う純白の光は少しも衰えることを知らずに、どんどんとその輝きを強くしていく。
「そろそろ、終わりだバカヤローッッ!!」
ゴッ!!と鈍い音が世界を震わせ、瓦礫が天高く舞い上げられたのと同時。キリトの黒衣の姿が掻き消えた。
そのコンマ数秒、瞬きすらも許さないほどの間隙の後。
大空にヒビが入った。
キリトの刃の切っ先は、レンが周囲に垂れ流している過剰光にギリギリのところで止まっていた。
眼前にある《鬼》の顔が、もはや醜悪なまでに歪む。
「そンな付け焼刃ノ《神装》デ僕に勝てルと思ってンの?」
舌打ちする間さえも与えられなかった。
急所に、身体が半分になるかと思えるほどの衝撃が走った。
仮想の身体が、とっくにシステムの枠すら超え、現実世界ですらありえないほどのダメージに軋む。
だがそれでも、キリトは必死に堪える。ギリ、ギリ、と。
「う……らあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
全てを堪え、そして薙ぎ払う。
それすらも、まるで硬いゴムの塊でも殴っているような衝撃とともに、防がれた事を手に伝えてきたが、キリトはそれすらも無視して無理やりに、強引に腕を振り切った。
寺の鐘の音のような大轟音が耳朶を打つ。
小柄な身体が弾かれたように消え、壁のようにそびえ立っている世界樹の幹に突進する。
通常ならば幹に突き刺さるのだろうが、幹の周辺数メートルの進入禁止コードに阻まれた。紫色の閃光と乾いた衝撃音が鼓膜を揺らす。
空中に止まっていたレンは、やがてずるずると地上の重力に引きずられて瓦礫の中に落下した。
ガラシャアーン、という今となっては軽すぎる音が響く。
ハァ、ハァ、と、白い息が空中に吐き出されては消えていく。
終わった。
そう思ったが、あまりにも被害が大きすぎた。
キリトは周りを見渡す。
いや、見渡してしまった。
キリトは失念していた。
たとえ死ぬ寸前まで衰弱していようとも、その実力がSAO時と比べて十分の一以下になっていようとも、自分が誰に喧嘩を売ったのかということを。
自分が、六王の第三席という身に余りすぎるほどの場所に収まったのは、ただの幸運だということを。
一瞬だった。
下半身がまるで、削り取られたように、食い千切られたように、なくなった。
咄嗟に翅を広げて体勢を安定させようとするが、バランスが数秒で崩壊する。ぐらりと視界が反転し、完全な錐揉み状態で落下していく。
衝撃はすぐだった。
元がもう何だか解らない瓦礫の山に頭から突っ込み、もがもがともがいてから手を突いて抜け出す。
すぐさま上空ををキッと仰ぎ見るのとほぼ同時、身体の前に構えた刃に衝撃が走る。
手元に視線を向けると、白き神装の刀身は大きな漆黒の砲弾のようなものを軋ませながら受け止めていた。下半身がまるっきり消失してしまっているが、込み上がってくる灼熱の痛覚を頭の隅から追い出して、腕に全力の力を込める。
ギリギリ、という軋んだ音とともにその砲弾の運動ベクトルを、何とか上に逸らせた。
ガリガリ、と何かが削れるような異音を刀身から発生させながら、その虚無の砲弾は上空へと打ち上げられ、雲を二つか三つほど霧散させながら天空へと消えた。
次弾が来る前に、キリトは地に手を着いて腕力だけで下半身が消失してしまっている身体を横回転させた。ごろごろ、と瓦礫の山の中を転がる。
先刻まで自分がいた場所には、もうあの漆黒の塊が命中していることだろう。ヒュッ、ヒュカッ、という変な音が前髪が触れ合うくらいの至近距離で響く。
しかし、立ち上がって体勢を立て直したいのは山々だが、立ち上がるための足も、それを胴体にくっつけるための腰もない。腹部から下が、綺麗に消失してしまっているのだ。
転がるたびに、水っぽい音が耳朶を打つ。それはあまりにも多量に出血している血液がもたらすものなのか、それとも────
「──────────ッッ!!」
キリトは直感的に、手の中にある剣をぶっすりと己の胸部に深々と刺した。
意図したわけではない。しかし、なぜか分かったのだ。こうすればよいと。
たとえば人間が生まれた時に、誰に教わるでもなく呼吸の仕方を分かっているように。
本能で、分かった。
何かが流れ込んでくる。
深々と指した傷口からは、痛みも、灼熱の熱感も発生しなかった。
それに反比例するかのように、下半身がごっそりとなくなった事が痛覚にもたらす痛みが、雪が降り積もっていくかのようにゆっくり、じんわりと無くなっていった。
パキパキ
骨を鳴らしたような音が断続的に響き、切断面に変化が起こった。
始めに骨、次に筋繊維、皮膚、そして最後に元着ていた黒いズボン。
下半身が、復活した。
「復活した………?《回復》……、いや違うか。《防護》か」
《防護》、つまり敵からの攻撃の否定。
そして、並ぶ攻撃痕の完全な否定。
「これで……、大丈夫だぜ」
「………たとえ下半身を回復させても、痛覚は立派に残るんだよ」
そう言いながらも、レンの口角はにぃっと持ち上がっていた。
焼け爛れたような笑みが、遠目に見てもはっきりと浮かんでいる。
ジャキッ、と魔槍の切っ先が真っ直ぐに向けられた。
「虚構《撃滅》」
ヴヴッ!!という音とともに大量の虚無の弾丸が殺到してくる。
その全てを、白き剣一本で捌ききるのは不可能だ。キリトは両の脚に力を入れ、側転をしながら虚弾を回避する。
全てを呑み込み、地殻を食い尽くしながら、砲弾が地面に命中する。
それを何とか全て避けきり、再加速。縦横無尽に駆け巡りながら、弾幕が途切れたところを待ち、跳び上がった。
途端に、真正面から撃ち出る虚弾。
しかし、黒衣のスプリガンはそれを《潔白》の名を冠する純白の刀身で受け止めた。異音が発されるが、それを無視しながら、キリトは翅を震わせて前方への推進力をブーストさせる。
「レン─────ッッ!!!」
「キリトオォォ───ッ!!」
切っ先の点と点が一部のズレなく衝突した。
これまでで一番の衝撃が放射線状に広がり、重力が、引力が、万物の法則が狂い始めた。
建物や建築物が地殻ごと剥ぎ取られて宙に浮き、途轍もないエネルギーの余波に巻き込まれて分子の塵となって消えていく。
「「おぉああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ──────ッッッ!!!!」」
正と正、負と負の意思が、激突して衝突する。
両者の意志の強さは互角だった。
愛する者を取り返したいという、その意思は。
だが────
ピシ、パキ、メキ、ミシ
両者の得物は、限界だった。
意思のエネルギーを圧縮し、形を成す外殻にヒビが入り、そして
アルヴヘイム中に轟くような衝撃と、轟音を撒き散らした。
後書き
なべさん「はい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「うん、アルンが崩壊していた」
なべさん「前回は半壊、今回は全壊でございまーす」
レン「てか、ホントに主人公してないね、僕」
なべさん「うん。だってそーゆーふうにしたからね」
レン「主人公させて!ねぇおねがい!」
なべさん「まさかの懇願!?どんだけ返り咲きたいんだよ!」
レン「だってタイトルと完全に矛盾してるんだもの!ナニが無邪気なんですかーっ!!」
なべさん「それを言っちゃダメ!」
レン「ちくしょおおおおめえええええ!!!」
なべさん「は、はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
──To be continued──
ページ上へ戻る