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リリカルなのは 3人の想い

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10話 一条 京介side

 八神家に居候し始めてから数日が過ぎた。
 やってることと言えば、朝から晩までのんびりと過ごしてるだけだけど。

「重大なお知らせがあります」

「んあ?」

 そんなとある昼下がり、ソファに仰向けに寝転がり、昼寝をしようとしていた俺に八神の声がかけられた。

「どったのさ八神? お隣さんがゴミの分別できてないっつって、ドス持ってカチ込んできたわけ?」

「そんなアグレッシブなお隣さんはおらんし、ゴミの分別もちゃんとしとるよ」

 一通り否定してから、八神はピラリと1枚のメモを渡してきた。
 取り敢えず受け取り、逆さになった視界にうつる文字列を読み上げる。

「人参、3袋…………八神ってほんとに小学生?」

「なんやのいきなり?」

「小学生がにんじんとかふくろを漢字で書くとか…………」

「それを読める人がなに言うとるん」

「年誤魔化してるだけでほんとはおばさんとガッ!?」

「ふふふふー、そないな事言うのはこの口かな~」

「いひゃいいひゃい」

 ビヨ~ンビヨ~ン、と怒れる八神の手によって頬が伸びる、伸びる、まだ伸びる、入ったホームラーン!
 
「なんか野球が始まった」

「なに言うとるん? というかなんで喋れるん?」

「別に口を引っ張られてるわけでもないし、普通しゃべれるって。そんなことにも気づかないなんて八神ってあんふぁいバファなんられえ」

「そんなこと言うんわこの口かな~この口かな~」

「まらいいきっふえなかったんれすけどー」

 八神に口を引っ張られ、今度こそ演技ではなく本気で口が回らなくなった。
 みょ~ん、みょ~んと口が引き伸ばされ、間抜けな声が漏れる。

「まあ、このくらいで勘弁しとこか」

 やがて満足したのか、八神の魔の手から口が解放される。
 軽くヒリヒリする口元をさすりながら、抗議の声をあげる。

「どーせ飽きたとか、手が疲れたからとかが理由の癖にさー」

「さーて手も休めたし、もう一頑張りしよかな」

「いやー、これだけで許してくれるとか八神ちゃんマジ天使」

「…………プライドないん?」

「なにそれ? 食えんの?」

 はぁ、と呆れたように八神がため息を吐く。
 驚異が去ったことを確認してから、改めてメモに目を通す。
 メモの続きはその他にも食材や、日曜用品、簡単な地図が書かれている。
 しかしこのメモ見れば見るほど、買い物リストっぽい。いやでも、重大なお知らせって言ってたし…………。

「呪符?」

「買い物リストや」

 買い物リストだった。

「え? なに? パシり?」

「人聞き悪いこといわんといてや、お使いやお使い」

「まあ、別にいいけどさ…………多くね?」

 ザッと見ても、子供2人分には思えない量の物資が書かれていた。

「しゃあないやん、もう冷蔵庫の中からっぽなんやから」

「重大なお知らせってそれかあ」

 確かに食料がないのは大問題だ。

「しっかし、もうちょっと早く言ってもよかったんじゃない?」

「それはそうやけど、外がまだあんな調子やから」

「あんな調子ね」

 2人で窓際に近づき、昼だというのに締め切られたカーテンを、ほんの少し左右に開く。
 そしてすぐに、わずかな隙間を閉じる。

「あ~、照り返しで目が痛い」

「一面銀色やからね」

 別に一足も二足も早い雪景色があったわけではない。

「あの銀髪時々金髪ども、なんとかなんないかな」

「最初から見たら結構減っとるんやない?」

「俺はそんな比較じゃなくて、全部消えて欲しいね」

「過激やなあ」

 過激にもなるさ、と心の中で呟く。
 金銀髪の奴等は間違いなく転生者だろう。
 何を探しているのかは知らないが、見るからに欲望でギラついた瞳からは、ろくな未来が想像できない。

「出前でもとって、もうちょい粘らない?」

「栄養片寄りそうやね」

 もっともである。冷蔵庫が空っぽということは、3食全てが出前というのは成長期には喜ばしくないことだろう。
 諦めて行くしかないのかだろうか。

「でもさあ、これはいくらなんでも多いって」

「うーん…………、できれば1回で済ませた方がいいと思ったんやけど」

「持ち運べない量じゃ、意味ないって」

「それもそうやね、書き直すからちょっと待っとって」

 そう言って八神はテーブルの方を向くと、ペンを手に取りメモを書き直し始める。
 その後ろ姿を見ながら、考えを巡らせる。
 内容はこのあとのお使い。
 字面だけ見れば、なんとも平和なものだ。

