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エリクサー

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28部分:第二十八章


第二十八章

「ついでに巨人も嫌いですよ」
「それと同じだ。同じドイツ人の中でもだ」
「あるんですね」
「むしろ日本よりもそうした感情は強いだろうな」
「それはやっぱりあれですか」
 今度は応えることができた本郷であった。
「かつては無数の領邦国家だったからですね」
「その通りだ。だからそれは日本よりいささか強い」
「やはり」
「それだけに言い掛かりの類もきついことになる。わかったな」
「ええ、よく」
 また役の言葉に頷くのだった。
「だからなのですね」
「そう。それでだ」
 役は述べるのだった。
「そうした言い方になるのもな」
「よくわかりました。そういえば俺も」
「東京の料理はどうだ?」
「嫌いですね」
 一言できっぱりと述べてみせたのだった。
「あんなものは。とても」
「特にうどんか」
「噂には聞いていました」
 その顔に嫌悪感を露わにしてみせる。
「まさか。あんなに真っ黒だとはね。予想以上でしたよ」
「味はどうだった?」
「合う筈がありません」
 またしても言い捨ててきた。
「辛いだけで。どうにもこうにも」
「そうか。ではざる蕎麦は」
「一緒ですよ」
 それに対する返事も同じであった。
「蕎麦もあれですね。やっぱり関西ですよ」
「そうか、そちらもか」
「水が違います」
 よく言われることではある。関西の方が水がよく料理の味もいいのだ。関東は火山灰の土壌であり土地も水もどうしても関西よりは劣るのだ。
「ですから。蕎麦にしろ」
「まずいというのだな」
「だしも合いませんしね」
 これについてはうどんと言っていることがほぼ同じだった。
「やっぱり辛いんですよ。味も底が浅いし」
「関西と比べてだな」
「関西はあれですよ」
 話がさらに踏み込んだものになってきていた。これは完全に本郷の趣味である。
「昆布と鰹ですよね」
「そうだな」
「東京は醤油とおろし大根です。やっぱり深みが全然違いますよ」
「ふむ」
「だから噛まずに先だけ漬けて食べるんですね。よくわかりますよ」
「何だかんだでよく知っているな、君も」
「蕎麦には五月蝿いんですよ」
 実は蕎麦だけではないのだがこう述べるのだった。
「だから余計に」
「それと同じだ」
 ここでこう述べた役であった。
「君のうどんや蕎麦に関するものと同じだ」
「同じ?」
「そうだ、ドイツ人も同じだ」
「ああ、西と東で違うんですね」
 本郷もここでわかったのだった。
「味が。そういうことですよね」
「そうだ。フランスでもだ」
 今度はフランスを例えに出す役だった。
「地域でその味や好みがかなり違う」
「そうらしいですね」
 これは本郷もおおよそだが知ってはいた。
「パリとプロヴァンスじゃもう全然違うそうで」
「パリの料理のルーツは宮廷料理だ」
 長い間首都であったからこれは当然のことであった。
「そしてプロヴァンスは海だな」
「地中海ですよね」
「海産物が豊富だ。だから」
「シーフードがメインになるんですね」
「その通りだ。ドイツも西と東ではな」
「元々の好みが違うってわけですね」
「これでわかるな」
「ええ」
 あらためて役の言葉に頷く本郷であった。
「よくね。そういうことですか」
「そうだ。確かに冷戦の影響もあるが」
 これは否定できないことだった。
「元々の好みが違うのだ」
「そういうことですか」
「しかもだ」
 役はさらに言葉を続ける。
「ドイツはさっきも言ったように地域ごとの個性が強い」
「この辺りだとザクセンですか」
「そうだな、丁度その辺りだ」
 考える顔をしながら本郷に述べる。
「東ドイツのこの辺りはな」
「ザクセンですか。古い国でしたよね」
「プロイセンとはまた違う」
 プロイセンは今のドイツの首都であるベルリンを首都としていた。今のドイツの基礎を作ったと言ってもいいがドイツはこのプロイセンだけではないのだ。
「またな」
「ええ、よくは知りませんがそれもかなりのものだそうで」
「プロイセンとザクセンの仲は微妙でもあった」
「微妙ですか」
「手を結ぶこともあれば対立することもあった」
 欧州の歴史の常である。
「それだけに因縁もあった」
「複雑ですね」
「それが国民感情にも及び」
 これも当然の流れだ。国家同士が様々なことがあればそれを形成する国民にもまた影響する。歴史の常であるのだ。これもまた。
「そして」
「そして?」
「プロイセンとザクセンになったのだ」
「そういうことですね」
「プロイセンの味とはまた違う」
「ザクセンの味ですね」
「その通りだ」
 また本郷の言葉に頷くのだった。
「それもな」
「ですね。それは」
「ドイツは本当に地域ごとによって違う」
 このことをまた語る役だった。
「あの博士はその中でも生粋のザクセン人だな」
「生粋の、ですか」
「元々の伝説だ」
 ここで話を変えてきたのだった。
「この話を知っているか」
「話?」
「フランケンシュタイン博士の話だ」
 今度出したのはこれであった。
「小説にもなり映画にもなっているが」
「ああ、あれですか」
 やはり本郷もそれは知っているのだった。納得した顔で頷くのがその証拠である。
「そういえばそうでしたね、ここでしたね」
「そうだ。だからこそだ」
「元々その蓄積があるんですね」
 本郷もまた役と同じことを考えだした。
「ここには」
「それに代々この辺りの領主だったな」
「でしたね」
「それならば余計にだ。知っていても不思議ではない」
 こう結論付ける役だった。
「医者ですしね」
「条件は揃っていた」
「じゃあやっぱりエルザさんは」
「おそらくはな。間違いはない」
「エリクサーで生き返った命ですか」
「しかも不完全なだ」
 こうも述べる役だった。
「それもかなりな」
「わかりましたよ、全て」
 本郷はここまで聞いてあらためて頷いたのだった。
「全部ね。ですが」
「今回は闘う必要はない」
 このことは前置きするのだった。
「全くな」
「ありませんか」
「そうだ、それは全くない」
 それはまた言う役だった。
「私に全て任せてくれ」
「そうか。ならいいです」
 納得した顔で応える本郷だった。
「それじゃあね」
「そうか。ならばだ」
「行きますか」
「うむ、行こう」
 顔を向けて本郷に告げる。こうして二人は食堂に向かった。やはり案内は表情のない人間というよりは機械めいたメイドによって。案内されるのであった。
 
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