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お白粉婆

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第七章

「そうしたものじゃった」
「それであんたはか」
「その母親の一人じゃ」
 ここで老婆の声が悲しいものになった、その表情も。
「娘を売ったわ、それ以来会っておらぬ」
「それであんたはずっとそのことを悔やんでいたんだな」
「家族が食っていく為には仕方がなかった」
 食い扶持を減らすことと売った金で暮らすことがだというのだ。
「しかしな」
「娘さんはな」
「おそらくすぐに死んだじゃろう」
 花魁の命は短かった、不衛生な遊郭と酒に病、それに実はそのお白粉を作っていた鉛の毒だ。そうした様々なもので花魁の命は短かったのだ。
 だからだ、老婆の娘もだというのだ。
「帰って来なかったわ」
「そうか」
「わしはずっと悲しかった」
 そして悔やんでいたというのだ。
「自分が憎かった」
「娘を売った自分自身がか」
「そうじゃ、自分が生きる為に娘を売って死なせたわしがな」
 その自分自身が、というのである。
「そして死ぬまでそう思っていてじゃ」
「死んでからか」
「その念が残ってこうなった」
 妖怪になってしまったというのだ。
「人買いと花魁のことを思ってのう」
「つまり娘さんのことをですね」
「そうじゃ」
 その通りだとだ、老婆は若田部の言葉にも答える。
「まさにな」
「そうですか」
「わしの娘や他の売られていった娘達のことを忘れて欲しくないのじゃよ」
「だからあんたはこうして出て来てか」
「お白粉を投げられるんですか、僕達に」
「そうじゃ、世の中は変わった」
 簡単に言えば日本も豊かになった、戦前とは全く違う。
 だが、だ。老婆はこう言うのだ。
「それでも娘達のことは忘れて欲しくないからな」
「今もこうしてか」
「出て来られるんですね」
「わしが願っておるのはそれだけじゃ」
 老婆は悲しい顔で二人に話した。
「そのことは頼むぞ」
「ちょっとな、この話を聞くとな」
「どうしてもですよ」
 二人もここに来るまでに既に新幹線の中で話していることだ、それで神妙な顔で頷いたのである。
「忘れられないさ」
「このことは約束します」
「頼むぞ、本当に」
 老婆の声は切実だった、人間の時の記憶をそのままに。
「あんな悲しみはもうあって欲しくないからのう」
「そうだな、人買いとかはな」
「勘弁して欲しいですよね」
「娘を売ることがないことを願うわ」
 ここまで言ってそうしてだった、老婆は二人に頭を下げてから背を向けてそのうえで雪の中に去っていった。その後ろ姿が見えなくなってから。
 若田部は王島に言った、既にそのお白粉はあらかた払っている。
「本当にいましたね」
「ああ、それ以上にな」
「重いですね」
「全くだな」
 王島は真摯な顔で若田部のその言葉に応えた。
「そんなことがあったなんてな」
「ですね、あのお婆さんに」
「全くだ、そう思うとお白粉もな」
「悲しいものがありますね」
「綺麗でいい匂いだがな」
 だが、だ。それでもだった。老婆の話を思うと。
「悲しいな」
「ええ、重いです」
 こう話してだ、そしてだった。
 二人は二人の部屋に去った、そして休んで。
 彼等はこのことは出張中も帰ってからも話さなかった。しかし。
 二人きりになり雪を見るとだ、その時はしんみりとして話すのだった。
「あの時を思い出すな」
「ええ」
 老婆のことを思い出してだ、あの時のことと老婆の話を思い出しそして白い悲しみを振り返りそうなるのだった。


お白粉婆   完


                   2013・8・30 
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