(外に転生者どもがいなければだけどね)

 一時期ではあったが、街を埋め尽くすほどの転生者がいたのだ。無論なにも起きないはずがない。
 八神には知らせないように、なおかつ危機感を抱かせる程度に情報を操作しているが、外は悲惨なものだ。
 1人で見たニュースから得た情報では、連日原因不明の死者が出てるとか。
 そしてそのいくつもがアニメやゲームで見覚えがあるものばかりだった。
 
(過ぎた力は人を簡単に狂わせるもんだからねえ)

 前世でも、体が大きいから、年齢が上だから、そんな馬鹿な理由で暴力に酔いしれる者は珍しくなかった。
 そんな連中がさらに強大な力を手に入れたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

「よし、書けた」

「んあ? 八神終わった?」

 思考を途中で切り上げ、ソファに寝そべったまま八神の肩に顎をのせて、買い物リストを覗き込む。
 必要なものが多いのか、種類は多いものの、ギリギリ一人で持ち運べるであろう量にまで、絞られている。

「ふーん、まあ、これぐらいならなんとかなるんじゃない」

「きょ、京介くんちょっと顔近い…………」

 蚊の鳴くような八神の声、首の角度だけを変えてみれば、頬を赤く染めた八神の顔があった。
 2人の顔の距離は非常に近い、お互いの吐息が顔をくすぐり、ほんの少し顔を動かすだけで唇が触れあうであろう距離だ。
 流石に八神のリアクションの意味がわからないほど、朴念仁になった記憶はない。
 
「自分と同じ顔だろうに、なに照れてんの?」

 だが同時にロリコンになった記憶もない。

「むぅ………」

 勿論、態々そんなことを言い当てられて八神が楽しいはずもなく、唇を尖らせてしかめっ面になる。

「ん? キスでもして欲しいわけ?」

「違いますう」

 ベーッと出された舌に、こちらからも舌を絡めてやろうかと邪念がよぎるが、流石に自重する。

「いやね、これが好みの美女なら首筋に顔を埋めた後、いい香りがするとでも言うんだけどねー」

「そんなこと言うて、どうせいざとなったらチキるんやろ」

「言うねえ、なんなら今ここでしてみせようか?」

 今ここで、即ち八神相手にというわけだ。
 顔をゆっくりと八神の顔へと近づけていく、するとそれだけで顔を真っ赤にするのだから、からかうのが楽しくてやめられない。

「へ、変なこと言ってる暇があるんやったら、行ってきて!」

 八神はメモを盾にするように、こちらの顔にグイグイと押し付けてくる。

「へいへいほー」

 適当に答えてソファーから降りつつ、八神の手からリストを受けとる。

「鍵は?」

「ん」

 八神のご機嫌ん損ねてしまったのか、八神はそっぽを向きながら、鍵を投げてきた。

「なんだよー、すねてんの?」

「つーん」

「口で言ってるし」

 はて、どうやら八神のご機嫌を損ねてしまったらしい。
 これは困った、林道とか黒木辺りなら放っといても問題ないけど、八神は…………どうだろ?
 精神年齢がやけに高いし、放っといても大丈夫な気がしないでもないけど、万一機嫌が悪いままだとまずいしなあ。
 何とかしてご機嫌をとりたいけど、小学生が喜ぶような事って言ってもなあ。

「フム……………」

 よし、とりあえず笑わせてみよう。
 幸い顔をそっぽに向けているので、背後に回るのは簡単だった。

「標的ロックオン!」

「へ?」

 次の瞬間、俺の両手は空気を引き裂いて素早く八神の両脇の下に潜り込んでいた。
 そして、八神に声をあげる以上の反応を許さず、五指を動かして指の腹で八神の両脇を擦り始める。つまりこちょがしはじめた。

「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ」

「ちょっ!? あ、あは、あはははははは!?」

 うん、笑わせるのは成功した。なんか間違ってる気がしないでもないけど良としよう。

「ひゃ、ひゃめへぇえええ~!」

 呂律の回らない八神を見ていると…………やッバイ楽しい。手が! 手が止まらない!?

