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吸血花

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第十九章


第十九章

「だとしたらどうやって・・・・・・」
 メアリーは口から緑の液を流しながら問うた。
「この松の木の木と同化したのさ」
 本郷は言った。
「松の木と!?」 
 メアリーはそれがどういう意味か理解できなかった。
「木にもそれぞれ気がある。それぞれにな。私達は自らの気をこの松の木達と同じにしたのだ」
 役はメアリーに問い聞かすように言った。
「馬鹿な、つまり木の心と同じ心にしたというのか」
「まあそういう事になるな。言い方を変えると」
 本郷は素っ気無く答えた。
「忍者とかがよくやるんだよな。周りと一体化するってやつ。完全にやれば姿も見えなくなるんだ」
「そこまで達するにはかなりの修練と集中力が必要だがな。しかしこういった状況では力を発する」
 役も言った。
「これは我が国に古来から伝わる気の使い方の一つ。それを知らなかったとは迂闊だったな」
「確かに・・・・・・・・・」
 メアリーはよろめいた。既に血が足下を緑に染め上げている。
「どうやらもう立つ事もままならんようだな。せめてもの情けだ」
 役はそう言うと懐から拳銃を取り出した。
「止めを刺してやる。一撃でな」
 トリガーにかかっている指に力を入れる。しかしメアリーはそれを見て笑った。
「私がそんなものに倒されるとでも?」
「何!?」
 これには二人共驚いた。
「私はそんなものでは死なないは。私を殺せるのはそう・・・・・・」
 その笑みに人のものではない凄みが加わった。
「私自身よ」
 彼女は口から鮮血を滴らせながらも言った。
「私は誇り高き吸血花、花は人に折られるのを良しとしないのよ」
 そう言い放った彼女の脳裏に人であった時の記憶が甦る。あの貴族の若者の誘いを断り窓から身を投げて死んだあの時の記憶が。
「そんな銃弾に胸を貫かれる位なら・・・・・・」
 右手の爪を伸ばした。それはまるで槍のようになった。
「私自身の手で!」
 それを自身の左胸に突き立てた。彫刻の様に整ったその白い胸を緑の血が染め上げた。
「な・・・・・・・・・」
 これには二人も絶句した。メアリーはその二人に顔を向けて笑った。最早死が間近に迫っている顔であった。
「お生憎様ね。私を倒せなくて。けれどこれで全てが終わったわ」
 メアリーは己が血で緑に染まった口で言った。
「私は滅びるわ。そして魔界に堕ちる」
 言葉を続ける。
「そしてその片隅で永遠に咲き続けるのよ。そう永遠にね」
 身体が屈んでいく。もう立っている事さえつらいようだ。
「貴方達が魔界に来たら喜んで迎えてあげるわ。そしてその血を一滴残らず吸い取ってあげる」
 そしてまた言葉を言った。
「その時を楽しみにしていることね。それじゃあさようなら」
 そう言うとメアリーの身体は消えた。無数の赤い花びらが辺りに舞った。
「これは・・・・・・・・・」
 本郷の手の平にそのうちの一枚が舞い降りた。
「彼女の最後の一咲きだ。滅び去る間際のな」
 役の手の平にも一枚舞い降りた。彼はそれを指で取った。
「今度は魔界に生まれ変わるか」
 役はその花びらを見つめつつ言った。
「それも良いだろう。せめて折る者のいないあの地で永遠に咲き続けるのだ。父の想いを抱いてな」
「え・・・・・・・・・」
 彼の言葉は本郷の耳にも入った。そして同時に別の言葉も。
『パパ・・・・・・・・・』
 それはメアリーの言葉だった。父の造った赤煉瓦に対して言った最後の言葉だった。
「あの女・・・・・・・・・」
「死して魔物になってもその根には人のものが残っていたようだな」
 一陣の風が吹いた。それが花びらを全て運び去ってしまった。
 風が役のコートをたなびかせる。それはまるでマントのように見えた。
 花びらは全て風が運び去ってしまった。そしてその中に消えていった。
「終わったかな、これで」
 本郷が風の中に消え去っていく花びらを見送りながら呟いた。
「うん。これでこの事件は全て終わった」
 役が赤煉瓦を見ながら言った。
「・・・・・・そうか、やっとか。長かったような短かったような」
 本郷が肩の力が急に抜けたような感じの声で言った。
「私にしては短かったな。まあ途中からここへ来たせいもあるが」
「俺はその前から色々と調べてましたからね。二回もあいつに近寄られましたし」
 懐から煙草を取り出す。そして火を点けようとする。
「おい、ここでは慎んだほうがいい」
「おっと、そうでした」
 役に窘められ本郷は煙草を元へ戻した。
「まあ煙草は何時でもいいか。それにしてももうすぐ朝になりますね」
 二人は海のほうを見た。そこに広がる空は次第に白くなってきていた。
 海もである。その闇の中に潮騒だけ響かせていたのが徐々に白波も見せはじめている。
「もうすぐ朝か」
 本郷はその空と海を見ながら呟いた。
「どうだい、煙草よりもこっちのほうが一服にいいだろう」
 役は彼に微笑んで言った。
「ええ」
 本郷も微笑んだ。そして海の方へ進んだ。
「確かに仕事の後の朝日は最高ですね」
「ああ。今日でここともお別れだ。じっくり見るとするか」
「そうですね」
 しかしそうはいかなかった。海を見る二人のところに誰かが自転車で来た。
「あっ、お二人共そちらにいたんですか。探しましたよ」
 伊藤二尉である。紫のジャージを着ている。
「探したって・・・何かあるんですか?」
 二人は怪訝そうに尋ねた。
「ええ。我が校の名物行事ですよ」
 伊藤二尉はそう言うとにこりと笑った。
「名物行事って・・・・・・あれですね」
「ええ、あれです。役さんは確か初めてでしたね」
「ええ、まあ」
「運がいいですよ。今日見れるんですから」
 役の言葉に対しても笑みで返した。本心から楽しそうである。
「丁度今総員起こし五分前です。もうちょっとしたらここへ全員駆けて来ますよ」
「そうですか。それは楽しみですね」
 二人のこの言葉にはいささか社交辞令も入っている。
 六時になった。起床ラッパが鳴る。
 そして怒濤の様な足音が聞こえて来る。紫の作業服を着た彼等が来た。
「さあ、総短艇ですよ」
 伊藤二尉が少年の様な笑みと共に言った。候補生達は必死の形相で短艇に付いていく。
 短艇が次々に降りて行く。そして海へ漕ぎ出していく。
「何か凄い光景ですね」
 必死の形相をする候補生達と教官。そしてそれを照らす太陽。青い海。全てが対照的であった。
「そうだね。しかしだからこそ綺麗だ」
「ええ」
 二人はその光景を静かに見ていた。戦いの後の朝日がやけに眩しかった。


吸血花  完


              2003・12・24
 
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