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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第11話:作戦準備

クロノがシャングリラを訪れてから数日後。
シャングリラに廃工場の図面が、作戦実行の上層部による認可が得られたことを
伝える文面とともに送られてきていた。

廃工場の図面は即座に魔導師隊長であるミュンツァーの手に渡り、
ミュンツァーはゲオルグとヒルベルトを自室に呼び集めた。
彼ら2人が来るのを待ちながら、ミュンツァーは自室でひとり図面を眺めていた。

(入り口はひとつ。3階建てで地下には倉庫・・・か。
 建物の構造は単純だけど、気になるのは敵の戦力だな・・・)

クロノからのメールには、エメロードがたどり着いたあとに第27管理世界へ
運び込まれた物資のリストが添付されていた。
"クローン技術により生物兵器が量産されている可能性がある"という、
注意を促すクロノのメッセージとともに。

(もし、この前の研究所に居た奴みたいなのがわんさといたら
 この艦の戦力だけじゃ対処できないな・・・)

ミュンツァーは机に肘をついて頭を抱える。

(危ない橋は渡れない・・・けどなあ・・・)

ミュンツァーはグライフと相談したうえで、第27管理世界の地上部隊に
応援要請を出していた。
だが、地上部隊からは"治安維持活動のみで精いっぱいで応援は不可能"という
返事が既に届いていた。

(現地の地上部隊の応援がないってのはツライよなぁ・・・)

頭を抱えたまま、ミュンツァーは深いため息をつく。
そのとき、彼の部屋のドアをノックする音が響いた。

「シュミットです」

続いてゲオルグの幼さを残す声がする。

「入れ」

ミュンツァーはドアの向こうにいるであろうゲオルグに向かって短く答えると、
パッと顔をあげて、簡単に身なりを整える。
ドアが開き、ゲオルグとヒルベルトが揃って部屋に入ってきた。
並んで立ち自分に向かって敬礼する2人に答礼すると、腕組みをして話し始める。

「クロノ・ハラオウン執務官から廃工場の図面が届いた。
 明日には艦長を交えて制圧作戦を決定するから、2人で作戦案を
 検討しておいてくれ」

「了解しましたが、敵戦力についての情報はないんですか?」

「具体的な情報は何もない。 だが、ハラオウン執務官から最近第27管理世界に
 搬入された物資のリストが送られてきている。
 これによれば生物兵器の量産が行われている可能性もあるようだ」

ヒルベルトに問われてミュンツァーが答えると、ゲオルグとヒルベルトは
リストを見て唸り声を上げる。

「もしこれがすべて生物兵器の生産に使われていたら、僕らだけじゃ
 対応できませんよ」

「だが、現地の地上部隊からは応援は出せないとの返事があった。
 我々で何とかするしかない」

ミュンツァーの言葉に、ゲオルグとヒルベルトは渋い顔をする。
だが、結局2人は頷いた。

「では頼む」

2人が出て行き、再び部屋に1人となったミュンツァーは
大きくため息をついて呟いた。

「悪いな、2人とも・・・」

小さく呟いたミュンツァーは、もう一度大きくため息をついた。





ミュンツァーの部屋を出たゲオルグとヒルベルトの2人は
押し黙ったまま待機室のある方向に向かって歩いていた。

「まいったね、これは」

待機室が近づいてきたところで、ヒルベルトがゲオルグに声をかける。

「ええ、まいりました。 どうすればいいんでしょうね」

ゲオルグはそう言って肩をすくめる。

「まあ、とりあえずは常識的な線で制圧作戦の計画を考えるしかないだろ」

「そうなんですけど、敵戦力の見積もりはどうします?」

「考えられる最大で見積もっておくさ」

「そうですね・・・それしかないですよね・・・」

ゲオルグは呟くようにそう言うと、肩を落とした。
再び押し黙った2人がそれぞれの分隊の待機室が向かい合うところにたどり着く。

「じゃあ、とりあえずはそれぞれで情報を確認して後で作戦案をすり合わせるか?」

「そうですね。 準備ができたら連絡をください」

「わかった。 じゃあな」

ゲオルグとヒルベルトは軽く手を挙げて別れる。
ゲオルグがB分隊の待機室に入ると半数の隊員たちが座っていた。
自分が入ってきたことに気付いた隊員たちが立ち上がろうとするのを
手で制すると、ゲオルグは部屋の奥にある自分の席につく。
端末を立ち上げるとミュンツァーから送られてきている、
廃工場の図面データを開いた。

