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第四章
「クリームも砂糖もなしで」
「入れないのか」
「アイスだけで充分です」
「解せぬな、クリームや砂糖を入れたコーヒーの甘さは天使の甘さだ」
美食家に相応しい言葉だった。
「それをいいというとは」
「理由がありまして」
「理由?」
「本題に入ります」
あらためてだ、医者はセルバンテスに話した、彼のその肥満しきり腹が膝にまで届く位になっている身体を見つつ。
「侯爵、この家の方はどなたも」
「話が聞いている、先は長くないというのだな」
「そうです、このままでは」
「流行り病か」
まずはこう考えたセルバンテスだった。
「では衛生に気をつけるか」
「違います、このお屋敷は衛生的には非常にいいです」
セルバンテスはここでこの例えを出した。
「ベルサイユ宮殿ですが」
「陛下のおられる宮殿だな」
「私もあの宮殿に一度お招きされたことがあります」
このこと自体は光栄だった、王のいる宮殿に招かれることがこの上ない名誉であることは彼にとってもなのだ。
「とある貴族の方に誘われて」
「それは何よりだな」
「しかしです」
「あの宮殿にはトイレがない」
セルバンテスは曇った顔で話した。
「それが為にな」
「はい、庭も廊下の端やカーテンの陰も」
その至る場所がだというのだ。
「汚れています」
「貴婦人のドレスの端までもがな」
興醒めといった顔でだ、セルバンテスは医者に応える。
「私はああしたことはどうもな」
「お嫌いですね」
「黒死病の話は聞いている」
欧州を何度も恐怖のどん底に落とした病だ、多くの者がこの病に罹り苦しみ抜いて死んでいった。
「街の汚物の中を走り回る鼠から起こる病だったな」
「そうです」
「その話を聞いてだ」
「お屋敷はいつも清潔にされていますか」
「私自身もな」
時折風呂に入ってだというのだ。
「そうしている」
「それは何よりです」
「そうした話か」
「いえ、流行り病ではないです」
黒死病以外の流行り病でもないというのだ。
「そうしたものでは」
「では何故皆間もなく死ぬのだ」
「はい、それは」
一呼吸置いてからだ、医者はセルバンテスに答えた。何故皆間もなく死ぬかというと。
「食べているもののせいです」
「料理か」
「はい、そうです」
まさにだ、それが為だというのだ。
「それのせいです」
「?話がわからないが」
「侯爵、お言葉ですが貴方は肥満に過ぎます」
つまりだ、太り過ぎだというのだ。
「このままではです」
「危ういか」
「はい、早急に食生活を変えられ運動もしなくては」
「私は死ぬのか」
「家の他の方もです」
使用人達もだというのだ。
「皆様非常に太っておられるので」
「太り過ぎは身体によくないのか」
「そうです、コーヒーにクリームと砂糖をたっぷりと入れるのも」
それもだというのだ、セルバンテスが今そうした様に。
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