エリクサー
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26部分:第二十六章
第二十六章
「若しそうだとすると」
「エリクサーと人形」
役はまた言う。
「二段だったか」
「そこまでして妹さんを側に置いておきたいのですかね」
「そうだろうな」
本郷の言葉に静かに答える。
「それはな。愛だ」
「愛ですか」
「妹への愛だ」
このことを本郷に告げる。
「しかしだ。それは普通の愛じゃない」
「それはわかります」
これについてはもう話をするまでもなかった。本郷にしろ役にしろだ。
「そこまで憑かれた様に思うのはね。まあこれは」
「人にも大なり小なりある」
二人はこのこともわかっていた。わかっているうえでの話である。二人の話はそうしたあらゆることをわかったうえでの話になっているのだ。
「死んだ愛する人間を蘇らせたいという気持ちはな。誰でも持つ」
「俺はそういうのあまりわかりませんけれどね」
一応こう前置きする本郷であった。
「何せ。そういうことを直接経験したことはないんで」
「そうなのか」
「まあ運がいいんでしょう。そういうことがなかったのは」
「いいか悪いかは私にはわからない」
また答える役であった。
「だが誰にでもある心なのは確かだ」
「ええ。誰にでも」
「そしてできるのならば誰でもそうしたいと少しは思うものだ」
「そう言われると実感はできないですけれどわかります」
本郷は安楽椅子にゆっくりと座った。座りながら役に述べる。役は服はそのままにしてコートをかけてそれから寝椅子に腰をかけていた。そうして楽な姿勢で話をするのだった。
「俺にも」
「当然私にもだ」
役もこう言って頷く。
「わかる。そしてそれが現実にできるならば」
「それを実行に移すと」
「こう言えばわかるな」
「ええ、よく」
椅子に座りつつまた役に答えた。
「わかりますよ。けれどそれは」
「正直に言うとだ」
役もさらに言葉を続ける。
「エリクサーだけならよかった」
「よかったですか」
「そうだ。あと一年だ」
あと一年。この言葉がクローズアップされていく。役はそれを狙ってあえて一年という言葉を使ってみせたのである。本郷もそれはわかっていた。
「一年ならよかった。妄執に囚われるのもな」
「一年を過ぎればそれが夢になりますからね」
「現実でなくなればそれで夢になる」
夢は現実の世界には存在しない。だから夢になるのだ。だが夢を現実に変えることができるのもまた人間であるのだ。夢と現実は表裏一体のものなのだ。
「それでよかったが」
「現実という妄執を永遠に囚われるならば」
「それを断ち切るしかない」
強い言葉であった。
「何としてもな」
「わかりました。しかしですね」
本郷はここでまた役に言う。
「どうやってそれを断ち切りますか」
「どうやってか」
「ええ。これがいつもの化け物だったり」
本郷はここで椅子から立ち上がった。そのうえで役に対して話をするのであった。
「碌でもない奴が相手だったら術を使いますね」
「当然だ」
役もそれは認める。
「その為に常に銃や札を用意してあるのだからな」
「俺もですよ。だから刀やらはいつも持っている」
「何時必要になるかわからない」
例え休息の時でもだ。それが彼等の仕事なのだ。
「だから持っているのだ」
「ですが。今は」
本郷はガウンを脱いだ。そしてそこから上着を着ていく。くつろぎの時間は終わったということであろうか。上着を着る様は何処か鎧を着るようであった。
「あの人は邪悪な人じゃないですね」
「それは間違いない」
二人共よくわかっていることであった。直感で。
「その心に悪しきものは見当たらない」
「じゃあ銃も刀も使えませんよ」
このことを役に強調するのだった。
「絶対に」
「言うまでもなく札もな」
「それもですね」
あくまで悪しき相手に対してだけということだった。それを使うのは。
「じゃあやっぱり」
「そもそも必要ない」
だが役はここでこう言うのであった。
「そうしたものはな」
「必要ありませんか」
「全くな」
こうまで言ってみせるのだった。
「むしろそれに頼っては終わる話ではない」
「終わりませんか」
「本郷君」
そして本郷の名を呼びつつ彼もまた起き上がった。そのうえでまた彼を見やった。
「ここは私に任せてくれ」
「役さん御一人でですか」
「そうだ。それでいいか」
このことを本郷に対して問う。
「私一人で。それで」
「わかりました。まあ俺としては何もしないで助かりますけれどね」
わざとものぐさを装ったような口調だった。本音はあえて隠している。
「それならそれで」
「悪いな。それで行かせてもらう」
「ええ。じゃあそろそろですかね」
「夕食か」
「もうそんな時間ですよ」
壁にかけられている古い大きな時計を見て役に告げる。その時計は数字がローマ数字でありまた造りも立派なものであった。如何にもドイツらしい重厚な造りの時計であった。
「そろそろです」
「早いな」
役もまた時計を見て述べた。
「時間が進むのは」
「時間は決して立ち止まらないですからね」
本郷はまだ時計を見ている。それを見ながらの言葉である。
「だから。早いんですよ」
「そう感じるのか」
「役さんは違いますか?」
「何分生きている時間が長いのでな」
こう答える役であった。
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