京に舞う鬼
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第二十一章
第二十一章
「互いが受けた傷まで伝える。例えば私と本郷君がそれぞれその札を身に着けたとする」
「はい」
「そして私が交通事故に遭うと本郷君も同じダメージを受けるということだ」
「じゃあ俺が鬼にバッサリとやられたら竜華院さんもってわけですね」
「そういうことになる」
役は何時になく真剣な声であった。
「それがどういうことか。わかるな」
「わからない筈がありませんね」
本郷は少し不敵に笑って述べた。
「死ぬのは俺だけじゃないってことですか」
「そして三人が着ければ一人のダメージが他の二人にも及ぶ」
「ぞっとしないですね」
「だから。使うにはかなりのリスクが伴うものだ」
「けれどそれを使わないとどうにもならないですよ」
本郷は素直にそう述べた。
「相手が相手です。あんな動きをする奴はね」
「そうだな」
「それに一つ気になることがあるんですよ」
「気になること?」
「竜華院さんは鬼の居場所がわかるんですよね」
「はい」
貴子は本郷の問いに答えた。
「それで考えも。向こうもそうなんじゃないかな、って思って」
「ふむ」
役はそれを聞いて口に手を当てた。そのうえで考える顔になった。
「可能性はあるな」
「そうですよね。だとしたらその札も無駄になりますよ」
「では防御手段も用意しておこう」
彼はまた述べた。
「防御手段」
「鬼用の結界を作る」
「結界ですか」
「そう、それであちらの念を絶つ」
「それで向こうから悟られる心配を絶つ、というわけですね」
「手頃な寺か神社を使ってな。比叡山に頼むのがいいか」
比叡山延暦寺は京都の北東に位置する。これはこの北東が丑寅の方角であり鬼が出入りするとされていたからである。最澄がここに寺を開いたのは京都を護る為であった。なおそれとは反対の南西の方角もまた鬼が出入りするがここには高野山金剛峰寺が置かれている。これもまた京都の守護を司っている。京都という街は魔物を恐れた街である。その遷都が桓武天皇が弟君の霊を恐れられたからであり、至る所に封魔、退魔の仕掛けが施されている。実に変わった都でもあるのだ。なおこれは東京も同じ傾向がある。江戸からあの街もそうした配慮が為されているのである。我が国の街は魔物を恐れていると言っても過言ではないのだ。
「そこに竜華院さんを護ってもらって」
「我々で鬼を討つ。その動きを伝えてもらってな」
「よし、それでいいですか」
本郷はそれに応えて貴子に顔を向けてきた。
「決着を着ける為に延暦寺へ」
「はい」
貴子には断る理由はなかった。こくりと頷いた。
「是非。お願いします」
覚悟を決めた顔であった。かなり強い覚悟である。二人はそれは延暦寺に入り、自分達に協力するのを覚悟してくれたととらえた。だがそれ以上の覚悟があったのだ。それは貴子にしかわからないものであった。だから二人にわからなかったのも仕方ないことであった。
「わかりました。それでは」
役はそれを聞いて応えた。
「まずは延暦寺へ向かいましょう。そしてそこに入ってもらいます」
「わかりました」
「それからですね、まずは」
「だがこれで大きく動くな」
役の目はさらに先を見ていた。
「備えを整えることができる」
「備え、ですか」
「それがまずは何よりも大事だ、今回は特に」
「鬼を倒す為にも」
「そういうことだ。では竜華院さん」
本郷も役も貴子に声をかける。
「参りましょう」
「はい」
貴子もその誘いに応える。
「それでは」
三人は延暦寺に向かった。そしてその奥にある院の一つに貴子を導き入れたのであった。そこは古い院であった。延暦寺は一度織田信長によって焼き払われているがそれより前にあったのではないのかと思える程古い建物であった。だがその中は奇麗に整えられていた。
「こちらですね」
「宜しいでしょうか」
役は貴子に対して言った。三人は今その院の前にいた。周りには緑の木々が生い茂っている。そこから蝉の声が聞こえてくる。それが今は夏であるということを嫌が応にもわからせていた。
「古い院ですが」
「私は別に」
彼女にそれを拒む理由はここでもなかったのであった。
「構いません。どちらであっても」
「わかりました」
「じゃあそれで決まりですね」
本郷も言った。
「話が終わるまで。ここにいてもらいますよ」
「はい」
「何もないところで申し訳ないですが」
「いえ、それは」
「何ならこれでもやりますか?」
本郷はその肩にかけているショルダーバッグからふと何かを取り出してきた。
「丁度いい暇潰しになりますよ?」
「それは?」
だが貴子はそれを見て目を丸くさせた。
「ゲームウォッチ・・・・・・ではないですよね」
「役さん」
本郷はゲームウォッチという言葉を聞いて顔を顰めさせた。そのうえで役に問うてきたのだ。
「まさかとは思いますけど」
「あの」
役もそれを受けて貴子に声をかけてきた。
「何でしょうか」
それでも貴子はわかっていないようであった。役は危惧を覚えながらも彼女に尋ねた。
「ゲームボーイアドバンス、御承知でしょうか」
「ええ、ゲームボーイなら」
どうやら名前は知っているようである。
「噂に聞いたことがあります」
「噂、ですか」
「私ゲームはあまりしませんので」
「あまり、ですか」
とてもあまりには思えない言葉ではあったが二人はそれでも頷いた。
「特にここ数年は。遠ざかっておりまして」
「じゃあこれはしませんよね」
「ええ、ゲームウォッチは弱くて」
「だからこれゲームボーイアドバンスなんですけれど」
だが貴子にはそれがわからないらしい。本郷にはそれがとても信じられなかった。
「じゃあいいです」
「はい」
貴子にとっては何が何なのかわからないまま話は終わった。
「それじゃあここで待っていて下さいね」
「わかりました」
「この御札を御身体に付けられて」
役が伝心の札を差し出す。そして貴子に手渡した。
「それだけはしっかりとお願いします」
「さもないと俺達が困りますからね」
「それは承知しています」
ゲームボーイの時とはうって変わってしかっりとした返事が返ってきた。それは本郷も役もわかっていたことなので特に心配はしていなかった。
「では」
「ええ」
「これで」
三人は別れの言葉を交あわせた。貴子が院に入ると役が札を何枚か取り出しそれを院の要所要所に投げて貼った。それで封印は成ったのであった。
「これでよし、ですね」
「備えはな」
「じゃあ後は俺達の仕事ですね」
「そうだ」
閉じられ、扉が札で封印された院の前で頷き合う。ここで二人の心の中に貴子が声をかけてきた。
『もし』
『貴子さんですね』
まずは本郷がそれに問うた。
『はい』
そしてそれに返事が返って来る。
『聴こえているようですね、私の声が』
『ええ』
『どうやら札が効いているようですね』
役もまた。彼もそれに応えてきた。
『はい、どうやら』
『ならば問題はありません』
『じゃあこれでこのまま行けますね』
『そうだ。では竜華院さん』
『はい』
三人は心の中で話を続ける。顔を見合わせていなくとも三人は話をしていた。
『鬼の場所は』
『昨日と同じです』
『嵐山ですか』
『そうです、そこの屋敷にいます』
貴子は院の中からそう言った。
『場所は。あちらに着かれたらお知らせ致します』
『わかりました』
『じゃあまずは嵐山に』
『お願いします。まずはそこに行かれないと細かいことはお伝えできませんので』
本郷と役は嵐山に向かった。丁度延暦寺との間を往復する形となり嵐山に到着した時には夕方になっていた。二人は嵐山のコンビニで買った弁当とカップラーメンを食べた。それが夕食であった。
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