ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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マザーズ・ロザリオ編
終章・全ては大切な者たちのために
紅紫の剣舞、そして―――
今でも疑問に思うことが度々ある。
―――何故、俺はあの時、木綿季と関わろうとしてしまったのか、と。
結果的に見れば良かった、と俺は思っているが、実際はどうなのだろうか。彼女もまた良かったと答えるだろう。考えすぎなのかもしれないが、俺はどうにもその漠然とした『何か』を捨て去る事が出来ない。
卑怯な手段で彼女を一度切り離し、同時に縛ったためか。
または代償に見捨てた木綿季の家族の命に対しての懺悔のためか……。
答えはきっと出ないだろう。
それはきっと、俺が責任を持って一生抱え続けなければならない自分に対しての疑問に違いない。
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中央闘技場は構造こそ東西のものと変わらないが、全体的に大きさが変わっている。
フィールドは2回りほども大きく、観客席の最上段は豆粒ぐらいの大きさに見え、最も下段の観客席のプレイヤーの顔すらよく見えない。見えるのは10メートル離れた所で相対する対戦相手―――ユウキの顔だけだ。決勝戦だと言うのに気負った様子は全く無く、ただ純粋に嬉しそうにしている。
『統一デュエルトーナメント決勝戦、東ブロック代表レイ選手対西ブロック代表ユウキ選手の決闘を開始します』
ざわざわとしていた闘技場は段々と静まり、やがて厳粛な静寂に包まれた。
目の前のウィンドウで表示されているカウントを消すと背から大太刀を抜き、いつもの構えを取る。
ユウキもカウントが30秒を切った時点で腰の片手剣を抜き、構えた。
(……!?やはりか!!)
ユウキの基本スタンスは圧倒的速さの剣撃で敵を圧倒するという細かな芸が無い、単純かつそれ故対処しにくいものだった。
だが、単純故の剣軌道、狙いの素直さが弱点だと見抜いた俺は先日、とあるダンジョンに2人で行った際にそれとなく彼女が直すべき点を示した。
結果……剣は以前の中段構えから下段に変更し、空いている左手は腰に当てるのではく、後ろまで回し何かを仕掛けて来るかもしれない、と思わせている。
構えを変えた後のユウキの戦闘を見たことは無いため、それが本当なのかブラフなのかの判断もつかない。
(……まあいい)
残り10秒、レイは静かに目を閉じ、大きく息を吸った。
5秒、ギリギリまで溜め込んだ息をゆっくり吐いていく。
1秒、目をスッと開け仮想の肺に滞留している残りの空気を吐ききる。
―DUEL!!―
その文字が目の前でフラッシュした時には既に、ユウキが距離を半分詰めてきていた。片手剣の間合いに入るとすかさず剣を横に一閃、レイの胴を確実に捉えた。だが―――
「え……!?」
剣は体の少し前の空を切っていた。レイの体勢は全く変わっていない。狐に包まれたような表情をしているユウキに微笑、動き出しを全く気づかせない歩法でユウキに肉薄すると大太刀から離した左手を手刀の形にし、彼女の首元に添える。
対戦が始まって盛り上がりかけた観衆が水を打ったように静まり返った。
「……すごいな、ユウキは」
硬直したユウキにレイは2人きりで話す時のような声色で話し掛けた。
「まだあれから少ししか経ってないのにまるで別人だ」
視線を足元にやる。レイはユウキの左足の爪先を右足で軽く押さえていた。彼は苦笑しながら続ける。
「あの横薙ぎをかわされる事を折り込んでその先、蹴りで体勢を崩してからのサブアームでの追撃、か…………戦略的には悪くないが、相手が悪かったな」
