魔狼の咆哮
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第二章その五
第二章その五
執事が恭しく頭を垂れる。署長をはじめ警官達が敬礼をする。入って来たのは本郷も役も知っている男であった。
「カレーさん・・・」
本郷はあからさまに嫌悪を顔に表したかも知れない。だが彼はそれに気付く精神的余裕は無かった。いやあったとしてもそれを隠さなかったであろう。そうさせる相手であったから。
「よくぞ来られました。感謝いたしますよ」
カレーは場違いな程清々しい声で言った。物腰は優雅であり気品が感じられる。
ただ彼の黒い眼は違った。署で会った時と同じく冷たく不気味な光を放つ眼だった。
「流石です。知らせてからほとんど時間が経っていないというのに」
ありふれた言葉だがその陰に僅かながら皮肉が感じられた。
「火急の事件ですので。我々ものんびりとしている訳ではありませんし」
署長が受け答えた。
「しかしベランダで殺すとは。増々行動が大胆になっていますね」
遺体を検察しつつ警部が言った。
「誰か不審な来客などはおりませんでしたか?」
「いえ。ここ最近は客もおりませんでしたし」
「そうですか。では屋敷の中の人物の犯行ですかね」
「ありえませんけどね。捜査なさるおつもりですか?」
口の右端を歪めて笑った。
「当然です。只今よりこの屋敷と屋敷にいる人全員に対し捜査権を行使させて頂きます」
署長がカレーに令状を引き渡した。カレーはそれを表情を変えることなく受け取った。
「わかりました。それでは心ゆくまで捜査に当たって下さい」
そう言うと彼は部屋を後にした。
「私に用があれば一階の執務室まで。お待ちしていますよ」
一言言い残すと部屋を去っていった。
それぞれ個室を与えられ署長と警官達は屋敷に泊り込みで捜査にあたることとなった。部屋はカレーの好意であった。
「以外と太っ腹ですね」
「こう広いと部屋位どうでもいいのでしょう。見たところ使われていない部屋もだいぶありますし」
本郷と警部が一階を歩き回りつつ話している。
「しかし本当に広い家だな。端が見えませんよ」
「おまけにホテルみたいに部屋が多い。これでは不審な者が一人か二人いても誰も気付かない」
「そういうわけでもないですよ。ほら」
壁の上を親指で指し示す。
「あちこちに監視カメラを取り付けていますよ。しかも警報器まで付けて」
「屋敷の中も抜かり無しか。流石はカレー家だ」
「これだけ大きな屋敷を抱えていると色々あるんでしょうね、色々と」
本郷は皮肉を混えて言った。
「それは仰らない方がいいです。何処に耳があるか解かりませんからな」
「ですね。ところで一端部屋に戻りませんか?喉が渇きました」
「お茶ですか?それでは一服しますか」
「はい」
部屋の戻った。そこには役と巡査長、そして署長がいた。
「皆そろっていたんですね」
「うん。ちょっと一服にね」
役が答える。しかしカップもお茶菓子も出されてはいない。その替わりにテーブルには数本の鉛筆と紙が置かれていた。
「・・・成程ね」
「本郷君も警部も一服してはどうですか?つもる話もあるでしょうし」
署長が悪戯っぽく笑って席を用意した。二人はそれに従い席に着いた。
“何かわかったことはありますか?”
署長がさらさらと紙に書いた。
“特にこれといって。そちらはどうでしょう?”
本郷が書いた。
“被害者のメイドの身元がわかりました”
巡査長が書いた。皆それぞれ紙に書いていく。
“名前はナタリー=エリータス。代々カレー家に仕えているメイドでした”
“代々ですか?それは以外ですね”
“彼女だけではありません。この家の使用人は皆先祖から代々カレー家に仕えている者達ばかりです”
“秘密を守るにはその方が都合がよいですからね。それではカレー氏とも古くからの顔馴染みですね”
“はい。歳は十程離れていますが幼い頃よりカレー氏の側にいたそうです。カレー氏が遊び相手になって共に遊んだことも多かったそうです”
“そして長じてメイドとして仕えたと”
“この家の者は全員その様ですけどね”
“主従というより家族、兄と妹みたいな関係だったようです”
“兄と妹ですか。どれ程仲は良かった訳ですか”
“この家の者は全員その様ですが。性格も明るく誰からも好かれる娘だったようです。殺されたと聞いてショックを隠せない者も多いです”
“そうなのですか。カレー氏はどうしていますか?”
“表情や行動からは全く読み取れません。特に変わった点は無いようです”
“妹みたいな存在が食い殺されたのにですか。どうやら本当に冷血な人物のようですね”
書いている本郷の顔に朱がさした。
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