(これは・・・)

ゲオルグは図面をサッと見るとその構造に顔をしかめた。

(3階は小部屋が多いな・・・。1階と2階はだだ広いけど死角も多い。
 それに地下もある。 厄介だなぁ・・・)

ゲオルグは小さく嘆息すると、頬づえをついて図面をじっくりと眺め始める。

(入り口は1階にひとつだけ。基本は下から順番に制圧していくのが
 セオリーだけど、視界の悪さと地下があるのがなぁ・・・)

目を閉じて椅子の背もたれに体重を預け、右手で金髪をぐしゃぐしゃをかき回す。

(そもそも敵の大将が居る場所が判らないんだから
 作戦の立てようがないんだよね・・・)

目を開いて深いため息を吐くゲオルグのそばに、ルッツが歩み寄ってくる。

「分隊長、何かお悩みですか?」

声を掛けられ、ゲオルグはルッツの顔を見上げる。

「ああ、いえ・・・」

何でもないんです、と言おうとしたゲオルグはその言葉を飲み込んだ。

(曹長は僕より陸戦部隊の経験が長いんだよね・・・。
 ひょっとしたらいいアイデアがあるかもしれないな・・・)
 
考えを変えたゲオルグは、椅子にすわりなおしてルッツの方に身体を向ける。

「実は、近々ある制圧作戦を実施することになりそうなんです。
 で、そのための作戦案を考えていたんですけど、いい案が思いつかなくて。
 少し知恵をお借りできませんか?」

ゲオルグがそう言うと、ルッツは驚いたように目を見開いた。

「いいんですか? 自分は士官ですらないですけど」

ルッツの問いにゲオルグは首を横に振る。

「僕にはたかだか1年ぽっちの現場経験しかありませんから。
 それに引き換え曹長は陸戦部隊で何年も経験を積んできているんですよね?
 僕とは違う視点で判断ができるんじゃないかと思ってるんですよ。
 お願いできませんか?」

そう言って頭を下げるゲオルグに向かって、ルッツは慌てて言った。

「ちょっ、頭をあげてください。 自分で力になれることならなんでもしますから」

頭をあげたゲオルグはにっこりと笑った。

「本当ですか? ありがとうございます」

感謝の言葉を述べながら再びぺこりと頭を下げるゲオルグに
ルッツは頭をあげるように言う。
そして顔をあげたゲオルグと目が合うと、小声で話しはじめた。

「分隊長。 感謝していただくのはありがたいですが、指揮官たるもの
 部下に対して簡単に頭を下げるものではありませんよ。
 もう少し部下に対する威厳や示しというものを考えてください」

「ええ。 僕も少し前まではそう思ってたんです。
 士官学校でも耳にタコができるくらいに教え込まれましたしね」
 
理解してもらえた。
そう考えたルッツが安堵の吐息をもらそうとしたとき、
ゲオルグがさらに言葉をつなぐ。

「ですけど、最近考え方が変わってきたんです。
 確かに僕は分隊の指揮官ですけど、それ以上に分隊の一員なんだって意識が
 強くなってるんです。
 分隊のみんなは僕のことをからかったり、子供扱いしたりしますけど、
 それは指揮官としての僕を舐めてかかってるんじゃなくて、
 仲間の一人として認めてくれてるんだって気付いたんです。
 そう思ったら、指揮官としての威厳とかそういうことを考えるのが
 バカバカしいなって思ったんです」

「ですが・・・」

ルッツが言葉を挟もうとするが、ゲオルグはそれを手で制する。

「まあ、もう少し聞いてください。
 クリーグ士長にしろ他のみんなにしろ、僕のことを仲間だと思ってくれてるし
 認めてもくれていると思うんです。
 その証拠に作戦行動中はみんな僕の指示をきちんと守ってくれるでしょ。
 それはみんなが僕のことを信頼してくれてるからだと思うんです。
 だから、僕は指揮官としての威厳とかにこだわるよりもみんなとの絆を
 大事にしたいんです」

ゲオルグは話を終えると、ルッツに向かってニコッと笑いかける。
ルッツはその笑顔を見下ろしながら、大きくひとつため息をついた。

「判りました。 そこまでお考えなら自分もくどくど言いません。
 が、けじめをつけるべきところはつけてくださいよ」

「ええ、判ってます」

ゲオルグは神妙な顔で頷いた。
ルッツは一瞬口元にわずかに笑みを浮かべると、表情を引き締める。

「で、本題に戻りませんか?」

「そうですね」

ゲオルグは真剣な表情を作ってルッツに座るように合図する。
ルッツは近くにあった椅子をひとつ引き寄せるとゲオルグの隣に座った。
ゲオルグの前にあるウィンドウに映る、廃工場の図面を覗き込むと、
ルッツはゲオルグに声をかける。