レイに小細工は通用しない。相手の武器や手足の動きを追うのでは無く、相手の存在それ自体を『個』と見なし『観の目』で戦況を見ている彼を出し抜くのはかなり難しい。
とは言ってもコレは普段のレイが絶対にやらない、自らに課した『禁忌』の範疇に属するプレイヤースキルだった。
「……これが螢の、本気?」
「そうだ。木綿季―――」
全て見せよう。木綿季を助ける為に身に付けた、螢とレイの『本気』を。
だから、
「お前が生きてきた証を、未来への希望の力を……俺が助けようとした木綿季の力の全てを、見せてくれ」
再び流れるように離れる。伝えるべき事は伝えた。これで最後……
俺とレイが彼女に伝え、見せる、最後の戦いだ。
「……分かった。いくよ!!」
ユウキの姿が消える―――右真横からの突きに『焔鎧』が反応し、防御。
しかし、ユウキの斬撃は通常攻撃でも凄まじい攻撃力を持つ。焔鎧に威力を削がれるが、動きは止まらずに剣はレイへと迫る。
だがレイはその剣の切っ先を親指、人指し指、中指で摘んで止めると反対からカウンターの斬撃を放った。
ユウキの肩口に吸い込まれようとしたそれは鎧にヒットする寸前で白銀の剣閃に阻まれる。
ユウキの左手に握られているのは白い輝きを放つ古代級武器、《アスカロン》。
ウンディーネ領沖合いに出現した高難易度ダンジョン『龍皇の血塔』のボスのラストアタックボーナスで出現した白銀の両刃片手直剣だ。
「……やあッ!!」
逆手に持っていたそれを順手に持ち変え、弾かれた反動で泳いでいた大太刀を強打してレイの姿勢を崩す。
そのおかげで緩んだレイの右手から最初の剣を回収するとそれを逆手に持った。
―――かつて、水城螢と茅場晶彦がソードスキルを作成した時に《二刀流》と代わって削除された武器スキル《双剣》
『龍皇の血塔』にてユウキが開眼した新たな力だ。
(……あれからまだ少ししか経っていないというのに、ぎこちなさが無い。……本当に大したやつだ)
不利な状況だというのにレイの心は落ち着いていた。
ユウキの双剣が迫ってくる。両腕を体の右側に引き絞ってまずは逆手の黒剣が振り上げられる。
レイはそれを不安定な体勢で紙一重でかわす。
次にユウキはさっきの剣筋と十字に交差するように左手のアスカロンを薙ぐ。
流石にこれはかわし切れず、胴に浅くダメージエフェクトが刻まれる。
試合開始からここまでで約3分、初めてダメージが入った瞬間だった。
ユウキの攻撃はまだ止まらない。跳躍し、体を捻って回転切りをレイに浴びせる。これもヒットし、レイのHPがさらに減って7割に達する。
レイは衝撃によって後方に押され、両者は再び距離を空けた。いかにユウキのスピードが速かろうと大太刀の間合いである中距離を抜け、片手剣の間合いである近距離に入らない限りどうしようもない。
二刀目を抜いた時点でさっきのような不意打ちめいた奇襲からの連続攻撃は封じられたと言って良い。
少し前まではその圧倒的剣速とセンスのみで戦ってきたユウキにとって『相手の虚を突いて攻撃を当てる』という戦い方は戸惑うことばかりだった。
しかし、水城螢という旧知の人物に再開してからは意識してその新たな戦い方を学んできた。ユウキの従来のやり方では一度戦ったことのある相手に再び勝つことは難しいという事は先程のアスナとの試合が証明している。
故にユウキはゆっくりと流れる時間の中、必死に考えを巡らす。正面や側面からの入りは既に封じられている。なら―――あえてセオリーを取る。
右の剣を順手に持って体の左側へ……ソードスキル《ソニックリープ》
「くっ……」
間合いを詰めようとしていたレイは顔をしかめると飛び込んできたユウキの剣を大太刀で受ける。
足を踏ん張りつつその衝撃を受けきり、硬直しているユウキを押し返して反撃しようとするが、彼女の左手を見て目を見開く。白銀の剣は真紅の光を放ち、その刀身に大きなエネルギーを蓄えていた。