「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」

「あはははははは!? ひゃああああああん!!」

 エスカレートした。



 数分後…………、



「はぁ……はぁ………………」

 やり過ぎた。
 現在俺は八神の荒い息づかいと、体の前面に笑いすぎで高くなった体温を、背中側にフローリングの冷たさを感じながら天井を見つめている。
 つまり、床に仰向けに寝ている。
 途中で、くすぐりに耐えきれなくなり、車椅子から転げ落ちた八神と床の間に滑り込んだ結果だ。

「ひぃ……………ふぅ…………」

 ヤバい。八神の息が整い始めた。
 八神から仕返しを受ける前に、こっそりこっそりと脱出を図る。
 だが現在の腕力では、八神を押し退けることどころかわずかに動かすことすらできない。
 くっ! お、重い!? 非力な現在のボデーが恨めしい!


 グワシィッッ!!


 考えてみれば、密着状態から脱出とか無理ゲーだった。

「……………………」

「……………………」

 沈黙が辛い。

「…………なぁ、八神ン」

「…………なんや? 京介くん?」

 あかん、八神ン超いい笑顔してはるわ。

「俺さ、復讐はなにも生まないと思うんだ」

「ふんふん、それで?」

「…………許してください」

「い・や・や☆」

「ですよねー!」

 逃げようと足掻くが、八神に体重をかけられただけで身動きがとれなくなる。
 その間に八神は太股でこっちの体を挟み、マウントポジションを奪っていた。

「八神さん? 女の子がマウントポジションは駄目じゃね?」

「京介くん、京介くんに送りたい言葉があります」

「会話してくれませんか!?」

「やられたらやり返す、倍返しや!!」

「ちょっ!? おま!?」

「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」

「うぐうあうああ!? ぶっは!? あ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ぎゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 最初は耐えきろうと努力したが、すぐに限界を迎え、笑い転げることになった。

「ここか? ここがええんか~!?」

「らめええええええ! そこらめええええええ!! ひああああああああああ!!」



 数“時間”後。



「ひー………… ひー……………………」

「ふう、ええ仕事したわ」

 喉を笛のように鳴らし、半ば白目を向いている俺とは対照的に、八神は一仕事終えた清々しい顔をしている。

「あぅ…………あー……………………ふっ、腹筋が…………」

 倍どころか100倍返しを数時間に渡って受けたせいか、なかなか体がいうことを聞かない。
 ただひとつ、言いたいことがあるとすれば。

「け、汚された…………。八神に純潔を奪われた…………」

「なに人聞きの悪いこと言っとるん」

.「もうお嫁にいけない…………」

「元からいかへんやん、…………ちゅうかな…………そ、そんなこと言うたら京介くんかて、人の体……………………」

 モゴモゴと喋る様子から、八神の言いたいことはわかった。
 なるほど、確かに未発達とはいえ、ベタベタと女子の体を触るのはデリカシーがなかった。

「せめて胸を2Dから3Dにしてから出直してきてほしい」

 だがやはりロリコンになった記憶はなかった。

「ふん!」

「グフッ!?」

 瞬間、八神の鋭いツッコミ、否グーパンが脇腹を抉った。

「し、しどい…………」

「失礼なこと言うからや」

 弱点を付かれ、床に崩れ落ちる俺に八神の冷ややかな視線が突き刺さる。

「やめて、そんな一部の人にはご褒美な目で見ないで!」

「? なに言うとるん?」

「ん? なに? 知りたい?」

 
 ちょいちょい、と八神を手招きすると疑うことを知らない彼女は耳を近づけてくる。

「それはねえ、ごにょごにょごにょごにょ」

 意趣返しも含めて、思いっきり卑猥な言葉を織り混ぜて囁いてみる。

「────────っ!? な、なななんちゅう事言っとるんや!?」

「ギャン!?」

 半ば予想できていたが、バッチーン! という快音と共に見事にビンタのえじきになった。

「アホなんちゃうん!? いや、アホやろ!!」

「でもでも、こんな言葉の意味がわかるなんて八神ってば、お・ま・せ・さ・ん」

「はやてパーンチ!!」

「ゲルググ!?」

 イラつかせるしゃべり方をしたら、止めをさされた。
 因みにその日は、そのまま意識がブラックアウトし、気づけば次の日だった。

 
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