京に舞う鬼
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第二十四章
第二十四章
「味な真似してくれんじゃねえか!」
本郷は天井を蹴った。蹴ると同時に鬼へ向かって跳び掛かる。
『今度は薙刀です』
『やっぱりね』
貴子のその言葉に頷いた。
『わかっていたのですか』
『そうした時の為ですからね。役さん』
『うむ』
彼は今度は役と話をした。
『今鬼の注意は俺に集中しています』
『どうやらその様だな』
それは役にもわかった。鬼は今自分に襲い掛かろうとしている本郷を見据えていたからだ。
『今一撃を。奴に悟られないように』
『わかった』
「昨夜のでわからなかったようじゃな」
鬼はその血の色の目を本郷に向けていた。貴子のものである筈の整った顔は今は目が爛々と燃え上がり、口は耳まで裂け、牙の如き歯が白く不気味な光を放っていた。黒く長い髪は乱れ散っている。それはまさに鬼の姿そのものであった。まごうかたなき鬼の姿であった。
「わらわに上からの攻撃は詮無きことじゃと」
「生憎俺はものわかりがわるくてね」
本郷はその言葉に対して軽口で返す。
「そう感嘆には諦めないんだよ」
「早死にするの、ぬしは」
「今ここでってことかい?」
「左様じゃ」
下から何かがやって来た。やはり薙刀であった。
「死ぬがいいわ」
「死ぬのはどっちかな」
「戯言を」
「俺はホラは言うけど戯言なんてのは言わねえ主義でな。その薙刀にしろ」
刀を一閃させる。
「これで弾き返すことが出来るんだぜ」
「ヌウッ!?」
鬼の薙刀と本郷の刀がぶつかり合った。鋭い金属音が響き、暗闇の中に白銀の光が飛び散る。そしてそこに役の銃弾が迫って来た。
「ウグッ!?」
「やったか!?」
「これで止めだ!」
「させぬわ!」
本郷の返す刀の横薙ぎの一閃は鬼が姿を消したことによりかわされてしまった。着地した彼を鬼の薙刀が襲う。だが彼はそれはすぐに後ろに跳んでかわした。
「やれやれ、そうそううまくはいかないか」
「迂闊だったわ」
鬼は口から赤い鮮血を吐き出しながら言った。その腹に血を滴り落としていた。
『うっ・・・・・・』
『どうたんだい、貴子さん』
『何でもありません』
貴子は一瞬呻き声をあげたがそれは一瞬のことであった。すぐに元の声に戻った。
『そうかい。ならいいんだがな』
『はい』
「ぬし等が二人おったのを忘れておったわ」
「今思い出しただろ」
「そうじゃな。わらわのこの血がぬし等を教えてくれるわ」
鬼は二人は血走った目で見ながら述べる。禍々しさに憎悪が加わっていた。
「最早容赦はせぬ」
鬼は言った。
「そして。ここからは逃がさぬわ」
「!?」
「これは」
部屋の周りが突如として燃え上がった。何と鬼は部屋の周りに炎を巡らしてきたのだ。
「わらわが死のうともぬし等を殺す」
鬼は憎悪にたぎる声で言った。
「何があろうともな」
「遂にやる気になったってわけかい」
本郷はそれに軽口で返す。だがその顔は笑ってはいない。
「いいのかい?手前だって一歩間違えれば死ぬぜ。いや」
ここで言葉を変えた。
「死ぬのは手前だな」
「さて」
だが鬼はその言葉に当然ながら頷かない。
「わらわが死ぬとは思うておらぬが」
「自分ではな」
本郷はまた言い返した。
「けれどな。実際には違うんだよ」
「面白い。ではわらわの首、取るつもりか」
「最初からそのつもりだ」
「本郷君」
役がここで前に出て来た。
「仕掛けるのだな」
「ええ。援護頼みますね」
「小賢しい」
鬼はまた花をその手に出してきた。
「ならば。わらわもとっておきの毒で今度こそ葬ってくれる」
「今度は何だってんだ?」
「とりかぶとか」
本郷にはわからなかったが役にはわかった。
「また。強い毒を出してきたな」
「これで覚悟がわかるじゃろう」
「嫌になる程な。本郷君」
「わかってますよ」
役が何を言いたいのかわかっていた。
「じゃあ」
『貴子さん』
表は演技だ。心の中では貴子に問う。
『奴は。あのトリカブトをどうしてきますか』
『投げて来ます』
『投げて』
『はい。槍に変えて』
貴子は答えた。
『それも二本。本郷さんと役さんに』
『そうですか』
『ですから。御気をつけて』
『槍ならよけるのが楽ですね』
『いえ』
だが貴子はそれを否定した。
『あの槍は。普通の槍とは違います』
『毒ですね』
『はい、トリカブトの毒は猛毒です』
彼女は言う。
『おそらくは。放たれ、槍が向けられた時点で貴方達に毒が襲い掛かります』
『そこまでですか』
『ですから。絶対に放たたせてはいけません』
その言葉は何時になく真摯なものであった。
『わかりましたね』
『つってももう投げようとしていますけれどね』
「覚悟はよいな」
鬼は燃え立つ目で二人を見ている。
「この槍を受け、地獄へ行くがいい」
「地獄へ」
「それはまた大袈裟なことだ」
「わらわを本気で怒らせたからじゃ」
『今です』
ここで貴子は言った。
『槍は正面に向かって投げられます』
『正面に』
『そうです。ですから』
『なら』
役はここで黒い札を取り出した。
『今こそこの札を使う時』
『役さん、その札は』
『切り札だ』
本郷の問いに一言で答える。
『これならあの槍も封じることができる』
『とっておきですね』
『そうだ。だが危険だ』
『危険!?』
『この札は黒いな』
役は心の中で本郷に問う。
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