次の瞬間、ジェットエンジンめいた轟音と共にそれが放たれた。片手直剣単発重攻撃《ヴォーパルストライク》顔面に向かって放たれたそれを首を傾ける事でかわし、慣性でそのまま体ごと突っ込んで来たユウキをつい、いつものクセで丁寧に地面に下ろしてしまう。
闘技場の一部で失笑が起こった気配があったが、レイは表情に苦慮の色を混ぜながら大太刀の威力が最も乗る距離を取る。ユウキの技後硬直はまだ解除されていない。
ズン、という重い踏み込みから徐々に重心を移動、速さは無いが威力の乗った一撃がユウキを空にかち上げた。
しかし、両手武器をモロに食らったにも関わらずユウキのHPは3割弱減っただけだった。ヒットの直前に硬直が解けるや否や間に二刀を挟み、さらに自分から上に跳ぶことでダメージを抑えた。
「うわっ!?」
だが、宙でバランスを取ろうとしたユウキがぐらつく。足には黒い帯が巻き付けられていた。
レイが突進系のソードスキルを発動し、ユウキに迫る。
両手の片手剣は弾かれた反動で迎撃が間に合わない。翅で移動しても帯が足に巻き付いている状況ではまたバランスを崩されて終わりだ。
―バシッ!!
乾いた響き、レイと観客は思わず目を見開いた。ユウキは体を捻ると大太刀の側面を蹴り、ソードスキルを逸らしていた。
今度はレイが慣性でユウキに突っ込んでいく形になったが、ユウキは悪戯っぽい笑みを浮かべると体を半回転。ブーツの踵をレイの後頭部に叩き込んだ。
足に巻き付いた帯を切り、今度こそ悠々と着地。尚も油断する事無く落下の衝撃で舞い上がる土煙を凝視する。
その中心でゆらりと影が立ち上がる。大太刀を肩に担ぎ、その靄の中からゆっくりと顔を出す。その顔は―――優しく笑っていた。邪なものを含まない、ただ純粋で満足気な笑みだった。
残存HPは既に4割を切っている。ヴォーパルストライクは直撃こそ免れたが余波でHPを1割、その後の踵落としでさらに2割強を削っていた。
だが、ユウキも幾度と無く大太刀を受けたダメージが蓄積し、HPを半分失っている。ユウキの攻撃力なら後4ヒット、レイならば後2ヒットで互いのHPを削りきる。
次の交差が最後になる事を誰もが予感していた。
(……間に合えよ)
「行くよ!」
「来い!」
『観の目』に映る軌道は正面斜め下からの斬撃。逆手から振られた黒剣が防御を揺らがせ、その後を追うように上がってきたアスカロンが大太刀を宙に高々と弾き飛ばした。
だが、そこで終わるレイではない。
「あぐ……!?」
次の瞬間、左肩に強烈な衝撃。握力を失った手からアスカロンが滑り落ちる。
「おぉッ!!」
肩口を撃ち抜いた肘打ちの踏み込んだ勢いを殺さず、空になったユウキの左腕を取り、背負い投げのように担いだ。
ユウキも大人しくされるがままではなく、担がれた瞬間にレイの背中の上で後転し、正面に現れるや右手の剣でソードスキルを発動。
4連撃《ホリゾンタル・スクエア》
ライトエフェクトがレイの体を正方形に切り裂き、勝敗を決した。
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「レイ……!!」
「あーあ。負けちまったな」
大歓声の中、ユウキが満面の笑みでVサインをしてくるに俺は笑って返す。
(さて……)
チラッと観客席を見てある人物とアイコンタクトを取るとユウキの肩に手を掛けた。
「ユウキ……」
「え……レ、レイ?な、何?」
……6年前、俺は同じようなモーションから木綿季にキスをした。完全な不意打ちでその時は綺麗に決まったものだが……その時の事を思い出して警戒心を顕にしているのだろうか。
「……強くなったな。本当に」
「う、うん。まだまだだけどね……」
「はは。自分に厳しいな、お前は。まあ少なくとも俺が真面目に戦って勝てない位は強いよ。だからあまり謙遜しないでくれ。へこむぞ?」