「これはなんですか? 図面・・・というのは判りますが」

「詳しいことは言えませんが、今度の作戦フィールドです。
 ある犯罪者がこの廃工場に逃げ込んでいて、我々の任務はその犯罪者の身柄を
 確保することにあります」

「なるほど。 それで敵戦力は?」

「不明です。 一応最悪のケースは想定してますがね」

「というと?」

「前に研究所で救出作戦をやったことがありましたよね。
 あそこで出くわした巨大生物がわんさか」

ゲオルグが吐き捨てるように言った言葉に、ルッツは眉間にしわを寄せる。

「・・・死人が出ますよ、それは」

「ですよね・・・。まあ、実際にそうなったら撤退しかないでしょうね」

苦笑しながら話すゲオルグにつられるようにルッツも苦笑する。

「確かに。 ですが・・・」

そこで一旦言葉を切ると、ルッツは真剣な表情をつくる。

「身柄を確保すべき犯罪者がこの中のどこにいるかも把握できていないのですよね。
 さすがに突入するには情報不足では?」

ルッツがゲオルグの顔を見ながら尋ねると、ゲオルグは腕組みして俯く。

「そうなんですけど、じゃあその情報をどう得るかという問題も出てきますね。
 今回の作戦は奇襲性が重要でしょうし、強行偵察では意味をなしません。
 偵察衛星は屋内に対しては無力、航空偵察も同様です。
 果たして有効な偵察手法なんてあるものでしょうか?」

「この建物はネットワークに接続されていないのですか?」

ルッツが図面を覗き込みながら尋ねると、ゲオルグはルッツの横顔を見ながら
ポカンと口を開けていた。
ルッツはそれに気づき、ゲオルグの方に向き直る。

「どうしました、分隊長?」

「いえ、なんでルッツ曹長がネットワークのことを気にしたのかが判らなくて」

「ああ、そういうことですか」

ルッツは納得したように何度か頷くと、再び廃工場の図面に目線を戻す。

「分隊長はこれがなんだかわかりますか?」

ルッツはウィンドウの中の図面のある一点を指差す。

「どれですか?」

ゲオルグはルッツの言う"これ"がどれを指すのかが判らず、
ウィンドウを覗きこみながら首を傾げた。

「ほら、ここですよ」

ゲオルグはさらにウィンドウに顔を近づけ、ルッツの指の先にあるものを
じっと見つめる。

「なんですか、この記号」

ルッツの指が指し示す先にゲオルグは見つけたのは、2重の円に囲まれた
二つの長方形だった。
ゲオルグは記号が何を表すのか判らず、ルッツの方に目を向ける。

「これは監視カメラを表す記号です」

ルッツの言葉にゲオルグは目を瞬かせる。

「監視・・・カメラ?」

首をこくんと傾けて尋ねるゲオルグの言葉に、ルッツは大きく頷く。

「そうです。 そしてこの廃工場がネットワークに接続されていれば、
 ホストコンピュータをハッキングすることで、その映像をリアルタイムで
 見ることができます」

「ということは、それで中の様子をこっそり探れる・・・というわけですか?」

自分の質問に対してルッツが黙って頷くと、ゲオルグの顔にはパアっと
笑顔が開く。

「すごいじゃないですか! これで偵察問題は解決ですね」

「喜ぶのは早いですよ。 ネットワークが生きているか。
 ホストコンピュータが稼働しているか。ハッキング対策を破れるか。
 確認しなければならないことは多いですから」

