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30部分:第三十章


第三十章

「所謂内陸です。ドイツの多くの地域がそうですが」
「そうですね。だからこそ海魚を出されなかったのですね」
「その通りです」
 やはりそういうことだった。
「だからです」
「それと同じです」
 ここでまた言う役だった。
「同じといいますと」
「ここにあるものとないもの」
 役はまた言った。
「ないものを出すのはやはりよくないものです」
「それはその通りですが」
 リンデンバウムはやはりまだ焼くの言葉の意味がよくわからないのだった。いぶかしげな顔を見せている。その横ではエルザが相変わらずの顔であった。
「しかし」
「この世にあって然るべきものとそうでないもの」
「!?」
 今の役の言葉を聞いたリンデンバウムの顔が一変した。それは本郷にもわかった。
(今の顔は)
(任せておいてくれ)
 だがここで役は本郷に囁いた。
(ここは私にな)
(最初からの話通りですね)
(そうだ)
 あらためて本郷に対して囁く。
(それで頼めるか)
(わかりました)
 そしてそれに頷く本郷だった。
(じゃあそういうことで)
(よし。ならば)
 こうしてまたリンデンバウムと向かい合う彼だった。
「それでですね」
「はい」
「この世にあってならないもの」
 またこのことを言う役だった。
「それは何時か崩れるものです」
「いや、それは」
 蒼ざめた顔で役の言葉を否定するリンデンバウムだった。
「それはどうでしょうか」
「どうでしょうかとは」
「この世にあってならないものなぞない筈です」
 本郷はその言葉に強がりを見ていた。しかしあえて言わない。ただ静かに見ているだけだ。そうして見ながら沈黙を守っているのだった。
 役はその本郷を横にして。また言うのであった。リンデンバウムに対して。
「それは違います」
「違うと仰るのですか」
「そうです」
 はっきりと答える役だった。
「その証拠に」
「証拠に」
「完璧ではない筈です」
 あえて冷静さを高めさせてリンデンバウムに告げた。
「そうして元に戻したものは。どうでしょうか」
「それは」
「貴方が一番御存知の筈です」
 視線はリンデンバウムに向けたままだ。そこから動かすことはない。だがそれだけでリンデンバウムは顔をさらに蒼ざめさせていく。まるで今にも死ぬかのように。
「そうではありませんか」
「それは・・・・・・」
「お答え下さらなくてもいいです」
 答えは求めてはいなかった。
「ただ。私は」
「私は」
「申し上げただけです」
 またしても静かに述べた。
「ただ。事実を」
「そうですか。事実をですか」
「他に何も言うつもりはありません」
 食事をよそに静かにリンデンバウムに告げた。
「それだけです」
「・・・・・・そうですか」
「ええ。それでは」
 ここまで話して話題を変えてきた。
「私達はこの夕食が終われば帰らせて頂きます」
「お帰りになられるのですね」
「そうです、日本へ」
 帰ることを彼に伝えた。
「もうこれで」
「そうですか。もう日本に」
「一度来られて下さい」
 この言葉は社交辞令だったが本心からの言葉だった。
「お待ちしています」
「わかりました。一度日本に行ってみたいと思っていました」
 リンデンバウムの返事も社交辞令だったが本心からのものだった。
「それではその時は」
「はい、お待ちしています。それではですね」
「はい」
 リンデンバウムは沈みきった顔だが役の申し出を受けた。後は静かに食事を進めるだけだった。それを終えてから二人は。彼に別れの挨拶をして城を後にしたのだった。またあのモミの森の中を二人で歩いている。真夜中なので周りは暗黒の世界に包まれている。
 
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