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吸血花

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第九章


第九章

 本郷は赤煉瓦を歩いていた。今は昼休みで中に生徒はいない。
 だが隊舎内は別である。昼の間も彼等は忙しく動き回っている。
 教官室の前にも多くの生徒がいる。皆皮の黒い鞄を手にせわしなく動いている。
「俺より忙しそうだな」
 映写講堂と呼ばれる講堂の横を通る。民間から講師等を招いたりした場合はここで講義を行なうらしい。
「何かどっかの団体の館長も呼ばれた事があるらしいな」
 顔を講堂に向けながら呟いた。
「あそこを贔屓にしている野球選手は嫌いだがな。態度が酷過ぎる」
 そう思いながら視線を下げる。その時ある花に気が付いた。
「この花は・・・・・・・・・」
 間違い無い。赤煉瓦の前にあったあの花だ。この血の様な赤は忘れようとしても忘れられない。
「こんな場所には無かった筈だが」
 本郷の心の中に凄まじい疑念が生じた。
「一体どういう事だ、花が動くわけがない」
 今までの事が彼の脳裏で目まぐるしく動いた。そしてある結論に達しようとした。
「結論を下すにはまだ早いか」
 本郷はそこで思考を止めた。
「どちらにしろすぐにわかることだ」
 本郷は隊舎に戻った。そしてその刃を白く光らせた。
 隊舎に戻ると何やら妙な事が起きている。入口にニンニクの束が飾られているのだ。
「これは?」
 見れば十字架まである。何がしたいのか一目瞭然だった。
「まあ一応気休めにですが。こうしておけば学生達もいささか安堵するでしょうし」
 伊藤二尉が言った。どうやらこの人が全て手配したらしい。
「しかしお言葉ですがこれは吸血鬼のほんの一部にした効きませんよ。スラブの方のものにしか」
「それはよく解かっております。しかし」
 伊藤二尉は顔を暗くすると共に締めた。
「このままでは学生達がパニックに陥りかねません。それを防ぐには例え気休めでもしておかないと」
「そうですか」
 その気持ちは痛い程よくわかる。確かにこのままでは皆恐怖に耐え切れなくなるだろう。
「けれど御安心下さい。吸血鬼の正体はもうすぐ掴んでみせます。それまでの辛抱です」
「はい」
 本郷は部屋に戻った。そしてそこで刀や短刀の手入れをはじめた。
(早ければ今日にでも出て来るな)
 刃をかざす。白銀の光がその場を照らす。
(その時に決めてやる。必ずな)
 やがて日が暮れた。夜の帳が学校を支配する時になった。
 消灯の時間になった。本郷は部屋にいなかった。
「ここなら全部見えるな」
 隊舎の屋上にいた。その場所から学校全体を見下ろしている。
「さて、何が出るか。鬼や狐みたいな生半可な奴でない事だけは確かだな」
 教官室の方を見る。流石にもう誰もいないらしく灯りは灯っていない。
 左手には夏期に使われる講堂がある。そこにも灯りは点いていない。
「隊舎の中は来れまい。あれだけの結界を張るのには苦労したがな」
 ニヤリ、と笑う。どうやら相当の自信がある様だ。
 夏期講堂から目を離し教官室の方を見る。廊下を見渡した後映写講堂を見る。
「あの花は見えるかな」
 ふとあの赤い花の事を思い出す。そして目をやる。
 見れば相も変わらず赤い花を咲かせている。夜だというのにその中に赤い光を発するように咲いている。
「あそこまでいくとかえって不気味だな」
 そう思いながら見ていた。ふとその花が妖しく動いた。
「むっ!?」
 花が急に大きくなる。花びらが人の形を取りはじめる。
「どういう事だ・・・・・・」
 植物の妖怪とも何回か闘った事がある。『ほうこう』という木の精の一種や呪木っ子という妖怪等である。
「人に変化する物の怪か・・・・・・」
 見た所西洋の妖精に近いのかも知れない。緑の長い髪を持つ全裸の若い女に変化した。
「緑の髪・・・・・・」
 それには心当たりがあった。海中を捜索していた時頭上から彼を襲ったあの緑の槍だ。
「あいつか。間違い無い」
 本郷は屋上から降りた。そして隊舎を出た。
 女怪は教官室の上の階の廊下を進んでいた。本郷の事には気付いていないようだ。
 映写講堂の方を遠回りに回りその廊下へ向かう。彼が着いた時女怪はそこにはいなかった。
「何処だ」
 辺りを警戒しつつ前へ進む。既に刀を抜いている。
 廊下の中央に出た。上下へ進む階段がある。
「どちらだ」
 強い花の香りがした。赤煉瓦の前で嗅いだあの香りだ。それは上の方からした。
「上か」
 階段を登る。三階に出た。
 香りは更に上にまで続いている。それは屋上にまで続いていた。
「屋上か」
 学生隊長の言葉を思い出した。暑い時にはよく屋上で寝たものだと。
 屋上へ上がった。そこにはあの女怪がいた。
 こちらに背を向け前へ進んでいる。だが本郷の気配に気付きこちらを振り向いた。
 白い肌に赤い血の様な眼をしている。人の血を吸う魔物には紅い眼を持つものが多い。
「やっと会えたな。思えば遠回りしたものだ」
 あの花が正体だったとは。今思えば妙な事が多過ぎた。
「もっともそちらは早いうちからこちらの事には気付いていた様だがな」
 左手で刀を構える。右手には短刀を持つ。
「海でのあの緑の槍、御前の仕業だな」
 それに対し女怪は笑みで答えた。魅惑的でありかつ残忍さをたたえた笑みだ。
「そうだとしたら?」
 高く澄んだ美しい声である。しかし何処か血の混ざった感じがある。
 それは肯定であった。それが証拠に右腕を本郷に向けてきた。
「だったら話は速い。宣戦布告はとっくの昔に行なわれているんだしな」
 本郷はその目を光らせた。
「どういたしまして。そしてそれは受け取るの?どうするの?」
 その右手を顔に近付けた。見れば緑の爪をしている。
「決まっている。買ってやるさ。代金は貴様の命、釣りはいらないぜ」
 短刀を投げた。一直線に女怪へ向かって飛んでいく。
 刀身には盆字が書かれている。経典にも使われ法力が込められている。
 一本だけではない。本郷は短刀を次々に投げた。一直線に、流星の様に女怪へ向かって飛んでいく。
 しかし女怪は怯まない。その数本の短刀を表情を変えず見ている。
「その程度か」
 笑った。不敵な笑みだった。
 右手を横に一閃させた。すると短刀が全て地に落ち音を立てて転がった。
「何!?」
 見れば女怪の指が変形していた。その緑の爪が蔦になっていたのだ。
 その蔦の色には見覚えがあった。海で捜査をしている時上から襲い掛かってきた槍だ。
 
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