「とはいえ可能性は見えました。 ミュンツァー隊長や艦長に提案するには
 十分ですよ」

ゲオルグはウィンドウを閉じて立ち上がる。

「ところで、ルッツ曹長はどこでそんな知識を得たんですか?」

「前に居た部隊で少し」

ルッツは苦笑して頭をかきながらゲオルグに答えを返した。





翌日。
シャングリラの会議室にはミュンツァーとゲオルグ、ヒルベルトの3人が
集まっていた。

「それで、いい作戦案は思いついたか?」

腕組みをしたミュンツァーが対面に隣り合って座ったゲオルグとヒルベルトを
交互に見ながら尋ねると、ヒルベルトがニヤリと笑う。

「ありますよ。 ま、厳密には作戦案じゃなくそれを作るための下準備案
 って感じですけどね。 なぁ」
 
ヒルベルトは不敵な口調で言うと、隣に座るゲオルグの肩を叩く。
ミュンツァーの目線がヒルベルトからゲオルグに移る。

「勿体付けずに早く話せ、シュミット」

「勿体付けてるのは僕ではないんですけどね・・・」

苦笑して答えたゲオルグは、真剣な表情をその顔に浮かべると
ミュンツァーの顔を真っ直ぐに見つめる。

「今回の作戦において最大の問題は、敵戦力が不明であることと、
 身柄を確保すべきエメロードが廃工場のどこに居るかです」

「そうだな。 まあ、エメロードが廃工場に居るかどうかも判っていないが」

「ええ、そうですね。 なので、それを事前に把握する必要があると思うんですよ」

「それには完全に同意するが、問題は方法だろう。 どうやってその情報を得る?」

「ハッキングです」

ゲオルグが短く答えると、ミュンツァーはその意味が理解できずに顔をしかめる。

「どういうことだ? 判るように説明しろ」

苛立たしげに言うミュンツァーに向かって小さく頷いてから、ゲオルグは
前日にルッツから受けた提案をミュンツァーに話し始める。
5分ほどかけて説明し終えると、ミュンツァーは俯き加減で考え始める。

「ヒルベルト」

顔をあげたミュンツァーに呼ばれ、少しだらけた格好で座っていたヒルベルトは
慌てて椅子に座りなおし背筋を伸ばす。

「なんでしょう?」

「お前は事前にこの案を聞いてたのか?」

「ええ、まあ」

こともなげにヒルベルトが答えると、ミュンツァーはその眉を吊り上げ
テーブルを拳で叩く。

「適法性について考えたのか!? お前らに法の守護者としての
 矜持はないのか、ええ!?」

ミュンツァーが2人を睨みつけながら声を張り上げると、
ゲオルグはその肩ビクッと震わせる。

「無許可でやれば違法でしょうね。 ですが、十分に情報管理に留意することと
 目的に合理性があれば許可されるはずですが」

ミュンツァーの怒りを露わにした言葉に恐れをなすゲオルグとは対照的に
冷静な口調で答えるヒルベルトをミュンツァーはキッと睨む。

「・・・確かに。 だが、そう簡単に認可が得られると思うのか?」

「恐らく。 管理局員の命がかかってますからね」

押し殺した低い声で問うミュンツァーに対して、あくまでクールに返すヒルベルトを
ゲオルグはビクビクしながら見ていた。
部屋の中が重たい沈黙に包まれ、しばらくあってミュンツァーは急に表情を
和らげると大きく息を吐いた。

「ま、お前の言うとおりだろうな。 本局へのお伺いは俺の方から立てておく。
 で・・・シュミット」
 
「は、はい!」

キョロキョロと2人のやり取りを半ば怯えながら見ていたゲオルグは、
急に自分に話を振られて、ひっくり返った声で返事をした。

「この案、誰が考えたもんだ?」

「どういうことですか?」

「監視カメラにハッキングを掛けるなんて発想は、士官学校出のお坊ちゃんから
 出てくるような発想じゃない。 もう一度聞くぞ、誰の考えだ?」

「ルッツ曹長です」

ゲオルグが答えると、ミュンツァーはわずかにその目を見開く。

「ルッツだと・・・」

ミュンツァーは呟くように言うと、自分の前にウィンドウを開き
慌ただしく操作する。
画面の中にはルッツの人事記録が映し出されていた。
その中身を素早く読んだミュンツァーは納得顔で大きく頷いた。

「なるほどな・・・道理で思いつくはずだ」

「どういうことで・・・」

ゲオルグが尋ねようとする声をミュンツァーは遮ると、首を横に振った。

「悪いが話せん。 特秘事項だ」

「ですが・・・」

納得できないゲオルグはなおも食い下がろうとするが、
その声を振り切るかのようにミュンツァーは席を立った。

「ご苦労だった。 シュミット、ルッツには準備を進めておくように伝えておけ」

「・・・はい」

ゲオルグが頷き、顔をあげたときにはミュンツァーは部屋を出ていった後だった。
ドアを見つめながらゲオルグは不満げに頬を膨らませる。

「納得できませんね。なんですか、あれ?」

「ま、それが管理局員ってもんだ」

肩をすくめ苦笑するヒルベルトはゲオルグをなだめるようにその肩をポンと叩いた。





一方、会議室を出たミュンツァーは足早に通路を歩いていた。
途中ですれ違う乗組員たちに敬礼されても軽く手を挙げるだけで通り過ぎていく。
怪訝そうに見送る彼らを尻目にミュンツァーは艦橋へとつながる扉を開けた。
艦橋には所定の当直要員が静かにそれぞれの任務にあたっていた。
その中をミュンツァーは足音を立てて歩いて行く。
目指す先には一段高くなった大柄な作りつけ椅子があった。
ミュンツァーはそのそばまで来て足を止める。