「や、まだレイ……螢には敵わないよ。……何度かチャンスくれたでしょ?」
「……まあ」
バレてたのか……。確かにスキを空けた時は何度か有ったが、簡単に突けるようなタイミングではなかったし、現にその瞬間を狙っては来なかったから気付いていないのかと思った。
微妙にムクれるユウキは何時までも見ていたいほど可愛かったが、ここまでだ。
「ユウキ……」
もう一度、その愛しい名前を呼ぶ。大切な人の姿を魂に焼き付ける。
……迷いを断ち切るために、
未練を残さないために……
「螢……?」
何かを感じ取ったかのようにユウキの瞳が揺らぐ。
おずおずと肩に置かれた俺の手に小さな手を被せる。
―――暖かな、優しい手。
―――許してくれなくていい。―――また『約束』を破る俺を恨んで、とっとと忘れてくれ。
「……さよなら、ユウキ。君に会えて本当に良かった」
「え?……螢!?」
ユウキを抱き寄せ、観衆がいきなりの展開に大盛り上がりになる中―――
《紅き死神》レイ/水城螢は仲間達の前から姿を消した……。
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「え……!?」
レイがユウキが抱き寄せたと思った次の瞬間、レイのアバターが溶けるように消え、リザルト画面には《回線切断》と表示される。
「アスナさん、皆さん」
観衆が戸惑いでざわざわと静まっていく中、セラが立ち上がって仲間達を振り向いて言う。
「申し訳ありません。……これでお別れです」
「……お別れ?……何を言って……?」
「詳しくはお伝え出来ません。高い可能性で永久の別れとなるでしょう。私と、お兄様の事はどうぞお忘れになって下さい。ユウキさんにもそうお伝え下さい」
何を言っているか分からなかった。セラは皆の目を見て言っている。だから分かった。
これは冗談でも何でも無いことを。
「ま、待ってセラ!どうゆう……!!」
「―――さようなら、リーファ。貴女は最高の友人……いえ、親友でした。ありがとう」
そしてセラもまた溶けるように消えた。
「何なんだよ……」
キリトの虚ろな呟きがざわめく闘技場に妙に響いた。
その夜、明日奈の携帯に螢からメールが届いた。皆への謝罪と木綿季の治療についての件が記されていた。
新治療の認可が一週間後に出る見通しのようだ。4月に経過観察を行い、効果が表れていれば一気に退院まで視野に入るというのだから驚きだ。
あれからすぐにログアウトしたアスナは螢や沙良に電話を掛けながら水城家に向かった。最寄りの板橋駅で和人、直葉と合流し、あの巨大な門の前に立って声を上げたり叩いたりしたが返事は無かった。
和人が脇の通用門が開いている事を発見し、そこから入っていったが、横にでかい屋敷に人気は無かった。
取り合えず、以上の旨を電話で倉橋医師に伝え、不安に思っているであろう木綿季にも伝えて貰った。
翌日、螢が学校に休学申請をしていた事が明らかになった。理由は家庭の事情ということだったが、その家庭にも居ない事が分かっているため、真偽の確かめようが無い。
4月。明日奈、そして和人は木綿季の頼みにより、彼女が退院できるか否かの診断を受ける場に行くことになった。
後書き
ULLR「ようやくデュエル大会終わった……」
レイ「珍しいな、これやるの。それはそうと何で俺ばっかり強いやつと……」
ULLR「主人公補整」
レイ「迷惑な話だ」
ULLR「本当はキリト先生を鬼強化してボコボコやってもらう予定だった(笑)」
レイ「(笑)じゃねぇ!?……ったく。何だか妙な展開になってきたし(苦労しなきゃいいが……)」
ULLR「……(合掌)」
レイ「おいぃぃぃ!?」
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