「艦長、お話があります」

ミュンツァーの声に応えてグライフが目を向ける。

「ミュンツァーか、なんだ?」

「ここではちょっと・・・」

「話せないのか?」

「ええ、少し・・・」

ミュンツァーが語尾を濁すように言うのを聞いたグライフは、
苛立たしげにわずかに顔をゆがめると、近くの士官に二言三言呟いて席を立つ。

「ついて来い」

「はい」

ゆったりとした歩調で歩くグライフは艦橋を出ると、すぐ近くにある艦長室へ入る。
ミュンツァーがグライフの後に続いて入ると、ドアの脇に立っていたグライフが
パネルを操作してドアを閉めた。

「それで、話とは? できれば手短に頼む」

部屋の奥に置かれた大きめの机に軽く腰かけ、グライフはミュンツァーに向かって
声をかける。
ミュンツァーは小さく頷くと、緊張した面持ちで話を始めた。

「2つあります。
 まず1つ目ですが、エメロード捕縛のための突入作戦について、
 作戦案決定の前に偵察を行いたく、ご裁可を頂きに参りました」

「偵察だと? どのように?」

わずかにその両目に険しい光を浮かべたグライフに問われ、
ミュンツァーはついさっきゲオルグから聞かされたばかりの案を話す。

「・・・という具合です」

「なるほどな。 それはヒルベルトの案か?」

「いえ、シュミットの案です」

「シュミットが?」

意外そうな表情を浮かべたグライフは、腕組みをしてミュンツァーを見る。

「まあ、偵察に関しては許可する。 それよりも、その案をシュミットが
 考え付いたというのは本当か? にわかには信じられんのだが」

「2つ目の話がそれに関連します。
 実は、先ほど述べた案はB分隊のルッツ曹長の案なのです」

「ルッツ曹長・・・」

グライフは呟くように言うと、何かを思い出そうとするようにその視線を
宙にさまよわせる。
しばらくして、"あぁ"と言いながら頷いた。

「情報部から来たあいつか。 納得だな」

「ええ、それは。 ですが・・・」

「なんだ?」

語尾を濁すミュンツァーをグライフは怪訝な表情で見る。

「ルッツがこの艦の魔導師隊に配属される際、私はそのことを聞かされて
 いないのですが・・・、なぜでしょう?」

「そうだったか?」

「そうです!」

ミュンツァーにしては珍しく、噛みつくような口調でグライフに詰め寄る。
意外に思ったグライフは気圧され、わずかにその上体をそらした。

「ルッツが情報部所属だったと知ったのも、さっき彼の人事記録を見直した時です。
 なぜ隊長である私にも知らされていなかったのか不思議なのです」

「まあ、少し待て」

グライフはそう言うと、自分の机の上に置かれていた端末を引き寄せ
なめらかな手付きで操作する。
やがて、グライフの手が止まり、その口から大きなため息が漏れる。

「どうしたのですか?」

グライフの手元にある端末の中身が気になったミュンツァーは
そっとグライフの方へと歩み寄る。
だが、その気配を察知したグライフは端末をパタンと閉じた。

「悪いがその理由は話せん。 私には権限がない」

「艦長にもですか?」

目を丸くしたミュンツァーに向かってグライフは小さく頷く。

「ああ。正確には知る権利はあっても他人に話す権限は私にはない」

「ということは、これ以上お尋ねしても無駄・・・と」

「そういうことだ。 すまんな」

「いえ・・・、私の方こそ申し訳ありませんでした」

ミュンツァーはすまなそうな表情で頭を下げると、艦長室を出ていく。
その背中を見送り、扉が閉じられるのをぼんやりと見ていたグライフは
一人きりとなった部屋の中で、大きなため息をひとつつき、
再び端末を開いてルッツの人事記録を眺めた。

(その存在すら特秘事項とされる部隊・・・か)

人事記録の前所属部隊の欄には、"情報部 諜報1課"と記されていた。

 
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